だからインドが高度経済成長するのは困難だと考える。
<インド警察は20日、教育相の辞任を求めて議会へ向けて行進しようとした若者主導の「ゴキブリ運動」支持者らを阻止するため、催涙ガスや警棒を使用した。一方、政府側は同運動の指導者に対し、初となる対話の姿勢を見せた。
ポスト中国はインドで、次の世界経済の牽引車はインドになる、と多くの評論家が予想しているが、私はそうは思わない。なぜなら中国に欠落している民主主義の土壌がインドにも根本的に欠落しているからだ。
数千人のデモ隊が中央ニューデリーにある抗議現場周辺の警備用バリケードを破ろうとしたことを受けて、警察による強制排除が行われた。モディ政権に対する同運動の抗議活動で、最も激しい衝突の一つとなった。取り締まりにもかかわらず、多くの抗議参加者は小規模なグループに分かれ、議会への行進を続けた。
「ゴキブリ人民党」広報担当者は、当局が「平和的な抗議者」に対して「残虐な取り締まり」を行っていると非難。デモが行われた20日から始まった夏季国会期間中、議会周辺の治安と秩序を維持するために制限措置が必要であったとし、デモ行進の許可は出していなかったとデモ担当のデリー警察は述べている。
議会からわずか数キロ離れた抗議活動の指定場所であるジャンタル・マンタルに集まった群衆には、学生、社会人、幼い子供連れの家族などが含まれていた。時間が経つにつれ、集会は抗議サイトの枠を超えて溢れ出し、デモ隊は周辺の街路や道路を埋め尽くした。]
多くの人々は長期戦を予想し、水や食料を入れたバックパックを背負っていた。他の参加者はインドの国旗を振り、膨れ上がる群衆の中から教育相やモディ首相に対するシュプレヒコールが巻き起こった。
今年5月、最高裁判所長官が無関係の公判中に一部の無職の若者を「ゴキブリ」に例えたことをきっかけに誕生した。支持者らはこの発言を逆手に取り、SNS上で数百万人ものフォロワーを集める風刺運動へと発展させた。
この運動は、医科大学や公務員試験といった重要度の高い採用・入学試験での問題漏洩が相次ぎ、市民の怒りが爆発したことで急速に勢いを増した。さらに18日、ハンガーストライキを行っていた活動家のソナム・ワンチュク氏を警察が病院へ強制搬送したことで、より広範な注目を集めることとなった。
自らを「ゴキブリ」と呼ぶ抗議者たちは、過去1カ月間にわたりジャンタル・マンタルに寝泊まりしており、いくつかの学生団体のメンバーもワンチュク氏のハンガーストライキに参加している。また、他の都市の大学や集会でも数千人の支持者が参加した。彼らはダルメンドラ・プラダン教育相の即時辞任、試験制度の改革、そして問題漏洩後に自殺した学生遺族への補償を求めている。
モディ政権の幹部らはこれまで、この運動に対して強硬な姿勢をとってきた。プラダン教育相は抗議者らを「国家に反する行為をしている」と批判し、他の大臣らも学生の懸念には理解を示しつつも、運動側との話し合いや交渉の必要はないと主張していた。
しかし、20日に同運動の代表者がJ・P・ナッダ保健相と会談したことで、その姿勢に変化が見られた。これは政府から抗議活動の指導者層への初の公式なアプローチとみられる。指導者らは自分たちの要求を議員らに直接伝えようとしており、これを受けて当局は議会周辺の警備を強化した。
ナッダ保健相と会談したCJP広報担当は、教育相の即時辞任または解任を含む要求書を提出したと語った。
これとは別に、活動家のワンチュク氏は病院を一時的に離れ、行進に参加できるよう申し入れを行った。
また、手書きの書簡の中でワンチュク氏は、政府が教育制度の破綻と試験問題の漏洩について責任を認めるか、あるいは抗議者が議会に到達することを許可され、議員らが両院でこの問題を提起すると約束した場合にのみ、約3週間にわたるハンガーストライキを終了すると述べた。
この抗議活動は、3期目を迎えたモディ首相率いるヒンドゥーナショナリズム政権に対する珍しい異議申し立てとなっており、野党、人権活動家、さらには一部のボリウッドセレブからの支持も集めている。抗議者らは、活動家を投獄、場合によっては強力な警察の取り締まりを行うなど異議申し立てを抑圧してきたモディ政権下において、批判の声を上げるスペースが狭まっていると主張する。
多くの人々にとって、このキャンペーンは政府の責任を追及するより広い抗議運動へと拡大している。選出された指導者たちの透明性や対応力の欠如に対する不満が動機になっていると語る者もいた>(以上「AP」より引用)
