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安倍氏の自虐的「歴史認識」を私は共有しない。

 訪米中の安倍氏が米国議会で上下両院合同会議の席で演説を行った。戦後70年にして上下両院議会議員の前で演説した日本の首相は安倍氏が最初だという。日米同盟が対等なものではなく、米国を主人として日本が米国に隷属するものかの実態が透けて見える。 ��安倍晋三首相は29日午前(日本時間30日未明)、米議会の上下両院合同会議で演説し、「戦後の日本は先の大戦に対する痛切な反省を胸に歩みを刻んだ。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの思いは歴代首相とまったく変わらない」と表明した。また、集団的自衛権の行使容認を含む安全保障法制の整備について「日米同盟はより一層堅固になる」と意義を強調。関連法案の成立を「この夏までに必ず実現する」と約束した>(<>内「毎日新聞」引用)  戦後70年にして、なおかつ先の大戦に対して「痛切な反省」から話を始めなければならない首相とは日本国民のどの部分を代表しているのだろうか。70年前の日本国民もまた戦争の犠牲者ではなかったか。  戦争を始めるには必ず相手がある。米国に全く非がなく、日本が一方的に好戦的で戦争を仕掛けたというのだろうか。米国民がそのように考えているとしたら、私は米国民とは一切の関係を絶ちたい。米国民も痛切な反省の上に立たなければ、戦後70年間に世界各地に軍隊を派遣してドンパチと戦闘を繰り広げてきた米国は今後とも身勝手に戦争を勝手に始めるということだろう。 ��首相は演説に先立ってワシントン市内の第二次世界大戦記念碑を訪れたことを紹介し、真珠湾などの激戦地を挙げて「歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものだ」と表明。対米開戦の過ちにも言及した。そのうえで、「熾烈(しれつ)に戦い合った敵は心の紐帯(ちゅうたい)が結ぶ友になった」と述べ、戦後70年にわたる日米関係の発展に自信を示した。  アジアに対する過去の植民地支配への「おわび」や慰安婦問題には直接触れなかったが、「紛争下、常に傷ついたのは女性だった。わたしたちの時代にこそ、女性の人権が侵されない世の中を実現しなくてはいけない」と述べた。  首相は米国が掲げるアジア重視の「リバランス政策」を支持し、海洋進出を強める中国を念頭に、(1)国家が何かを主張する場合は国際法に基づくこと(2)武力や威嚇を自己の主張のために用いないこと(3)紛争解決はあくま...

身の回りのプロパガンダ。

 スーパーで貰っていたレジ袋は地球温暖化の元凶だとして全面禁止になったが、それよりも厚手のゴミ袋はO.Kとはプロパガンダ以外の何物でもない。  欧米列強が韓国の「従軍慰安婦」プロパガンダに乗って日本を「性奴隷」と批判したが、かつて植民地時代に現地住民の女性を片っ端から強姦しまくったのはどの国だっただろうか。  日本は「侵略をお詫びしろ」という欧米人は自らの国がやって来たことを御存知ないようだ。英国の新聞社が社説で「日本は侵略国だ」と批判したようだが、世界史上最も過酷な侵略政策を植民地で行ったのは英国ではなかっただろうか。そして中国を蚕食する突破口を開いたのも麻薬のアヘンを植民地インドで作らせて清国へ大量輸入したことから「アヘン戦争」に及んで、清国を撃破して租借地を割譲させたのが始まりだ。  19世紀から20世紀前半にかけて世界で「侵略」行為や「植民地」政策を採らなかった唯一の先進国が日本だが、その日本に対して最も苛烈な侵略や植民地政策をやり放題にやった欧米が素知らぬ顔をしているのもプロパガンダというべきものだろう。  そうした史実に基づく歴史を克明に検証して、日本は当時の世界を世界各国の国民に知らせるべきだ。なぜ大英帝国博物館にエジプトの古代遺品が大量に所蔵されているのか。  米国は世界平和に貢献しているのではなく、米国の国益に貢献しているに過ぎない。その米国に「同盟国」表明をして燥いでいる日本の安倍首相は世界から見れば滑稽なピエロに過ぎない。大人の外交なら、そこまで米国に傾斜しては元も子もない。なんなら中国と手を握っても良いよ、といった態度を米国に見せるのも有効な外交手法だろう。実際にオバマは中国に大幅に譲歩して手を握ろうとしていたではないだろうか。それが証拠に習氏が「太平洋の西半分は中国に、」といった軽口になったのだろう。  純情可憐は世界では愚かでバカだ、ということのようだ。純な安倍氏は米国でいかなる評価をされているのか、米国政治家の本音を知るべきだ。日本のマスメディアが得意とする米国の意を汲んだプロパガンダを看破する洞察力と叡智を日本の首相は持つべきだ。

日米同盟の過度な深化は日本にとって危険だ。

<安倍首相は28日午前(日本時間28日深夜)、米ホワイトハウスでオバマ大統領と会談した。  両首脳は記者会見し、日米同盟が、世界の平和に貢献しているとの考えを強調した。会談に合わせてまとめた「日米共同ビジョン声明」では、戦後の和解から始まった日米両国は、70年間にわたって世界の平和や繁栄に貢献するなど、模範的な2国間関係を築き上げたとの歴史観を共有していることも打ち出した。  首脳会談は予定の時間を30分超え、2時間近くに及んだ。両首脳の会談は昨年11月以来で、今回は岸田外相、中谷防衛相も同席した。  会談後、安倍首相とオバマ氏はホワイトハウスで共同記者会見を行った。  オバマ氏は冒頭、「日米同盟を通じ、これからも未来を築いていきたい」と述べ、新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)によって同盟関係を強化していく考えを強調した。首相は「日米は新たな時代を切り開いていく。強い決意をオバマ大統領と確認することができた」と応じた。  オバマ氏は、東・南シナ海で問題となっている中国による強引な海洋進出について、「中国は東アジアや東南アジアで力を拡大しようとしている。中国のやり方は間違っている」と批判した。  沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題について、オバマ氏は「より柔軟に対応したい」と述べ、首相は「負担軽減を日米の強い信頼関係のもとで進める」と日米の連携を強調した>(以上『読売新聞』引用)  日米同盟と称しているが、実際は日米間の軍事関係の条約には「日米安全保障条約」があるだけだ。それは日本が攻撃された場合に米軍が米国議会の同意を得て、日本を守るために戦うというものだ。  そのために日本は日本国内に米軍に基地を提供する、という義務を負っている。その義務と権利関係が日米間で成り立っている。決して日本が世界の平和を米国と共に担う「軍事同盟」を結んだものではない。  しかし安倍氏はわざわざ米国へ出掛けて、オバマ大統領と会談して日本の自衛隊はいつでも米国の求めに応じて世界の何処へでも出かけて米軍と共に戦う、と表明した。それに対してオバマ大統領も「日本国憲法」との関係は大丈夫か」との問い掛けもなく、「新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)によって同盟関係を強化していく」と応じた。  日本は安倍自公政権の暴走により何時でも世界の何処でも自衛隊を派遣して誰とでも組んで戦争をする国になろ...

憲法に定める「報道の自由」は誰のための自由だろうか。

<テレビ朝日の吉田慎一社長が28日、都内の同局で定例会見を行い、「報道ステーション」に出演した元経済産業省官僚の古賀茂明氏が、自身の降板をめぐり「官邸からバッシングを受けた」などと番組で発言した問題を受け、再発防止策と社内処分を発表した>(以上「デイリースポーツ」引用)  処分の内容は以下の通りだが、コメンテータが独自の考えを表明したことがそれほど大事なのだろうか。処分内容は以下の通り引用したが、その内容たるや酷いものだ。これでは日本のマスメディアは戦前の大本営発表を一言一句変わりなく国民に伝える「報道機関」に成り下がったも同然だ。  もちろん偏った報道はよくないが、それなら原発問題を論じる場合には推進派と即時廃炉派の両方の論客を登場させることだ。そして丁々発止と議論させる方が「自由な報道」のあり方ではないだろうか。  (1)コメンテーター室の新設。コメンテーターと番組スタッフとの意思疎通の強化を狙い、幅広い分野の有識者とネットワークを構築。各番組に対し、ネットワークを生かしながら必要に応じて人選や出演の助言を行う。  (2)番組へのフィードバック徹底と助言。コメンテーターの発言などについて、視聴者から電話やメールで意見をもらうシステム「おぴれこ」や、報道情報番組OBが論評を記す「生番組モニター」を従来以上に活用する。  (3)ゲストコメンテーターとの信頼関係の構築。ゲストコメンテーターに出演を依頼する際は、番組内容を丁寧に説明して趣旨を理解してもらう。番組プロデューサーや担当者は日常的に接触して信頼関係強化に努め、編成やコメント項目について丁寧に説明する。  社内処分も発表。戒告は報道局ニュースセンター「報道ステーション」担当部長、報道局ニュースセンターエグゼクティブプロデューサー、報道局ニュースセンター「報道ステーション」プロデューサー(当時)の3人。取締役報道局長、社長、会長は役員報酬1カ月10%返上とした>(<>内「デイリースポーツ」引用)  コメンテータの発言内容を事前に検閲するというのはいかがなものだろうか。まさしくマスメディアは官僚と政府の報道機関に成り下がったというしかない。それは国民の知る権利を担保する「憲法」に定めた「報道の自由」とはかけ離れたものだ。  そうした危機的な状況に対して、日本の言論界はなぜ沈黙しているのだろうか。そういえば、関...

それでも国会議員は黙ってゴールデンウィークを過ごすのか。

<日米両政府は27日午前(日本時間同日深夜)、米ニューヨークで外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)を開き、「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)について、18年ぶりの改定に合意した。日本が集団的自衛権を使うことを盛り込み、米軍への後方支援の地理的制限もなくした。安倍晋三首相が掲げる「積極的平和主義」を反映し、自衛隊の米軍への協力を地球規模に拡大する内容で、自衛隊のあり方が根本から変わる>(以上「朝日新聞デジタル」引用)  国会で安保法制が改正されたわけでもなく、政府が国民に説明したわけでもない改定版「安保法制」に基づく日米ガイドラインが2+2で話し合われたという。なんという安倍自公政権の暴走だろうか。  この国はいつから政府与党が決めれば国会決議なしも、与党協議で決めたことに基づいて外国と協議できる仕組みになったのだろうか。それに関してマスメディアがヒトコトも非を鳴らさないのも不思議といえば不思議だ。いつの間にかこの国は翼賛体制が出来上がって、国民はその情報操作の下で沈黙を強いられてしまっているようだ。  周辺事態法や個別自衛権から大きく逸脱して、日本はいつの間にか世界の何処でも戦争できる国になってしまったという。日本国憲法はいつ改正されたというのだろうか。  最高裁は法の番人として、政府の逸脱した行政権の発動に『憲法違反行為』として注意を与えないのだろうか。それとも政府の意を汲んで自衛隊創設当時と同じようにダンマリを決め込むつもりなのだろうか。それならマスメディアは中国や韓国の人治裁判を批判しないことだ。この国の立憲主義も中国や韓国と大して変わらない。  日本の三権分立が危うい。政府は行政権の最高機関として法案や政策などの提起は出来るが、国会の議決を経なければ行使できない仕組みになっているはずだ。そして裁判所は政府や国会の行為が憲法を逸脱した「違憲立法」でないかを審査する権能を有している。それが憲法の番人たる所以だが、裁判所は政府と国会に無視されっ放しだ。  それもこれも「違憲状態だが選挙は有効だ」という摩訶不思議な調和判決を出し続けた結果だ。「違憲」なら「無効」なのは当たり前の話だ。それを当たり前通りの判決を下さないから舐められ切って、国会は自分たちの選挙制度改革を三者委員会に丸投げして「改正作業中だ」と嘯いている。これほど酷いモラルの低下があるだろうか。...

同じ土俵で評価しない発電装置別の発電価格にどれ施程の意味があるというのだろうか。

 読売新聞朝刊の2面に とある。いかにも原子力発電がCO2を出さない発電装置で優秀であるかのような記事だが、比較する土俵が異なっているから妥当な評価とはいえない。  いうまでもなく、原発の10,1円は総括原価主義という世界で日本の電力会社でしか通用しない発電原価算定方法だ。それは「発電時の原価」という極めて限定的な期間原価を表現しているもので、会計原則に反する特別な原価だ。それに対して太陽光や風力は土地の選定から始まり賃貸価格なり買い取り価格の利子等の経費から、太陽光パネルの購入価格から設置経費、さらには発電の役目を終えて解体・撤去するまでの費用をすべて会計原則に基づいて発電電力総量に期間対応させて算出されたものだ。  一方の原発の発電原価には原発の建設費は勿論のこと、天文学的な金額になる廃炉・解体処分及び放射性廃棄物の最終処分とその後数万年に及ぶ維持・管理費は全て除外されている。そうした原価算定方式の異なる発電原価を紙面で比較させて、読者に勘違いを起こさせようとする読売新聞のやり口は卑劣というしかない。  土俵の異なるモノを比較させて、国民に勘違いさせる手法は官僚たちも用いるし、それをそのまま「情報」として垂れ流すマスメディアの世論操作にもウンザリさせられる。たとえば食糧自給率の算定だ。この国ではカロリーベースで自給率を算定するために、穀物などの炭水化物に偏った自給率が算出される。日本国民が口にする穀物の半分以上が殆ど全量輸入の小麦粉だから、食料自給率が50%を超えることはない。  翻って、世界の大半の国が採用している「消費金額ベース」での自給率では日本は67%と英国を抜いて世界でも自給率の高い国の部類に属すことになる。しかしそうなると農水省が予算獲得の大義名分にしている「食料自給率の向上のため」というスローガンが使えなくなる。そのため世界でも韓国と日本だけかせ使用しているカロリーベースの自給率を使っているのだ。  読売新聞ほどの大新聞ともあろうマスメディアが土俵の異なる数字を大ポイントの活字で紙面に刻んで、国民世論を誤誘導しようとするのは戴けない。たとえ経産省がそうした数字を発表しても、新聞社がキチッと土俵を同じくした数字に変えて国民に示すべきではないだろうか。もっとも原発はトータルコストがどれほどになるのは予測不可能だ、それほど膨大なツケを子々孫々に残す発電装...

もっと「お節介を焼く社会」にしよう

 半分子供で半分大人の世代が凶暴な殺人に手を染める事件が目立っている。<千葉県船橋市の野口愛永(まなえ)さん(18)の遺体が同県芝山町で見つかった事件で、県警は27日、野口さんは窒息死とみられるとの司法解剖結果を明らかにした。遺体は深さ1.5メートル程度の地中から見つかっており、県警船橋東署捜査本部は生き埋めにされた可能性もあるとみている>(<>内「毎日新聞」引用)  友人の18才少女を生き埋めにするという残酷さにただただ驚くばかりだ。事件にかかわった少年たちも20才とか16才という半分子供の世代だ。  ただ殺害された少女は高校を中退して飲食店などに出入りしていたという。そこで散財して借金を作り、それが殺人事件になるイザコザの端緒だという。少女の周囲にいる大人たちは一体何をしていたのだろうか。そして少女に散財させた飲食店の大人たちは少女が18才の未成年だと承知の上で飲酒させたのだろうか。  自分の18才の少女がなにをしようが関与しないというのは無責任の誹りを免れない。周囲の大人たちも青少年が何をしようと素知らぬ顔というので良いのだろうか。  この国は一度ドロップアウトした者には大変冷たい。向上心を持って自ら努力しない者に社会が手を差し出すのは困難かも知れないが、大人になる段階で多少の躓きがあるのは大人なら誰もが理解できるはずだ。それなら躓いた青少年に手を差し伸べる社会を作らなければならない。  手を差し伸べる段階は早い方が良い。不登校になったまま一週間以上も放置するのは学校をはじめ、社会が子育てに無関心すぎる。青少年の健全育成に国全体が関心を持って、躓いた者に大いに関心を持って手を差し伸べるべきではないだろうか。  それは青少年だけではない。乳幼児の虐待による死亡事件が後を絶たないことから、児童相談所も機能を十分に発揮できていないと考えるしかないだろう。そのためには隣近所の大人たちが乳幼児の存在に関心を持ち、大いにお節介を焼く社会でなければならない。  子供が生まれれば誰でも親になるが、親になる自覚が薄いまま子育てを強いられる未成熟な両親がいるのも事実だろう。彼らは大人になりきらないまま、子育てという24時間身の休まらない生活を過ごすことになるストレスに耐えられないのかも知れない。  普通は気の抜けない子育てが親を作るのだが、我が子が育っていく喜びを感じられないとし...

