中共政府の中国が崩壊したのちの新生中国に期待するだけだ。

◇中国人が日本に「戻ってくる」ワケ
 政府が「経営・管理」など在留資格の厳格化に踏み切り、在日外国人を取り巻く環境は厳しさを増している。
 それでも日本に住みたいと考える外国人は多い。とくに人口が最も多い中国人の中には、日本で数年間暮らしたあと中国に帰国したものの、「やはり日本はすごくいい国。また日本で暮らしたい」と考え、舞い戻ってくるケースが少なくない。彼らはどういう経験を経て、そのような思いに至ったのか。
 中国の大学の日本語学科を卒業後、日本に憧れて2010年代に来日した女性、孫さん(仮名)はコロナ禍まっただ中の2021年春、中国に帰国した。当時、私は彼女から以下のようなメッセージを受け取った。
「急ですが、帰国することにしました。コロナ禍をきっかけに決断しました。日本より中国のコロナ対策のほうが安心だと思ったこと、そして、日本での生活はもうある程度満喫したかな、と思ったことが理由です」
 孫さんが勤務していた都内の企業は待遇がよく、傍からみるかぎり生活は順風満帆のようだったが、個人的な事情があったようだ。

◇「日本にいたら危険」「早く帰国して」
 孫さんに連絡すると、彼女は「中国政府のコロナ対策がすばらしく、このまま日本にいて大丈夫なのだろうかと不安になったので……」と語り出した。
 2020年初頭、武漢からから始まった新型コロナウイルスの流行で、中国は徹底的な封じ込めを行った。当初その対策は成功し、欧米で大流行していたなか、中国はいち早く落ち着きを取り戻した。孫さんの両親は「日本や欧米のやり方はゆるいからダメ。徹底管理する中国のほうが安全だ」と力説し、孫さんもそれに納得したという。
 孫さんの周囲にいる在日中国人の友人も、中国に住む親族から「日本にいたら危険」「早く帰国して」と迫られ、中国に帰国した人が数人いたそうだ。
 その後はあまり連絡がなかったが、昨年末、日本旅行にやってきた際、久しぶりに再会した孫さんは開口一番、私にこう語り出した。
「やっぱり日本はいいですね。自由な空気と人々のマナーのよさ、優しさ……。電車に乗っていても、道路を歩いていても、ストレスを感じない。食べ物はおいしいし、街が静かで秩序がある。日本ではこれは当たり前でしょうけど、世界ではこれは当たり前ではないですよ」
 日本より中国がいいと言って帰国したのにどうしてか、と思って聞いてみると、コロナ禍で大変な思いをした、と打ち明けてくれた。孫さんが住む都市は、孫さんが帰国した数カ月後に大規模なロックダウン(都市封鎖)に踏み切った。当初、成功したかに見えた中国のコロナ対策だったが、2021年7月、南京でデルタ株の感染者が出て以降、政府は事実上、「ゼロコロナ政策」に舵を切った。

◇非人道的なコロナ対策と景気悪化
 中国では各地で連日、住民のPCR検査を実施したり、ある建物で感染者が出ると、その場にいた人全員が強制的に隔離施設に移送されたりといった非人道的な対策が公然ととられるようになった。
 孫さんは「政府のメンツのために、ゼロコロナ政策は継続され、SNSでの批判は情報統制で全部削除された。重い病気でも(コロナ対策で)入院できないで亡くなる人が続出するなど、数えきれないほどの悲劇がありました。両親が『中国の対策はすばらしい』と言っていたのは、政府がメディアを使って行った宣伝を鵜呑みにしていたからです。
 日本のコロナ対策は個人の判断に任せるところがあり、最初のうちは、それが頼りなく見えて不安だったのですが、実は、それは日本人全体の民度が高いからできることなのだと、あとになって気づきました。私が浅はかでした」と語る。
 その上、孫さんを悩ませたのは中国の深刻な景気の悪化だ。コロナ禍と不動産不況というダブルパンチで経済が低迷した。孫さんは最初のうちは、日本語を使う仕事をしたいと思って探していたが、孫さんが住む都市には需要がなく、かなり長い間失業状態が続いたという。現在は地元企業で働いているが、社員同士の足の引っ張り合いが多く、ストレスがたまるという。細かいことで干渉してくる両親と3人で暮らす生活も窮屈で、給料も日本にいたときよりずっと少ない。「日本に住んでいたころ、いかに自分が恵まれた生活を送っていたかを思い知った。できれば、また日本に戻って暮らしたい」と話してくれた。

