世界に背を向ける中国に明るい未来はあるのか。

◇中国人の出国を制限する新たな規定
  2026年9月15日、中国では「国務院の出入国管理に関する規定」という、19条からなる行政法規が施行される。 
 李強首相が署名した、国務院令第八四一号として公布されたこの規定には、海外の安全情報を政府が公開すること、出入国申請の理由が真実かつ合法であるべきこと、仲介サービスの届出制、外国人の入国禁止措置などの行政手続きの規定が並ぶ。
  条文をさらっと読むと穏当にも見える。中国政府自身も、目的は「出入国管理の規範化と、合法的権益の保障」と説明している。
  ところが、1つ1つ注意深く読むと、違和感のある条項にぶつかる。それは第4条の「中国国民が輸出管理や技術輸出入管理の規定に違反し、国家の産業安全や技術安全を害する恐れがある場合、商務省など主管部門の判断で出国を禁じうる」と定めた部分だ。他の出国禁止措置には「6カ月〜3年」という期限が置かれているが、この技術安全に関わる措置にはその期限が明記されていない。
  チャイナ・アナリストの間では、これを「史上最も厳しく、最も不透明な国境管理」と評する声も出ている。第6条は、出国禁止の決定について、事実・理由・根拠・救済手段を本人に書面で告知すると定めているが、国家安全や刑事事件の捜査などに影響しうる場合には、事前に本人へ告知しないことが認められている。これを素直に当てはめると、場合によっては、当事者(=中国人)は自分が出国禁止の対象になっていることすら知らないで空港で足止めされ、たとえそれが理不尽なものであっても、本人が事前にその理由を知ることができない可能性がある。 
 もう1つの違和感は、この規定が「仲介サービスへの監督強化」を重視している点だ。
  出入国を仲介する組織には届け出が課され、場合によっては監察機関への通報義務が生じる。仲介業者にも届出や監督が及ぶことで、出入国関連サービスに対する行政の関与が強まることになる。つまり、当局による管理に加え、民間企業にも厳しい“審査”が求められることになる。
  ただし、9月15日に規定が施行されたからといって、直ちに中国人の出国が大幅に制限されるわけではない。誰を、どのような基準で出国禁止の対象とするのかといった具体的な運用や細則は、まだ明らかになっていない。現時点で中国人の出国が大規模に制限されると断定できないものの、この規定がかなり広範囲にわたって移動の自由を制限しうることは確かだ。  これは日本に大きな影響がある。日本に住む中国人留学生やビジネス関係者、そして日中間を往来する無数の人々が、この規定の運用次第では移動を左右されうるからだ。
  では、なぜ世界第2位の経済大国となった中国政府は、自国民の「外へ出る自由」を警戒するのか。その理由をたどっていくと、清朝末期から一世紀以上にわたって繰り返されてきた、ある「パターン」にたどり着く。そして、その多くに、日本が大きく関わってきたのである。

◇中国人民の自由を奪う政策の総仕上げ
  この規定は、習指導部のもとで積み上げられてきた自国民に対する国家安全法制の、1つの到達点だ。平たく言うと「中国人民の自由を奪う政策の総仕上げ」である。
  その始まりは、2015年に全面改正された国家安全法である。この法律では、政治・経済・文化・科学技術など多岐にわたる領域について包括的な国家安全観を確立した。
  それ以後は、それぞれの領域を埋める作業がおこなわれていく。2017年の国家情報法と、2021年のデータ安全法と反外国制裁法は、その名前からもわかるように「外部からの脅威」への対処を主な目的とした。
  さらに大きく流れが変わったのは、2023年の反スパイ法改正だ。この改正によって、国家安全機関が一定の中国公民の出国を禁止できることが明文化され、国家安全を理由に個人の移動を制限する法的枠組みが強化された。
  また、2024年に施行された愛国主義教育法は、すべての公民に愛国主義教育を及ぼすことを定め、英雄烈士の否定や侵略戦争の美化などを禁止行為として列挙して、自由を奪うと同時に「中国人としての義務」を大幅に増やした。
  違反行為については、関連法令に基づいて法的責任が問われうる。さらに、2025年には治安管理処罰法が約20年ぶりに全面改正され、中国人民の日常行為を行政処罰の対象としうる法体系も更新された。
  反スパイ法改正、愛国主義教育法、治安管理処罰法改正、そして、今回の出入国規定という、この4年間の流れを時系列で追うと、そこに1つの方向性が浮かび上がる。それは、外国の脅威への対処を掲げて拡大してきた国家安全の論理が、徐々に自国民の日常生活や移動にも及んでいることだ。 
 ただし、中国公民の出国を制限する仕組みそのものは、2015年以前から存在していた。刑事事件の被疑者、未解決の民事案件の当事者、国家安全に関わる者などの出国制限は、2013年施行の出境入境管理法にすでに書き込まれている。 
 今回の出国制限制度は一から作られたものでなく、既存法の規定とその範囲を明確化したものである。中国当局も言うように、既存法の具体化にすぎない。 
 だが、これまでお飾りにすぎなかった「刀」が、今回、改めて研ぎ直され、切れ味鋭い武器に生まれ変わって当局に手渡されたのである。

