旧日本軍は情報戦というソフトを軽視したのか。

改憲論議は加速の兆しを見せています。太平洋戦争の敗戦後、日本人の手で十分な議論ができないまま制定された現行憲法を改正するには、まず日本人自身で“あの戦争”を総括する「新・東京裁判」が必要だというのが私の持論です。連載4回目では、あの戦争に敗れた大きな原因の一つ、「敵に暗号を解読されていたのに、なぜ気付かなかったのか」について検証します。このテーマを取り上げるのは、日本の情報に対する姿勢や組織のあり方について省みる必要があると考えるからです。

◎暗号解読され、山本五十六・連合艦隊司令長官が撃墜死

 太平洋戦争では敵国に暗号を解読されていることに気付かないまま、日本は敗戦を迎えました。なぜ、「解読されているのではないか」という疑問が広がらなかったのでしょうか。
 日本軍が暗号解読に気付くべき機会は何度もありました。一番有名なものが、ミッドウェー海戦でしょう。明らかに待ち伏せ攻撃であり、米軍による暗号解読が勝敗に大きく影響しました。しかし日本海軍は、負けただけでなく、その後、南雲艦隊の幹部の一部が暗号解読の可能性について言及したのに組織としての調査はしませんでした。
 次の機会は、連合艦隊司令長官の山本五十六が乗っていた飛行機が、将兵の激励に向かうブーゲンビル島(現パプアニューギニア・ブーゲンビル自治州)上空で撃墜されたときです。偶然にしてはあまりに不思議な米軍機編隊の出現について、連合艦隊幹部からも暗号解読の可能性を調査せよという声があがりました。
 これに対して通信課長だった鮫島素直大佐が残した『元軍令部通信課長の回想』を読むと、きわめて危機感に乏しいと言わざるを得ません。
「この事件は日本側にとってはきわめて重大なものであったので、暗号電報被解読の可能性も含めて、直ちに厳密な調査が行われた。しかし、アメリカ側が事前に山本長官の巡視計画を知っていたと推論できる確定的な資料を見出すことはできなかった。
 むしろ、使用暗号は強度の高いもので、しかも乱数表は4月1日に変更されたばかりで解読されるはずはないと考えられていたこと。(山本が墜落死した)翌19日に、サンフランシスコ放送が単に『北部ソロモンで米陸軍機が日本軍の陸上攻撃機2機を撃墜。わが方一機損失』と発表していたこともあって、この戦闘は偶然のものであったとの判断に日本側は傾いていった。したがって暗号書の更新などは考えられなかった」
 山本の移動は細かく各基地に電報で報告されていました。そのため暗号解読が可能になったと米軍は戦後公表していますが、実際には完璧な暗号解読に成功していたわけではありません。重要部分は解析官が補完していたのです。
 ただ重要な目標である山本の肩書の暗号識別は終わっており、地名と時刻も推定しやすかったため、解読が成功したのが実情でした。それに対し日本側は、米軍が通信情報の重要性を強く認識し、そこまで執念深く解読するとは思っていなかったのです。
 鮫島は暗号についての責任者ですが、解読への警戒感が薄いばかりか、たいした根拠もなく米軍の調査能力を見下していたことに驚きます。

◎航路も積み荷もすべて筒抜け…日本を破滅に追い込んだ「商船暗号」の漏洩
 暗号については、こうした戦闘よりもさらに日本を破滅に追い込んだことがあります。それは商船暗号の解読でした。
 日本の戦争遂行能力の低下は、輸送船が潜水艦によって大量に沈められたことに起因します。食料や武器の原料が不足し、また外地に軍隊の増援を送り込んでも、重要な重火器・兵器・食料が失われました。兵士は救命ボートや護衛艦の救助があれば、どうにか島にたどり着けますが、モノは海に沈むだけです。
 島国の日本は輸送船の安全航行が欠かせないのに日本軍が商船団を護衛する専門組織を用意したのは敗色が濃くなってからでした。暗号解読によって、レーダー・ソナーなどによる監視能力が高い米海軍に待ち伏せされ、商船団が撃沈され続けていることに気付かなかったのです。
 暗号強度が低く、完全に解読されていたため、航路、出港日時、積み荷情報が筒抜けで、米軍にとっては潜水艦で待ち伏せさえしていれば獲物を攻撃できる楽な戦いでした。
 相手の工業力の巨大さから、日本は米軍が常に物量で勝っていると感じていました。それゆえ、大量の潜水艦がどこの海でも待ち伏せしていると認識していました。ところが、米軍は軍艦が完成すると普通に新聞で発表していたので、日本の情報機関が公開情報を収集していれば米軍の軍艦の数はほぼ正確に把握できていたのです。つまり、少し考えれば、これだけ商船が沈められるのはおかしいと気付けたはずです。
 ここから言えるのは、米軍はたしかに物量で勝っていましたが、通信解析によって必要な場所に部隊を集中させる能力でも日本を上回っていたということです。
 現代ではこうした通信解析が一層、重要になっています。安全保障上、「シギント(SIGINT=シグナルインテリジェンス、日本語では通常、通信・電波情報による諜報)」と呼ばれる能力が勝敗を分けます。ベネズエラやイランが米軍に奇襲され、無抵抗に近い形で空爆されたのもシギント能力の差があったからです。ロシア軍がいまだに、ウクライナの制空権を奪えないのも、ウクライナを支援する米軍の圧倒的なシギント能力が一因です。
 米軍のシギント能力は、太平洋戦争での日本軍に対しても、暗号解読、レーダーの利用、陸・海・空を統合した通信能力で圧倒しました。それは技術力だけでなく、組織、文化の違いが理由だったのです。
 つまり、日本は暗号だけでなく、シギントについて、重要性の認識が低かったのです。

