日本製の兵器にはモノづくり日本の総合力の基礎がある。
< 現代兵器は共同開発が世界の潮流 日本は戦後80年間、武器輸出五原則(事実上の全面禁止)に従い、殺傷武器の輸出は控えてきたが、2014年(平成26年)4月1日に、武器輸出五原則に代わる新たな政府方針として「防衛装備移転三原則」(5類型に限定して容認)が閣議決定された。 この防衛装備移転三原則に基づき、国家安全保障会議(NSC)がこれまでに防衛装備の海外移転を承認したのは、地対空ミサイル(パトリオット PAC-2)部品の対米輸出と英国との戦闘機用空対空ミサイル(ミーティア)関連の共同研究の2事例のみで、実際に武力衝突が発生している国家への移転としては、2022年にロシアから軍事侵略を受けたウクライナより要請されて防弾チョッキなどを例外的に供与した例があるのみだ。 日本のような先進国において、武器を輸出してこなかったことは、日本の平和主義の具現化としては意義あるものであったものの、武器輸出五原則では、日本製の武器は生産量が限定され、量産効果が出ないため高価にならざるを得なかった。そして自衛隊という単一顧客に依存する構造が固定化し、結局、対GDP1%以内の限られた防衛費をさらに圧迫するという結果となった。 特に、高性能ゆえに研究開発費・生産費・維持費などといった諸コストが膨張する一方、現代の武器開発は大きな金銭的負担を日本政府や防衛産業に強いてきた。そのため利益率の低迷から主要な防衛産業さえもが離脱する事態となっていた。 例えば、財務省資料によれば、2019年には代表的な防衛産業であるコマツ(1921年創業、本社東京)が軽装甲機動車から撤退。2021年、三井E&S造船(1917年創業、本社東京)が艦艇製造事業を三菱重工へ譲渡。同年、住友重機械工業(1888年創業、本社東京)が陸自向け機関銃から撤退するなど、これまで100社以上が防衛産業から撤退した。 また、現代兵器の開発においては、コスト削減のため、国際共同開発を主眼とするのが世界の潮流であり、日英伊の次期戦闘機計画(GCAP)などの共同開発では、第三国輸出が前提でなければビジネスモデルが成立しないとも指摘されている。 日本の安全保障政策の歴史的な大転換 このままでは、日本の防衛産業が立ちいかなくなることは明白だったが、日本企業は、過去の「失われた30年」と言われる長期的衰退のため、大規模な投資や...