◇「党内の粛清」から「人民の封じ込め」へ
  現在、習指導部による「反腐敗運動」と、それに伴う大規模な摘発が続いている。だが、ここでの「粛清」は、汚職・規律違反の摘発という公式の名目のもと、結果として党・軍・政府内部の権力構造を大きく組み替えてきた。
  それに対して、今回の出国制限が持つ特徴は、体制内部の人間を排除するだけではなく、必要と判断された人物を国内に留め置くことを可能にしている。いわば、共産党幹部や軍幹部の排除による統制に、人民への封じ込めによる統制が加わったわけである。
  習近平が2012年に最高指導者となって以降、反腐敗・規律違反を理由に処分された党員や公職者は数百万人規模に達しているが、その中心はあくまで共産党員や公職者だった。いま整えられつつある出国管理の装置は、党員にとどまらず、条件次第では一般の中国公民にも及ぶ。
  国家安全を理由とした統制の対象圏が、党・政府内部から中国社会全体へと拡大しつつある。

◇「先駆者」としての蔡霞氏
  権威主義体制にとって「国外に脱出したインサイダー」の存在は厄介だ。そのことを象徴しているのが蔡霞(さい・か)氏の存在だ。
  蔡霞氏は中国共産党中央党校で党建設を教えていた元教授で、外祖父が第一次国共合作期に入党した革命家庭の出身、いわゆる「紅二代」であり、明らかな中国共産党インサイダーだった人物だ。
  蔡霞氏は当初は習近平に期待した。だが、その期待が次々と裏切られる中で、批判者へと転じた。2020年には、習近平を厳しく批判する音声が流出し、党籍を剥奪され、退職待遇を取り消された。今はアメリカから、中国研究者・政論家として体制批判を続けている。
  党は蔡霞氏を「反共勢力の手先」などと批判したが、彼女の存在が体制にとって厄介なのは、長年にわたって共産党の幹部教育に携わっていたことだった。
  蔡霞氏の事例が示すのは、国外に出た体制内部の人間が、内部で得た知識と国外で得た自由な言論空間を組み合わせたとき、体制にとって極めて厄介な存在になりうることだ。
  習指導部が今回の制度を蔡霞氏のような人物を念頭に作ったわけではないだろうが、習体制において「国外へ出る自由」が大きな政治的リスクになりうる理由を考えるうえで、蔡霞氏の存在は象徴的だ。

