日本に男女差別は存在するのか。
<世界経済フォーラムによる「ジェンダーギャップ報告書」が発表された。これは、それぞれの国において男女平等がどれだけ進んでいるかを示した指標で、今年の日本は145カ国中117位だった。初めて女性の首相が誕生したにもかかわらず、前年から順位を一つ上げただけだった。
この報告では、王室において男女平等が進んでいるかどうかは評価に含まれない。ただ、それについて報じた『朝日新聞』の記事によれば、ヨーロッパの王室で長子優先の原則が確立されている国々の方が、男子優先の国よりも評価が高いことが指摘されていた。
日本では、皇室典範が改正され、その施行が来月に迫っているが、今回の改正は、旧宮家の男子を養子にすることを可能にするという点で、むしろ男女平等からは後退するものであった。皇室のあり方は、日本が男女平等において世界に遅れていることを示す「象徴」であるとも言える。
しかし、古代のことを振り返ってみるならば、むしろ日本は先を行っていた。それを象徴し、飛鳥時代から奈良時代にかけては女帝が次々と輩出された。その時期、16人の天皇が在位したが、うち8代は女性だった。人数としては6人だが、そのうち2人は2度天皇に即位している。これを「重祚(じゅうそ)」と言う。
実は、この時代は、東アジア全体に女帝の時代が訪れていた。中国では唐に則天武后が現れ、朝鮮半島でも新羅では善徳女王など三代の女帝が出現した。善徳女王は韓流ドラマにもなっている。
しかし、中国では則天武后だけで、その点では日本と違う。日本の方が中国や朝鮮より、女帝の出現する割合は高かった。それも、古代の日本においては、男性と女性が平等に天皇の位に就く「双系」の伝統が確立されていたからだ。
それを具体的に示す法も存在した。
明治以降、近代の日本社会は欧米から近代法を取り入れたが、古代には、中国の律令を取り入れて法の体系を作り上げた。まだ、自前では法の体系を作り上げる文化程度に達していなかったからで、中国の律令をほぼすべて取り入れたが、独自の規定を盛り込むこともあった。
それが、養老律令のなかに含まれる「継嗣令(けいしりょう)」だった。今の皇室典範のようなものである。その最初の部分には「天皇の兄弟、皇子は、みな親王とすること」とある。親王は天皇の正式な子供を意味する。
そこまでは中国と同じなのだが、継嗣令ではそこに注が入っていて、「女帝の子もまた同じ」と記されていた。これは、女帝が出現することを予め想定した規定である。逆に中国の則天武后は、律令の規定から逸脱するものであった。
ヨーロッパでも、近世以降でないと女帝はほとんど現れない。その点で、古代の日本ははるかに進んでいたのである>(以上「日刊ゲンダイ」より引用)
「男女平等「世界117位」の日本、古代は先進国だった? 16代の天皇のうち8代が女性だった「女帝の時代」」との見出しで島田裕巳(宗教学者、作家)氏が天皇制を持ち出して男女平等を論じている。
この報告では、王室において男女平等が進んでいるかどうかは評価に含まれない。ただ、それについて報じた『朝日新聞』の記事によれば、ヨーロッパの王室で長子優先の原則が確立されている国々の方が、男子優先の国よりも評価が高いことが指摘されていた。
日本では、皇室典範が改正され、その施行が来月に迫っているが、今回の改正は、旧宮家の男子を養子にすることを可能にするという点で、むしろ男女平等からは後退するものであった。皇室のあり方は、日本が男女平等において世界に遅れていることを示す「象徴」であるとも言える。
しかし、古代のことを振り返ってみるならば、むしろ日本は先を行っていた。それを象徴し、飛鳥時代から奈良時代にかけては女帝が次々と輩出された。その時期、16人の天皇が在位したが、うち8代は女性だった。人数としては6人だが、そのうち2人は2度天皇に即位している。これを「重祚(じゅうそ)」と言う。
実は、この時代は、東アジア全体に女帝の時代が訪れていた。中国では唐に則天武后が現れ、朝鮮半島でも新羅では善徳女王など三代の女帝が出現した。善徳女王は韓流ドラマにもなっている。
