「類は類を以て集まる」という。
<中国で7月1日、「民族団結進歩促進法」なる法律が施行された。少数民族への統制を強めるもので、施行にあたって台湾の頼清徳総統が「悪法」と厳しく批判しているほか、米国・欧州・日本の議会関係者からも強い懸念が示されている。そして台湾社会や在外華人の間では同日、敢えてこの法律を強く批判することで、習近平中国には従わないという意思表示が噴出した。
一方台湾で6日、中国・台湾をめぐる諸問題に詳しいジャーナリストの矢板明夫氏が中国籍の男に襲撃される事件が起きた。男は変相して台湾から出国する直前に逮捕された。台湾外交部は「中国が民族団結進歩促進法に基づき国境を越えて弾圧をした最初の事例だ」と非難した。
これほどの物議を醸す法律は果たして何を目指し、何が問題なのか。そこで以下、この法律が制定されるに至った歴史的背景を概観し、日本としても座視すべきではないことを指摘したい。
◇「中華民族の団結」という世界観
まずこの法律は、中国共産党(以下、中共)の創建記念日である7月1日に施行されたこと自体が重要である。1997年の香港返還は7月1日であった。重要な法律が7月1日に紐付けられて施行されるということは、時の政権がその中に盛った原理原則を如何に重視しているかを示すものである。
では習近平中国は、「中華民族の団結・進歩」なる概念に、どのような情念を込めているのか。
「中華民族」とは、人口の9割以上を占める漢人=漢族(日本人が一般的に「中国人」として意識するような、漢字を用い華語=漢語を話す人々)と、公式認定で55を数える少数民族が、あたかも単一民族であるかのような共同性を構築した存在、という含意をもつ。その漢族と少数民族の関係について、今日の中国が正統な体制教義とする「中華民族多元一体」論(社会人類学者・費孝通が1980年代に定式化した)は、概ね以下のように考える。
*中華文明の誕生以来、漢族と様々な少数民族は、農耕民族と遊牧民族、平地民族と山岳民族としてしばしば争ったが、それは家庭内の内輪もめのようなものであり、総じて中華文明の求心力のもとで社会を共有し、文化的にも互いに融通してきた。
*この結果、中華文明は漢族のみならず各民族の智慧をも取り入れた共有財産として展開され、歴代王朝は「大一統」の統一多民族国家を営んできた。
*前近代の時点では、単に中華文明の求心力があるのみで、各民族の間には、お互いに中華文明を共有しあう兄弟だという自覚はなかったものの、近代になって列強の圧迫に漢族と少数民族が抵抗する中で、同じ運命を共有し、互いに離れられない「中華民族の大家庭」の感情が共有されるに至った。
今や、中共の導きによって人々はみな「国家と社会の主人公」となり、発展を謳歌する中で、ますます「中華民族共同体意識」が強まっており、やがて西側諸国を追い越して、「中華文明の知恵と力が世界を真に導くという、世界史本来のあり方」が回復されつつあるのだという。
このことを「中華民族の偉大な復興」と呼ぶ。
今年7月1日、中国で「民族団結進歩促進法」なる法律が施行された。その概念が「中華思想」こそ中国世界統一の原理とするもので、「世界から批判される中国「民族団結進歩促進法」、習近平がそれでも施行させた歴史的背景、少数民族や世界を従わせようとする世界観とは」で平野 聡( 東京大学大学院法学政治学研究科教授)氏が論述しているように、中共政府の近隣諸国への侵略を正当化する極めて危険な法律だ。
一方台湾で6日、中国・台湾をめぐる諸問題に詳しいジャーナリストの矢板明夫氏が中国籍の男に襲撃される事件が起きた。男は変相して台湾から出国する直前に逮捕された。台湾外交部は「中国が民族団結進歩促進法に基づき国境を越えて弾圧をした最初の事例だ」と非難した。
これほどの物議を醸す法律は果たして何を目指し、何が問題なのか。そこで以下、この法律が制定されるに至った歴史的背景を概観し、日本としても座視すべきではないことを指摘したい。
◇「中華民族の団結」という世界観