第二自民党の民主党はこの国に不要だ。

<民主党の枝野幸男幹事長は27日、統一地方選後半戦が終了したことを受け、党の戦いぶりについて「底打ちというよりも土俵際で歯を食いしばっている状況」と総括した。国会内で記者団に語った。枝野氏は前半戦が終了した際、「底打ちして戻しつつある流れはできた」と発言、党内から「危機意識の欠如だ」などと批判を招いており、より厳しい認識に改めた。  枝野氏はまた、統一選全体を通して低投票率が目立ったことに関し、「4年後はわれわれが積極的な候補者擁立をして激戦、接戦の状況をつくる責任がある」と語り、民主党が与党との対立構図をつくれなかったことも一因との見方を示した>(以上「時事通信」引用)  まだ「土俵際で頑張っている」などと寝とぼけたことをノタマッテいるとは。民主党に危機感は皆無のようだ。地方議員の総数で民主党所属の議員数は共産党議員数に遠く及ばないのが現状だ。  それもこれも政権にあった日に、官僚下請政党に成り下がって、党代表が(つまり首相が)自民党の総裁と全く変わらずに消費税10%にすべきだと叫んだからだ。それで一瞬にして民主党支持者の多くが潮が退くように民主党のもとを去った。官僚下請政党なら自民党の方が長年の実績があるから、民主党に任せる必要はないから弊衣のように投げ捨てられたのだ。  投げ捨てられた弊衣が新しい衣装を纏ったのなら、それなりに支持者が戻るはずだが、馬鹿な民主党の国会議員はこともあろうに「安倍氏は10%実施を先延ばしにして、財政規律の回復を遅らせた」などと財務官僚のペーパーそのものを予算委員会で読む始末だ。  バカバカしいにも程がある。なぜ経済成長策を強力に実施してGDPを拡大すれば税収は税率を上げるまでもなく増加して、財政規律は早期に達成できる、という論旨で議論を展開しないのだろうか。消費増税を一日も早く上げて軽減税率も導入するな、というのなら財務官僚下請政党の自民党とどこが異なるというのだろうか。  集団的自衛権の議論ですら米国隷属・自公政権に引き摺られて、些末なホルムズ海峡封鎖の事態とは、などといった末梢の議論に矮小化している。なぜ周辺事態に対処するのが「自衛隊」の限界ではないのか、という議論を堂々と展開して、憲法の解釈改憲は立憲主義を冒涜していると自公政権を批判しないのだろうか。それでも憲法と平和を守る民主党だろうか。  集団的自衛権といった隠れ蓑の下で...

老人の年金制度と所得税制を根本的に改めよ。

 御用評論家たちは早くも65才年金受給開始を70才からの受給と選択できるようにして、70才から受給すればより多くの年金額が受給できるようにしてはどうかとのキャンペーンを始めている。そうした議論の趣旨が解らないでもないが、年金格差を放置したままの帳尻合わせだけをしようとする議論には賛成できない。  年金の支給額に大きな格差がある現状を「社会保障制度」の歴史が異なるから格差があるのは仕方ない、という理屈で数倍もの支給額格差を放置して良いというのでは日本の門金制度は「社会保障」ではなく、現役時代の職業別による差別制度でしかない。  なぜ年金の支給額を一律に出来ないのだろうか。現役時代は個々人の才能と努力により所得に格差が生じるのは是認すべきだが、それでも所得格差を是正すべく所得税による「富の再配分」作用を強化すべきだろう。  しかし現役から退いてまで現役時代の加入年金制度による年金支給額の大きな格差が存在する現状は「社会保障制度」とは言い難い。それは「職業別差別年金制度」とでも改名すべきだ。  むしろ年金は一律支給に制度統一を早急に実施して、年金支給世代に対する所得税制を「働けば働くほど所得が増える」制度に改正すべきだ。ただ、株式配当や不動産所得など富の蓄積による所得に関しては配慮する必要はないが、65才を過ぎても働く人たちの所得税率は大幅に緩和すべきだ。  70才から受給を選択していても明日の命がどうなるか解らないのが老人たちだ。65才を過ぎれば年金を受給してゆっくりしたいが、それでも家庭の事情によりより多くの所得が必要な人は働くことも選択できる途を残す必要がある。ただ基本的に年金はすべての国民に一律支給が大前提だ。それが社会保障の基本的な在り方だ。  年を重ねれば外面的な年齢印象と同じく、個人的な機能格差は大きくなる。ある人は腰や膝に障害を抱えるようになるかも知れないし、加齢による視力障害や聴力障害を抱えるようになるかも知れない。そうした個々人の人としての能力格差が拡大するのが老人世代だ。  元気な人は働いてより多くの所得を手にすれば良いが、現役時代と同等以上の働きは望むべきもないだろう。根を詰める仕事は長続きしなくなるし、力仕事はなおさら無理だ。それでも働く老人は所得税は年金と合わせて年収が平均労働所得に達するまでは大幅に軽減すべきだ。現役の人たちと同等の所得税を課...

日本国民と国会を置き去りにして、安倍氏は米国へ行って何をやるのか。

<ローズ米大統領副補佐官は24日、安倍晋三首相の訪米を前に電話で記者会見し、日韓関係改善の観点から、首相が29日の議会上下両院合同会議での演説で、歴史問題に言及することへの期待感を示した。  演説での歴史問題の扱いについて、ローズ氏は「われわれは過去の(河野、村山)談話と合致するような建設的な取り組みを、首相に促している」と述べた。  外交筋によると米政府には、村山談話をはじめ、過去の内閣の立場を引き継ぐ意向などを首相が表明することへの期待感がある。  ローズ氏はまた、「首相の訪米を、アジア太平洋地域におけるリバランス(再均衡)戦略の文脈で考えている。日米関係は地域の同盟ネットワークの中心だ」と強調。28日の日米首脳会談では、日米防衛協力の指針(ガイドライン)再改定や北朝鮮、中国、ロシア、イランの問題などをめぐる協議を通じ、日米の協力強化を確認すると説明した>(以上「産経新聞」引用)  米国のローズ米大統領副補佐官が電話取材とはいえ、安倍氏が米国へ行っていかなる発言をすべきかに注文を付けたとは由々しき問題だ。断じて日本は米国の属国ではないし、ましてや日本の首相の発言が米国副大統領の「希望」によって変更されるとは思えない。  それでもローズ氏が安倍首相に先の大戦に対する「反省」と「謝罪」を表明してもらいたいとの意を示すとは傲岸不遜だといわざるを得ない。当時、東南アジアを侵略していたのは欧米列強で、現地住民を虐殺したり人権を抑圧して牛馬の如く使役に使っていたのは欧米列強だ。日本が併合した台湾や朝鮮半島の人たちを奴隷として使役した史実は何処にもない。  むしろ先の大戦と大戦以後も暫くの間、アジア、アフリカ、および南米の各地で植民地経営を行い、現地住民に塗炭の苦しみを与えたことに対して「反省」と「謝罪」をすべきは欧米列強の方だ。  中国で日本軍が国民党軍を相手に戦争を行ったのに「反省」と「謝罪」を求めるなら、アメリカ先住民600万人を虐殺した米国やゲームのようにしてオーストラリア原住民を岩山から突き落として虐殺したオーストライアやチベットやウィグル人を多数虐殺して版図に組み込んでいる中共政府も「真摯な反省」と「謝罪」を表明すべきだ。日本だけが当時の世界で「戦争大好き」国家だったわけではない。各国の歴史を子細に検証して、各国の水夫に見合った「謝罪」と「反省」を国連に欧米列強や...

「熱さに懲りて膾を吹く」ことになってはならない。

<政府は、総理大臣官邸の屋上に小型の無人機「ドローン」が落下しているのが見つかったことを受けて、24時間体制で官邸の屋上の警備を行うことを決め、24日夜から警察官を配置しました。 政府は、総理大臣官邸の屋上に小型の無人機「ドローン」が落下しているのが見つかったことを受けて、24日、杉田官房副長官をトップとする関係府省庁の連絡会議を開き、重要施設の警備を強化することや、小型無人機の規制強化に向けた法整備の検討を急ぐことを決めました>(以上「NHKデジタル」引用)  官邸の警備は当然なされていると思っていたら、屋上という思わぬ穴があったことから警察官を配備するという。日本は飛んでもない後進国だろうか、なぜ監視カメラや赤外線装置などといった防犯システムで屋上を警備しようとしないのだろうか。  防犯カメラも官邸の屋上に配置するだけでなく、複数の周辺の高いビルの屋上にもカメラを設置して、官邸全体を視野に入れた位置から監視するようにすれば良い。それらの映像を官邸内の警備ルームにすべての防犯カメラの情報を集めてモニターを複数の警備員で監視すれば良いだろう。  そしてドローンに対して規制立法をすべきと様々な議論が与党内で沸騰しているようだが、熱さに懲りて膾を吹くようなことがあってはならない。ドローンは趣味の範囲にとどまらず、映像だけでなく軽量の荷物運搬など各種用途に使えることから、使用者する者に規制をしたり自由度をなるべく奪わないようにしておく必要がある。  むしろ限定列挙方式で「飛ばしてはならない地域」や「個人生活を覗き見してはならない」等に留めておくべきではないだろうか。ただ、空を飛ぶ物体は墜落の危険性を伴う。それが人や高速で走る自動車や列車に衝突した場合は軽い機体でも相当なダメージを与えることを予見して法規制に盛り込んでおく必要があるのはいうまでもない。

国民はそれでも黙認するのだろうか。

<新設の国際平和支援法案では、第1条(目的)で、他国が行う戦争に、自衛隊を後方支援のために派遣する事態を明記。①国際社会の平和及び安全を脅かす事態②脅威を除去するために国際社会が国際連合憲章の目的に従い共同して対処する活動③我が国が国際社会の一員として主体的かつ積極的に寄与する必要がある――という3条件がそろった状況を「国際平和共同対処事態」と位置付けた。  自衛隊の海外派遣への「歯止め」策として求めた「例外なき国会の事前承認」は第6条などに規定。首相は自衛隊の派遣前に、国際社会の取り組みや派遣の理由、後方支援の基本方針などを盛り込んだ基本計画を作り、「国会の承認を得なければならない」とした。国会は、衆参で計14日以内に議決するよう努力する規定も入った。  安倍内閣は与党の正式合意を受け、関連法案を5月中旬に閣議決定。与党は同下旬から審議に入り、今国会を大幅に会期延長した上で8月上旬にも成立させる考えだ。24日の与党協議では、政府は、関連法案の成立後、半年以内に施行させる考えも明らかにした>(以上『朝日新聞』引用)  三条件を付したとはいえ「国際平和支援」のためなら自衛隊は世界の何処でも何時でも何をやっても良いことになる。爾来、平和のためでない戦争はなかったし、平和にかこつけて人類は散々戦争をやって来た。  帝国主義や侵略が当たり前の世紀の日々に、遅れて欧米列強の隊列に参加した日本は欧米に真似て行動した。そうしなければ反対に日本が侵略され他国の植民地にされる、という熾烈な世紀だった。実際に満足に独立国家として存在していた有色人種の国家はアジア、アフリカに風土病の蔓延していたエチオピアを除けば唯一・日本だけだった。そうした狂気の世紀に日本だけが狂気から遊離して地上に存在することは不可能だった。  そうした狂気の世紀が21世紀も続いているというのだろうか。人類は一向に進歩しない戦争大好きの遺伝子が組み込まれた凶暴な生物なのだろうか。しかし、そうした戦争の狂気に日本は付き合う必要があるのだろうか。  たとえばホルムズ海峡が封鎖されれば日本の存立の危機に陥る、という設定を語るのが戦争大好き日本に仕立て上げる人たちだが、ホルムズ海峡封鎖が実際に起こり得ると考えているのだろうか。また実際にホルムズ海峡が封鎖されれば、直ちに日本国民が塗炭の苦しみに陥るのだろうか。それなら石油備蓄...

選挙ーーこの奇怪な公職選挙法。

 統一地方選が後半戦に入って、あと二日残すだけになった。しかし、この選挙という民主主義の根幹をなすモノが体力と金銭勝負という実態に「どうにかならないか」と疑問を抱くのは私だけではないだろう。  たとえば選挙ポスター一つとっても、選挙区によっては数百枚以上のポスターを数百㎢の地域に一斉に貼るために数十人の人員を確保しなければならない。それもタダでというわけにもいかず、一人1万円の労務費を支払えば、それだけで数十万円かかる。  選挙期間中は毎日「街宣」活動をするわけだが、公費選挙でも補償されているのは運転手と街宣車だけで、鶯嬢や先導車や乗員などの労務費はすべて候補者持ちだ。しかし実は告示後選挙戦に入ってからよりももちろんだが、それ以前の慈善活動にも様々な経費がかかる。  そうした金銭的な裏付けがなければ選挙に立候補すらできないし、候補者となってからも告示以後の選挙期間中は声を嗄らしてマイクで連呼する。街宣車の使用は朝八時から夕刻の八時までと定められているが、朝早くから「朝立ち」をやるのは候補者の常識になっている。まさしく体力勝負だ。  しかし、そうした選挙活動で候補者の何が有権者に解るのだろうか。図々しさと厚かましさに勝る者の方が日本の選挙では有利だ。もちろん顔が売れていることと派手なパフォーマンスが出来る者も有利だろう。  そうした資質が議員や首長の資質と無縁なモノだということは明らかだ。なぜもっと大人しくすべての候補者に公平な選挙制度にならないのだろうか。朝から晩まで拡声器で連呼を聞かされるのはかなわない。  果たして候補の掲示板が現在ほど必要だろうか。選挙の投票場と公民館などにあれば充分ではないだろうか。いや、果たして必要なものかを有権者に問うてみてはどうだろうか。そして「街宣車」も必要か、候補者の連呼を聞くだけで意味があるのだろうか。  むしろ候補者の政策や人柄を知るための「広報紙」の配布回数を増やす方が有効ではないだろうか。争点提起と候補者に聞きたい項目を事前に有権者からアンケートなどで募集して、それに候補者が回答したものを一覧表にして配布しておくことが必要ではないだろうか。「明るい市政を」などといったスローガンにどれほどの意味があるというのだろうか。  公職選挙法を一から見直して、有権者の意が候補者に反映できる選挙制度に改善すべきだろう。そして効果の薄いポス...

