選挙結果を直視せよ。

極めて弱い政権基盤での経済財政運営
 総選挙は、自民党は単独過半数割れ、公明党を加えた連立与党も過半数割れ、という結果になった。今後の政権の形がどうなるのか、自公連立か、あるいは別の形になるか、現時点では分からない。以下では、自民党を中心とする連立政権が登場するとの前提の下で、政権に対しての要望を書くこととしたい。どのような形の政権になるとしても、政策運営が極めて難しくなることは避けられない。
 基盤が弱い政権は、大きな改革に手をつけることが難しい。とりわけ、負担の増加を伴うような政策はそうだ。そうでなくとも、政権は国民負担の増加を伴う施策を後回しにする傾向がある。この傾向は、今後の政権においては、顕著なものになるだろう。そして、本来必要とされる政策が手をつけられずに放置される事態が頻発するだろう。
 こうした状況のもとでは、「負担問題から逃げるな」と叫ぶだけでは、事態は改善しない。現実の制約下でいかに問題を極小化できるかを考えていかなければならない。
 以下では経済財政政策について、政権に注文をつけることとしたい。

質賃金引き上げの具体的プランを示せ
 石破政権が続くか新政権となるか、いずれにしても第一に行うべきは、自民党が総選挙で公約した「実質賃金引き上げ」を実現することだ。
 国民は、日々の生活条件がこれ以上悪化しないこと、できれば将来にむかって向上していくかどうかによって、政権を採点する。その指標となるのが、実質賃金の動向だ。
 実質賃金は、今年の5月まで26ヶ月連続でマイナスの上昇率だった。6、7月にプラスになったが、8月には再びマイナスになった。
 この状態は、決して放置できるものではない。問題はこれを改善するために、いかなる方策をどのようなスケジュールで行うかである。
 自民党は、そのための手段として、最低賃金の引き上げや、財政支出などを掲げている。しかし、最低賃金の引き上げは、経済全体の実質賃金の引き上げには直接寄与しないだろう。また財政支出で賃金を上げることもできない。
 企業が賃上げを転嫁できるようにしても、だめだ。転嫁された賃金上昇は物価を引き上げるので、実質賃金を上げることにはならないからである。
 実質賃金の低下傾向は、最近のことではなく、90年代の中頃から継続している問題である。この傾向を逆転させるためには、生産性の引き上げが不可欠だ。そのためには、新しい技術の導入や人材の育成が不可欠だ。このように、実質賃金の引き上げとは、経済構造そのものを大きく改革することなのである。石破氏が掲げた地方創生プランは、こうした目的にはまったく不十分だ。

年金改革は放置できない
 制度改革が必要な経済・財政問題として、年金改革がある。来年度は年金改革の年であり、対処が必要な課題は24年7月に公表された財政検証に示されている。特に重要なものは次の3つだ。
 第一は、国民年金の給付額が低下していくことに対する対策。第2は、サラリーマンの世帯の専業主婦が、保険料を支払わずに基礎年金を受給できる制度(3号保険者制度)をどのように見直すか。第3は、退職老齢年金(年金受給年齢になっても給与所得を得ていると、年金の一部をカットされる制度)の廃止。これらの問題の処理には、財源措置が必要になるものもある。
 年金問題はすべての国民の老後生活に関わる重大な問題であり、放置するわけにはいかない。どのような見通しに従って改革を進めるかを明らかにする必要がある。
 社会保障制度の問題としては、これ以外に、医療保険や介護保険における保険料率と自己負担率引き上げの問題がある。
 この問題には、金融資産所得に対する課税の問題が深く関わっている。石破氏はこの制度改革を従来から指摘していたが、自民党総裁就任直後に株価の下落に見舞われて封印してしまった。これは岸田内閣の場合と全く同じ経緯だ。本来であればこの問題を再び取り上げて欲しいものだが、政権基盤が弱体では、とても無理かもしれない。
 この問題に限らず、社会保障制度の問題は重要だ。その問題の多くは、財源措置を要するものであり、新たな財源が必要だ。ところが政権基盤が弱ければ、とてもそうした課題に手をつけることができないだろう。日本の社会保障制度がこれから維持できるのかどうか、極めて心配だ。