まずこの法律は、中国共産党(以下、中共)の創建記念日である7月1日に施行されたこと自体が重要である。1997年の香港返還は7月1日であった。重要な法律が7月1日に紐付けられて施行されるということは、時の政権がその中に盛った原理原則を如何に重視しているかを示すものである。
では習近平中国は、「中華民族の団結・進歩」なる概念に、どのような情念を込めているのか。
「中華民族」とは、人口の9割以上を占める漢人=漢族(日本人が一般的に「中国人」として意識するような、漢字を用い華語=漢語を話す人々)と、公式認定で55を数える少数民族が、あたかも単一民族であるかのような共同性を構築した存在、という含意をもつ。その漢族と少数民族の関係について、今日の中国が正統な体制教義とする「中華民族多元一体」論(社会人類学者・費孝通が1980年代に定式化した)は、概ね以下のように考える。
*中華文明の誕生以来、漢族と様々な少数民族は、農耕民族と遊牧民族、平地民族と山岳民族としてしばしば争ったが、それは家庭内の内輪もめのようなものであり、総じて中華文明の求心力のもとで社会を共有し、文化的にも互いに融通してきた。
*この結果、中華文明は漢族のみならず各民族の智慧をも取り入れた共有財産として展開され、歴代王朝は「大一統」の統一多民族国家を営んできた。
*前近代の時点では、単に中華文明の求心力があるのみで、各民族の間には、お互いに中華文明を共有しあう兄弟だという自覚はなかったものの、近代になって列強の圧迫に漢族と少数民族が抵抗する中で、同じ運命を共有し、互いに離れられない「中華民族の大家庭」の感情が共有されるに至った。
今や、中共の導きによって人々はみな「国家と社会の主人公」となり、発展を謳歌する中で、ますます「中華民族共同体意識」が強まっており、やがて西側諸国を追い越して、「中華文明の知恵と力が世界を真に導くという、世界史本来のあり方」が回復されつつあるのだという。
このことを「中華民族の偉大な復興」と呼ぶ。
◇「中国式現代化」を求める論理
それでは、なぜ中共の導きが「中華民族の偉大な復興」に欠かせないと彼らは考えるのか。概ね次のように説く。
*中共の導きによって過去40数年来、人類史上未曾有のスピードによる経済発展が起こり、かつて貧困にあえいだ中国の人々は、今や生存権を満たされただけでなく、発展を謳歌している。
*今や米国や西側は急速に没落し、中国やロシアをはじめ新興国がそれぞれの地域の「極」となりつつ、互いにWin-Winの関係を目指す「多極化世界」を構築することで、真の世界平和と発展が実現する。
*習近平時代の中共は、中華文明の智慧とマルクス主義の「科学」的精神、そして最先端の科学技術を結びつけて「中国式現代化」を実現した。
*台湾問題を最終的に解決し、中国を米国と並び立ち、さらには凌駕するような「現代化された社会主義強国」にすることが、「中華民族の偉大な復興」の一大到達点である。
*だからこそ、中国の誰もが、物質的生活や生産関係の変化とともに、中華文明を導く原動力としての中共中央=習近平指導部に対する無限の信仰を抱き忠誠を示すべきである。
それでは、なぜ中共の導きが「中華民族の偉大な復興」に欠かせないと彼らは考えるのか。概ね次のように説く。
*中共の導きによって過去40数年来、人類史上未曾有のスピードによる経済発展が起こり、かつて貧困にあえいだ中国の人々は、今や生存権を満たされただけでなく、発展を謳歌している。
*今や米国や西側は急速に没落し、中国やロシアをはじめ新興国がそれぞれの地域の「極」となりつつ、互いにWin-Winの関係を目指す「多極化世界」を構築することで、真の世界平和と発展が実現する。
*習近平時代の中共は、中華文明の智慧とマルクス主義の「科学」的精神、そして最先端の科学技術を結びつけて「中国式現代化」を実現した。
*台湾問題を最終的に解決し、中国を米国と並び立ち、さらには凌駕するような「現代化された社会主義強国」にすることが、「中華民族の偉大な復興」の一大到達点である。
