ハメネイ師の葬儀が停戦協議への契機になるか。
<イランで執り行われる前最高指導者アリ・ハメネイ師の国葬は、後継指導者モジタバ・ハメネイ師の下で初の国家的行事だ。現体制の権威を内外に誇示し、国民を束ねる場となるが、イランには葬儀を巡る波乱の歴史がある。 1979年のイスラム革命を主導し、現体制を築いた初代指導者ホメイニ師の国葬が執り行われたのは89年6月。「建国の父」の葬儀には当時の人口の約6分の1に当たる約1020万人が参列したとされる。「人口比での参列者が最多の葬儀」としてギネス世界記録に認定された。 当時の米報道によると、首都テヘラン南郊の埋葬地に向かうホメイニ師の葬列は群衆で身動きが取れなくなり、ヘリコプターでひつぎを運んだ。埋葬地では参列者が殺到し、ひつぎから遺体が転げ出た。「形見」を求めた人々が遺体を包む布を引きちぎるなど混乱を極め、少なくとも8人が死亡したという。 2020年に米軍がイラクへの空爆で殺害したイラン精鋭軍事組織「革命防衛隊」コッズ部隊のソレイマニ司令官の葬儀でも混乱が生じた。故郷の南部ケルマン州で人々が折り重なって倒れ、少なくとも50人が死亡した。 アリ・ハメネイ師の後継者とも目され、21年に大統領に就任した保守強硬派ライシ師は24年にヘリコプター事故で死亡した。同年5月の葬儀には、パレスチナのイスラム組織ハマス最高指導者ハニヤ氏が参列。報道によれば、敵対するイスラエルはテヘランの宿泊施設でハニヤ氏の暗殺計画を立てたが、成功する見込みが薄かったため断念した。 その2カ月後、ハニヤ氏はペゼシュキアン大統領の就任宣誓式出席のためイラン入りし、イスラエルは機を逃さずにハニヤ氏を殺害した。宿泊施設に仕掛けた爆破装置を遠隔で起爆したとされる>(以上「時事通信」より引用) 米国建国250年の7月4日に合わせて、イランでは今年2月28日に爆死したハメネイ師の葬儀が執り行われた。その様子が「 イラン葬儀、波乱の歴史 転げ出る遺体、要人暗殺計画も 」と題して報道された。テレビでは2,000万人の葬列とあったが、イラン革命政府「建国の父」ホネメイ師の葬儀ですら参列者は1,020万人だった。盛り過ぎの数字だと批判せざるを得ない。 テレビニュースではテヘラン市民生活のレポートがあったが、物価は対前年比88%↑で、食料品に限ったら135%↑と猛烈な物価高騰に見舞われている。一般国民は一日も早く平穏...