◇親からの激しい結婚催促で帰ったが…
 別の女性、陳さんも以前、東京都内で働いていたが、30代に入って、中国に住む両親から結婚についての催促が激しくなり、断り切れず、数年前に帰国した。
 両親が気に入った男性とのお見合いを繰り返したが、「一度も海外旅行にさえ行ったことがない男性とは価値観が合わず、どうしても結婚する気になれなかった」と陳さん。親戚からも「なぜ、こんなにいい条件の男性と結婚しないのか?」「結婚しないのは人間として問題があるからだ」と批判され、つらかったという。
 中国の田舎では、両親だけでなく、祖父母や親戚まで結婚に口出しをすることは珍しくない。地元に住む高校時代の友人は20代のうちにほとんどの人が結婚して子どもを産んでおり、日本でキャリアを積んできた陳さんの生き方を理解してくれず、「母国にいるのに孤独を感じた」(陳さん)。
 北京に住む大学時代の友人たちは皆、中国国内で就職して10年以上の経験を積んでおり、連絡を取ってみると「競争が激しすぎて生きていくことがつらい。人間関係も複雑で気が休まらない。可能なら海外に住みたい」とこぼしたそうだ。
 陳さんは故郷ではなく北京で再就職できないかと試みたが、「中小企業でさえ就職は困難な状況。日本への留学経験があるとはいえ、そんな人は北京にはゴロゴロいる。とくに30代になった文系女性の再就職は難しい」と打ち明ける。

◇在留資格の厳格化による影響
 現在、陳さんは日本に戻り、数年ぶりに都内で暮らし始めている。
 陳さんに問い合わせてみると、「中国人だけれど、一度、外の空気を吸った人間が中国社会に馴染むのは難しいと思って悩んでいたところ、以前からの知り合いの在日中国人が『自分のビジネスを手伝ってくれないか』と言ってくれたので即決しました」という。仕事は詳しくない業界だが、「在留資格がもらえるなら、それだけでいい」と思ったそうだ。
 陳さんが日本に舞い戻ってきたのは昨年の夏だ。昨年10月16日、日本政府が在留資格「経営・管理」の厳格化に踏み切ったことは、日本で大きく報道された。ペーパーカンパニーの存在など不正が発覚したことが背景にある。資本金が500万円から3000万円に引き上げられ、常勤職員の雇用や日本語能力などが新たな要件に加えられた。これがきっかけで「日本から手を引く」中国の富裕層が増えたと言われている。
 陳さんの在留資格は技術者、営業、通訳などの専門職が取得することが多い「技術・人文知識・国際業務」(技人国)だが、これも今年4月、日本語能力試験の「N2」(幅広い場面の日本語をある程度理解できるレベル)が必須となるなど取得要件が厳格化された。「技人国」を取得したのに、実際はベビーシッターなど単純業務に従事しているという資格外活動が発覚したからだ。

◇日本が恋しい――切実な声
 陳さんの場合、日本語は流暢なので、その点はもともと問題なかったが、陳さんいわく「今後、日本に舞い戻りたい、あるいは日本で就職したいと考えている中国人にとって、日本で働く条件が以前よりずっと厳しくなり、ハードルが上がったことは確か」だそうだ。陳さんは「私の場合は厳格化される前だったのでラッキーでした」と語る。
 そうした「在留資格の厳格化」に関する情報は中国のSNS、小紅書(シャオホンシュー)にも頻繁に流れてくる。従来は比較的簡単に取得できた在留資格が厳格化されたため、今後はどのような在留資格を得たらよいのか、どういう抜け道があるかについて、仲介業者と思われる人が「攻略(ゴンリュエ=具体的なやり方)方法を教えます」といった投稿をしていることも見かける。
 日本政府がいかに在留資格を厳格化しようとも、抜け道を考え、不正をする人が絶えることはなさそうだ。
 だが、孫さんや陳さんのように、中国人でありながら、厳しい中国での生活に馴染めず、一度暮らした日本を恋しく思い、在留資格の要件を十分満たした上で、「ただ日本に戻りたいだけ」と思う人も少なくないのだ>(以上「PRESIDENT」より引用)




中国に帰って日本人の民度の高さがよくわかった…元留学生が「日本に戻りたい」と嘆く母国の生き辛さ」との見出しに同情の念を禁じ得ないが、それでも中国人は祖国・中国を自らの意思で「棲みよい国」に変えるべきだと思う。
 日本で学んだのは専門知識だけでなく、日本社会のあり方も学んだはずだ。それが留学の持つ意味ではないだろうか。単に知識を得るだけなら、なにも遠距離を移動して日本に入国する必要はない。わざわざ遠距離を移動して日本で暮らして意義は日本の文化や慣習や、そこに暮らす多くの日本国民を実際に肌で感じた意味の方が断然大きい。留学とはそういうものだ。