*だからこそ、中国の誰もが、物質的生活や生産関係の変化とともに、中華文明を導く原動力としての中共中央=習近平指導部に対する無限の信仰を抱き忠誠を示すべきである。
◇「中華民族」は近代日本の産物
しかしこうした主張は、近現代中国の歴史的現実に照らして無理がある。
そもそも万里の長城の北、あるいは四川盆地の南や西から外側には、中華文明は必ずしも行き届かなかった。草原や砂漠の内陸アジアでは、チベット仏教やイスラムなど、中華文明と並び立つ世界宗教が栄えてきた。
17世紀に北東アジアから台頭した満洲人中心の国家・清は、やがて明が滅んだのち中華の地をも支配し、内陸アジアのチベット仏教徒やトルコ系ムスリムが住む世界をも影響下に置いた。今日の中国が「核心利益」と位置づける土地の広がりをつくった原動力は、乾隆帝までの満洲人の実力と、様々な文化に対応できるセンスであり、中華文明そのものではなかった(詳しくは拙著『大清帝国と中華の混迷』を参照されたい)。
その清は19世紀に衰え、様々な列強によって圧迫され、近代外交を強いられるようになると、新たに台頭した中華主義的かつ近代主義的な漢人エリートを中心に、18世紀の乾隆帝が影響下に置くに至った土地の広がりを「中国 China」と読み替え、立て直しを図る動きが強まった。彼らはとりわけ日清戦争に敗れ、日露戦争で日本がロシアを破った快挙を見届ける中、日本の富強と台頭の秘訣は「単一民族国家の日本国民(臣民)」をつくり、人心の統一に成功したことにあると考えた。
そこで清末に爆発的な勢いで生じた中国ナショナリズムのもと、そのような「日本民族」に並び立つ「中華民族」を創り出すため、漢字や儒学を知らない人々を実力で「漢化」すれば良いという考えが蔓延した。しかし、それは自ずと激しい混乱を引き起こし、モンゴル人はロシアを、チベット人はイギリスを頼りに自立を目指した。新疆のトルコ系ムスリムも民国期の軍閥支配の中、西から伝わるイスラム近代主義の影響のもと、次第に東トルキスタン運動に身を投じた。
また香港は中国が「暗い近代」の始まりと位置づけるアヘン戦争をきっかけとして、長年来、英国流の経済的合理主義と法治主義に基づく独自の社会であり続け、「東洋の真珠」を造り上げた。その事実は「帝国主義への抵抗」を旨とする「中華民族」の言説と相容れない。
また台湾は、「中華民族」ナショナリズムが20世紀に流布する前に、日清戦争の敗北で日本に割譲された。以来1945年まで「台湾と日本内地」、そして45年以後は「台湾と、国民党が持ち込んだ中華イデオロギー」の間の葛藤を経て独自の発展をとげた。
これもまた、「中華民族」が台湾に受け入れられていない所以である。しかし中共から見れば、近現代史の暗さを打破して「中華民族の偉大な復興」を実現するためには、日本への敗北以来「離散」した台湾を完全に中共の支配下に置くことが欠かせないという意識になる。
しかしこうした主張は、近現代中国の歴史的現実に照らして無理がある。
そもそも万里の長城の北、あるいは四川盆地の南や西から外側には、中華文明は必ずしも行き届かなかった。草原や砂漠の内陸アジアでは、チベット仏教やイスラムなど、中華文明と並び立つ世界宗教が栄えてきた。
17世紀に北東アジアから台頭した満洲人中心の国家・清は、やがて明が滅んだのち中華の地をも支配し、内陸アジアのチベット仏教徒やトルコ系ムスリムが住む世界をも影響下に置いた。今日の中国が「核心利益」と位置づける土地の広がりをつくった原動力は、乾隆帝までの満洲人の実力と、様々な文化に対応できるセンスであり、中華文明そのものではなかった(詳しくは拙著『大清帝国と中華の混迷』を参照されたい)。
その清は19世紀に衰え、様々な列強によって圧迫され、近代外交を強いられるようになると、新たに台頭した中華主義的かつ近代主義的な漢人エリートを中心に、18世紀の乾隆帝が影響下に置くに至った土地の広がりを「中国 China」と読み替え、立て直しを図る動きが強まった。彼らはとりわけ日清戦争に敗れ、日露戦争で日本がロシアを破った快挙を見届ける中、日本の富強と台頭の秘訣は「単一民族国家の日本国民(臣民)」をつくり、人心の統一に成功したことにあると考えた。