しかし、中国では則天武后だけで、その点では日本と違う。日本の方が中国や朝鮮より、女帝の出現する割合は高かった。それも、古代の日本においては、男性と女性が平等に天皇の位に就く「双系」の伝統が確立されていたからだ。
それを具体的に示す法も存在した。
明治以降、近代の日本社会は欧米から近代法を取り入れたが、古代には、中国の律令を取り入れて法の体系を作り上げた。まだ、自前では法の体系を作り上げる文化程度に達していなかったからで、中国の律令をほぼすべて取り入れたが、独自の規定を盛り込むこともあった。
それが、養老律令のなかに含まれる「継嗣令(けいしりょう)」だった。今の皇室典範のようなものである。その最初の部分には「天皇の兄弟、皇子は、みな親王とすること」とある。親王は天皇の正式な子供を意味する。
そこまでは中国と同じなのだが、継嗣令ではそこに注が入っていて、「女帝の子もまた同じ」と記されていた。これは、女帝が出現することを予め想定した規定である。逆に中国の則天武后は、律令の規定から逸脱するものであった。
ヨーロッパでも、近世以降でないと女帝はほとんど現れない。その点で、古代の日本ははるかに進んでいたのである>(以上「日刊ゲンダイ」より引用)
「男女平等「世界117位」の日本、古代は先進国だった? 16代の天皇のうち8代が女性だった「女帝の時代」」との見出しで島田裕巳(宗教学者、作家)氏が天皇制を持ち出して男女平等を論じている。
しかし天皇制を一般的な「男女同権」論に引き合いにするのは間違っている、と日本国民なら誰しも直感的に感じるはずだ。なぜなら天皇は一般国民を超越した存在だからだ。
その天皇に女性が過去に即位していた、との史実を持ち出して「過去の方が女性差別がなかった」と論じるのは軽率の誹りを免れ得ない。それなら過去から現在まで一貫して「法王」が男性のキリスト教は「男尊女卑」なのか。イスラム教で女性に顔を隠すヒジャブの着用を強制しているのは女性蔑視なのか。
宗教や祭祀にまつわる地位に関して、世俗的な「男女平等」論と同等に論じることそのものが間違っている。同様に大相撲の土俵に女性を上げない、というのも祭祀の類であって「男女平等」ではないと批判するのは適当でない。
世界経済フォーラムによる「ジェンダーギャップ報告書」なるものが、いかなる見地から「男女平等」をランク付けしているのか定かでないし、なぜ日本が145カ国中117位なのか、そして女性総理大臣が誕生したから「男女平等」が進んだとみなすのか判然としない。
日本で高市女性総理大臣が誕生したのは、もちろん女性だからではない。総理大臣に女性を不適格とする、との条文がない限り、多くの国会議員から支持されれば男女を問わず「首班指名」により総理大臣に選任されることになっている。つまり元々女性差別など存在していない。
同様に、ありとあらゆる職業に男女差別はない。誰でも能力と適性があれば性別を問わず全ての職業に就ける。むしろ取締役の何%を女性にすべき、と決める方が逆に差別ではないか。国会議員の何%を女性にすべき、と決める方が差別ではないか。
外形的に働く女性の割合が少ないから女性差別と断じる向きがあるが、それこそ差別ではないか。主婦になることを選択するのも、働くことを選択するのも、各人の自由意思に任せることこそが男女差別なき社会ではないか。
男女賃金に格差があるとすれば、それは男女差別問題ではなく、同一労働同一賃金に悖る労働問題として捉えるべきではないか。もちろん正規社員と非正規社員との賃金格差も同一範疇に含まれるだろう。
いかなる基準で「ジェンダーギャップ報告書」が作成されているのか知らないが、皮相な男女割合だけをとらえて云々するのでは問題の本質に迫ることは出来ない。社会の深層部に根強く残っている女性蔑視や婚姻を女性売買と捉える風習等こそ問題にすべきだ。日本には「ジェンダーギャップ報告書」に取り上げるような深刻な男女差別は存在しない。117位と下位にランク付けして、愚かなLGBTq法を推進する勢力に利する活動家が国際機関に蠢いているのではないかと勘繰らざるを得ない。世界経済フォーラムが天皇制に言及したとするなら、それこそ失礼の極みだ。