放射能ーーこの目に見えぬ魔の手。

<東京都豊島区は23日、区立公園「池袋本町電車の見える公園」で、1時間あたり最大480マイクロシーベルトの放射線量を測定した、と発表した。福島第一原発事故で、国が避難の目安とするのは年間20ミリシーベルト。40時間余り居続けると達する計算になる。  最大値が測定されたのは、二つの滑り台が組み合わさった遊具がある地表部分。ただ、そこから数メートル離れた滑り台の先端は0・07マイクロシーベルトに下がるという。地中に何らかの発生源がある可能性が高く、同区は遊具周辺をフェンスで囲み、公園への立ち入りを当面禁止した。  同日の調査に立ち会った原子力規制庁は、「線量が高い範囲は狭く、長い時間立ち止まるような場所ではないため、普通に遊んでいる場合であれば人体に影響はない」としている>(以上「時事通信」引用)  子供が遊ぶ公園でも、さらに幼児が好んで遊ぶ滑り台遊具の地表部分で1時間当たり最大で480マイクロシーベルトの放射線量を測定したというのは由々しき問題だ。指摘するまでもなく、放射線が人に影響を与える問題で幼児への影響は妊産婦と同じく老人に対する同量の及ぼす影響よりもはるかに危険だ。  そうした場所が長年放置されてきたのはどうしてだろうか。福一原発の放射能漏れ事故以前からあったとしたら、その公園で遊ぶ機会の多い乳幼児が浴びた放射能は「危険ではない」などと悠長なコメントを発表できる程度を遙かに超えているだろう。  この国のマスメディアはなぜ各地の放射能汚染度を定期的に発表しないのだろうか。福一原発の放射能漏れは収束したわけではなく、いまだにダダ漏れに漏れている。その多くの放射性物質は地下水に溶解しているとしても、何割かは確実に塵となって空気中に浮遊している。  風向きによって広範囲に拡散することは福一原発の水蒸気爆発時の拡散により承知しているはずではないだろうか。その後、各地で除染したとはいえ、除染以後の放射能の塵が雨水等によって広範囲から一ヶ所に濃縮されている可能性は高いだろう。そうしたホットポイントの危険性をかつてマスメディアは報じたが、それ以降は問題がすべて去ったかのように沈黙している。  塵となった放射能物質は臭いもしなければ色もついていない。それが海洋に流れ出して汚染している事実は何度もマスメディアが報じてきた。安倍氏は世界に向かって「汚染水は完全にブロックされコントロ...

簡単に反日プロパガンダに踊らされる米国上院議員の質の悪さ。

 ホンダ氏は、演説を傍聴していた韓国人の元慰安婦の李容洙さん(86)を紹介し「台湾に連れて行かれて日本軍の性奴隷にさせられた」と説明。その上で、安倍首相の訪米が成功するかどうかは「彼が戦時の歴史にどれだけ誠実に向き合うかだ」と主張した>(以上「時事通信」引用)  米国にも反日活動家はいる。ホンダ氏は名うての反日下院議員だが、反日であれば何をやっても良いというものではない。86才の元慰安婦と称する韓国女性の言葉を頭から信じるのは如何なものだろうか。しかも戦地ではなく台湾に連れ去られて「性奴隷」にさせられた、というのは単に売春宿に「年季奉公」で売られた可能性が高い、となぜ考えないのだろうか。  安倍氏が「戦時の歴史にどれだけ向き合うか」が訪米のカギだというのなら、米国民すべても戦時の歴史と向き合って戴きたい。米軍が日本国民に何をやったか、それが戦時国際法に明確に抵触することを米国は日本のすべての国民に謝罪すべきだ。なぜなら米軍は日本の家屋を焼き払うための「焼夷弾」を大量に製造し、日本各地の都市に焼夷弾の絨毯爆撃を実施した。それは市民の虐殺を目的とした攻撃以外の何物でもない。二度もの原爆投下はいわずもがなだ。  しかし、そうした歴史を掘り返すことにどれ程の意味があるというのだろうか。86才の韓国女性が慰安婦ではなく、単なる売春婦だったのだろうし、それは現在の米国にも非合法ながらコールガールが街角で春をひさいでいることから実態がいかなるものかお解りだろう。しかも当時の日本は売春を禁じてはいなかった。  売春婦は合法的な女性の仕事の一つだった。売春宿の「遊郭」を題材にした歌舞伎や悲恋物語はヤマほどある。別に隠し立てする必要もない史実だ。しかし軍部が強制的に韓国女性刈りをして「性奴隷」にした記録は一切ない。当然ながら、当時の日本軍には韓国人もいた。彼らが暴動を起こした史実もないことから、そうした民族差別は存在しなかったといえる。米国がつい数十年前まで激しい黒人差別のあった国だということに「反省」と「謝罪」もなく、平然としていることと比して、日本の首相が毎年のように「謝罪」してきたことから、いかに自虐的に平伏して来たかがお解りだろうか。  日本国民を余り舐めないことだ。いつまでも「謝罪」して、「反省」を強要されると、ついには史実はこうだったではないか、と反論せざるを得なくな...

非礼な人物の相手をする必要はない。

(以上「毎日新聞」引用)  日本の首相は何度、謝ればよいのだろうか。日本の首相は永遠に謝り続けろ、というのなら必勝の準備を秘かに整えて最終戦争を仕掛けようかと思わないでもない。いい加減ウンザリだ。  日中国交回復時に「過去は水に流した」はずではなかったのか。それを「歴史を直視した発言を」と習金平氏に言われる筋合いはない。それなら中国に対しては「現実を直視した発言を」と注文を付けるべきではないか。  物事には二面性がある。たとえば米国の独立戦争は英国にとっては植民地の反乱戦争だ。昨年ロシアが強行したクリミア半島の併合は「住民投票による民主的な政治判断だ」という理屈があるが、ウクライナにとってはロシア帝政時代からの軍事力を背景にしたロシア人の「入植」という侵略だ、という思いがある。  昨日、韓国の駐日大使が「安倍氏が70年談話で「侵略」「植民地」「謝罪」というキーワードを使えば世界に輝く談話になる」などと発言しているが、大使ごときが一国の首相に付けるべき注文の範疇を超えていることを認識すべきだ。日本にいつまでもそうした非礼な発言を繰り返すのは中国と韓国だけだ。内政干渉というにも程があるし、既に二国間条約で解決したことをいつまでも外交カードとして持ち出すのは中国と韓国の国家としての品位すら疑う。  そうした非礼な国を相手として付き合う必要があるのだろうか。習金平氏が主導しているAIIBは中国の過剰な国内投資の矛盾解消の金融策に過ぎない、というのは既にバレバレだ。世銀やアジア開発銀行から借金している中国はそれらの借金を返済してからAIIB設立を打ち上げるのが筋だろう。  自分の利益になると判断すれば何でもやる、というのが中国と韓国の共通点だ。世界第二位の経済大国だと中国は誇っているが、それが本当かは疑わしいし、本当だとしても輸入と輸出の両建てで成り立っている中国経済が巨大だとしても、中身が薄いのは少し考えれば解ることだ。両建ての共通部分を差し引けばGDPはたちまち萎んで、中国の実力が見えてくるはずだ。  必要以上に過小評価するのは危険だが、中国が水膨れした虚像を世界に見せつけている「世界第二位のGDP」に脅威を覚える必要もない。韓国はさらに日本にとって相手にするのに取るに足らない国だ。  非礼な人物は相手にしないことだ。「敬遠」して、政治的な熟成を待てば良い。「中国が経済的...

常に歴史への「反省」を求められる国は世界でも日本だけだ。

 安倍首相は同日昼に行った演説で、第2次世界大戦への「深い反省」を表明した。1955年のバンドン会議で採択された「平和10原則」を引用する形で「侵略」という言葉も盛り込んだ。そのうえで、「共に、平和と繁栄を築き上げよう」と訴えた。  同会議での首相演説をめぐっては、夏に出される予定の戦後70年談話との関連で、歴史認識についてどのような言葉を用いるかが注目されていた。  首相は演説の中で、「侵略または侵略の脅威、武力行使によって他国の領土保全や政治的独立を侵さない」という60年前の「平和10原則」の文言に触れたうえで、「バンドンで確認された原則を、日本は先の大戦の深い反省と共に、いかなる時でも守り抜く国であろうと誓った」と強調した。  2005年に開かれた50周年を記念する首脳会議では、当時の小泉純一郎首相が演説で、「植民地支配と侵略」がアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えたとして、「痛切なる反省と心からのおわび」を表明した。安倍首相は今回の演説で、「おわび」には触れなかった>(以上「読売新聞」引用)  日本に先の大戦で「お詫び」を事ある毎に求めるのは如何なものだろうか。世界史で知っているが、侵略をしたのは日本が唯一無二の国ではないし、世界に植民地を拡大して現地人の人権を著しく侵害し、搾取した欧米諸国は事ある毎にそれらの国々に詫びているのだろうか。  日本の「侵略」を厳しく断罪する中共の中国は近隣諸国や地域を侵略していないし、現地人の人権を著しく侵害していないと断言できるだろうか。現在も強大な軍事力を背景にして、南シナ海沿岸諸国の主権を侵害していないといえるだろうか。  70年以前に終了した戦争に関して、未だに『反省』だの『謝罪』だのと求められ続けるのにはウンザリだ。それなら言わせてもらうが、韓国は日本から何一つとして「謝罪」も「援助」も受けていないとでもいうつもりだろうか。  もういい加減、日本に「謝罪」や「反省」を求める「歴史認識ごっこ」はやめようではないか。中共政府も先の大戦以後の中共政権の短い歴史の中ですら自国民を数千万人も虐殺した歴史を持つ国だ。今もウィグル人やチベット人を抑圧し、簡単に虐殺している。日本の非をあげつらう倫理観があるなら、自国の歴史を日本に対する批判眼で見詰めることだ。  東南アジア諸国に対しては、日本がやった戦争は『植民地からの解...

中国や韓国の反発は筋違いだ。

 中国は安倍首相が春の大祭で靖国神社に玉串を奉納したことに反発して「侵略の歴史認識をして、アジア諸国に詫びるべきだ」との態度を表明した。先の大戦に関してグダグダと何度でも持ち出して批判するのはいかがなものだろうか。  日中平和条約で中国は日本との過去を清算して未来へ共に向かおうと約したのではなかっただろうか。そして1930年代の日本の行動を批判するのなら、当時の中国に進出していた欧米列強に対しても「歴史認識」を要求するのが正しい中国の要求の仕方ではないだろうか。 ��村山富市元首相は21日、安倍晋三首相が戦後70年の節目に出す「安倍談話」に関して、「(首相は)『植民地支配と侵略』という言葉を使いたくない。『なぜ日本だけ謝らなければいけないのか』という気持ちがあるのではないか」と批判した。  東京都内の講演で語った。首相が20日のテレビ番組で、「村山談話」の「植民地支配と侵略」などの文言について「同じことを入れるのであれば談話を出す必要はない」と発言したことを受けたものだ>(<>内「朝日新聞」引用)  日本に対して過去の歴史を中国と韓国が持ち出してきたのは村山氏が愚かな談話を発表したからだ。それにより日本は「過去」を持ち出せば「仰せごもっとも」と平伏することを学んだ。  決して「植民地化」したのではない台湾と朝鮮半島の併合に関しても「植民地時代」と表現することにより、日本国民に「過去に日本は悪いことをしていた」と思わせる効果があることを韓国は知った。それ以来、韓国は「日本の植民地時代」という文言を使用し始めた。これも当時の欧米列強が世界各地で行っていた「植民地統治」と日本の「併合統治」とを比較検証した結果として「併合派植民地統治と同じだ」と断じて使用しているとしたら飛んでもない間違いだと批判するしかない。  日本に併合した地から農作物や地下資源などを「収奪」した過去はない。半島統治により朝鮮米の価格が日本内地米の半額程度だったため、朝鮮人は日本にコメを売って儲けようとした。しかしそれを許すと朝鮮半島が飢えるため、日本は朝鮮米の日本内地へ移動させることを禁じた。  半島全域のインフラ整備を併合した日本が日本国民の税を投入したのは周知の事実だ。そして半島の朝鮮人に義務教育を日本国民と同等に施したのも周知の事実だ。それまでは半島の文盲率は96%で、李氏朝鮮は愚民政策を数百年...

TPPへの参加は米国への属国化だ。

 TPPに反対なのはそれが単に自由貿易の範疇だけにとどまらないからだ。関税を引き下げて「自由貿易」を担保する国際的な協議機関には既にガットがある。それはお互いに相手国の「主権」を尊重した上で、出来る限り関税を引き下げて「自由貿易」を行おうとするものだ。  しかしTPPは根本的に異なる。関税を撤廃して国家としての産業政策が貿易に入り込む余地をなくすだけでは足らず、「非関税障壁」と認定する日本独自の制度までも「関税」の一種に過ぎないとして、貿易に関わる投機家たちからの提訴で世界銀行の中の一機関で適否を判定するISDI条項があることだ。  ISDI条項を発動すれば日本が自動車に課している排気量ごとに課税を段階的に課している「自動車税」も大排気量の自動車に不利な制度で米国社製の自動車を狙い撃ちしているとして「非関税障壁だ」と認定されれば、日本政府はその制度の撤廃を求められるだけでなく、米国の自動車産業に対して莫大な損害賠償金を支払わなければならなくなる。そのISDI条項の発動を事前防止するために「軽基準」としてあった、軽自動車に対する格安の自動車税を増税したと思われる。  当然のことながら、そうした日本特有の制度に対してISDI条項が発動されることから、日本の農業に対する各種補助金や「減反政策」等もその標的にされるだろう。  元々製造原価の高い国内の酪農製品に対して行われている各所助成や制度も、米国並みに引き下げなければならなくなるだろう。さらに物品交易だけでなく、保険や医療制度といった日本で定着している各種制度にまでISDI条項が発動されることになる。  米国の貧困層に厳しい、社会保障制度としては日本よりも劣る医療保険制度が日本に適用されることになりかねない。もちろん混合診療は限定的なものから一般的となり、保健医療の方が限定的となりかねないし、そうなると中間層でも家人の医療費負担により破産する事態が日常化しかねない。そうした社会を日本国民は望んでいるのだろうか。  米国社会は決して天国ではない。端的に言えば1%の人たちに残りの99%の人たちが奉仕する社会だ。日本も「米国命」の官僚独裁により、TPP加入へと傾斜している。それは日本が貿易だけでなく社会制度までも米国に隷属する国になることを意味する。  防衛では安保法制改革で自衛隊を米軍の補完軍隊として世界で使おうとするもので...

官僚による独裁国家・日本。

 日本国民は官僚独裁によるマスメディア報道統制により情報を極端に制限されている。たとえば日本の農業は過保護で国民に過度な負担をしている、という常識が蔓延している。  しかし「農業の保護比較」を見ると米国55.3%、英国78.0%、仏国42.0%なのに対して日本27.8%となっている。米国や英国で農家の個別所得保障制度に多額な予算が投じられていることは周知の事実だ。日本も英米に真似て農家への戸別所得補償制度を創設しようと掲げた2009民主党マニフェストは徹底的に「財源はーー」という民主党潰しキャンペーンにより潰えた過去がある。  TPPは日本の農業も含めた産業界の米国従属策だ。いや米国というよりも米国の投機家と米国の刻多国籍業への隷属を意味する、というべきだろう。  安倍自公政権は軍事的な米国隷属化を「国際平和支援法」(案)により世界の何処でも何時でも米軍とともに戦争に参加できる自衛隊にすることで隷属化を進め、米国の覇権低下を防ごうとしている。それは官僚の独裁を支えているのがGHQ以来の米国の後ろ盾だからだ。  民主党が政権を執ろうが官僚の協力なくしては沖縄の米軍基地の一つとして県外移設を果たせなかった。現在も翁長知事が頑張っても、安倍氏は「辺野古沖移設」しかない、と言い切る始末だ。それにより米軍を沖縄に繋ぎ止め、米国との軍事一体化を図ろうとしている。  日本は決して独立国ではない。これほど米国に隷属している「独立国」は日本以外に世界にはない。かつての盟友・英国ですら米国や日本の期待に背いてAIIB参加を表明した。それは米国ドル体制による金融の世界支配の終焉が近づいていることを示している。  日本は米国の軍事・経済的な威信を背景として戦後国際社会に復帰し、経済大国として復活を果たした。確かに米国が築いた覇権世界のルールに則って日本は復活したが、それは同時に日本の経済大国としてもたげた頭を米国により押さえつけられた歴史でもある。  繊維交渉やドルショックやプラザ合意でどれほど日本が痛めつけられてきたか、「水に流す」国民性はそれほど根に持っていないかも知れないが、国民の大半が忘れ去っているのではないだろうか。その延長線上に安倍自公政権の安保法制改正やTPP参加交渉がある。それらは日本の米国への隷属化でしかないし、それを陰で主導しているのは官僚たちだ。日本は官僚独裁国家だと...