そこで清末に爆発的な勢いで生じた中国ナショナリズムのもと、そのような「日本民族」に並び立つ「中華民族」を創り出すため、漢字や儒学を知らない人々を実力で「漢化」すれば良いという考えが蔓延した。しかし、それは自ずと激しい混乱を引き起こし、モンゴル人はロシアを、チベット人はイギリスを頼りに自立を目指した。新疆のトルコ系ムスリムも民国期の軍閥支配の中、西から伝わるイスラム近代主義の影響のもと、次第に東トルキスタン運動に身を投じた。
また香港は中国が「暗い近代」の始まりと位置づけるアヘン戦争をきっかけとして、長年来、英国流の経済的合理主義と法治主義に基づく独自の社会であり続け、「東洋の真珠」を造り上げた。その事実は「帝国主義への抵抗」を旨とする「中華民族」の言説と相容れない。
また台湾は、「中華民族」ナショナリズムが20世紀に流布する前に、日清戦争の敗北で日本に割譲された。以来1945年まで「台湾と日本内地」、そして45年以後は「台湾と、国民党が持ち込んだ中華イデオロギー」の間の葛藤を経て独自の発展をとげた。
これもまた、「中華民族」が台湾に受け入れられていない所以である。しかし中共から見れば、近現代史の暗さを打破して「中華民族の偉大な復興」を実現するためには、日本への敗北以来「離散」した台湾を完全に中共の支配下に置くことが欠かせないという意識になる。
◇改革開放ですれ違う心
毛沢東時代の、階級闘争で「反動派を叩き、分裂主義者を叩く嵐を巻き起こすことで、中華民族の団結と共産主義社会への移行を革命的に造り出そうとする」やり方は、経済的にも社会的にも大失敗し、中国を極貧の淵に叩き込んだ。
70年代末以後からの改革開放とは、外国や香港・台湾の助けをも借りながら生産力を回復・向上させることで、その原動力としての中共と中華文明に対する信念・信頼を取り戻そうとする試みであったと言える。とりわけ89年の中国民主化運動、ベルリンの壁崩壊、91年のソ連崩壊、ユーゴスラビア紛争といった社会主義圏の動揺と、西側自由主義思想・大衆文化の浸透は、中共に激しい危機感を抱かせた。90年代後半以後の急激な経済発展と同時並行で徹底された愛国主義教育は、「中共が導く中華民族の偉大な復興」という言説を防衛するための思想闘争であった。
ところが、その中国の経済発展と少数民族政策は、中共の想定外の結果を生んだ。
改革開放初期の中共は、少数民族の生産力を回復し発展させるため、民族学校における独自言語による教育や各民族の文化を振興する策をとったが、それは転じて各少数民族のアイデンティティ強化につながった。しかも経済発展で少数民族の間でも生活の余裕が生じ、文化的に連続する周辺諸国との往来が増したことで、そのような傾向が加速したことは否めない。
一方、漢族は、独りっ子政策と大学受験(高考)など、さまざまな場面で少数民族への優遇に不満を持ち、「今や少数民族こそ現代中国社会の受益者であるにもかかわらず、中華文明・中華民族への求心性ではなく独自性へと向かっている」と見なして苛立った。とりわけ、01年の米国同時多発テロ以後、イスラム的表象を保つムスリム少数民族に対する嫌悪感が強まっていったことは否定できない。
このような流れの中で、08年にはチベット独立運動が起こり、09年には新疆のウルムチで大規模な衝突が起きた。
これに対し中共は、経済発展の持続で富強を目指すためにも、社会の安定を断固として保つと称し、少数民族の尊厳をかけた運動を厳しく弾圧した。一方、2000年代に本格化した「西部大開発」をいっそう推進し、漢族と少数民族の間の社会経済的な結びつきをレベルアップすれば、自ずと「中華民族」意識の共有が進むはずだという立場を維持した。
12年に発足した習近平政権は翌年「一帯一路」政策を提示し、少数民族地域こそ欧州やアフリカへと至る中国の経済発展の最前線と位置づけることで、いっそう少数民族地域の脱貧困と全国経済・グローバル経済との連結を進めようとした。