バラマキ経済対策をやめよ
 政権基盤が弱い政権が取る政策は、人気取りのためのバラマキ政策だ。今後の政権もこの道に突き進んでいく危険が大きい。
 自民党は、総選挙で、選挙後に経済対策を行うことを約束した。公明党も物価対策を行うことを選挙で公約している。したがって、物価対策として、電気・ガス料金の補助、ガソリン料金の補助を継続することとなる可能性が高い。
 この政策は、物価高騰に対する緊急策として導入されたものだ。電気・ガス料金補助は、今年5月にいったん停止されたが、8月から10月まで一時的に復活した。
 しかし、この政策には問題が多い。まず、価格を本来の水準より低下させることになるので、エネルギーの節約に反する。また、高額所得者や、利益が増加している企業も受益する。
 さらに、消費者物価指数が実態とかけ離れた数字を示してしまうことになる。先に、実質賃金の問題を述べたが、実質賃金を正確に測定するためには、消費者物価が正確なものでなければならない。ところがその消費者物価が、物価対策によって不規則な動きをしてしまうのだ。物価が上がっているのか下がっているのかさえ分からなくなってしまう。これは、壊れた体温計のようなものだ。日本はいま、自分の体温がどうなっているのかを正確に知りえない状態になっている。これは誠に由々しき事態だと考えざるを得ない。
 自民党は、経済対策の規模に関して、一般会計の歳出総額で13兆円超になった2023年度の補正予算を上回る規模にするとしている。本来、予算額は、必要な経費を決めた後の結果として決まるものだ。中身が決まっていないのに予算額だけが先行するというのは、誠におかしな事態だ。
 コロナ期以降、補正予算でばらまき政策を行うことが慣習化してしまった。必要性の疑わしい政策を、国債の発行で賄う政策だ。基礎的財政収支を25年度に黒字化するという目標は、とっくに忘れ去られているようだ。

物価を引き下げるには金融の正常化が必要
 すでに日本銀行は金融正常化を進めており、石破氏も、自民党総裁選まではアベノミクスの検証が必要であるとの持論を展開していた。ところが、石破氏はその後、180度の方向転換をした。10月2日には、首相官邸で植田和男日本銀行総裁と会談後、「個人的には現在、追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」と記者団に述べた。
 しかし、実質賃金を引き上げるためには、まず物価上昇を食い止めなければならない。そのための最も重要な政策は、金融正常化を進めて、為替レートを円高に導くことだ。少なくとも、日銀の政策に圧力をかけて、利上げのスピードを抑えることではない>(以上「現代ビジネス」より引用)




自公過半数割れ、連立政権風前の灯火で「経済」は後回し…!それでも次の政権が絶対に実現すべき「経済政策」はこれだ」と題して野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)氏が政界に提言している。
 もちろん永田町の「政権ゴッコ」は国民生活とは全く関係ない。野田氏が野党各党に対して「俺の名を書け」と要請しているようだが、そんな自前勝手が通用するような世界ではないだろう。

 ここで緊急に政治が取り組むべきとして野口氏が提言した経済政策を批判しておく。まず野口氏は「賃金引き上げの具体的プランを示せ」と弱体化した自公政権に迫っているが、自由主義国の日本の政権に「賃金引き上げの具体的なプラン」など示せるわけがない。
 統制経済の国なら国民の労働賃金は押しなべて幾らにする、と厳命できるが、自由経済下で各企業に「支払賃金は時給1500円を基本とすべき」と決めることは出来ないし、強行したとしても自由な経済を破壊するだけだ。

 もちろん賃金は労働分配率の問題でもあるが、基本は販売する「製品」に対する付加価値の分配だ。だから「製品」価格の上昇若しくは単位労働当たりの「製品」製造数の増加以外に労働分配額を増やすことは出来ない。つまり経済成長なくして賃金の上昇はあり得ない。そうすると野口氏は政府に「経済成長政策のメニューを提示せよ」と迫る方が正しいだろう。
 しかし自民党の得票率ははたった26.7%でしかない。与党・自公が獲得した票数も37.7%でしかない。いかに各政党が獲得した票数の前回総選挙との増減を示すが、いかに国民党とれいわ党が躍進したかが解るだろう。その躍進の原動力になったのは「若い世代の支持だった」という。マスメディアは石丸流のSNSの活用だと理由付けしているが、いや両党に共通しているのは「消費税減税」だ。