ポスト中国はインドで、次の世界経済の牽引車はインドになる、と多くの評論家が予想しているが、私はそうは思わない。なぜなら中国に欠落している民主主義の土壌がインドにも根本的に欠落しているからだ。
経済成長に民主主義は不可欠だ。なぜなら独裁政権は必ず腐敗し、経済成長の果実が国民個々人に回らないからだ。そうすると国民経済は規模を拡大することなく、政府予算規模と国家経済規模が殆ど同一になってしまう。そうした経済下では経済成長することは出来ない。「インド警察阻止に催涙ガス使用 「ゴキブリ運動」支持者議会へ行進」とのニュースが配信された。学生は腐敗した入試制度に敏感に反応して、入試の透明化を求めてデモを行った。だが政府は警察隊を出動させて催涙ガスで蹴散らした。だがデモ代表者を政府機関に呼んで彼らの意見を聞く動きもあるようで、今後事態が打開される可能性も出て来た。
インドは東インド会社などにより搾取された歴史を持つ。かつてインドは世界でも最も良く統治され、豊かな国家だった。しかし17世紀初頭にポルトガルがムガール帝国に進出し、その後を追うように18世紀に英国の会社・東インド会社が進出した。
なぜ英国が直接侵略軍隊を派遣しなかったのか。それはインドが余りに広大で一億人以上もの国民がいたから、当時の艦船では一度に多くの将兵を運べなかったからだ。そこで英国で出資者を募り、会社をインドに設立した。それが東インド会社だ。
18世紀にフランスとインド利権を巡って争うが、英国人ロバート・クラウドが東インド会社の初期から英国軍の将官となってアルコット防衛戦で活躍し、彼は英雄として英国に凱旋した。
英国は東インド会社によりムガール帝国のインドで「商売」をした。1770年には人口約3,000万人のベンガル地方の徴税権を手中に入れた。東インド会社の徴税は熾烈を極め、飢饉であろうとも豊作年と同様の税を徴収した。それは英国の投資家たちに定まった配当を実行するためであり、実行しなければ東インド会社の経営陣から排除されるため、彼らは過酷な徴税を行った。そのためインド人が餓死しようとも気にしなかった。
東インド会社が雇った軍の兵士は「セポイ」といわれる英国人とインド人のハーフだった。もちろん英国人がインドでインド女性をレイプしても罰を受けることはなかった。むしろレイプによりセポイ人口を増やすことは英国の利益に沿う行為だった。
インドを搾取して得た繁栄により、英国では紅茶を飲む習慣が広く浸透し、中国から輸入する紅茶が爆増した。その代金を銀で支払うのだが、銀が払底すると東インド会社はアヘンをインドで栽培して、中国へ輸出し始めた。それを紅茶輸入の代金に充てるためだったのは云うまでもないが、それによりアヘン中毒者が清国内に蔓延した。そのため清国はアヘンの禁止令を出し、インドから輸入されたアヘンを焼き払った。そうした紛争が1840~1842年のアヘン戦争へとつながるが、ムガール帝国で世界でも有数の繁栄した国だったインドはそのような経緯を経て没落した。
だが東インド会社はインドを侵略したとの認識を持っていない。なぜなら株式会社とは取締役会の決定に従って会社経営をしただけであり、会社が組織した軍の総督は会社の方針を実行しただけであり、兵士は総督の命令に従っただけでしかない。また投資家は然るへき権利として配当を受け取っただけであって、批判の誹りを受けるいわれはない。そのように個々人は全く批判されるいわれはない、という論理の上にインドは侵略され、インド国民は搾取され続けた。最後にセポイの反乱により東インド会社も潰え去ることになるが。
しかし搾取されたのはインド産品だけではない。前述した「誰の責任でもない」とする論理までインドに広く蔓延した。その脈略が現在にまで続いている。「誰の責任でもない」ため、全方位外交を展開しても、それはインドの国益のためであり、ロシア原油が安価に手に入ればそれを爆買いして利益を得て当然だと考える。全方位外交のためインドに同盟国などなく、どの国と何を取引しようが「自由」だ。
しかし、それでは国際社会で信頼を勝ち得ることは出来ない。信頼がなければ先端技術を分かち合う国も皆無だ。なぜインドが高度経済成長しないと考えるのか。それは最先端技術を分かち合い、ともに研究する国がインドにはないからだ。それではインドが世界に冠たる産業を構築することは出来ない。だからインドが高度経済成長するのは困難だと考える。