◎「シギント」を軽視した組織の致命的な壁
 レーダーが発明されたとき、「闇夜に提灯をつけて走るようなもの」と海軍の夜戦部隊は酷評しました。レーダー、ソナー(水中探信儀)の開発も遅れ、対潜水艦戦でも惨敗しました。
 新技術の採用だけではありません。組織の壁も大きかったのです。
 海軍と陸軍の交信方法は煩雑で、直接現場の陸兵と艦船が打ち合わせて、陸上の敵を砲撃することすら戦争後期までできない仕組みでした。ではどうするかというと、現場の陸兵が地上目標を陸軍の司令部に連絡、司令部は海軍司令部に連絡し、海軍司令部から軍艦に砲撃命令が行く、というシステムだったのです。
 これは、現在でも日本の官庁に存在する縦割り構造と似ています。

◎無線機を「無駄な重量物」と捨て、技術より熟練を求めた精神論
 米軍の航空部隊では、編隊同士で会話できる簡便な無線が使用できたため、編隊を組んだ空戦が可能でした。それに対し、日本の無線は雑音ばかり多いことから、「無駄な重量物」として取り外す指揮官がおり、手信号や黒板で目標を指示することが一般的でした。
 無線の活用で米軍が編隊戦に戦術を変更したため、大戦初期の日本の航空優勢はほどなくして消えました。後年になって、無線機器の雑音が多いのは、性能ではなく、機体に搭載するハンダづけの方法が原因だとわかったといいますから、通信技術の重要性が軽く見られていたとしか言いようがありません。
 広い太平洋上で戦う航空機にとって、無線があるかないかは重要です。特に戦争後半は飛行経験の少ない兵士が多かったわけですから必需品のはずでした。日本軍は機械を改造するより、人間が熟練すべきだという思考が先立ち、兵士の損失、武器の損失を増大させました。
 その典型が、ミッドウェー海戦と並んで太平洋戦争の転換点となったガダルカナル島をめぐる戦闘でしょう。
 そもそも、ガダルカナルへの米軍の反攻は、日本軍全体の予想より半年以上早いものでした。米軍の反攻は昭和18(1943)年以降と考えられており、米軍上陸の第一報を聞いたとき日本軍は、これが本格的な反攻の第一歩だと考えていませんでした。
 つまり、情報に対する感度の鈍さと、情報に基づく予測の楽観性という欠陥はガダルカナルの敗戦にも関係していたのです。陸軍は米軍の威力偵察(敵の戦力を知るために小規模な攻撃を仕掛ける偵察)程度と認識し、海軍の偵察機も、その希望的観測に沿った報告で済ませ、すでに陸兵は撤退しつつあるとみる偵察報告さえありました。

◎日本政府や自衛隊の暗号は安全なのか
 さて、もう一度、現在に戻りましょう。
 日本政府や自衛隊の暗号は安全なのでしょうか。
 自衛隊や外務省を含む日本の政府機関では非常に高度な暗号技術が使用されており、これらは数学的に安全で、現在のコンピュータでは解読がほぼ不可能とされています。
 ただ、処理能力が飛躍的に高い量子コンピュータが開発されると、解読されるリスクが指摘されています。
 暗号技術は定期的にアップデートされ、新しい脅威に対抗できると称していますが、旧日本軍に見られた縦割り、情報軽視、技術運用軽視の教訓を踏まえると、継続的な検証は欠かせません。
 量子コンピュータが登場する前に、AI技術の進化により、暗号の安全性が脅かされる懸念もあります。AIを活用したフィッシングやマルウェア攻撃が増加し、暗号そのものではなく、暗号の運用方法や通信経路が狙われる可能性もあります。
 そして、暗号を使用する組織が分かれていることに不安が残ります。