毛沢東時代の、階級闘争で「反動派を叩き、分裂主義者を叩く嵐を巻き起こすことで、中華民族の団結と共産主義社会への移行を革命的に造り出そうとする」やり方は、経済的にも社会的にも大失敗し、中国を極貧の淵に叩き込んだ。
70年代末以後からの改革開放とは、外国や香港・台湾の助けをも借りながら生産力を回復・向上させることで、その原動力としての中共と中華文明に対する信念・信頼を取り戻そうとする試みであったと言える。とりわけ89年の中国民主化運動、ベルリンの壁崩壊、91年のソ連崩壊、ユーゴスラビア紛争といった社会主義圏の動揺と、西側自由主義思想・大衆文化の浸透は、中共に激しい危機感を抱かせた。90年代後半以後の急激な経済発展と同時並行で徹底された愛国主義教育は、「中共が導く中華民族の偉大な復興」という言説を防衛するための思想闘争であった。
ところが、その中国の経済発展と少数民族政策は、中共の想定外の結果を生んだ。
改革開放初期の中共は、少数民族の生産力を回復し発展させるため、民族学校における独自言語による教育や各民族の文化を振興する策をとったが、それは転じて各少数民族のアイデンティティ強化につながった。しかも経済発展で少数民族の間でも生活の余裕が生じ、文化的に連続する周辺諸国との往来が増したことで、そのような傾向が加速したことは否めない。
一方、漢族は、独りっ子政策と大学受験(高考)など、さまざまな場面で少数民族への優遇に不満を持ち、「今や少数民族こそ現代中国社会の受益者であるにもかかわらず、中華文明・中華民族への求心性ではなく独自性へと向かっている」と見なして苛立った。とりわけ、01年の米国同時多発テロ以後、イスラム的表象を保つムスリム少数民族に対する嫌悪感が強まっていったことは否定できない。
このような流れの中で、08年にはチベット独立運動が起こり、09年には新疆のウルムチで大規模な衝突が起きた。
これに対し中共は、経済発展の持続で富強を目指すためにも、社会の安定を断固として保つと称し、少数民族の尊厳をかけた運動を厳しく弾圧した。一方、2000年代に本格化した「西部大開発」をいっそう推進し、漢族と少数民族の間の社会経済的な結びつきをレベルアップすれば、自ずと「中華民族」意識の共有が進むはずだという立場を維持した。
12年に発足した習近平政権は翌年「一帯一路」政策を提示し、少数民族地域こそ欧州やアフリカへと至る中国の経済発展の最前線と位置づけることで、いっそう少数民族地域の脱貧困と全国経済・グローバル経済との連結を進めようとした。
◇怒りの習近平時代
ところが習近平政権が発足してしばらく経った14年の春、ウルムチ駅で爆破事件が起こり、ついに習近平政権は少数民族のあらゆる離反的な動きを「三毒(分裂主義・恐怖主義・宗教極端主義)」と定義の上、「厳打=徹底的に叩く」という方針に転じた。
こうして出現したのが、「中華民族共同体意識の鋳牢(ちゅうろう)」なる政策である。あたかも強い熱と圧力を加えて鋳物を固めるかのように、今こそ中共と中国の圧倒的な社会管理能力を剣のように振りかざし、少数民族の精神を根本から叩き直すというものである。
そこで実際、チベットなどでは未成年に対して華語による寄宿舎教育が徹底され、児童生徒をチベット語の生活環境から切り離すという強権が振るわれている。また新疆では17年以後、人々の内面が「三毒」にあたるかをAIで判定し、「国家安全」に差し障る刑法犯扱いまたは強制収容によって社会から排除・隔離するという政策が横行した。そして「宗教中国化」と称し、あらゆる宗教は「中華民族共同体意識を涵養し、社会の安定を守る」ような教義へと書き換えさせられている。
さらに20年以後、少数民族言語を用いた教育は、少数民族言語の読み書きを除いて(あるいは往々にしてそれすらも)全面的に禁止され、それに反対する南モンゴル(内モンゴル自治区)でのデモも鎮圧された。その代わりに少数民族は、「国家通用語言文字」と称される簡体字と北京語の世界に強制的に引き込まれている。