◇「中国建国の秘密」とは?
  習体制において「中国国外へ出ること」がなぜそれほど大きな意味を持つのか。そのヒントは、近代中国史にある。
  清朝末期、清を改革し、やがて中国の近代を切り拓いた思想と人脈の重要な一部は、国外に出た中国人たちによって形成された。しかも、その思想や人脈の形成などにおいて、日本が重要な経由地となった。
  戊戌の政変で日本へ亡命した梁啓超(1873-1929、清末民初のジャーナリスト)は横浜で雑誌を発行して立憲思想を広め、孫文は東京で中国同盟会を結成して日本を革命運動の拠点とした。辛亥革命を担った人的ネットワークの少なからぬ部分が、日本を経由して形成されたものである。
  もちろん、清朝打倒から中華民国成立、中国共産党の結成、そして1949年の中華人民共和国成立までを、1つの思想的系譜として直線的に結ぶことはできない。それぞれ思想も目的も異なる。
  だが、近代中国の政治変革を振り返ると、「国外で新しい思想や政治制度に触れた中国人が、それを国内へ持ち帰る」という仕組みが、大きな役割を果たしてきたことは確かだ。  初期の中国共産主義運動にも、国内の知識人だけでなく、日本や欧州など国外にいた中国人留学生や活動家のネットワークが関わっている。こうした歴史を振り返ると、近代中国の政治変革には、ある「建国の秘密」ともいうべきパターンが見えてくる。
  ここでいう「建国の秘密」とは、近代中国において旧体制を揺さぶり、新しい政治を生み出してきた思想や運動が、しばしば国外との接触を通じて育ち、それが国内へ還流することで大きな力を持ってきたことだ。それは、現在の中国も同様である。
  梁啓超にとっての横浜と、蔡霞氏にとってのアメリカでは、時代も思想もまったく違うが、「国内では得にくい思想や言論の自由を国外で獲得し、それを中国へ向けて発信する」という機能は共通している。
  「出国を封じる」とは、人の移動を止めることだけではなく、「外で思想を得て、それを内へ還流させる」という近代中国史で繰り返されてきたパターンを止めようとする試みである。鎖国化の本質は、地理的閉鎖以上に思想管理にある。
  この視点に立つと、蔡霞氏と、かつての天安門広場の学生たちにも一つの共通点が見える。
  天安門運動の参加者の思想や要求は決して一様ではなかった。だが、その中には体制そのものの打倒ではなく、腐敗の是正、言論の自由、政治改革などを共産党に要求した学生や市民も少なくなかった。蔡霞氏もまた、自分が党を捨てたのではなく、党の側が本来の理念から離れてしまったのだという立場から習体制を批判してきた。
  体制側にとって厄介なのは、「体制を否定する者」以上に、「本来あるべき党の姿」といった正論で権力を批判する「良心的存在」である。なぜなら、現在の中国において、習体制ほど良心的存在の批判になりうる対象は存在しないからである。
 中国共産党にとって、革命によって中国を建国したという歴史は、現在の統治を正当化する重要な根拠となっている。だが、その中国近代史をさらに遡れば、政治変革の思想や人脈が国外との接触によって育てられた例が繰り返されてきた。
  共産党は、自らがどうやって権力を得たかだけでなく、中国という国家で体制変革がどのように起きてきたかを、誰よりもよく知っている。
  だからこそ、「国外で思想を得た中国人が、それを国内へ持ち帰る」という歴史的回路を警戒する合理的な理由を持っているのである。
  体制は、自らが政治的正統性の源泉として掲げる「革命」と、その革命を時に生み出してきた国外との思想的接触という2つの要素の間に、深刻な矛盾を抱えている。これが、ここでいう「建国の秘密」の正体である。

◇習近平が最も恐れる「自由」という武器
  清末から今日までを「国外で得た思想が国内へ還流する」という枠組みで見ていくと、そこに習体制が警戒するものの正体が浮かび上がる。 
 それは「自由」だ。理想を根拠に権力に背く自由、外で思想を得る自由、そして、中国へ向けて語る自由である。一連の国家安全法制と出入国管理の強化は、少なくともその自由を国家が必要に応じて制限できる領域を広げている。
  ただし、この「自由剥奪装置」がいつ、誰に対して、どの規模で作動するのかは、条文からは読み取れない。読み取れるのは、その強力な選択肢が権力側に握られたということだけだ。強大な国家権力を持つ体制が、それでもなお、人が外へ出て、思想に触れ、語ることを管理しようとする。その事実自体が、権力が何を警戒しているのかを物語っている。
  かつて近代中国の変革思想が日本を経由して育まれたように、いまも日本は中国の人々にとって「自由に思想へ触れられる場」であり続けている。日本にとって重要なのは、中国との人的・文化的交流を通じて、自由な情報や多様な価値観に触れる機会を維持することではないか。
  中国当局が中国人の日本への渡航を制限する背景には、さまざまな要因が考えられる。その一つとして、日本で「自由」に触れた中国人が、中国国内の政治や社会のあり方を相対化して見る可能性を、当局が警戒していることも考えられる。日本における表現の自由は、移動の自由さえ奪われつつある中国人にとって根源的な魅力を持ち始めている。
  中国の若者にすでに深く浸透している日本のアニメでも、音楽でも、映画でもいい。「人民の自由」こそが、習近平が最も恐れ、今の中国の土台を揺さぶるための私たちが持ちうる最大の武器である。>(以上「DIAMOND」より引用)