立憲主義も何もかもかなぐり捨てて、暴走する安倍自公政権。

 日本国内の米軍基地が米国にとって世界規模で比較しても、いかに重要なものかを示す資料がある。 ��在外米軍基地の資産価値・上位10位(単位・100万㌦) ①横須賀       日本       海        5418 ②嘉手納       日本       空        5245 ③三沢        日本       空        4508 ④横田        日本       空        4234 ⑤ラムステイン ドイツ 空 4233 ⑥グアンタナモ キューバ 海 3472 ⑦ディエゴガルシア 英領 海 2799 ⑧キャンプ瑞慶覧 日本 海兵 2750 ⑨トゥーレ グリーンランド 空 2725 ⑩グラーフェンベアー ドイツ 陸 2400  世界中に展開している米軍基地の中で、資産価値が高い上位10を並べたものです。1位から4位を日本が占めています。これだけでも2兆円を超す資産です。在日米軍基地全体の資産価値は5兆300億円を超します。それに加えて、日本は在日米軍に対して多額の財政負担を行っています。2014年度では思いやり予算を含む6739億円です。それだけではありません。日本には米軍が唯一海外に駐留させている海兵隊、空母の母港があります。さらに不平等な地位協定により、在日米軍には特権が与えられており、在日米軍基地も自由に使用でき、低空飛行訓練もやりたい放題ですし、首都圏には広大な米軍の航空管制空域(横田ラプコン)があります。在日米軍基地がなければ、米国はアジア太平洋地域での超大国としての振る舞いは不可能なのです> (以上<>内「【NPJ通信・連載...

「中国」ーーこの傲慢国家。

安倍首相は、アジア・アフリカ会議の60周年記念首脳会議に出席するため、4月21日から3日間の日程で、インドネシアを訪問する予定で、政府関係者によると、同じく会議に出席する習近平主席と、22日に首脳会談を行う方向で調整している。 会談が実現すれば、2014年11月に中国の北京で行われた日中首脳会談以来、およそ5カ月ぶりとなる>(以上『FNN 』引用) 習主席はこれまで展開してきた反日政策から、中国民の目の前で安倍首相と会談するのは困難なためか、インドネシアで会談するという。中国本国内での会談でないだけに、習主席は本音で会談するものと思われる。  中共政府は誰が贔屓目に見ても困難な正念場にある。それはすべての面で、だ。  まず経済面ではシャドーバンクが全国で相次いで破綻しているし、庶民の投資先の不動産事業を展開していた大手不動産業者が破綻したり夜逃げしたりしている。そうした状況が中国の都市銀行や中央銀行に影響を与えないわけがない。それにより国内経済政策を指導してきた李首相と習主席との間に亀裂が生じているといわれている。  習主席は国内統治でも困難に直面している。既に15人以上による暴動は全国で年間20万件以上も発生しているという。治安秩序の全面崩壊の一歩手前まで到っているようだ。  それで国民の不満を逸らすべく反日ではなく、腐敗摘発に全力を注いでいる。軍部のナンバー2の徐氏を摘発したのは軍部全体に衝撃をもたらした。人民解放軍はそれぞれの軍区の国営企業を掌握し支配することにより巨額な利権を軍幹部は手にし、蓄財に励んできた。そこにメスが入るとすれば人民解放軍全体を揺るがす大問題だ。  軍部だけに腐敗摘発の手が伸びているのではない。習主席は中国共産党幹部にも腐敗摘発を断行し、政敵を次々と逮捕している。それはタブーとされた党トップ7人衆に対しても行われ、周氏もすでに逮捕され、彼の側近や関係者たちも逮捕されている。  しかし習主席が属す「太子党」も全ての幹部が蓄財を行っているのは周知の事実で、習主席の子供たちが米国でフェラーリを乗り回したりして優雅な暮らしをしているのを一部の中国民は既にネットなどで知っている。政治に対する不満を中共政府から逸らすために進めてきた反日政策から腐敗撲滅へと進めてきたが、それが巨大なブーメランとなって習政権を襲っている。  習主席が主導しているA...

安倍氏はいつまで「敗戦」を引きずるのか。

 今日午後一時から安倍氏は翁長沖縄県知事と30ほど会談するという。たった30分でいかなる話し合いが出来るのか、と疑わざるを得ないが、それでも会わないより会う方が良い。  安倍氏が一方的に辺野古移設を推進すると告げるだけなら、沖縄県民はさらに国家そのものへの反発を強くするに違いない。いわば日本国内に点在する米軍は「敗戦」の遺物そのもので、日本国防衛のため、というのは方便に過ぎない。  翁長氏と菅官房長官との会談の模様が「時事通信」により伝えられている。  さらに「辺野古基地ができない場合、本当に普天間は固定されるのかどうか、聞かせていただきたい」と詰め寄った。  「上から目線の『粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れ、怒りは増幅していく。辺野古の新基地は絶対に建設できないという確信を持っている」  翁長氏は、辺野古移設に理解を求めた菅氏に向かって言い切り、「私たちの祖先、将来の子や孫に対する思い」があると説く>( 内「時事通信」引用)  辺野古沖移設に拘っているのは米国政府というよりも、日本政府の方だという。米国内にはむしろ「沖縄」に拘ることにより日本国民の嫌・米軍感情が湧きあがることの方がマイナスが大きい、というのだ。  米国が東南アジアへ覇権を展開する足掛かりとして日本国内の基地は重要な拠点だ。それは地理的なものだけではなく、社会秩序も安定し、米軍への各種サポートも充実している日本を絶対に死守したいだろう。だから辺野古沖移設に拘って、反米感情が日本国民に蔓延することだけは避けたい、というのが米国政府の本音ではないだろうか。  米軍は普天間基地の代替基地が沖縄に確保されなければ絶対に普天間基地を返還しないのだろうか。いや、そうではないだろう。  普天間基地に駐留する海兵隊は敵前上陸部隊だ。空軍や海軍の後から出撃する部隊が前線の近くに駐留していなければならない必然性がそれほど高いとは思えない。むしろグアムに退いた方が海兵隊の役目から適当ではないだろうか。  翁長知事との会談結果を米国政府に伝えて、普天間基地の移設先を辺野古からグアムへ変更するように説得するアリバイづくりに安倍氏が会談すると解釈したい。そうすることが日本国民と沖縄県民との溝を埋め、日米の「戦後」を終わらせる第一歩になるのではないだろうか。

読売新聞、この見事なまでの幇間ぶり。

 読売新聞の本日長官の社説に驚いた。2本のうち1本は「(与党安保協議)過剰な歯止めは実効性損なう」であり、あと一本は「(大学の国旗国歌)要請で自治が脅かされるのか」だ。与党安保協議で自民党は「原則として」自衛隊出動に国会承認が必要だ、としているのに対して、公明党が「例外なく」国会承認が必要だとしていることに触れたものだ。  読売新聞は「緊急事態」に対して国会承認を求めていては現実的でないというのだ。確かに「緊急事態」に国会承認を求めていては国会開催手続きなどを踏んでいては間に合わないだろう。そうした緊急事態にどうすべきは課題だが、問題は国会承認なしで世界の何処へでもいつでも国連決議なしで出動できるようにしようとしていることにある。  自衛隊の活動範囲を周辺事態に限定しているのなら、「原則として」国会承認を前提とする、で良いが、平和活動に限定しているとはいえ(平和のためでない戦争史古今東西なかった)、世界へ派遣する「自衛のための軍事力」をいかに弁述しようと憲法を逸脱したモノに他ならない。  それを指摘しないで、読売新聞は論点を故意に「国会承認」という矮小化観点から安倍政権の暴走を助けようとしている。大局観を故意に失った議論に国民を引き込み、それで誤魔化そうとするのはまさしく「猫騙し」のアベノミクスと同じ手口だ。  国立大学に国歌斉唱と国旗掲揚を求めるのは自治の侵害とは思わないが、それなら「独立行政法人」などというヘンテコリンな組織に改編する必要はなかった。国立大学のまま会計と人事を握っていれば良かったではないか。  そうした大学運営という点は独自で「頑張れ」、しかし国家への帰属意識は頑健に持て、というのは如何なものであろうか。この国は大学という最高の教育・研究機関をどうしようとしているのだろうか。世界に並び立つモノに仕立て上げ、同時に各地域の文化と創造の原動力の役目を担わせているのではないか。箸の上げ下げにまで介入するような政治家の発言は、却ってこの国の品性を疑わさせる。  それなら読売新聞は新聞社の車に国旗を翻させて走っているのだろうか。社屋に社旗と国旗を掲揚しているだろうか。「いや、読売新聞は国家機関ではないから必要ない」というのなら、大学も「独立行政法人」であるから国家そのものの機関ではない、ということにならないだろうか。  大学自治とは異なる、組織のあり方の問...
(以上「時事通信」引用)  報道の自由に対する重大な侵害に対して、野党が騒いでいるだけでこの国のマスメディア詩沈黙しているのだろうか。当のマスメディアがまず声を上げて政府・官邸を批判すべきだが、呼ばれなかった他者は既に骨の髄まで骨抜きにされているのだろうか。  この国のマスメディアは腐り切っていると何度もこのブログで批判してきた。まさしく腐り切っている。安倍自公政権に協力しないマスメディアは放送法や再販制度の改正をちらつかせて「黙らせる」というのなら、なぜ「ああ、勝手に改正すれば良いだろう」と突き放さないのだろうか。彼らは既得権益を守るためにジャーナリストの魂を権力に売り渡したとでもいうのだろうか。  しかし、この国のマスメディアは先進諸国に類例のない「記者制度」という既得権に縋りついている。情報独占といいつつ、各社とも同じようなニュースを流して国民世論を操作している。  かつての「小沢一郎『陸山会』事件報道」は酷いものだった。どのテレビ局も判で押したように小沢氏を政治資金規正法違反者であるかのような情報操作と国民世論誘導報道に三年有余も終始した。その真摯な反省もなく、今度は実態は日銀総裁の「金融政策の自律」を無視した金融緩和だけというアベノミクスを持て囃し、株高が単なる為替相場による「日本のたたき売り」に過ぎないことを知った上で「株高=好景気」という誤ったアナウンスをまき散らしている。  この国のマスメディアは世界標準とは大きく乖離している。例えばドイツの報道機関は福一原発事故による日本国土の放射能汚染図を度々ドイツ国内で報道しているが、肝心の日本のマスメディアは殆ど放射能汚染された国土図を国民に報せようとしない。  恰も安倍氏が主張した「放射能汚染は完全にブロックされコントロールされている」という大嘘をなぞっているかのようだ。「王様の耳はロバの耳」と叫ぶ子供すら、この国のマスメディアにはいないようだ。それでは「報道の自由」を叫んで官邸批判が出来ないのも無理はない。  報道機関による国民世論調査も疑わしい。個別案件では安倍自公政権への反対が過半数を超えていてヒドイものでは8割も反対がいるにも拘らず、安倍自公政権支持率は過半数超えを維持しているという絶対にありえないマジックがこの国の政治風土に定着して久しい。なぜ千数百件に過ぎない電話世論調査を記録した生テープを事実...

立ち止まって相手の考えを受け容れようとしない政治家たち。

 福島第一原発事故後、福島県田村市から金沢市に避難した無職の浅田正文さん(73)は「これまでの生活が報われる決定だ。福島で生きる人にも、広域避難中の人にも『原発事故の悲劇を繰り返さない』との希望の光が見えたと思う。決定の瞬間に立ち会えて本当に良かった」とした。  弁護団は、再稼働が認められた原発に対し、新たに仮処分の申し立てを行う考えも示しており、県内のほかの原発にも影響が広がる可能性がある。  一方、高浜町役場で取材に応じた野瀬豊町長は「相当な時間をかけて新規制基準に適合したと決定された。(再稼働の同意という)次の段階に入る矢先に、こういう司法判断が出て住民は困惑しているのでは」と懸念を示した。  ただ、同意判断については「司法判断が変わらない限り再稼働は無理だが、あくまで仮処分。私は司法とは別の視点で同意の判断を粛々と進める」と強調した。  3月に再稼働に同意した町議会の的場輝夫議長は「原子力規制委員会の存在そのものに疑義を挟む決定ではないか」と指摘。議会の結論に関しては「継承されると思う」とした。  関電大飯原発3、4号機が立地するおおい町の中塚寛町長は談話を発表し、「今回の決定は、今後の原子力政策に多大な影響を及ぼす可能性が危惧され、専門的知見に基づき、慎重かつ十分な審理が尽くされたのか疑問を感じる」と批判した。  原発関連の定期検査などを請け負う同町内の会社の男性経営者(60)は「裁判所の独断で簡単に覆すのは、納得がいかない」と憤り、「いまは安全審査で新たに必要になった耐震補強工事などを請け負うことで、しのげているが、工事がすべて終わっても、再稼働できないとなれば経営が行き詰まる」と不安を口にした。  自民党の稲田政調会長(衆院福井1区選出)は「党の公約として『安全性を最優先し、規制委によって新規制基準に適合すると認められた場合、判断を尊重し原発の再稼働を進める』としており、引き続き、これに沿って政策対応を行いたい」とコメントした>(以上『読売新聞』引用)  法治国家として法律に基づいて手続きを踏んで物事を進めるのは当たり前だが、自分たちが議会などで多数派を占めるから「正しい」と、多数原則に基づいているに過ぎない手続きを絶対視する世の中の風潮に一石を投じた判決に現地自治体や政府は戸惑っているようだ。  しかし、だからといって地裁判決を批判して「従来通...

戦争に自衛隊を派遣したい自公与党の猿芝居にはウンザリだ。

 安保法制で公明党が「歯止め」としている文言に驚いた。<政府は新たな安全保障法制の整備で、集団的自衛権を行使できる要件として、安保関連法案の条文に「国民を守るために他に適当な手段がない」との文言を明記する検討に入った。この要件は「武力行使の新3要件」に含まれ、公明党が行使の歯止め策として条文への明記を主張している>(<>内『毎日新聞』引用)  武力行使するには「他に適当な手段がない場合」に限るとの文言を公明党は安全保障法制に入れることにより「歯止め」にするという。まったく幼児の戯言ではないだろうか。  それでは反対に聞くが、誰が「他に適当な手段がない」と判断して、「適当な手段」とはどの範囲まで含むと誰が検討するのか。例えとして安倍晋三氏が良く上げるのは「ホルムズ海峡が封鎖された場合には直ちに日本国民に深刻な影響が出る」から、自衛隊を派遣する要件に該当する、というのだ。それに対して公明党は「備蓄があるから直ちに国民生活の脅威ではない」とガキのような話をしている。  自衛隊の掃海艇をホルムズ海峡へ派遣するには一月以上を要するから直ちに脅威があると認定すべきだ、との自民党側の反論により公明党が頷く、という図式だ。しかし前回のホルムズ海峡封鎖危機の原因はイラン対米国の対立だった。日本は当然のように米国側に立ち、イランで営々と築いてきた石油利権を失った。それをチャッカリ奪ったのは中国だというオマケ付だ。  現在はどうなっているかというと、イランと米国は和解しつつある。しかし失った日本のイラン石油利権は戻って来ない。それを米国は補償してくれるとでもいうのだろうか。  大人の対応を日本がしていればイランとの友好関係も維持し、同時に石油利権も失わないで済んだだろう。なぜ米国のポチとなって米国が吼えたてれば日本も「ワン」と吠えなければならないのだろうか。そうしたバカげた関係はやめようではないか。  ホルムズ海峡に封鎖危機が迫ったら、その封鎖しようとする国に対して「日本は中立だが、日本が蒙る不利益に対しては損害賠償を申し立てるゾ」と打電することだ。  湾岸諸国でホルムズ海峡封鎖により利益を得る国は皆無だ。産油国も石油が売れなくなったら打撃だ。原油輸入国と同じく政府にとって脅威だ。それは原油価格下落によりロシアが塗炭の苦しみに喘いでいることからも解るだろう。  地球の裏側へ自衛隊を派遣す...

