沖縄戦没者追悼式典の静謐を破る愚かな者たちの屁理屈。

<沖縄は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦の犠牲者20万人超を悼む「慰霊の日」を迎えた。81年前のこの日、旧日本軍の組織的戦闘が終結したとされる。最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では、「沖縄全戦没者追悼式」が営まれた。世界で戦火が絶えない中、参列者は平和への思いを新たにした。

 追悼式では、高市首相のあいさつ中に数人の参列者が「憲法を守れ」「戦争に向かうな」などと声を上げ、県職員から会場の外へ連れ出される場面があった。
 式後、高市首相は報道陣から受け止めを聞かれ、「平和国家としての歩みを戦後ずっと続けてきたのは日本国の誇り。平和と国民を守るために、防衛力をしっかりと強化したい」と述べた。玉城デニー知事は、「式典は静謐(せいひつ)な環境で厳かに行いたいというのが我々の気持ち。気配りをお願いしたい」と語った>(以上「読売新聞」より引用)




 およそあらゆる式典は静謐の中で執り行われるものだ。心得違いの者により静謐が破られ、彼の幼稚極まりない主張を聞かされる者の迷惑を顧みない行為は厳重に処罰されるべきだ。「沖縄戦の戦没者追悼式、高市首相に「憲法を守れ」「戦争に向かうな」参列者数人がヤジ…会場外へ連れ出される」とは、いかなる事態だろうか。
 ヤジを飛ばした者は沖縄戦で没した犠牲者たちの慰霊式典に反対したのか。高市氏の政策に抗議したいのであれば式典を妨げる必要はなかった。彼もまた追悼式典に参加して静謐を守り頭を垂れて追悼の意を表すべきだった。

 誰でも日本国憲法は遵守すべきだ。もちろん戦争を好む者など誰もいない。平和な暮らしを日本国民の誰もが望んでいる。しかし日本を侵略しようとしている国があるから、備えなければならないだけだ。
 具体的に中国は尖閣諸島を奪い取ろうとしている。北方領土は終戦直後の混乱に乗じて、旧ソ連が無法に日本から奪い取った。そして韓国の李承晩は戦後の混乱期、日本海に李承晩ラインを設定して日本漁船を締め出し、ライン内の竹島を不法に占拠した。こうした無法占拠状態が竹島と北方領土で戦後一貫して続いている。

 現在、最も警戒すべきは中国だ。中国は中共政府成立直後にチベットやウィグル、さらにはモンゴルや雲南省などを侵略して「自国領土」だと自称している。もちろん中国が「東北部」と称している地域は万里の長城以北で、元々は女真族の国だった。本来の中国は華北・華中・華南の地域だけだった。台湾も本来の中国の版図には入っていない。
 しかし現在の中共政府は清国の版図を「中国」だと称し、さらに台湾までも「統一」しようと目論んでいる。台湾統一には尖閣諸島も含まれ、従って中共政府による湾統一は日本の領土をも掠め取ることを意味し、だから高市首相は「台湾有事は日本有事だ」と発言した。その何処が責められるべきなのだろうか。

 現に中共政府は「認識戦」を仕掛けて、沖縄は日本ではなく「琉球王国」だと主張し始めている。つまり琉球王国を日本が侵略して日本の版図に組み込んだ、というのだ。だから中共政府が沖縄の独立を支援して琉球王国を復活させる、と謎理論を展開して沖縄で日本の主権を侵害する「破壊活動」を続けている。その一環の一つが「辺野古沖埋立工事反対運動」だ。だから反対運動に参加している彼ら「活動家」は日本の法律に反していても意に介さない。そもそも沖縄における日本の主権を認めない連中だからだ。
 そうした活動家が沖縄戦没者追悼式典でヤジを飛ばしたのなら、ヤジを飛ばした者の心情は理解できる。彼らにとって戦没者追悼式典などどうでも良い。そもそも琉球王国の慰霊式典に日本の首相・高市氏が参列することが日本による侵略の一環でしかない、という屁理屈なのだろうから。

 しかしたとえそうであろうとも、戦没者に対する追悼式典は静謐の内に取り計らわれるべきだ。戦没した御霊に対して尊崇の念を抱くなら、政治理念の相違はあっても真摯に頭を垂れて心から慰霊すべきだ。そうした常識すら持たない者に、いかなる政治理念も空念仏以下の代物でしかない。
 ただ彼らが日本に暮らしているからこそ、追悼式典で高市首相をヤジっても死刑にもならないし、刑務所送りにもならない。そうした日本国民として「人権」を守られている日本国家の有難さを認識すべきだ。

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