もはやオールドメディアの世論操作は効き目を失っている。
<最新のJNNの世論調査で、高市内閣の支持率が、前回の調査から1.9ポイント上昇して64.9%でした。一方、「支持しない」と答えた人は前回から1.4ポイント下落して32.5%でした。
各党の支持率は以下の通り。
自民 32.9%(1.8↓)
維新 3.7%(0.5↑)
国民 3.2%(0.3↑)
立憲 2.1%(0.4↓)
参政 3.6%(0.2↑)
公明 2.1%(0.7↓)
民改 0.7%(0.3↑)
みらい 1.4%(0.8↑)
共産 2.0%(0.5↓)
いのち 0.5%(0.2↑)
保守 1.0%(0.2↑)
社民 0.4%(0.1↑)
その他 0.7%(0.1↑)
支持なし42.7%(1.3↑)
【調査方法】
JNNでは、コンピュータで無作為に数字を組み合わせ、固定電話と携帯電話両方をかけて行う「RDD方式」を採用しています。
10月31日(土)、11月1日(日)に、全国18歳以上の男女2662人〔固定756人、携帯1906人〕に調査を行い、そのうち38.5%にあたる1024人から有効な回答を得ました。その内訳は固定電話438人、携帯586人でした。
インターネットによる調査は、「その分野に関心がある人」が多く回答する傾向があるため、調査結果には偏りが生じます。より「有権者の縮図」に近づけるためにも、JNNでは電話による調査を実施しています。無作為に選んだ方々に対し、機械による自動音声で調査を行うのではなく、調査員が直接聞き取りを行っています。固定電話も年齢層が偏らないよう、お住まいの方から乱数で指定させて頂いたお一人を選んで、質問させて頂いています。>(以上「TBS」より引用)
政権発足1年(2026年10月)の各紙社説の見出しは
各党の支持率は以下の通り。
自民 32.9%(1.8↓)
維新 3.7%(0.5↑)
国民 3.2%(0.3↑)
立憲 2.1%(0.4↓)
参政 3.6%(0.2↑)
公明 2.1%(0.7↓)
民改 0.7%(0.3↑)
みらい 1.4%(0.8↑)
共産 2.0%(0.5↓)
いのち 0.5%(0.2↑)
保守 1.0%(0.2↑)
社民 0.4%(0.1↑)
その他 0.7%(0.1↑)
支持なし42.7%(1.3↑)
【調査方法】
JNNでは、コンピュータで無作為に数字を組み合わせ、固定電話と携帯電話両方をかけて行う「RDD方式」を採用しています。
10月31日(土)、11月1日(日)に、全国18歳以上の男女2662人〔固定756人、携帯1906人〕に調査を行い、そのうち38.5%にあたる1024人から有効な回答を得ました。その内訳は固定電話438人、携帯586人でした。
インターネットによる調査は、「その分野に関心がある人」が多く回答する傾向があるため、調査結果には偏りが生じます。より「有権者の縮図」に近づけるためにも、JNNでは電話による調査を実施しています。無作為に選んだ方々に対し、機械による自動音声で調査を行うのではなく、調査員が直接聞き取りを行っています。固定電話も年齢層が偏らないよう、お住まいの方から乱数で指定させて頂いたお一人を選んで、質問させて頂いています。>(以上「TBS」より引用)
政権発足1年(2026年10月)の各紙社説の見出しは
朝日新聞: 「自制なき『強さ』に懸念」
毎日新聞: 「独善の限界が見えてきた」
東京新聞: 「高市政権1年 豊かさが実感できない」
北海道新聞: 「熟議なき国論二分は危うい」
中国新聞: 「肝心なこと語らぬ不誠実」
沖縄タイムス: 「独断の危うさあらわに」
毎日新聞: 「独善の限界が見えてきた」
東京新聞: 「高市政権1年 豊かさが実感できない」
北海道新聞: 「熟議なき国論二分は危うい」
中国新聞: 「肝心なこと語らぬ不誠実」