日米ともに政界の人材は払底しているのか。

 誰が歌ったか知らないが、昔の流行歌に「昔の名前で出ています」というのがあったが、米国の次期大統領候補として民主党からはクリントン氏の名が上がり、共和党からはブッシュ氏の名が挙がっている。翻って日本でも二代目や三代目が首相や次期首相候補として名を取り沙汰されている。  テレビにも二代目や三代目の芸能人が親の七光りで登場しているし、当然のように政界でも二代目や三代目が首相や未来の首相候補として名を取り沙汰されている。米国のみならず日本も政界は芸能界同様に新人といわれる人材は払底しているようだ。  なぜ、そうなったのだろうか。マスメディアが国民世論形成に大きな影響力を持つ時代で、新人が政治家になるにはマスメディアにいかに登場しているかが必要になる。その格好の例が金髪弁護士でテレビに登場して名を売った橋下氏がいる。他にも芸能人として不良少女を演じていた三原氏や、芸人の付き人としてお笑いをしていた東国原氏なども挙げられよう。  そうした人たちが「いけない」とはいわないが、余りにも安直に「名が売れたから立候補すれば当選するだろう」と選挙に出て、実際にその通りになったというしかない。彼らを見る限りでは政治信念や国民のための政治とはどうあるべきかなどとは無縁な、電波に乗ってカネを稼ぐ嗅覚に敏感な勘の持ち主だという感想しかない。  それでは世襲義政治家たちはどうだろうか。実は「世襲」の政治家は国会だけではなく、地方議員や知事たちにも結構いることを御存知だろうか。そうした大きな要因は地方議員ですら政治を家業として成り立つほどの充分な報酬があるからだ。  政治家は清貧に甘んじろ、とはいわないが、せめては勤労者の平均所得程度の報酬で充分ではないだろうか。ことに地方議員はその地方の勤労者平均給与程度の報酬で充分で、東京都議などの月額百万円を超える報酬など「お手盛り」もいいとこではないだろうか。  日本の国会議員の報酬額の多さも異常だ。米国の国会議員と比較すれば歴然としている。御不審に思われる方は是非ともネットでお調べ頂きたい。  異常な高待遇を子々孫々まで独占したいと思うのが親の常だ。その通りに政治家たちが行動した結果が世襲議員の多さに繋がっている。清貧に甘んじて官僚や公務員の厚遇ぶりに怒りを覚える政治家が現れて、国家や地方予算の歳出削減を断行し、低所得者国民の個々人に対する税を引き下げ、...

年金ーーこの国家による格差・差別。

 現役時代にどの職に就いていたか、どれほど所得があったかによって老後に五、六倍もの手酷い格差を国家により死ぬまで受け続ける、というのがこの国の年金制度だ。しかも最低年金の国民年金加入者対象者が増加している、という現実と、生活保護受給者の高齢者割合が増加しているという現実に、この国のマスメディアも背を向けて沈黙し問題として捉えていない報道による「格差」固定化が存在している。  報道機関で正社員として働く人たちの年収が概ね1035万円を超え、この国に於ける高額所得層に属するため、彼らも自分たちの既得権益を手放したくないという心理から「老後の国家による格差」を放置して、格差の存続に手を貸している。腐り切った奴らだというしかない。  何度もこのブログで指摘している、社会保障制度は原始資本主義の極端な弱肉強食に対する批判から発生した社会主義で提唱された社会保障の思想を資本主義に導入したものだ。だから社会保障は一律支給を原則として、格差を認めていない。  しかし、この国の社会保障制度は年金だけに支給格差を是認している。それも「各制度の出発が異なるから」格差があっても良いのだという理屈にならない屁理屈で国民年金、厚生年金、共済年金の制度上の格差をそのまま存続させて、小手先の変更だけで年金制度の矛盾を先送りしている。  しかも国民年金は「基礎年金」だから他の二制度よりも支給額が少ないのは当たり前だ、というヒドイ説明を繰り返し行って、だけど掛け金を支払うのは義務だから「支払え」と国民年金加入者の滞納に対して督促状と強制執行を連発している。  しかし国民年金加入者は知っている。老後は生活保護で良いではないか、何も1万5千円以上もの掛け金を毎月支払うことはない、と腹を括っている。それでなくとも彼らの多くはフリーターや派遣として社会的な職業差別を受けている。彼らはの多くは従事している仕事内容が殆ど正社員と何ら変わらないにも拘らず、無能な労働行政と無知な政治家によって営々として獲得してきた労働者の権利が侵害され削がれて格差ある立場に置かれている。  差別の拡大と格差の拡大を認める社会がより良い社会だろうか。それならいっそのこと「オレオレ詐欺でも働いて一ヤマ当てようか」と考える不心得者が現れても不思議でない。「恒産なくして恒心なし」。社会秩序が良い方向へ向かうのか、いよいよ悪くなるのかは歴然と...

未だに深刻な状況に気付かない民主党は救い難い。

 民主党は、41道府県議選で前回を82議席下回る264議席獲得にとどまった。17政令市議選でも、得票同数で14日に当選者が決まる熊本の1議席を除き、前回147議席から126議席に減らし、共産党に「野党第1党」の座を奪われた。大阪市議選では、公認候補11人全員が落選した。  民主党の枝野幹事長は13日午前、国会内で記者団に「政権を失った2012年衆院選以来、マイナスからの再出発だったので、底打ちの流れは作れた」と語り、党再生の足がかりになると主張した。しかし、党内からは、「政権を明け渡して2年過ぎたのに、何も変わっていない。回復の兆しすらない」(中堅議員)と執行部への批判の声が上がっている。「このまま行けば、来夏の参院選はもっと恐ろしい結果になる」(党関係者)との声もくすぶる>(以上『読売新聞』引用)  民主党の党勢衰退は小沢一郎氏を追放した時から始まった。民主党が政権に就いたのも、小沢代表の働きがあったからこそではなかっただろうか。  そのスローガンは「国民の生活が第一」という至極当たり前のものだった。しかし現在の政界に失われ、国民にとって最も必要なものである。再び民主党が小沢一郎氏と手を組み、「国民の生活が第一」の旗を掲げて党勢を立て直すには民主党から異質な「第二自民党を夢見る官僚の僕」たちを追放しなければならない。  民主党から追放すべき人たちとは現在の民主党幹部たちすべてだ。岡田代表は当然だが、菅政権と野田政権時代の党と政府の中枢にいた連中はすべて追放すべきだ。彼らは国民の生活が第一の政治に背を向けて、狂気の沙汰ともいうべき消費増税10%を叫んだ人たちだ。  未だに消費税を10%にしなければ財政健全化が出来ないかのような発言をする政治家が民主党にいることに衝撃を受ける。少しでも経済学を齧った人なら消費税は国民生活を破壊して税収減をもたらす悪税だと知っている。個人の可処分所得を増やす「減税」を行って経済を拡大する方がいかに「税収増」に良いかは経済学の初歩を学んだ者なら常識だ。 「国民の生活が第一」という明確な旗印を掲げて自公政権との対立軸を打ち立てることが民主党勢回復の原点だ。そうした簡明なことすら解らない、解っていても党改革に踏み出せない愚かな民主党なら瓦解するしかない。  70才を超えた小沢一郎氏に残された時間はそれほど長くないし、翼賛体質丸出しの安倍...

年収400万円まで拡大するのが「残業代ゼロ法案」の本音か。

榊原氏は、現在の年収要件では「極めて限定された社員からスタートになる」と指摘。労働組合が、長時間労働や健康管理の面で懸念を示している点には「負の側面も内包しているが、いろいろな規制を作り、懸念要因を最小化しようとしている」と強調した。 政府は3日、2016年4月に脱時間給制度を導入するための法案を閣議決定した。 今後、厚生労働省の審議会で詳しい年収要件などが議論される見通しだ>(以上『読売新聞』引用)  経団連の本音は「残業ゼロ法」の適用範囲を400万円まで引き下げたいようだ。そうすると正社員の平均給与が409万円だから、過半数の正社員も残業代ゼロで働かされる全社ブラック企業化がこの国を覆うことになる。 「ホワイトカラーエグゼクティブ法」などというネーミングに心をくすぐられても、実態はそういうことだ。労働者の基本的な「労働時間の売り渡しに対する対価の支払い」という賃金本来のあり方を否定されることになる。これほど経営者側に有利な法律がかつてあっただろうか。  労働賃金を抑制すれば短期的には企業は最大利益を上げることが出来る。しかし個人所得を抑え込めば個人消費が落ち込むのは必然だ。景気がさらに落ち込むのは火を見るよりも明らかだ。  経済規模からして、世界の経済を牽引する役割の一端を日本も担っている。そのためには個人消費の拡大策を政府は積極的に打ちだす必要がある。しかし安倍自公政権がやっていることはその逆ばかりだ。  円安政策は「輸出刺激」策で、別名「失業輸出政策」だといわれている。世界は日本の円安政策にどこまで我慢してくれるのだろうか。安倍自公政権は金融緩和以外に経済刺激政策としての実態が何もない「アベノミクス」を自画自賛し、この国のマスメディアは官制株高相場を『日経平均2万円越えだ」と騒ぎ立てている。  99%の国民にとって株高は生活と無縁な世界だ。それを何か慶事であるかのように騒ぎ立てるマスメディアにはウンザリだ。なぜもっとまともな経済報道をしないのだろうか。国民は20ヶ月を超える実質所得減少から困窮を実感している。国民の生活が第一の政治を政治家は直ちに実施すべきだ。多くの国民を苦しめて、何がアベノミクスが地方にいきわたらないからだ、と言い切れるのだろうか。いい加減、安倍自公政権は経済政策の失敗を認めたらどうだろうか。

文化財に対する「油撒き」テロ犯人を早急に検挙せよ。

 兵庫県淡路市の伊弉諾神宮でも油がまかれたような跡が発見され、被害が確認されたのは7府県の29寺社・城となった。京都市南区の世界遺産・東寺や香川県琴平町の金刀比羅宮でも新たに被害が見つかった。  八坂神社によると、12日午前4時ごろ、巡回中の警備員が本殿東にある悪王子社の木製の壁に数カ所のしみがあるのを発見した>(以上「共同通信」引用)  日本は世界的に見ても古い歴史を有し、世界遺産に認定された文化財の宝庫というべき国だ。その先人から託された貴重な文化財を私たちの時代で毀損することは許されない。  受け継いできた姿かたちそのままで次世代に手渡さなければならない。今を生きる日本国民すべてに課された責務だ。その重大な日本国民の責務に挑戦する愚かな「油まき」テロを行う不心得者がいることに強い怒りを禁じえない。捜査当局は一体何をやっているのかと不信感が募る。  全国の各寺社仏閣に防犯カメラが設置されていないのだろうか。事件のあった寺社仏閣の防犯カメラをすべてチェックして顔認識ソフトに取り込み、怪しい人物を絞り込み、全国検察組織を総動員して犯罪拡大を防止し犯人検挙を早急に行うべきだ。  早急に検挙しなければならないのは模倣犯が出現している可能性が高いからだ。全国的に類似犯が文化財に対するテロを行えば、捜査東京にとって混乱を招くだけでなく、さらに模倣犯を誘発しかねない。そして文化財保護法や器物破損の罰則だけでなく、さらに厳しい日本国家と国民に対する犯罪という面からも法整備も考慮すべきだ。千年以上も受け継いできた文化財を有する日本国民の誇りと精神のよりどころを毀損する愚劣な行為に対して、いつまでも放置していて良いわけはない。

報道番組の「幇間」化はまるで戦前ソックリだ。

 かつて時事問題を扱う番組といえば政権に辛口のコメントを述べる評論家たちが登場したものだった。しかし今日では一変して、競うように政権にゴマ摺りコメンテーターたちがおべっかを使う。見ていて気色悪い限りだ。  なぜ黒田日銀総裁の異次元金融緩和の出口戦略のなさを批判しないのか、そもそも日銀は政権に関わりなく金融の自律性を維持してきたはずだ。それが安倍自公政権唯一の成果「株高」を生み出す原動力として評価する輩ばかりだ。  異次元金融緩和により日本の資産価値を削減する「円安」を実施すれば「株高」になるのは至極当然の成り行きだが、それは本来の「株高」とは異質な投機市場に過ぎないことを評論家たちは指摘すべきだ。しかし、そうしたマトモな論評はテレビの報道番組に皆無で、日経平均が2万円を15年振りに超えたと欣喜雀躍せんばかりの報道ぶりだ。  春闘で大企業がベアを3000円だか4000円ほど実施したというだけで「最大の上げ幅だ」と発情した犬のようにMCたちは吠えまくっていた。しかしそれは2012年にベアの報道基準を改めたことによる「最大ベア」に過ぎず、そうした当たり前の解説すら行うテレビ局は極めて少数派だった。  それで今度は古賀某テレビコメンテータが報道番組を降ろされることで私的に電波を使ったとしてテレビ局が喧々諤々たる騒動だ。古賀某は降ろされる原因としてテレビ局に安倍政権から「圧力」があったと述べたが、他社の報道番組では「圧力を政権が掛けることはあり得ない」と政権の幇間コメンテータたちが口を揃えていた。  しかし圧力らしきペーパーが政権からテレビ局ら送り付けられていたことが明らかになった。憲法に定める報道の自由に対する侵害という、由々しき問題だが各テレビ局はスルーしている。この国の報道機関は何処まで腐り切っているのだろうか。  安倍自公政権になって以来、景気は決して回復していない、というのがあらゆる経済指標に表れているが、マスメディアは決して安倍自公政権の経済政策を批判しない。経済の主力エンジンたる個人消費を削ぎ落とす消費増税を行って、経済が良くなるはずはない、というのは橋本政権下で3から5%増税時に学習したはずだ。  税収を増やすつもりなら景気回復策と経済成長策を実施することだ。それには個人所得減税をしないまでも、断じて消費増税すべきではなかった。しかしこの国のマスメディアは消費...

厚労省の各種資格の統合は望ましいが、

(以上「毎日新聞」引用)  厚労省で資格の一本化の動きがあるのは良いことだ。資格が制定された経緯は同一省内でも部局ごとに設置された経緯があって、部局の利権化していた。同一省内での一本化といわず、省庁を超えた一本化が望まれる。  たとえば幼児教諭と保育士とどれだけ異なるというのだろうか。同じ幼児を対象とした人材育成でどれほど分ける必然性があるというのだろうか。官僚による官僚のための行政に長年切り込めないできた政治家諸氏も少しは反省してはどうだろうか。  しかし果たして人手不足は資格の一本化で防げるだろうか。有資格者で離職している割合が高いのに鑑みれば、資格の一本化による効果は極めて限定的だと思われる。  むしろ人で不足を招いている主原因は制度事業にある「給与表」に定められる有資格者に対する給与が余りに低いことにあるといわなければならない。乳幼児や要介護の高齢者に接する極めて責任の重い、体力的にも過酷な労働を強いられているにも拘らず、給与が低いのは問題だ。  手取りで月額20万円を超えない有資格者たちとは一体なんだろうか。彼らは社会的に必要な職種と認識されているにも拘わらず、それに見合った給与を保障されていない。公務員が平均年収670万円と不当に高額報酬なのに比較して、彼らの置かれている労働環境は過酷なほどに劣悪だ。  腰痛を経験していない介護士はいないし、肩や腰の痛みに悩まされていない幼児教諭や保育士を知らない。まさしく人手がなければ生存すら困難な人たちに日々接する彼らに官僚たちは尊敬の念を抱いているのだろうか。それとも人手は消耗品だとでも思っているのだろうか。  なぜ自分たちの「等級号俸制」の給与表をそのまま介護士や保育士や幼児教諭たちに適用しないのだろうか。それとも「有資格従事者」たちは公務員よりは一段と低い単純労働者たちだと蔑んでいるのだろうか。  制度事業に定める「有資格者」たちは福祉関係だけではない。各地の商工会議所や商工会に勤務する「経営指導者」たちもそうだ。彼らは中小企業庁から業務を委任されている。それにも拘らず彼らが受け取る給与は同年齢同経験年数の公務員以下だ。そうした差別をなぜ官僚たちは平気で行うのだろうか。  資格を細分化して資格ごとに特殊法人を設置し、資格団体を形成して研修と称する大動員を行う。それが必ずしも悪いとは言わないが、資格制度維持のため...

