中国内で「政変」が起きたようだ。
< ついに「中南海」(北京の最高幹部の職住地)で、「現代版・林彪(りんぴょう)事件」が起こった。2012年11月に習近平体制が始動して以降、ある意味、最大級の「激震」である。 「噂」は聞いていたが、まさか現実になるとは… 1月24日土曜日の午後3時(中国時間)、中国国防部のホームページが、一つの「消息」をアップした。 <中央政治局委員・中央軍事委員会副主席の張又侠、中央軍事委員会委員・中央軍事委員会連合参謀部参謀長の劉振立は、厳重な紀律法律違反の嫌疑がかかっている。中国共産党中央委員会の研究を経て、張又侠と劉振立の立件審査・調査を決定した> 原文の中国語では、わずか67文字の短文だ。私は速報を見た時、思わず中国発のフェイクニュースではないかと疑った。 「張又侠失脚」の噂は、かねてから流れていた。だが、今年に入ってもCCTV(中国中央広播電視総台)のニュース映像にしばしば映っていたし、まさか現実のものとなるとは思わなかった。 それにしても、習近平という指導者は、崇拝してやまない毛沢東元主席を、どこまでもまねる人である。張又侠の存在が、かつての林彪と二重写しになっていたのではないか。 今も解き明かされていない「林彪失脚」の謎 20世紀の中国史を描いた天児慧早稲田大学名誉教授の『巨龍の胎動』(講談社学術文庫、2021年)は、「林彪事件」について、こう記している。 <1971年9月、「毛主席の後継者」とまで断定された人物が、毛の暗殺を計画し、それが発覚して逃亡中にモンゴルで墜落死したと言われる事件が起こった。当時、毛沢東はまもなく78歳を迎える高齢で、(主治医の)李志綏によると肺炎をはじめさまざまな病状が起こっていた。この時林彪はまだ65歳であった。毛に忠誠を尽くしじっと待っていれば、権力は自然と自分の手に落ちてくるというのに、なぜ林彪は毛の暗殺を図ったのだろうか? そもそも暗殺計画などあったのか? 毛こそが林彪を追い詰めていたのではなかったのだろうか? いろいろな疑問が浮かび上がってくる。そして今なおさまざまな説がある。 確かなことは、71年9月に林彪が失脚したという事実、モンゴルで墜落した中国軍機内の焼死者の一人が林彪に違いなかったとの確証が取れたことである。あとは、中国の公式報道を信じるしかない。疑えばすべてが「闇」である> 林彪は、第2代国防部長として、...