城内氏が説明する「財政健全化」とは。
<この記事の見出し及び記述は、私の発言の趣旨とは異なり、極めてミスリーディングです。
私が申し上げたのは、「財政健全化を目標とする国は存在しない」ということではありません。
「財政健全化」という言葉は、その定義が必ずしも明確ではなく、①歳出抑制を重視する考え方から、②経済を成長させ、その果実によって税収を増やし財政の持続可能性を確保する考え方まで、異なる政策を同じ言葉で表現し得るため、政府の目標として掲げる言葉として適切ではないのではないか、という問題提起をしたものです。
もちろん、財政の持続可能性を確保することは極めて重要です。
そのため、骨太方針2026においても、債務残高対GDP比の安定的な引下げを中核的な目標とするとともに、単一の指標だけで財政を評価するのではなく、複数の指標によって財政状況を検証する方針を明記しています。
具体的には、市場の信認確保の観点から、経済成長、金利、部門別収支等の経済動向に加え、債務残高対GDP比、PB、財政収支、利払い費、公債依存度、国債発行額、税収等の財政指標を多角的に分析・検証することとしています。
その上で、高市政権が目指すのは、いたずらに歳出を削減したり増税したりすることによる「財政健全化」ではなく、責任ある積極財政の下で必要な投資を行い、経済を成長させ、税率を引き上げずとも税収が増える強い経済をつくり、債務残高対GDP比を安定的に低下させることです。
「財政健全化」という一語を用いないことをもって、財政規律を放棄したかのように捉えるのは、私の発言の趣旨とは全く異なります。>(以上「時事通信」より引用)
私が申し上げたのは、「財政健全化を目標とする国は存在しない」ということではありません。
「財政健全化」という言葉は、その定義が必ずしも明確ではなく、①歳出抑制を重視する考え方から、②経済を成長させ、その果実によって税収を増やし財政の持続可能性を確保する考え方まで、異なる政策を同じ言葉で表現し得るため、政府の目標として掲げる言葉として適切ではないのではないか、という問題提起をしたものです。
もちろん、財政の持続可能性を確保することは極めて重要です。
そのため、骨太方針2026においても、債務残高対GDP比の安定的な引下げを中核的な目標とするとともに、単一の指標だけで財政を評価するのではなく、複数の指標によって財政状況を検証する方針を明記しています。
具体的には、市場の信認確保の観点から、経済成長、金利、部門別収支等の経済動向に加え、債務残高対GDP比、PB、財政収支、利払い費、公債依存度、国債発行額、税収等の財政指標を多角的に分析・検証することとしています。
その上で、高市政権が目指すのは、いたずらに歳出を削減したり増税したりすることによる「財政健全化」ではなく、責任ある積極財政の下で必要な投資を行い、経済を成長させ、税率を引き上げずとも税収が増える強い経済をつくり、債務残高対GDP比を安定的に低下させることです。
「財政健全化」という一語を用いないことをもって、財政規律を放棄したかのように捉えるのは、私の発言の趣旨とは全く異なります。>(以上「時事通信」より引用)
「財政健全化を目標とする国は存在しない」との見出しはミスリードを招く、極めて作為的なものか、あるいは基本的な国語能力が欠如しているかのいずれかだ。
城内氏が「財政健全化を目標とする国は存在しない」と発言したのは、単に財政緊縮・増税を「財政健全化」とするなら、そうした意味の「財政健全化を目標とする国は存在しない」というものだ。
つまり城内氏が云わんとした趣旨は「経済を成長させ、その果実によって税収を増やし財政の持続可能性を確保する」経済政策に舵を切る、というものだ。それこそ高市氏が唱える「責任ある積極財政」政策を促進する発言だ。
つまり「財政健全化」とは「市場の信認確保の観点から、経済成長、金利、部門別収支等の経済動向に加え、債務残高対GDP比、PB、財政収支、利払い費、公債依存度、国債発行額、税収等の財政指標を多角的な」観点からみた財政の健全化であって、単に「財政収支の黒字化」を意味するものではない。それが城内氏が考える「財政健全化」だ。
しかしオールドメディアの記者諸氏は「財政健全化」とは税収が歳出を上回ることだと硬直的に考えている。それは家計簿会計における健全化であって、国家財政の健全化ではない。
家計簿は家庭経済の収支を現し、それだけで完結する。しかも寿命という有期限の記録簿だが、政府の財政は政府だけで完結するものではないし、政府のための財政でもない。それは国国家経済を運営するための財政でなければならない。しかも生物と異なり政府に寿命はなく、永遠に継続する経済活動だ。
政府の一般会計は120兆円ほどでしかないが、政府財政が観念すべき経済は630兆円規模の国家経済だ。つまり国民や企業などの総所得=GDPを拡大するための、すなわち経済成長するための財政支出でなければならない。なぜなら経済成長しなかった30年間は「失われた30年間」だからだ。
「失われた30年間」は国民の貧困化だ。国民が貧困化していて、政府財政が健全化しても、それは本末転倒だ。政府は政府のために存在するのではない。政府は国家や国民のために存在する。政府は官僚たちの給与支払いのためだけや、官僚たちの利権確保のためだけに存在するのではない。オールドメディアが掲げる「財政健全化」とは財務官僚が財務省利権のために唱えているものでしかない。
政府が対象とすべき経済は国家経済であって、政府経済ではない。それは政策を実施するための原資であって、国民生活全般を対象としたものではない。国民経済は政府の財政運営で完結するものではなく、政府の財政運営は国家経済がより良く回るための「呼び水」でなければならない。
経済が成長すれば「税収弾性値」から解るように、成長率以上に税収は増加する。また経済成長によりGDPが拡大すれば、国民所得も増加する。そうすると個人消費も拡大して、経済拡大の好循環が起きる。城内氏が目指すべき「財政の健全化」とは好循環経済のことだ。そのためには「呼び水」たる政府投資が必要不可欠だ、と城内氏は説明している。オールドメディア記者諸氏は城内氏の説明に傾注して、正しく国民に報道すべきだ。