「国民の生活が第一」の政治が国会のメインになることを望む。

 国会でやっていることは何だろうか。2015年度予算可決を巡る駆け引きかと思ったら、与野党馴れ合いの「言葉尻」非難や不備な政治資金規正法の穴を突いて行われた『違法献金』を知らぬ存ぜぬで切り抜ける醜悪な大臣のスッ恍け答弁だ。  国会審議なき安保法制改定議論とマスメディアを通じた国民へ告知と、その報告に米国へ副総裁が駆けつけるという異常事態をなぜ国会議員は問題としないのだろうか。立憲主義から明らかに逸脱した政治家の行動を国会議員はなぜ問題にしないのだろうか。そして沖縄の辺野古沖埋め立て問題を憲法第95条適用案件にして、国会で審議すべきとの動議をなぜ提出しないのだろうか。  国民の生活が第一の政治が国会のメインテーマから消え去って久しい。安倍自公政権は「結果がすべてだ」と大見得を切って民主党政権の三年間を批判したが、2009マニフェストをマスメディアと一緒になってブッ潰したのは自公ではなかったか。  そして安倍自公政権になって二年半、政治の結果は何も出ていないばかりか、日銀が輪転機をフル稼働して国債を250兆円も買い入れる「異次元金融緩和」を実施したが、2年後に2%インフレは消費増税分を差し引くと0%という惨憺たる結果になっている。  国民の生活が第一の政治から逸脱して、自公与党は自衛隊員が世界の果てで戦死する安保法制改定に血眼になっている。しかし、そもそも安保法制とは日本を守るために用心棒を米国になってもらうための「法制」ではなかっただろうか。  自公与党が目指している安保法制改定はその専守防衛の自衛隊が拡大解釈により国連決議なしに世界の何処へでも出掛けて米国だけではなくどの国とでも組んで戦争が出来るようにする、という代物だ。日本国憲法から逸脱しているか否かの段階をはるかに飛び越えた戦争大好き米国並みの国に日本をしようとする法制だ。  国民の生活が第一の政治を国会議員が行うというのは至極当たり前のことだ。むしろ国民の生活が第一以外の政治を国会議員がメインテーマに置く時代は危ういことを知るべきだ。  明治維新直後、維新の元勲たちが「殖産興業」に邁進しているうちは欧米諸国にとって日本は脅威ではなかったが、八紘一宇や大東亜共栄圏を唱え出した頃から雲行きがおかしくなった。歴史的に政治家が中身のない大吾壮語しはじめると大体日本がおかしくなる。「日本を取り戻す」とは日本が奪われてい...

危機感の薄い「文化財」関係各位の人たち。

<奈良や京都の寺社などで油のような液体が相次いでまかれた事件で、奈良県警は10日、新たに東大寺(奈良市)など3寺社で被害が見つかったと発表した。東大寺では、国宝の大仏殿と南大門でシミが確認された。  県警生活安全企画課などによると、同日午前6時40分ごろ、東大寺の職員が発見し、警察に届け出た。  大仏殿では、大仏が座る「基壇」という石製の部分と、基壇の上の大仏を囲む「欄干」の一部に点状のシミが広がっていた。南大門は、西側にある金剛力士像「阿形」の周りを囲む木製の柵にシミの跡があった>(以上『時事通信』引用)  これまで京都奈良の寺社仏閣や二条城などの文化財に油らしき液体を撒いて拭い難いシミをつくる卑劣な犯罪が相次いでいるが、東大寺南大門などにもその害が及んだとの報道に接して文化財を預かる人たちの危機感の薄さに腹立たしさを感じる。なぜ監視を厳しくして、被害を防ぐ万全の体制がとられていなかったのだろうか。  日本の文化財を貶める卑劣な犯人は次々と犯罪を重ねている。それらに防犯カメラは設置されていないのだろうか。犯行現場にはないとしても、そこに到る道々に防犯カメラがあったとしたら、早急に人物認識ソフトを導入して各箇所のビデオを検証することだ。そうすれば各地のビデオから特定の人物がピックアップされるはずだ。  なぜ警察当局はそうした手法を初期段階から導入して特定された容疑者像をマスメディアで公開していれば、これほど累犯が各所に及ぶことはなかったのではないだろうか。これまで京都奈良に訪れる観光客の多くは日本国民で、国民共有の文化財を毀損するなどということは想像だにしなかったはずだ。  しかし安倍自公政府による観光客増大キャンペーンで韓国や中国から大勢の観光客が日本を訪れるようになった。国内に滞在する外国人も230万人を超えて、日本の文化財を尊重し敬意を払わない人たちも増えている。今後とも監視体制を万全のものとして、累犯を防がなければならない。関係各位の一層の奮励を望む。

「全国総合開発計画」の総括は。

 1962年に「全国総合活溌計画」なるモノが経産省を中心として策定された。それを第一次として以降、第五次まで策定され、今年2015年が第五次全国総合開発計画の最終年とされている。  しかし既に「五全総」を口にする官僚や政治家は誰もなく、ましてやマスメディアは「五全総」の存在すら忘却したかのように取り上げない。均衡ある国土開発を旗印に、東京一極集中を是正するために策定された五次に亘る計画を国民すべてが忘れ去ったかのようだ。 「均衡ある発展」はこの計画の策定当時からの課題であったが、以後、5次にわたる計画においても克服されていない。むしろ、近年では一律に「均衡ある発展」を目指すのは無理があるとの理解のもと、「特色ある発展」と言い換えられるようになっている。なお、地方開発拠点は、工業開発拠点と並んで強調されたものの、その後具体的な施策の進展はみなかった>( 内は「ウィキペディア」より引用)  忘れた歌を思い出すかのように「均衡ある国土の発展」を掲げて、安倍自公政権は再び「地方創生」を掲げて荒廃した地方へばら撒きを始めようとしている。しかし「全総」がどうなったかを検証することなく、官僚や政治家たちが何を指針として「ばら撒き」を実施して、いかなる「地方創生」を目指しているというのだろうか。  全国の均衡ある発展を最も阻害したのはバブル崩壊直後に、中国などへの生産拠点を「海外移転」させるべきとの熱病に多くの経営者が憑りつかれたことだ。それにより全国総合開発計画により進出し、地方経済を支えていた軽工業や部品製造業などの多くの企業が撤退して海外へ移転した。その総数たるや中国へ進出した企業だけで六万社を超えたといわれる。  一極集中が効率的なのは論を俟たないが、同時に脆弱性を伴うことも忘れてはならない。ことにITが高度に発達した今日、クラウド・データセンターや銀行などの金融会社本社のサーバーなどが災害により破壊したなら、たちまち社会全体が麻痺し混乱に陥るのは火を見るよりも明らかだ。  災害に強靭な社会を目指すならデータ・センターの分散化と全国の連携が何よりも必要とされるだろう。幸いにして日本はスーパーハイウェイの光回線全国ネットは既に完成の段階に達し、通信速度では世界で一、二を誇る国になっている。高度情報社会は既に日本は手にしている。後はいかにして国民生活に生かすかが課題だ。 ...

民主党は「国民の生活が第一」の政治に完全に背を向けて何処へ行くのか。

 国会の参議院予算委員会を拝聴していた。すると民主党の安井美沙子議員が「消費増税10%実施時の軽減税率導入」に反対の質問をしていたのに驚いた。さらに安井氏は「軽減税率を導入すると消費税収が毀損され、さらに消費税が15%、20%と増税されかねない」等とも発言していた。  消費税が10%というのは欧州諸国と比較して低税率だ、それにも拘らず軽減税率を導入するのはかえって消費税率の上昇をもたらす、という頓珍漢な質問が安井氏からなされるのに到って、民主党は自民党以上に財務官僚の下僕化していると確信した。  個人所得を毀損する税に依存度を高めるのは景気にとって問題だ、というのは常識だ。日本の場合、GDPの6割は個人消費が占めている。いわば個人消費は経済の主力エンジンで、景気を良くするには個人消費を高める政策を行うのが正しい。  しかし安倍自公政権は個人から税を取り立てて、法人を減税するという景気対策に逆行する政策を行っている。だから実質個人消費が消費増税以来マイナスになったまま回復していない。安倍自公政権は空前の利益を上げている法人に対して「ベア」を行うように要請していたが、同時に派遣業法の野放図な規制撤廃や残業無料化法案成立に邁進している。それらは個人所得を減少させる大きな要因となり、個人消費を冷え込まさせる政策に他ならない。  安倍自公政権は誰のための政治を行っているというのだろうか。そこを突くべき野党のはずが、安井氏は財務官僚が随喜の涙を流さんばかりの「軽減税率を導入すべきでない」という国民の生活が第一に背を向けた政治にまっしぐらだ。  なんというバカバカしさだろうか。欧州諸国でも消費税率が最も高いスウェーデンですら食糧品に対する消費税率は7%だ。医療費や教育費は無料だから、生活に必要な消費に関して日本と比較すればスウェーデンの方が負担が少ないといわざるを得ない。安井氏はそうした「国民の生活が第一」の政治に背を向けて、誰に奉仕しようとしているのだろうか。「国民の生活が第一」に背を向けた民主党が党勢を回復できないのは当たり前で、このまま自公政権の補完政党としてジリ貧に陥り、滅亡するしかないだろう。

天皇皇后両陛下のパラオ訪問に感謝する。

 「日本軍は約一万人、米軍は約千七百人の戦死者を出しています。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」と、当時を記憶することの大切さを訴えた。  慰霊のための外国訪問は、戦後六十年の二〇〇五年六月に米自治領サイパン島を訪れて以来。この際も出発時のあいさつで「先の大戦によって命を失ったすべての人々を追悼し、遺族の歩んできた苦難の道をしのび、世界の平和を祈りたいと思います」と述べ、現在の日本が多くの犠牲の上に築かれていることを常に心して歩みたいと話した。  天皇、皇后両陛下は九日、大きな戦闘のあった南部のペリリュー島を訪れ、日米それぞれの慰霊碑で戦没者を追悼するほか、島民との懇談などが予定されている。午後にパラオ国際空港から帰国の途に就き、羽田空港には夜に到着する>(以上「時事通信」引用)  天皇陛下は長く風邪の症状が抜けきらず、皇后陛下も肩や腕の痺れを訴えられているという。ご高齢で体調が万全でないにも拘らず、両陛下は強くパラオ訪問をご希望され、ご予定通り出掛けられた。  そして上記配信記事の通り「すべての戦没者」をご追討されたことに、深い感銘を受ける。日本では爾来、死者はすべて仏である。国家と国民にために戦って散華した兵たちや、戦に巻き込まれて命を落とした人たちのすべてに対して、哀悼の念を表明された天皇皇后両陛下のお心を日本国民は深く心に刻み、共有しなければならない。  戦争に敗者も勝者もない。あるのは正義という名の下に殺し合い、殺された夥しい屍だけだ。中東ではいまだに宗派対立にかこつけた石油利権争いの殺し合いが続いている。戦争という名の下に「大量虐殺」が正当化され、夥しい人権侵害が行われている。  戦争の実態は殺し合いだ。それ以上でも、それ以下でもない。自国防衛のためなら、私も銃を手にして前線へ赴く覚悟がある。しかし世界の何処へでも出掛けて「戦争という名の下」に虐殺しあう行為に参加するのは御免だ。日本国民は先の大戦で「已むに止まれぬ」憤慨から米国に戦争を挑んだ。しかし勝てる見通しのない戦争に踏み切るべきではなかった。  健康に優れないご高齢の両陛下が日本国民のすべてを代表されて西太平洋戦没者の碑にご参拝され、米国の立てた慰霊碑にもご参拝されるという。そして今日の夕方には日本にご帰られるというが、...

どこの国であろうと、歴史に請求は出来ない。

 国交も回復し同一経済圏で緊密な関係を保ってきたドイツに対してギリシャが戦争賠償を求めているという。  マルダス財務副大臣が6日の議会で、会計検査院の推計に基づく情報として金額を明らかにした。ギリシャのチプラス政権は1月末の発足以降、ドイツに占領時の賠償を求め続けているが、ドイツ側は「戦後の賠償問題は政治的・法的に解決した」(メルケル首相)との姿勢を崩していない>(以上 内「時事通信」引用)  日本に対しても韓国の民間団体などが戦争賠償を日本政府に求めて理不尽な請求をしている。慰安婦に対する「謝罪」と「賠償」がそれに相当するし、中共政府の旧日本陸軍毒ガスの処理に関して、支払いの済んでいる件を蒸し返しては日本の反日マスメディアと組んで賠償を請求している。  決着のついている歴史を現代に持ち出して、再び賠償を求めるのが世界的な流行りなのだろうか。奇しくも、ドイツも日本も敗戦国だが再び経済大国としてそれぞれの地域で発展している。支払い能力があるとみて歴史を蒸し返すのだろうが、それはマトモな国際関係ではない。  両国民にとっても、そうした案件を提起することは決して良い結果をもたらさない。EU経済圏の牽引車・ドイツに集るのではなく、ギリシャは野放図な国家財政運営をまず改めるべきだ。  労働生産人口に占める公務員の割合が4割に達するという「公務員天国」で国家財政が破綻しないわけがない。直近の選挙でギリシャ国民は「緊縮反対派」を選挙で選んだようだが、それなら国家財政破綻を視野に入れた将来も受け容れたのだと覚悟すべきだ。赤字補填に空証文を歴史の反故から引っ張り出して請求するなどといった愚行は無駄なばかりではなく、自らを貶めるだけだ。

中国は信用できる国か。

 日本政府はAIIBへの参加を当分見送るという。適切な判断だと思う。それは参加した場合、日本が負担する拠出金が1000億円程とみられる半面、それに見合った「融資の議決権」が全く与えられそうにないからだ。  既に中国はAIIB本部を北京に置き、総裁は中国人とすると決めているようだ。しかもAIIB総裁は中共の指揮下に置き、実質は主席がハンドリングできる仕組みになっているという。  中共政府の中国は信用ならない国だ。日中国交回復以来、中共の中国が経済的にテイクオフすべく資金援助と投資を積極的に行ってきたのは間違いなく日本だ。今日の中国があるのは日本のお蔭といっても差し支えない。  しかし中共政府は恩を仇で返している。むしろ中国の経済成長を手助けしたことにより、日本の安全が脅かされる、という飛んでもない事態になっている。親中派マスメディアや政治家たちは今日の現状をどのように見ているのだろうか。  先の戦争に関するすべての恩讐は日中国交回復時に「乗り越え」たはずだ。しかし、それ以後事ある毎に中共政府は乗り越えたはずの先の大戦の「日本の戦争犯罪」を持ち出し、しかも史実でない捏造した歴史を振り回して日本を貶め続けてきた。  中共政府は自分たちが中国国民や周辺諸国に行っている虐殺と侵略には口を拭って、反日テレビドラマを大量に放送し、反日報道と相俟って国民に反日感情を植え付けてきた。  ここに来て、中共政府は瓦解の危機に瀕している。それは膨大になった経済成長規模に政治形態の近代化が追いつかなかったからだ。不思議なことに社会主義国にして社会保障制度が不備なまま放置され、あってはならない所得格差が19世紀の英国の見られた原資資本主義よりも更に酷い貧富の差が拡大している。  今の中国は全体主義に陥りがちな社会主義の悪弊と、絶望的な所得格差をもたらす原資資本主義の悪弊の両方が出現した国だ。その矛盾を「保八」政策で誤魔化してきたが、経済成長が鈍化した現在ではどうしようもなくなった。中共政府は政府投資で経済を引っ張るしかないが、その政府資金も外資の引き揚げにあって先細りになっている。そこで打ってきた手がAIIBだ。体よく諸外国から資金を巻き上げる腹積もりだ。しかし肝心要の日米が入らなくては巻き上げられる資金の知れている。  既に有数の不動産企業がデフォルトしているし、それに関連してシャドーバンク...