 日本に留学したことから日本で就職した中国人の多くはそのまま日本に棲みついている。彼らは中国人観光客の街で見かけると辛いという。なぜなら、それが中国人の実態だからだ。大声で話し、列に並ばないで横から入り込む。バンキングでは食べられる量以上の食べ物を取り、テーブルに並べて食い散らかし、当然のように食べ残す。そしてホテルに宿泊すれば何をしたのか、と疑うほど部屋をゴミだらけにする。
 日本で長く暮らした中国人は明らかに日本人化し、その振舞いは実に日本人的だ。だから中国人が傲岸不遜なのは中国人の生まれながらの特性ではない。決して中国人を排斥すべきではないが、中共政府の中国は受け入れ難いのも事実だ。

 1972年(昭和47年)9月29日の日中国交正常化(国交回復)いらい、日本が中国に対して実施した援助総額は 約3兆6,600億円にのぼる。その内訳は円借款(低金利の長期借入金)が約3兆3,165億円、無償資金協力が 約1,576億円、そして技術協力が 約1,858億円になっている。
 中国の製造業の基幹をなしている鉄鋼や造船なども日本の技術支援によって勃興した。そうした中共政府に対して行った数々の援助に対して、中共政府は反日教育と反日外交で報いている。それは日本に対してたけではない。

 米国もまた米中国交回復以来、中国を国際経済システムに取り込めば民主化や自由主義化が進むという期待のもと、以下のような多大な支援と便宜を供与してきた。
 まず第1に 経済・市場へのアクセス供与した。それは中国への最恵国待遇(MFN)の付与と恒久的正常貿易関係(PNTR)の承認し、米国は中国に対して低関税で米国内市場へアクセスできる資格を継続的に与え、2000年には恒久的正常貿易関係(PNTR)を承認した。
 またWTO(世界貿易機関)加盟の全面後押して2001年の中国のWTO加盟をクリントン政権(当時)をはじめとする米国が主導・容認したことにより、中国が「世界の工場」として大国化する決定的な足がかりとなった。
 第2に 資金・投資および技術移転に関しては巨額の民間投資と経営ノウハウの提供を行った。それにより米国の多国籍企業が膨大な対中直接投資(FDI)を行い、工場建設や雇用の創出だけでなく、高度な生産プロセスや近代的な経営管理ノウハウを中国へ移転した。さらに技術・知的財産の共有に関しても合弁企業の設立などを通じて、米国が持つ最先端の製造技術やテクノロジーが中国側へ広く共有・移転された。中国の近代化に米国ほど寄与した国はないだろう。

 そして米国は留学生・研究者の大量受け入れて中国の科学技術・教育・人材育成を支援した。米国の大学や研究機関は何十万人もの中国人生徒や研究者を一貫して受け入れてきた。彼らが米国で学んだ最先端の科学技術や知識は、帰国後の中国の急速なハイテク産業の発展を直接支えることになった。国交樹立直後の1979年に「米中科学技術協力協定」が締結され、宇宙、エネルギー、医療、環境など幅広い分野で共同研究や技術協力が行われたことも周知の事実だ。
 しかし中国が一党支配のまま軍事・経済大国化し、米国の覇権を脅かすようになったため、2010年代後半(トランプ政権以降)「関与政策の失敗」を認め、支援から対抗・制裁へと大きく政策を転換することになった。習近平氏は鄧小平氏の「改革開放」政策を廃して「戦狼外交」や「超限戦」や「認知戦」を世界中で展開し、「改革開放」政策が「韜光養晦(とうこうようかい)」戦術であったことを隠そうともしない。「韜光養晦」とは鄧小平 氏が強調した「才能を隠して、内に力を蓄える」という中国の外交・安保の方針だ。習近平氏は中共政府の中国は充分に力を蓄えたと判断して、中国の軍事力と経済力を世界に発揮して、中華圏を構築すべきと決断した。そうすると日本や米国は邪魔者でしかない。

 日本や米国が中国の近代化にどれほど援助したか。それに感謝しろとは云わないが、少なくとも先進国の一員として国際社会と協調し国際社会の発展にそれなりの責任を果たすべきだ。
 しかし中国は中華圏構想と世界支配の悪夢に取り憑かれている。先進諸国の支援に対して、中国は軍拡で応じた。世界のどの国が中国を侵略しようとしているのか。その可能性があるのは陸続きのロシアだけではないだろうか。だが中国は世界の信頼を裏切った。軍事力強化に突き進む中国を世界のどの国が受け入れるというのだろうか。信頼関係を構築するのには時間がかかるが、信頼関係を失うのは一瞬だ。もはや中共政府の中国を信頼する国は世界に皆無といって良いだろう。経済崩壊の坂道を転がり落ちているが、世界のいかなる国も中国に援助の手を差し伸べないだろう。冷静に崩壊する中国を見詰めているだけだ。もはや中共政府の中国と信頼関係を再構築しようとする国などない。中共政府の中国が崩壊したのちの新生中国に期待するだけだ。

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