加えて習近平政権は、少数民族の就職における「内地」大都市への大規模な斡旋、鉄道・道路インフラのさらなる大々的な建設、そして観光業のいっそうの促進を通じて、「あたかもザクロの実がぎっしりと詰まっているかのように、漢族と少数民族が互いに嵌まり合う」方式による各民族の「交往・交流・交融」を徹底的に進めようとしている。
この「中華民族共同体意識の鋳牢」はもちろん、香港と台湾も例外ではない。
香港人意識の高揚による19年の大規模な運動を弾圧した中共は、香港においても愛国主義教育を徹底し、広東・マカオとの一体化による「大湾区」構想に組み込むことで、香港の人々に対しても「中華民族」としての喜びを周知徹底させようとしている。
台湾意識を掲げる民進党政権を強く威圧し、国民党を取り込んで様々な認知戦を展開することによって、台湾も中共が導く「中華民族共同体」の中で繁栄するのが歴史の潮流だと台湾の人々に信じ込ませようとしている。
以上「中華民族共同体」なるものの紆余曲折の歴史を踏まえれば、この法律は突然大上段から新たな規制をかけるというものではなく、むしろこれまでの中国ナショナリズムと習近平政治の総決算であり、「法執行」の名において一層厳しく統制をかけようとするものであることが分かる。
◇強まる国際的懸念
台湾の頼清徳総統は、このような「民族団結進歩促進法」について、「団結を名目として実際には同化と消滅を行う悪法」「域外への越境弾圧」と厳しく批判した(中央社、7月2日)。台湾の大陸委員会も「台湾人に強制的な統一という法的義務を課すもの」と強い警戒感を示している(同委員会公式HP、7月2日)。
また、世界各地で中共の圧制に対して抗議活動を続けている少数民族・香港・民主化運動関係者がこの法律を厳しく批判していることは言うまでもない。米国や欧州連合(EU)の報道官・議会も、習近平中国における人権弾圧のさらなる深刻化、そして域外適用がゆくゆくは国境を跨いだ弾圧に「法的根拠」を与え恒常化させる可能性に対して強い懸念を示している(ロイター、7月2日)。
日本国内でも6月30日、「中国による人権侵害を究明し行動する議員連盟」など4つの超党派議員連盟が本法をめぐり、少数民族の言語や文化の危機、そして日本国内にいる中国出身者の弾圧につながり、民主主義国家として到底容認できないとして強い抗議を示した。筆者も、この問題は日本としても到底座視すべきものではないと考える。
そもそもこの法律の域外適用として、日本における取締の可能性に言及することは、それ自体が日本の国家主権に対する著しい侵害である。
日本の歴史は、中華文明の成果を取捨選択しつつも決して中華文明の一部分にはならず、あくまで独自の視点から中華文明の盛衰を眺め続ける。しかしこの法律は、中華文明と中国史について「外部勢力」が勝手な解釈をすることを許さず、今後は中共が提供する言説を完全に受け容れよと迫るものであり、自己検閲と中国への忖度を強いることで、外国における表現の自由や思想・良心の自由を強く制約しようとするものである。それはすなわち、日本の中国研究・中国報道の伝統を危機に陥れようとするものであるだけでなく、日本国憲法に基づく自由で開かれた社会に対する根本的な挑戦でもある。
ゆえに、この民族団結進歩促進法に対して日本社会全体としてどのような立場をとるのかという問題は、今後の日本社会のあり方をも多大に左右することになる。とりわけ、日本社会一般の中国への萎縮を避けるためにも、政治レベルで明確な判断をすることが期待されるし、日本の判断を諸外国が注視していることを忘れるべきではないだろう>(以上「Wedge」より引用)
ところが習近平政権が発足してしばらく経った14年の春、ウルムチ駅で爆破事件が起こり、ついに習近平政権は少数民族のあらゆる離反的な動きを「三毒(分裂主義・恐怖主義・宗教極端主義)」と定義の上、「厳打=徹底的に叩く」という方針に転じた。