悠久の日本文化を感じられない人の犯罪か。

<世界遺産の二条城(京都市中京区)で、国宝の二の丸御殿内で油のような液体が吹き付けられた跡が約20カ所あったことが7日までに分かった。二条城を管理する京都市は文化庁に届け出ている。奈良の寺院で油のような液体が相次いでまかれた事件と似ており、元離宮二条城事務所は警戒を強めている>(以上『京都新聞』引用)  個人の家にでも油を掛けることは許されない。ましてや世界遺産に指定されている国宝の建造物にしてはならないことなど常識だろう。よしんば歴史的・政治的な理屈があろうと、やってはならないことだ。  人は悠久の時の流れの中で生かされている。人の一生なぞ一瞬に過ぎない。個人の死以後も、世界は存在し続けて、歴史的な建造物はその価値を毀損することなく次世代の人たちに受け継がれなければならない。それがその時々を生きる者の務めだ。  日本の国家もまた同じだ。二千年に及ぶ歴史の中で、日本が他国軍により占領されたのは一度しかない。その一度がどれほど日本の国家と国民に衝撃的であったか、いまだに多くの日本国民がショック状態から抜け出せていないことから想像に難くない。  しかしいい加減に本来の日本国民としての誇りを取り戻すべきだ。いつまでもメソメソと自虐的であったり、いつまでも米国のポチよろしく振る舞うのを止めようではないか。  愚かな中共政府のように好戦的になれというのではない。韓国政府のように他者を貶めることによってのみ、自己のアイデンティティを認識しようとするのでもない。  日本は近代史において唯一白人帝国主義諸国と戦争をした黄色人種の国だ。それにより欧米諸国の植民地であったアジア・アフリカ地域が独立戦争に立ち上がる契機となった。日本こそが世界に帝国主義と植民地主義の終焉を告げた鐘だ。余りに強く鐘を叩いたために割れたが、再び帝国主義化しつつある世界へ向かって平和の鐘を鳴らす役割を担っている。  日本は根本的に世界基準と異なる。世界基準では植民地とは徹底した抑圧を意味するが、日本の場合は「同等」を意味する併合しかしていない。世界基準では植民地化した土地の原住民に教育を施すことはなかったが、日本はその地に義務教育施設から大学まで建設した。  世界基準では敵対した者の墓を暴いてでも死者に鞭打つが、日本では死者はすべて「仏」だ。日本の常識は世界の非常識であるが、私は日本の常識が世界の常識になること...

日本の政治家は国家と国民のことを真剣に考えているのか。

<菅義偉(すが・よしひで)官房長官は6日夜のBSフジ番組で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の移設先に関し、日米両政府が合意した名護市辺野古のほかに場所を検討する考えは「ない」と答えた。5日に辺野古移設に反対する翁長雄志(おなが・たけし)同県知事と会談した際、翁長氏が普天間の「危険除去」について具体案を示さなかったことも明らかにした>(以上『産経新聞』引用)  普天間基地の危険除去は政府の責任だ。米軍に対して基地の返還を要請するのも政府の仕事だ。そして沖縄の環境を守るのは沖縄県民と県知事の仕事だ。それぞれが真剣に責務に向き合えば、辺野古沖移設以外にない、という結論にはならないだろう。  菅氏が「沖縄県知事に普天間基地移設先の案はなかった」と批判するのは見当違いだ。移設先とか駐留米軍の削減を米国に要請するのは政府の仕事だ。菅氏は「辺野古移設しかない」と決めつけて思考を停止させるよりも、これまでの選挙で示された沖縄県民の総意に応える方を優先させるべきではないだろうか。  領空侵犯気に対して緊急発進するのは自衛隊の役目だ。領海を侵害した外国船に対処するのは海上保安庁の艦船だ。決して米軍ではない。沖縄に米軍がいなければ日本の安全が脅かされる、というのは詭弁に過ぎない。沖縄にこれほど大量の米軍が駐留していても中国は東シナ海に進出しているではないか。  米軍が撤退したら中国が尖閣諸島に上陸して占領されるのではないか、という議論がある。中国の習近平氏が「やる」と決めたら米軍が沖縄にいようと尖閣諸島に中国漁民に偽装した兵隊を上陸させるだろう。そうした手段で攻撃するのは中国兵の常套手段だというのは上海事変などにみるまでもない。そして、そうした事態に一次的に対応すべきは自衛隊だと、米軍は決めているではないか。  沖縄に米軍が駐留する必然性は皆無だ。いや日本の基地に米軍が駐留する必然性すら皆無だ。現に2015年度中に米軍は韓国内から撤退する、としているではないか。北朝鮮軍の侵攻に備えるのは韓国軍だと米国はいっている。同じことを日本政府にも言っているが、ただ日本の「思いやり予算」が韓国よりも手厚く、米軍を何処に置いておくよりも日本の基地に置く方が「米国の経費」削減につながるという。  日本はサンフランシスコ条約により「独立」したはずだ。独立国として日本ほど首都圏の複数の基地に...

日米同盟とは世界で戦争をするための軍事同盟なのか。

 沖縄を訪れている菅官房長官が翁長知事と会談したが、物別れに終わったようだ。菅氏は「日米同盟の深化のために辺野古沖移設は必要だ」と埋め立て工事を中断する意思のないことを表明したという。なんともガキの使いだが、その程度の官房長官だということだろう。  それでは「日米同盟の深化」のためになぜ辺野古沖移設が必要なのか、ということを菅氏は沖縄県民に説明しなければならない。中国の脅威が増大しているから、というのなら、沖縄にこれほどの米軍が駐留していても中国が尖閣を所有しようとして日本に脅威を与えていることをどのように説明するのだろう。  役に立たない「用心棒」ならとっとと帰ってもらえば良い。そして「日本は日本国民が守る」と政府は国民に宣言して、自衛隊の増強を図ることだ。米軍に支払っている思いやり予算6000億円もあれば数万人の自衛隊員を増強できる。  そして日本が歴史的に備えるべき相手はロシアであり、中国ということは史実が証明している。その二ヶ国に特化した布陣で防衛基地を配置し、首都圏にも首都防衛のために配備すれば良いだけだ。なにも5万人の駐留米軍に守ってもらう必要はない。  ただ日米関係は当分の間現行のままとし、あくまでも日本の周辺事態に限定して米軍と共同作戦が執れるようにしておけばよい。しかし戦争大好きな米国に付き合って、世界の果てまで自衛隊を派遣して戦争に加担する必要はさらさらない。  米国も世界へノコノコと出掛けて他国の主権を転覆させたりする権利も必要性もないことを学習すべきだ。中東の不安定化は米国がイラクへ出掛けてフセインを強硬に排除したからではないだろうか。アフガンからも米国は泥沼に陥ったまま、退くに退けない状態になっている。  民族自決主義を唱えたのは米国大統領だったはずだ。米国は先人に偉大な政治家を輩出したにも拘らず、現代では歴代「戦争大好き」で暗愚な権力誇大妄想狂の大統領ばかりを戴いている。  沖縄の辺野古沖の問題は米国にとっても日米関係の大きなターニングポイントになりかねないと認識すべきだ。GHQが植え付けた「自虐史観」の集団睡眠から目覚めて、日本は半独立国家で未だに米軍駐留軍に占拠されたままではないか、という認識を持つ国民が増加している。左翼が叫んでいた「ヤンキーゴーホーム」が日本国民全体の声となって米軍に向けられた時、米国は「辺野古沖」を強行した安倍自...

世界経済の牽引車に異変あり。

<3日のニューヨーク外為市場ではドルが急落。朝方発表された3月の米雇用統計が予想を下回る弱い内容となったことを受け、連邦準備理事会(FRB)が金融引き締め開始を予想以上に先延ばしするとの観測が高まった。 雇用統計では、非農業部門の雇用者数が12万6000人増と、市場予想の24万5000人増を大幅に下回り、2013年12月以来の小幅な増加にとどまった。失業率は前月から横ばいの5.5%で、市場予想と一致した>(以上『ロイター』引用)  今の世界経済の主たるエンジンは米国と中国、それにEUと日本だ。そのうち元気に世界経済を牽引しているのは米国だけで、中国はバブル崩壊の鳥羽口にあって本格的なリセッションに陥るのは時間の問題だ。EUはデフォルト寸前のギリシャやスペインなどを抱えて、とても世界経済を牽引する元気はない。そして日本も消費増税という最悪手を打った安倍自公政権は有効な個人所得増加策を手当することもなく、国民の目先を晦ますために安保法制や辺野古沖移設などをマスメディアに煽らせて、安倍自公政権の無策に批判が向かわないように画策している。  つまり世界経済を牽引しているのは米国だけで、米国の購買力頼みだ。その購買力を支える個人消費の前提となるのが雇用の増加だが、米国雇用統計が予想していた24万人の半数に止まったことから個人消費の伸びの予測も修正せざるを得ないことからドルが急落した。  日本は「緩やかに景気は回復している」と日銀が繰り返しマスメディアを通して広報しているが、なかなか回復の足音すら聞こえてこないのが実態だ。そのため、中国観光客の爆買いを繰り返し報道しているが、それらが国内消費に占める割合から見ればコンマ以下のものでしかない。頼みの綱にもならないものをマスメディアが繰り返し報道して国民の好況感を充足させようとしているが、個々人の可処分所得が増えない現状では現実と乖離した「煽り報道」に過ぎないことを、国民は冷えたままの景気を肌で実感している。  日本は消費増税をすべきではなかった。世界経済の牽引役の一角を占める責任ある立場から、国内の個人消費を削ぐ政策は厳に避けるべきだった。そしてUターン投資減税などの政策により空洞化した国内産業の回復を図り、失業率の改善を強力に推し進めなければならなかった。  政府や与党が米国のご機嫌取りの「戦争ごっこ」に参加する法整備を立憲主義...

米軍海兵隊に基地を提供することがそれほど日本の安全保障に重大事なのか。

 翁長氏は「辺野古は建設できないとの確信を持つ。建設は絶対不可能だ。頓挫で起こる事態は全て政府の責任だ」と、移設に反対する考えを強調>(以上『朝日新聞』引用) 「辺野古移設反対」は県知事選挙や国政選挙で何度も沖縄県民の総意として示されている。それを菅氏は「米国との約束」を盾に、普天間基地の移転先として頑なに「辺野古沖に拘っている。  海兵隊はご存じのように敵前上陸の「殴り込み隊」だ゛から、むしろ尖閣諸島に駐留する方が望ましい。中国の兵たちが中国漁民に偽装して上陸したなら、米軍の海兵隊が持ち前の戦力で追っ払えば良いし、それこそが「用心棒」としての役目ではないだろうか。それが嫌ならさっさと本国へ引き揚げれば良い。日本国民は有事で役にも立たない米軍の予算負担をしていることにウンザリしている。  なぜ米軍は日本から駐留軍を引揚げないか。それは思いやり予算と称して米軍駐留費の実に75%も日本が負担しているからだ。韓国の45%やドイツの50%と比較するまでもない、米軍は本国に軍を置くよりも日本の基地に置く方が予算削減になる。だから日本国内基地の駐留米軍を減少させないのだ。  日米地位協定を改定するでもなく、自衛隊の「軍」化を図りつつも、米軍の国内駐留を維持する安倍自公政権は一体何から何を守ろうとしているのだろうか。断っておくが、米軍が日本国民を守ってくれると思ったら大間違いだ。現在の首都圏中心の大部隊駐留は日本をハンドリングするための日本国政府脅しの装置に過ぎない。そうでなければ米軍はなぜ北海道に展開していないのか、明快な説明を日本国民にする必要があるだろう。  所詮は国連の常任理事国は世界の利権分割互助会の仲間に過ぎない。彼らは敵対しているようで利権を分割統治している。その典型が太平洋を中国と米国で分割しよう、と言った習近平氏の言葉に現れている。  オバマ氏は慌てて否定したが、そうしたオフレコ発言は頻発していたとみた方が良い。米国は日本の確固たる味方だ、というのは幻想に過ぎない。彼らは権謀術数の国であり、その国民だ。辺野古沖に基地を造成したなら、そこにいつまでも居座るだろう。それでは日本の真の独立はいつになっても来ないことになる。

思い上がる人たち。

(以上「毎日新聞」引用)  どんな動機があるにしろ、由緒正しい歴史と美術的価値のある文化財を棄損することは許されない。それは時空を超えて子々孫々に継承されるべきものであって、日本の国家と国民にとってアイデンティティーの拠り所だからだ。  しかし昨今はこうした文化財やその山門や塀などに対してスプレーなどで落書きをする愚かな人が絶たないようだ。何をどのように思い上がれば自己の行為が正当化できるのか、彼らにじっくりと訊いてみたいものだ。  今日にも沖縄を訪れた菅官房長官が翁長沖縄県知事と会談するという。散々これまで上京した翁長氏との面会を拒否してきた菅氏が米軍住宅地の一部返還式典に沖縄を訪れた際に翁長氏と面談するというのだ。  面談の際に菅氏は普天間基地移設には辺野古沖移設しかないことを知事に説明したいという。最初から「辺野古移設だ」との結論ありきの話を翁長氏が聞いても仕方ないのではないかと思う。  沖縄県民の総意は辺野古沖移設反対と何度もの選挙結果で表明されている。もちろん普天間基地の問題は深刻で、早急に普天間基地は閉鎖して基地の土地を返還すべきだ。その「返還」と「辺野古移設」がセットでしか論じられないというのは安倍自公政府の思考の貧困でしかない。  普天間基地に駐留しているのは「殴り込み隊」の米軍海兵隊だ。最精鋭といわれる部隊だが、現実としては精神修養の部隊に過ぎず、海兵隊の唯一の任務・敵前上陸作戦は既に過去の戦術と化している。つまり米軍の中で海兵隊は消え去るべき運命の軍隊なのだ。  米軍からすれば日本の安倍自公政府が執拗に辺野古沖移設に拘り、日本国内で反米運動に火がつく方が基地の新調が遅れることよりも恐ろしいだろう。なにしろ日本国内の基地に駐留する米軍は米軍全体で比較すれば安上がりで戦略的にも敵基地に近く格好の基地を確保することだからだ。  安倍自公政権は沖縄県民を舐め、思い上がっていないだろうか。仲井真前沖縄県知事も「辺野古沖移設反対」を公約にして当選した知事だった。それを3000億円の特別補助金で「転がし」て公有水面埋め立ての『知事承認』を引き出した。転がされた知事も情けないが、札束を積み上げて知事を転がした安倍自公政府も品位のない下種だと批判するしかない。  普天間基地の返還はもちろん悲願だし実施すべきだが、その代替基地を準備する必要が日本政府にあるのだろうか...