 中国では来月15日から「国務院の出入国管理に関する規定」という19条からなる行政法規が施行される。それにより国民は自由に中国から外国へ出国することが出来なくなる。
 その法律施行を前にして「習近平政権が来月から出国制限を強化…中国共産党が恐れる「日本の最大の武器」とは?」と題して白川 司(評論家、翻訳家、千代田区議会議員)氏が論説を書いている。

 かつて日本は辛亥革命の拠点になっていた。日本へ亡命した梁啓超(1873-1929、清末民初のジャーナリスト)は横浜で雑誌を発行して立憲思想を広め、孫文は東京で中国同盟会を結成して日本を革命運動の拠点とした。
 また習近平体制が最も警戒しているのは「「体制を否定する者」以上に、「本来あるべき党の姿」といった正論で権力を批判する「良心的存在」である」という。米国へ逃れた蔡霞氏は「自分が党を捨てたのではなく、党の側が本来の理念から離れてしまったのだという立場から習体制を批判しいてる」からだ。

 中共政府は中国共産党の内側を知る者が出国して、自由な言論空間から習近平体制を批判するのを恐れている。そのために「出国制限」を厳しくしようとするのだろうが、その一方で中国の富裕層が出国する際に資金を持ち出していることも問題視している。昨年一年間でおよそ120兆円もの資金が中国から持ち出された。それは日本の一般会計予算に相当するほどもの巨額資金だ。
 国庫が払底し、信用収縮で銀行預金も手元不如意になった今、中共政府はあらゆる罰則を理由に民間企業や経営者から「罰金」を巻き上げている。現在では「罰金」が地方政府や中央政府の主要な歳入の一つになっている。

 上がそのような「罰金」を歳入の柱にするなら、末端の警察や役人なども様々な言い掛かりをつけて「屋台経営者」や「ウーバーイーツ」の配達員などから「罰金」や「交通反則金」を巻き上げている。それだけではない、警察官が幹線道路に検問所を設けて「通行料」をトラック運転手などから巻き上げているという。そうしなければ給与の遅配や減給により警官や公務員も生活できないという。
 だから中国ではトラック輸送が大幅に遅延し、多くのトラックがターミナルに止まったままになっている。結果として物流が停滞し、それもまた外国企業が中国から撤退する原因の一つになっている。

 中共政府は中国人民が外国旅行で自由な社会に触れるのを恐れている。引用文中にあるが「中国当局が中国人の日本への渡航を制限する背景には、さまざまな要因が考えられる。その一つとして、日本で「自由」に触れた中国人が、中国国内の政治や社会のあり方を相対化して見る可能性を、当局が警戒していることも考えられる」。
 対日渡航制限や禁止は中共政府による対日経済制裁が目的のすべてではない。日本を訪れて自由な風を呼吸するのを嫌っているからだ。「日本における表現の自由は、移動の自由さえ奪われつつある中国人にとって根源的な魅力を持ち始めている」からだ。政治に参加する権利を奪われている事に気付き、政治への参加を人民が求め始めたなら、中国共産党の一党支配という社会主義体制そのものに批判の目が向けられる。それこそが習近平体制が最も恐れていることだ。まさに中国人民にとって国家は国民を守る「家」ではなく、国民を閉じ込める「檻」になろうとしている。

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