こうして出現したのが、「中華民族共同体意識の鋳牢(ちゅうろう)」なる政策である。あたかも強い熱と圧力を加えて鋳物を固めるかのように、今こそ中共と中国の圧倒的な社会管理能力を剣のように振りかざし、少数民族の精神を根本から叩き直すというものである。
そこで実際、チベットなどでは未成年に対して華語による寄宿舎教育が徹底され、児童生徒をチベット語の生活環境から切り離すという強権が振るわれている。また新疆では17年以後、人々の内面が「三毒」にあたるかをAIで判定し、「国家安全」に差し障る刑法犯扱いまたは強制収容によって社会から排除・隔離するという政策が横行した。そして「宗教中国化」と称し、あらゆる宗教は「中華民族共同体意識を涵養し、社会の安定を守る」ような教義へと書き換えさせられている。
さらに20年以後、少数民族言語を用いた教育は、少数民族言語の読み書きを除いて(あるいは往々にしてそれすらも)全面的に禁止され、それに反対する南モンゴル(内モンゴル自治区)でのデモも鎮圧された。その代わりに少数民族は、「国家通用語言文字」と称される簡体字と北京語の世界に強制的に引き込まれている。
加えて習近平政権は、少数民族の就職における「内地」大都市への大規模な斡旋、鉄道・道路インフラのさらなる大々的な建設、そして観光業のいっそうの促進を通じて、「あたかもザクロの実がぎっしりと詰まっているかのように、漢族と少数民族が互いに嵌まり合う」方式による各民族の「交往・交流・交融」を徹底的に進めようとしている。
この「中華民族共同体意識の鋳牢」はもちろん、香港と台湾も例外ではない。
香港人意識の高揚による19年の大規模な運動を弾圧した中共は、香港においても愛国主義教育を徹底し、広東・マカオとの一体化による「大湾区」構想に組み込むことで、香港の人々に対しても「中華民族」としての喜びを周知徹底させようとしている。
台湾意識を掲げる民進党政権を強く威圧し、国民党を取り込んで様々な認知戦を展開することによって、台湾も中共が導く「中華民族共同体」の中で繁栄するのが歴史の潮流だと台湾の人々に信じ込ませようとしている。
以上「中華民族共同体」なるものの紆余曲折の歴史を踏まえれば、この法律は突然大上段から新たな規制をかけるというものではなく、むしろこれまでの中国ナショナリズムと習近平政治の総決算であり、「法執行」の名において一層厳しく統制をかけようとするものであることが分かる。
◇強まる国際的懸念
台湾の頼清徳総統は、このような「民族団結進歩促進法」について、「団結を名目として実際には同化と消滅を行う悪法」「域外への越境弾圧」と厳しく批判した(中央社、7月2日)。台湾の大陸委員会も「台湾人に強制的な統一という法的義務を課すもの」と強い警戒感を示している(同委員会公式HP、7月2日)。
また、世界各地で中共の圧制に対して抗議活動を続けている少数民族・香港・民主化運動関係者がこの法律を厳しく批判していることは言うまでもない。米国や欧州連合(EU)の報道官・議会も、習近平中国における人権弾圧のさらなる深刻化、そして域外適用がゆくゆくは国境を跨いだ弾圧に「法的根拠」を与え恒常化させる可能性に対して強い懸念を示している(ロイター、7月2日)。
日本国内でも6月30日、「中国による人権侵害を究明し行動する議員連盟」など4つの超党派議員連盟が本法をめぐり、少数民族の言語や文化の危機、そして日本国内にいる中国出身者の弾圧につながり、民主主義国家として到底容認できないとして強い抗議を示した。筆者も、この問題は日本としても到底座視すべきものではないと考える。
そもそもこの法律の域外適用として、日本における取締の可能性に言及することは、それ自体が日本の国家主権に対する著しい侵害である。