No title

 「通常の観念で考えられる軍隊とは異なる」としつつ「自衛の措置としての『武力の行使』を行う組織」とした。維新の党の今井雅人衆院議員の質問主意書に答えた>(以上『ニュースプラス』引用)  自衛隊が「国際法上は軍隊」と閣議決定したのなら、最高裁判所は「違憲」だとして自衛隊法を無効としなければならない。それが立憲主義のありかただ。  憲法判断を解釈の上に解釈を積み重ねて「自衛隊は合憲」として来たが、ついに現実と乖離しすぎて解釈改憲と日本国憲法とが全くの別物になってしまった。それで「現実に」合わせるて憲法を否定するというのなら、日本は立憲主義でも何でもない人治国家に成り果ててしまう。  憲法の番人たる最高裁判所がこれほど貶められるとは。日本国憲法が蔑にされただけでなく、三権分立の大原則すらも政府により踏み躙られたことになる。自衛隊は自衛に専念する「特殊な隊」だと政府は答弁し続けてきたが、世界の何処へでも、いつでも出掛けて戦争出来る安保保障法制を整備するとすれば、日本だけの「特殊」な解釈では通用しないことになる。  現行憲法が存在する限り、自衛隊はあくまでも日本の防衛のための「特殊な隊」であり続けなければならない。周辺事態にだけ対応する「特殊な隊」で、国連決議があれば「平和活動のために」海外へ出掛けられる、というのでなければ「特殊な隊」として言い訳が立たないことになる。  しかし世界の何処でも出かけてどの国とでも戦争出来る「特殊な隊」とは軍隊以外の何物でもない。つまり自公政権が目指す安全保障法制の改正により「特殊な隊」は「普通の軍隊」の化けの皮が剥がれてしまった。 「国際法上」は軍隊で、国内法上は「特殊な隊」はありえない。国際法上が軍隊なら、国内法上も軍隊だ。  最高裁判所はそれでも違憲判断に関して沈黙を続けるつもりか。それは最高裁判所の「憲法の番人」たる役目の放棄に他ならない。それはつまり日本国憲法が形骸化した抜け殻でしかなく、日本が後進的な人治国家だという宣言を世界に向かって行うことに他ならない。

今こそ先人の叡智に学ぶべきだ。

 NHKが大河ドラマで幕末の長州藩をやっているというのでドレドレと視聴して想像以上に酷いのに落胆した。高杉晋作はヒステリーじみた乱暴者ではなく、久坂玄随は時代を見通す眼力を持ち合わせた青年ではなかった。そして伊藤俊輔はテレビで演じられているほど暗愚な青年ではなかった。なにもかもがステレオタイプの青年群像を登場させただけのドラマでしかない。せっかくの幕末の長州藩という素晴らしい素材を貶める演出には茫然自失だ。  そもそも伊藤俊輔が松下村塾に入ったのは16才にして相州警護役で三浦半島の宮田に来原良蔵の中間として出仕した後だ。吉田寅次郎の同輩・来原良蔵により相州警護役付を一年で解任され、松下村塾入塾の紹介状を持たせて18才の伊藤俊輔を国許へ戻した。つまり他の塾生は親掛かりの身だが、伊藤俊輔は藩の中間であり伊藤家を担う戸主だった。  その後、高杉晋作は幕府使節の随員になって上海へ行き租借地の現状と西洋艦隊の威容を見る。それにより久坂玄随の急進的な尊王攘夷運動と距離を置くようになる。伊藤俊輔は井上聞太たち四人の仲間と共に文久三年から元治元年にかけて英国へ密留学を果たす。  長州藩の絶体絶命の窮地は1864年8月の英・仏・米・蘭四ヶ国連合艦隊17隻の砲撃により馬関が徹底的に破壊された時だった。連合艦隊指揮官・英国中将キューバ―は本国から「彦島の租借」を厳命されていた。  和平会談冒頭でキューバ―は「和議申し出の条件は」と全権としてやって来た宍戸刑馬(高杉晋作の偽名)を睨んだ。すると高杉は「和睦を乞いに来たのではない。止戦の話し合いに来たまでだ。なんなら連合艦隊の陸戦隊で山口まで攻めて来られよ、雌雄を決しようではないか」と横柄な態度で応じた。それを通訳したのは伊藤俊輔(後の伊藤博文)だ。  確かに砲撃戦では完膚なきまでに敗北した。しかし、それは当たり前だ。長州藩の軍備は台場に鉄球を撃ち出す砲を据えたものに過ぎない。当時欧米列強で常識になっていた炸裂弾を撃つ砲を堅牢な要塞に据える軍備とは比較にならない。一方、四ヶ国連合艦隊が装備している砲は炸裂弾を放つ砲で、射程も4キロメートルと馬関の砲台の倍以上もあった。それで勝てるはずはない。  しかし内陸での戦争に艦砲は役立たない。将兵の銃撃戦になれば既にゲベール銃を装備している長州藩の諸隊と連合艦隊の陸戦隊とでは軍備で大差ない。後は将兵の数...

「拉致被害者」で結果を出せない安倍氏。

 安倍政権樹立当時、安倍氏は北朝鮮から「拉致被害者」を取り戻す、と勢い込んでいた。「政治は結果責任だ」と民主党が2009マニフェストを反故にしたことを揶揄して「結果を出せない」民主党を批判していたが、拉致被害者を一人として救出できない「結果」に安倍氏はどうするつもりだろうか。  北朝鮮当局に拉致被害者の「調査」を確約したと安倍氏は胸を張っていたが、北朝鮮が「拉致被害者」の動静が「調査」しなければわからないというのはあり得ないことだ。北朝鮮は拉致被害者を「国家機密」を知る外国人として24時間監視下に置いていると考えるのが順当なモノの考え方だ。それを「調査」結果が出るまで待つというのは北朝鮮の「時間稼ぎ」に付き合わされたに過ぎない。  拉致被害者の肉親も老いて残された時間は極めて少ない。それでも安倍自公政府に縋らなければならない拉致被害者の肉親の心中や知る術もない。  だが安倍自公政権は無能にも北朝鮮当局の「調査」を信じて待っているという。本当に日本政府は拉致被害者の北朝鮮国内の動静を一切掴んでいないのだろうか。そうだとしたら何のための監視衛星かと日本政府の無能を叱らなければならない。  実際に脱北者の中に拉致被害者はこれまで一人としていない。厳しい監視下に24時間置かれて証拠ではないだろうか。それを「調査」しなければならない、と北朝鮮当局が意見表明した段階で、ただちに北朝鮮当局者に「あなたたちは拉致被害者がどこにいるか全て承知の上ではないか、と突き詰めるべきだった。  さてブーメランとして帰ってきた「政治は結果だ」に安倍氏はいかに応えるつもりだろうか。  

まだアベノミクスに騙され続けるのか。

消費税率引き上げの家計への影響調査は、消費増税から1年程度が経過したタイミングで、特別に初めて実施した。  それによると、消費増税後の支出の変化に対する問いについて「支出を控えた」「支出をやや控えた」との回答が合計で59.8%と全体の6割に達した。このうち、影響の長さでは75.3%が「現在(冬)でもなお支出を控えている」と回答。多くの家計で、増税後の支出抑制が続いている実態が浮かび上がる。 増税後に支出を控えた理由(複数回答可)では「物やサービスの値段が上がったから」が82.1%に達し、次いで「収入が減ったから」が36.4%。「消費税率引き上げ前に前倒しで支出したから」との回答は13.4%だった>(以上『ロイター』引用)  アベノミクスを始めた頃に安倍自公政権や幇間経済評論家たちはどのようなことをマスメディアで言っていたか思い出して戴きたい。彼らは「消費増税による消費の落ち込みは短期的で、景気全体に与える影響は少ない」と押し並べて発言していたではないだろうか。  しかし現実はどうだろうか。残念ながら消費増税の影響は容易に脱却できるものではないと私がこのブログで主張していた通りになったではないか。前回の3%から5%に引き上げた橋本政権下での消費増税で回復期に入っていた景気は失速し、税収は大幅な減収になった。今回は景気が回復期に入ってもいないにも拘わらず、5%から8%に3%も引き上げて景気に甚大な影響を与えないはずがないとは、素人考えでも解ることだ。  ここに来て原油安に支えられて景気の大幅後退は免れているが、本来なら実質可処分所得増になるべきはずがそこまでには至っていないのが現状ではないだろうか。  アベノミクスは有効な経済成長策なき異次元金融緩和だけの政策だった。そのため株バブルはもたらしたが、土地バブルに到るまで金融緩和が国民生活にまで浸透し循環していない。せめても企業投資増加策を打つべきだが、絶好のUターン企業の設備投資を喚起する機会を捉えることなく、企業に東南アジアへ転出するように仕向ける評論家やマスメディアの姿勢には「国賊か」と疑いの眼差しを向けざるを得ない。  安倍氏は海外投資を呼び込むことに乗り気のようだが、日本を世界の金融センターを自認しているマレーシアに譬えることは不適切だ。なぜなら日本は都市国家マレーシアと比較すらできないほど大きな国で、人口...

国会議員よ働こう、辺野古沖移設問題の何もかも安倍自公政権任せで恥ずかしくないか。

 憲法第95条を御存知だろうか。余り馴染のない条文かも知れないが、憲法はこの国の特殊な地域問題は内閣任せにしないで国会で議論し、その地方自治体の「住民投票」により決せよ、と規定している。いうまでもない、沖縄辺野古沖移設問題はまさしく憲法第95条の規定を適用すべきと、国会議員は寝てないで真剣に沖縄県民と同一目線に立って行動すべきだ。  一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、 その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。 解説  国会で、ある特定の地方公共団体にだけてきようする特別な法律案が可決された後、その地方公共団体の住民による 住民投票にかけられ、有効投票の過半数の賛成をもって初めて法律として成立します。  「 一の 」 とは、 「 特定の 」 という意味であって、複数の地方公共団体に関する特別法もあります。 実際、 横須賀、呉、佐世保、舞鶴の四市に適用された旧軍港都市転換法(*1)が、本条の特別法にあたるとして 住民投票が行われたことがあります。  なお、近年では地方自治体の重要な課題について住民投票に関する条例を制定して政策決定を行う事例が増えてきています。  その多くは市町村合併に伴うものですが、1997年に実施された沖縄県名護市の在日米軍普天間基地返還に伴う 代替海上ヘリポート建設の是非を問う住民投票などが記憶に新しいのではないでしょうか。  *1 1950年4月に可決された特別法。  旧軍港四市を平和産業港湾都市に転換する事により、平和目的に寄与するために制定された法律>( 内「ウィキペディア」引用)  特定の地域の問題に関して法律を国会で制定すべき事項だとして、国会議員は緊急動議を提出すべきだ。それを自公の与党が否決したなら、それこそ野党は総力を結集して審議拒否を断行すべきだ。  それでなくても自公政権は安全保障法制で解釈改憲に突き進み完全に日本国憲法を蔑にしている。それのみならず、国会で議員諸兄に説明する前に米国に副総理を派遣して忠犬よろしく「御報告」に及んでいる。そのご褒美に安倍首相は米国上下両院で演説する栄誉を賜るという。何とも解り易い日米当局者たちだ。  しかし日本は立憲主義国家である。政府と自公与党が決めただけですべてが決まったわけではない。もちろ...

政府は企業の国内回帰に積極的な支援をせよ。

「恒産なくして、恒心なし」とは孟子の言葉だ。意味は安定的な職がなければ人心は荒廃する、ということだが、さらに進めて「恒心」とは安定した人心と解釈し、安定した人心により地域社会が安定し人々が安心して暮らせる社会、という意味に捉えたい。  つまり「恒産」がなければ「恒心」もあり得ないということだ。ただし、この場合の「恒産」とは商業施設などの消費産業のことではない。モノ造りにより価値を創造し安定的な給料を手にする仕事のことだ。  政府は地域創生で地方自治体に補助金を配るからメニューを提出せよと尻を叩いている。すると地方自治体は圧力団体と化している駅前商店街の要請に押されて、一度は頓挫した二十年前に策定した「中心市街地活性化事業」の管制コンサル会社が作文した「活性化策」に厚化粧を施して再び提出しようとしている。  なにも駅前商店街を批判するつもりはない。ただ駅前商店街がいかに厚化粧を施しても、所詮は消費経済の塊でしかないということだ。地方創生とはかけ離れた郊外型商業施設と客の奪い合いを演じるだけでしかない。地方創生に欠かせないのは空洞化した地方のモノ造りを再び蘇えらせることでしかあり得ないということだ。  最盛期、日本から中国へ6万社もの企業が生産工場などを移転させていた。それを煽ったのは政府であり、日経などのマスメディアだった。恰も中国の安くて豊富な労働力を利用しない経営者は無能だと決めつけるような特集を何度も流して経営者たちを籠絡した。  結果として国内からゴソッと雇用の場が失われ、新卒者たちの就職困難は当たり前のようになってしまった。その影響をモロに被ったのが地方だ。「恒産なくして恒心なし」の言葉通りに、若者たちは地方に見切りをつけて地方の人口減は深刻な事態になった。  そうした流れに最初に抗した大企業はトヨタ自動車だった。トヨタ社長が国内に100億円を超える投資をして新規製造工場を建設するに際して「海外の労働力が1/3なら、三倍の生産効率の工場を作れば良いだけだ」と従業員を叱咤激励した。  まさしくその通りだし、勤勉にして向上心に富む日本国民は匠の工業技術を継承し、さらに技術を磨き製品価値を高める。改めて「企業は人なり」を心に刻んだパナソニックなどの企業経営者たちが国内回帰を決断し始めた。しかし政府はその流れを打ち消すように東南アジアへ進出する企業の手助けをしている...

何とも醜悪なこの国のマスメディア。

 今日から物価や軽自動車税は上がり、マクロスライドすべき年金は減額される、と言うニュースをテレビが伝えていた。マスメディアが無批判に囃し立てていたアベノミクスという金融緩和だけのインフレ・円安政策のツケが国民に回って来るだけという何とも腹立たしいことだが、マスメディアに自分たちがヨイショした経済政策が国民負担増をもたらしていることに無関心のようだ。  さらに年金マクロスライド減額を報じるときに、国民年金はちゃっかりと満額支給の場合の6万5千円の場合を例に上げて600円程度減額と報じ、厚生年金の場合は平均的な夫婦二人所帯の22万円の場合には2000円程度の減額だと報じ、官僚や公務員が加入している共済年金に関しては何も報じなかった。なぜなのだろうか。それがマスメディアの公言する「公平な」報道なのだろうか。  国民負担増となる生活物資の値上げの原因の多くは円安による輸入物資の高騰による。それが証拠に原油安により石油関連商品は値下げになっている。  だからマスメディアはいよいよアベノミクスの大失敗が結果として国民にのしかかってきたと報道すべきではないだろうか。異次元金融緩和以外には糞詰まりの公共事業大盤振る舞いだけという、円安だけをもたらしたアベノミクスは輸出企業に優しく、輸入材に依存する基礎素材を消費してモノを製造する関連中小企業や国民にとっては負担を強いる政策でしかなかった。そもそも安倍自公政権になってから二年数か月もの間、有効な経済成長策が何一つとして実施されていないという体たらくだ。  ただ物価の高騰は前線検討時と比較して原油価格の半額以下の下落に救われているに過ぎない。それは安倍自公政権の成果でも何でもない。  安倍氏は「政治は結果だ」と民主政権の三年間を批判してきた。確かに民主党政権下の三年間に何ら有効な成長策は打てていない。それもこれも個人消費拡大策だった子育て支援や農家所得補償制度や年金の最低保障策などを自公とマスメディアが「財源なきばら撒き」だと必死に宣伝してぶっ潰したからだ。そして国民の不満を背景に自公が政権を奪還して鳴り物入りで実態不明なアベノミクスを世界的に大宣伝をしたが、実態なき経済政策では消費増税だけが個人所得を局激し実質消費支出が昨年四月以来対前年比減をもたらしている。それで景気が良くなるはずはないのだが、マスメディアは必死に「景気は明るさが増...