沖縄タイムス: 「独断の危うさあらわに」
と高市首相の政権運営の手法や答弁の姿勢に対して「独善」「独断」「危うさ」といった強い言葉を用いた批判的な見出しが並んでいる。しかしイザ世論調査すると「【速報】高市内閣の支持率64.9% 前回から1.9ポイント上昇 JNN世論調査」となっている。オールドメディアの高市政権に対する批判と、国民の三人に二人が支持している実態との乖離の大きさは何だろうか。
野党も厳しく高市政権批判を繰り返しているが、一向に野党の支持率は上がらず、いずれにしても高市政権の一強多弱状態は変わらない。なぜ、こうなっているのか。そうした問題点を特集した方が新聞購入部数が増える気がする。
政権が「独善」なのは当たり前だ。公約を掲げて選挙を実施して、国民から過半数の支持を得たから政権が維持されている。だから公約を果敢に実行する、というのが政権の使命ではないか。尤も、公約を掲げて総理・総裁になったら「公約は果たすものではない」などと嘯く石破氏のような総理大臣もいたが、それこそ言語道断だ。
北海道新聞の「熟議なき国論二分は危うい」も納得し難い。ならせなら熟議を拒否しているのは野党だからだ。前国会や前々回の国会を思い返して頂きたい。そこで展開された議論の大半は週刊誌ネタで高市政権や大臣を批判するものに終始したではないか。国民生活に関する問題点を熟議する、という姿勢を野党が自ら放棄した予算委員会に国民はどれほど慨嘆したことだろうか。
そして消費税減税を議論するはずだった今国会も、野党は消費税反対の大合唱するのに終始して、日本経済を俯瞰的に検証し消費税減税の意義を問う論議は皆無だった。そもそも消費税を議論するには、国家経済と政府経済との折り合いをどうするのか、という観点が不可欠だ。なぜなら国民の可処分所得を税として政府が取り上げた結果が日本経済に及ぼす影響が如何なるものだったかは、既に8%から10%への増税時に「GDPのマイナス」として記録されているではないか。
なぜ国民の三人に二人が依然として高市政権を支持しているのか。それは日本の首相として力強く「日本」を世界にアピールしているからだ。国内に於いては「消費減税」を果敢に実行しようと尽力し、これまでの「緊縮・増税」政策からの転換を目に見えて実行しているからだ。
「国家のために我慢せよ」という歴代政権の欺瞞に気づいた多くの国民は、「日本政府は日本国民のためにある」という国家の基本的なロジックの実現を求めている。決して外国人労働移民のためにあるのではなく、ましてや隣国のためにあるのでもない、といった日本国民の当然の権利を主張し始めた。従来SGDsや多文化共生やジェンダーフリーといった言葉に誤魔化されていた「不自由さ」を我慢することをやめた多くの国民が自らの「より良い生活」を率直に求め始めた。
それは戦後日本を自虐史観で雁字搦めに縛り上げていた古代史研究や神代文字研究、さらには防衛兵器開発といった日本のアイデンティティーを日本国民が積極的に求め始めた。そうしたパラダイムの大転換はネット情勢社会がもたらしたものでもある。なぜならオールドメディアは戦後自虐史観で日本国民を雁字搦めに縛り上げていた「装置」そのものだったからだ。
近く「サンデー毎日」も休刊するという。次々とオールドメディアが店仕舞いしていく。それは戦後自虐史観から覚醒した多くの国民から見放されたからだ。試しに「サンデー毎日」を一読されたら良い。どれほど古色蒼然とした戦後自虐史観のデパートかが良く解るはずだ。ノミのサーカスはノミを小さな球体に閉じ込め、ノミが跳躍して何度も頭を打たせて、跳躍することを諦めさせることから訓練が始まるという。しかし日本国民は自虐史観という小さな球体から抜け出た。自由な国民として公正な視点から世界を眺めている。もはやオールドメディアの世論操作は効き目を失っている。