日本国民は戦後史観を脱ぎ捨て、国際常識を身に着けた普通の国際社会人になっている。
<高市早苗首相の所信表明は、気合の割には、具体性に乏しいと言わざるをえません。特にそう感じるのが、対中関係についての基本的な外交方針です。拗れた日中関係をどう解きほぐすのか。また、米中の戦略的共存が明らかになる中、これまでの日米同盟の「一本足」で、日本の安全保障や平和は確保されるのか。米中間の「取引材料」にならずに「国益」に即した外交・安全保障戦略をどのように展開していくのか。高市首相の演説は、こうした喫緊の懸案にほとんど答えていないように見受けられます。 なかでも対中外交は、強気一点張りの戦略が顕著で、最大の貿易国との緊張をはらんだ敵対的な姿勢は、嫌中・反中的な国民感情の勢いと相乗しているようです。どうして国民の中に、これまでにないほどの中国への反感や敵対感情が募るようになったのか。日中国交回復後の中国ブームが嘘のようです。 中国の抱える内外の問題点は、もうゲップが出るほど出回っているので、ここであらためて取り上げませんが、かつてのブームの振り子が極端に逆に振れている状況は異様ではないでしょうか。そこに見られるのは、平たく言えば、「中国は好きだ。貧しい中国はもっと好きだ」という、図体だけ大きな「途上国」というイメージの枠内に収まるくらいの中国なら歓迎ということなのでしょう。しかし、2010年代くらいから中国がGDPで日本を凌駕し、「豊かな中国」が登場してくるにつれて、「嫌中」の空気が広がり始めました。そこに尖閣諸島をめぐる領土問題や「台湾有事」などが重なり、今や中国は、できることなら日本から遠く引っ越してほしい国になったようです。 たとえ地上から消えてほしい国であっても存在する以上、交渉するのが政治であり、外交であると明言したのは、旧西ドイツのゲンシャー元外務大臣です。今から30年前、国際シンポで一緒になった時、手練のリアリスト外交戦略家であったゲンシャー氏の迫力に満ちた言葉が今でも耳朶に残っています。高市首相に、国民大衆の感情に抗してでも対中関係打開に踏み込む「決断」ができるのか、その真価が問われているのではないでしょうか。>(以上「AERA」より引用) 「 「対中関係打開に踏み込む『決断』ができるか 高市首相に問われる真価」 」と題して姜尚中(政治学者)氏が高市氏を対中外交という切り口で論評している。云うまでもなく姜尚中氏は在日韓国人でテレビなどに登場し...