 野口氏は年金改革は不可避だとして「第一は、国民年金の給付額が低下していくことに対する対策。第2は、サラリーマンの世帯の専業主婦が、保険料を支払わずに基礎年金を受給できる制度(3号保険者制度)をどのように見直すか。第3は、退職老齢年金(年金受給年齢になっても給与所得を得ていると、年金の一部をカットされる制度)の廃止」を上げているが、そのいずれも現行制度を是認した上での小手先の変更でしかない。
 改革というからには根本的な「一階建て、二階建て、三階建て」と小細工を弄した政府の年金に対する説明を否定すべきだ。つまり一階だの三階だのという小理屈は年金格差の容認策でしかない。年金が社会保障だとするなら格差などあってはならない。支給は一律、というのが社会保障の基本理念だ。

 しかし野口氏は「バラ撒きを止めよ」の章では「政府による国民への個人支給はしない」という原則戦後一貫して貫いて来た大原則をぶり返そうとしている。しかし「失われた30年」で貧困化した国民に政府が現金を支給して暮らしを成り立たせる必要に迫られていることは確かだ。なぜなら国民が貧困化した原因は政府の経済政策の失敗だからだ。
 そして「物価を引き下げるには金融の正常化が必要だ」の章に到っては噴飯ものだ。「実質賃金を引き上げるためには、まず物価上昇を食い止めなければならない。そのための最も重要な政策は、金融正常化を進めて、為替レートを円高に導くことだ。少なくとも、日銀の政策に圧力をかけて、利上げのスピードを抑えることではない」という最終段は論理破綻も著しい。物価上昇は「円安と原油価格高騰」が主要因とされているが、それに加えて「欲望値上げ」が横行している。「欲望値上げ」とは賃上げに反映されない、経営者の懐を肥やすための便乗値上げのことだ。

 法人税の引き下げにより企業投資や労働分配に回して利益を圧縮するよりも、税金を支払って内部留保した方が旨味があると考えているからだ。もちろん内部留保は株主配当や役員報酬の原資となる。株主配当を増やせば株主総会で役員の座を脅かされることはないし、役員報酬を増やすことに外部からの抵抗も少ない。そうした理由から「欲望値上げ」と称する便乗値上げが横行している。
 だから法人税率を旧に復せば良い。そして飲食業界の景気を考えるなら、交際費損金不算入という愚かな政策を撤廃すべきだ。交際費損金不算入という悪法がどれほど「料亭文化」を阻害して来たことか。「料亭文化」をすべて「悪」だと決めつけるのは度量の狭い者の僻みでしかない。

 金利引き上げを野口氏は歓迎しているようだが、経済学者ならデフレ経済下で採るべき金利政策は「低金利」だというのが常識ではないか。現在はコスト・プッシュインフレであって、経済成長下の好況に伴うインフレでないことは明らかだ。もし好況がもたらすディマンド・インフレなら賃上げに腐心する必要はないはずだ。
 デフレ経済下で金利引き上げをすれば、最悪のスタグフレーションをもたらすだけだ。そうした意味で野口氏の提言は極めて危険だ。選挙結果を見ても「消費減税」を公約とした国民とれいわが得票を倍増したことは明らかだ。しかも若い世代の支持が票数を伸ばしたことからも、未来をもたらす政策が消費税減税だということが示された。立憲党は代表選で「緊縮、増税」の野田氏を選出したのが間違いだ。なぜ消費税減税を提唱した吉田はるみ氏を代表にしなかったのか。そうすれば野党間の話し合いでも国民とれいわと政策が一致しているから連携が可能だったはずだ。まさしく、立憲党の国会議員諸氏は誤った選択をしたことを恥ずべきだ。

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