国旗損壊罪に反対する美術関係者たちの「表現の自由」とは何だろうか。
<7月9日、美術評論家連盟の有志ら48名は「表現の自由を制約する国旗損壊罪の新設に反対します」と題した共同意見を発表した。
「美術評論家連盟の有志48名が共同意見を発表。「表現の自由を制約する国旗損壊罪の新設」に反対」とは呆れる。「国旗損壊罪」の法制化が表現に自由に反するとは如何なる根拠からだろうか。
今回の発表の背景にあるのは、現在開かれている国会において、自民党、日本維新の会、国民民主党、参政党の議員らによる「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」の提出だ。
共同意見のなかで有志一同は、「国旗が視覚的・造形的な芸術表現において重要な題材となってきた歴史を踏まえ、同法案が成立すれば、創作の意図にかかわらず国旗を用いたあらゆる表現が制約され、表現活動全体の萎縮につながるのではないか」と強い懸念を示している。 また、制限が懸念されるのは現在の表現者の活動にとどまらない。すでに美術館等に収蔵されている過去の作品についても、展覧会などへの出品において自主規制が強まる恐れがあり、市民の鑑賞の権利までもが狭められる可能性を指摘した。
有志らは「市民一人ひとりの国旗に対する考え方は様々であり、思想及び良心の自由は保障されるべき」と訴え、表現の自由を揺るがしかねない国旗損壊罪の新設に対し、反対の姿勢を表明している。
有志メンバーとして名を連ねるのは以下の48名。
ダニエル・アビー、天野一夫、天野太郎、アライ=ヒロユキ、市原研太郎、大倉宏、岡部あおみ、小川敦生、沖啓介、尾崎信一郎、笠原美智子、川上幸之介、木村絵理子、吉良智子、きりとりめでる、久後香純、倉石信乃、暮沢剛巳、小勝禮子、沢山遼、四方幸子、武居利史、竹内万里子、竹山博彦、土屋誠一、徳山由香、中村史子、成相肇、能勢陽子、半田颯哉、藤田一人、古川美佳、穂積利明、堀元彰、アンドリュー・マークル、牧陽一、松浦寿夫、村田真、藪前知子ほか9名。>(以上「美術手帳」より引用)
「美術評論家連盟の有志48名が共同意見を発表。「表現の自由を制約する国旗損壊罪の新設」に反対」とは呆れる。「国旗損壊罪」の法制化が表現に自由に反するとは如何なる根拠からだろうか。
報道によると「「国旗が視覚的・造形的な芸術表現において重要な題材となってきた歴史を踏まえ、同法案が成立すれば、創作の意図にかかわらず国旗を用いたあらゆる表現が制約され、表現活動全体の萎縮につながるのではないか」と強い懸念を示した」という。
もちろん国旗は「国家を視覚的・造形的に象徴するもの」だ。だからパスポートに印刷されるのは当然だとしても、外国へ行く航空機や船舶などに表示される。それにより日本国の航空機であり、船舶だと他国が認識する重要な「視覚的・造形的な象徴」だ。
その国旗を損壊して表現するモノがあるとすれば何だろうか。それこそ反国家思想や反日思想ではないだろうか。もちろん日本国憲法は思想信条の自由や表現の自由を保障している。しかし、それらは「公序良俗」を侵害しない範囲で、という自ずと限定的だ。何でも自由だとしたら、裸で往来を歩く「自由」もなければならないことになる。
ネットや文章では表現の自由は大幅に制限されている。いわゆる「忌避言葉」はゴマンとあって、最近では「死」や「自殺」なども「忌避言葉」とされている。それこそ文筆家は「表現の自由」を大幅に制限されている。このことこそが実は大問題だ。身障者に配慮するあまり、身障者を表す言葉や慣用句も現代文から消えている。古典の中でだけ存在することになり、いずれ古典研究者にしかわからない言葉や慣用句になってしまうだろう。
国旗損壊罪により制約される「表現の自由」とはなんだろうか。基本的に国旗は自国のものであれ、外国のものであれ、損壊すべきではない。それは単なる「布切れ」ではなく、国を象徴する「旗」だ。国そのものが具体的な「形」を持たない広大な国土として認識される形而上学的な「概念」だから、「旗」を「国旗」と制定して、国民が「国旗」を仰ぎ見て国家を観念する。そうした形而上学的な「国旗」を損壊することは国民に共通な国家観に対する侵害でしかない。
他人の所有物や公共の場所に落書きをする行為は犯罪であり、主に 器物損壊罪(刑法第261条)や 建造物等損壊罪(刑法第260条)に問われる。ただ自己所有の塀に、自分で落書きをする行為は、原則として犯罪にはならない。ただし状況によっては例外的に以下の法律や条例に抵触する可能性がある。
たとえば景観法や地方自治体の条例(景観条例・迷惑防止条例)に抵触する場合と、 軽犯罪法違反に問われる場合がある。自己所有の塀に落書きして軽犯罪法に問われるケースとしては公私の儀式を妨害したり、公衆の目に触れる場所で著しく粗野・乱暴な言動で迷惑をかけたりする行為が相当する。その場合の軽犯罪法に問われるのは公序良俗に著しく反するもの(わいせつな図画や他人の名誉を毀損する文言など)である場合で、他人を侮辱する内容であれば「侮辱罪」、名誉を傷つける内容であれば「名誉毀損罪」など、落書きそのものではなく記述内容に応じた罪名が適用される。
たとえば景観法や地方自治体の条例(景観条例・迷惑防止条例)に抵触する場合と、 軽犯罪法違反に問われる場合がある。自己所有の塀に落書きして軽犯罪法に問われるケースとしては公私の儀式を妨害したり、公衆の目に触れる場所で著しく粗野・乱暴な言動で迷惑をかけたりする行為が相当する。その場合の軽犯罪法に問われるのは公序良俗に著しく反するもの(わいせつな図画や他人の名誉を毀損する文言など)である場合で、他人を侮辱する内容であれば「侮辱罪」、名誉を傷つける内容であれば「名誉毀損罪」など、落書きそのものではなく記述内容に応じた罪名が適用される。
国旗損壊罪も国旗そのものを損壊する行為で罰則を科すのではなく、その行為が「侮辱」や「名誉棄損」などにあたる場合に処罰される。自己所有の塀ですら落書きが公序良俗に反する場合には処罰される。たとえ自己所有であろうとも国旗を損壊して処罰されるのは当たり前ではないか。
また国旗損壊罪に反対する美術関係者たちの「表現の自由」とは何だろうか。何を目的とする「表現の自由」なのだろうか。愛国心を持たない日本国民のための「表現の自由」だとしたら、その自由は到底認められない。また戦前の「愛国心」の押し付けになる、と叫んでいる者たちは、愛国心を押し付けて日本国民を戦争へと駆り立てたのは「朝日新聞」などのオールドメディアだった、ということを知らないのだろうか。