日本の歴史は、中華文明の成果を取捨選択しつつも決して中華文明の一部分にはならず、あくまで独自の視点から中華文明の盛衰を眺め続ける。しかしこの法律は、中華文明と中国史について「外部勢力」が勝手な解釈をすることを許さず、今後は中共が提供する言説を完全に受け容れよと迫るものであり、自己検閲と中国への忖度を強いることで、外国における表現の自由や思想・良心の自由を強く制約しようとするものである。それはすなわち、日本の中国研究・中国報道の伝統を危機に陥れようとするものであるだけでなく、日本国憲法に基づく自由で開かれた社会に対する根本的な挑戦でもある。
ゆえに、この民族団結進歩促進法に対して日本社会全体としてどのような立場をとるのかという問題は、今後の日本社会のあり方をも多大に左右することになる。とりわけ、日本社会一般の中国への萎縮を避けるためにも、政治レベルで明確な判断をすることが期待されるし、日本の判断を諸外国が注視していることを忘れるべきではないだろう>(以上「Wedge」より引用)
今年7月1日、中国で「民族団結進歩促進法」なる法律が施行された。その概念が「中華思想」こそ中国世界統一の原理とするもので、「世界から批判される中国「民族団結進歩促進法」、習近平がそれでも施行させた歴史的背景、少数民族や世界を従わせようとする世界観とは」で平野 聡( 東京大学大学院法学政治学研究科教授)氏が論述しているように、中共政府の近隣諸国への侵略を正当化する極めて危険な法律だ。
そもそも「中華」とは「思想」であって、「民族」ではない。民族学に「中華民族」なる民族は存在しない。あくまでも中国の民族は「漢民族」だ。近隣の少数民族をすべて統合する「中華民族」という造語は中共政府の思い上がった姿勢そのものだ。
この期に「民族団結進歩促進法」を制定したのは、中共政府は自らが侵略して併合した地域が分離独立の動きを強めていることに対する危機感の裏返しではないか。これまで中共政府は200万人という圧倒的な人民解放軍を背景に、周辺諸国を平定し強権的な治世を行ってきた。
しかし国家破綻が視野に入ってきた現在、中共政府は自信喪失に陥っているようだ。すでに払底した国庫は公務員給与すら遅配している有様で、このまま経済崩壊が進めば次に公安警察の給与する遅配し始める。そうすると少数民族を締め上げている強権権力構造が弛緩する。周辺少数民族の独立への渇望を抑圧している権力構造の維持が困難になるのも時間の問題だ。
ただ平野氏は「「中華民族」は近代日本の産物」の章で日本軍の中国出兵を批判的に描いているが、当時の世界の常識を現代の常識で批判してはならない。日本軍の中国大陸への出兵は「通州事件」などにより中国で邦人大虐殺が行われたことに対する「報復措置」だ。むしろ日本軍の出兵は欧米列強の中国進出に一世紀も出遅れて実施された。
だから中華民族が中国人の中に芽生えた、という論理展開は無理がある。確かに「清末に爆発的な勢いで生じた中国ナショナリズムのもと、そのような「日本民族」に並び立つ「中華民族」を創り出すため、漢字や儒学を知らない人々を実力で「漢化」すれば良いという考えが蔓延した」という論理があったが、それは漢化であって中華民族の創生ではない。
現在、中共政府が周辺少数民族に対して行っているのは『文化的虐殺』とモネ云うべき強力な「同化政策」だ。学校で少数民族の言語は教えないし、少数民族の言語を話してはならない、という文化破壊だ。そうした蛮行を行うと同時に中共政府批判をすべて封殺する、というのが「民族団結進歩促進法」だ。しかも中国内だけでなく、外国にも適用するという。それも、外国に暮らす中国民だけでなく、外国人であっても「民族団結進歩促進法」に違反する者は処罰の対象にする、という無手勝ぶりだ。主権国家や国際法の成り立ちすらも無視する、中華思想が全世界に及ぶかのような誇大妄想に取り憑かれたかのような法律だ。
もはや中共政府は法規範すら喪失したようだ。常軌を逸した国を相手にする者がいるとすれば余程お目出度い。だが経団連は中国に日本との関係改善を図るために幹部を派遣したという。日本企業の社員二人がスパイ容疑で身柄を拘束されていることに批判の声一つ上げずに、そんな無法国家との関係改善を図る経団連もまた無法な団体だと批判せざるを得ない。「類は類を以て集まる」という。