◎太平洋戦争の教訓を生かせるか
 現在、日本政府が使用する暗号技術の開発・管理に関与している主な機関は以下の通りです。
1. 国家サイバー統括室
2. 防衛省 情報本部
3. 総務省 情報通信研究機構
4. 警察庁 サイバー警察局
5. 外務省
 主に国家サイバー統括室が全体を統括し、防衛省情報本部や情報通信研究機構、外務省、警察庁などがそれぞれの分野で暗号技術の運用や研究を進めているというのが公式見解ですが、またしても縦割りとなっており、海外の先進技術との連携について組織による差が生まれてしまう可能性があります。
 次世代の暗号技術として注目される「ポスト量子暗号」や「量子鍵配送(QKD)」については、防諜に対して細心の注意を払った組織運営と各機関のスムーズな連携が肝要です。
 これは暗号技術だけに留まりません。情報の管理と解析の面で米国に圧倒的に差をつけられていたという太平洋戦争の反省を、これからの日本がどう生かすのか、という問いに結びつくのです。>(以上「JB press」より引用)




なぜ日本は情報戦で後手に回るのか、「新・東京裁判」で総括すべき“あの戦争”から続く情報軽視の系譜ーーーレーダー登場時に軍は「闇夜の提灯」と酷評、技術から組織運営まで日本は過去の過ちから何を学ぶべきか」と題して木俣 正剛元(「週刊文春」・月刊「文藝春秋」編集長)氏が日本の現防衛態勢で国を守れるのか、と疑問を呈している。
 一読してみて、木俣氏の論考は多分にステレオタイプに過ぎるようだ。日本の敗因は牢固とした軍部が「精神論」に偏重して、科学的兵器を積極的に採用しなかったからだ、というものだ。そうした日本の敗戦を語る論にはウンザリしている。確かに科学的な兵器、たとえば日本が開発した「八木アンテナ」はレーダーの基本的な技術で、海軍に採用を持ち掛けたが精神論で一蹴されたようだ。

 しかし精神論というよりも、海軍の幹部連中は自分たちの立場を守るために各種技術の採用を躊躇った面が強かったのではないだろうか。源田実氏たちが採用を訴えた空母と艦載機による攻撃は日本海軍が最初に実践した作戦だった。日本海軍はそうした新機軸を大胆に採用したのも事実で、全面的に科学的に遅れていたわけではない。
 ただ物量で米国に劣るため、兵士の技術と精神でカバーするしかなかったというべきだろう。情報軽視というよりも、物量に劣る国の戦法として人員消耗で補うしかなかったのも事実ではないか。

 現在の自衛隊はどうかというと、やはり兵員数において中国に劣るため、兵器と兵隊の質で中国を凌駕するしかない。そのための「シギント」は複数の偵察衛星を持つ米軍からの提供もあって、かなりの水準にあるといえる。しかも防衛兵器開発においてはレールガンや高出力マイクロ砲などの開発も相俟って、現代の非対称戦においても後れを取っていない。ことにドローン兵器に関しては、ウクライナ戦線で日本製の適度ローンを迎撃するドローン迎撃機が効力を発揮しているという。
 今後はAIを搭載した自立型自爆ドローン兵器開発が急務で、それにより数にモノを言わす中国海軍に対抗出来るようにしなければならない。サイバー攻撃に関しては、従来のハッカーによるサイバー攻撃よりも、AIによるサイバー攻撃が主流になると思われ、AI攻撃を撃退するAIファイアーウォールの構築が必要となる。そうしたチップ製造は2027年を目途に開発が急ピッチで進んでいて、日本国産の1.4nmAI専用チップによる世界最先端AIが完成するのが待たれている。

 ただ米軍が商船や客船の積み荷などを知った上で商船や客船を狙い撃ちにしたのなら、これほど残虐なことはないだろう。日本の赤十字のマークを大書した病院船までも米軍は攻撃し撃沈した。そうした史実を闇に葬ってはならない。
 旧日本軍をステレオタイプの批判で処断するのはそろそろ止めて、勝者の戦史ではなく日本国民による戦史を後世に残すべきだ。さもなくば先の大戦で国家に殉じた先人たちの霊は浮かばれない。

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