教育関係者は常に「政治的中立」の水準器を意識して児童生徒の教育に当たらなければならない。
<沖縄県名護市の辺野古沖で小型船が転覆し、修学旅行中だった同志社国際高校(京都府京田辺市)の生徒らが死亡した事故を巡り、主権者教育を行う団体や研究者らが1日、東京都内で記者会見した。文部科学省が5月、同校の教育内容が教育基本法に違反するとして是正を求めたことについて、教育現場が萎縮するなどと懸念を示した。
会見したのは、若者の政治参画を支援する「笑下村塾(しょうかそんじゅく)」代表のたかまつななさんや東洋大福祉社会デザイン学部の林大介准教授ら。たかまつさんは、事故に関して学校側の安全管理に問題があるのは明白としつつ、松本洋平文科相が「萎縮を生むことは全くない」と発言したことに触れて「萎縮しないための具体策を文科省で講じてほしい」と注文した。
政治的中立性についての明確なガイドラインの作成や現場の教員を守る仕組みの構築などを提言し、「文科省はブレーキだけでなく、主権者教育を進めるアクセルを踏んでほしい」と訴えた。林准教授も「学校側の安全配慮義務違反は明確だが、政治的中立性と分けて考える必要があった」と指摘した。
文科省は5月、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古への移設工事を取り上げた同校の学習に関し、政治的活動を禁じる教育基本法第14条2項に反するとして、同校を運営する学校法人同志社(京都市)に是正を求めて指導した>(以上「毎日新聞」より引用)
会見したのは、若者の政治参画を支援する「笑下村塾(しょうかそんじゅく)」代表のたかまつななさんや東洋大福祉社会デザイン学部の林大介准教授ら。たかまつさんは、事故に関して学校側の安全管理に問題があるのは明白としつつ、松本洋平文科相が「萎縮を生むことは全くない」と発言したことに触れて「萎縮しないための具体策を文科省で講じてほしい」と注文した。
政治的中立性についての明確なガイドラインの作成や現場の教員を守る仕組みの構築などを提言し、「文科省はブレーキだけでなく、主権者教育を進めるアクセルを踏んでほしい」と訴えた。林准教授も「学校側の安全配慮義務違反は明確だが、政治的中立性と分けて考える必要があった」と指摘した。
文科省は5月、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古への移設工事を取り上げた同校の学習に関し、政治的活動を禁じる教育基本法第14条2項に反するとして、同校を運営する学校法人同志社(京都市)に是正を求めて指導した>(以上「毎日新聞」より引用)
「辺野古転覆で文科省「是正」 研究者ら「教育現場の萎縮懸念」」とは何だろうか。「研究者ら」とは何を研究している人々なのかと記事を読むと「若者の政治参画を支援する「笑下村塾(しょうかそんじゅく)」代表のたかまつななさんや東洋大福祉社会デザイン学部の林大介准教授ら」ということのようだ。
文科省の辺野古沖移設反対「平和学習」にかんして「政治的中立」ではないとの判断を批判する彼らが果たして「政治的中立」なのか、という疑問が湧く。そして文科省判断で「教育現場の萎縮懸念」とは何だろうか。何に対して「萎縮」するとの懸念するのだろうか。
そもそも教育は「政治的中立」であらなければならない。児童生徒を鋳型に嵌めるのではなく、事実と現実を認識する力を涵養して、社会に出て特定の考えに偏重することなく幅広く公平・公平に物事を判断できる日本人に育てる必要がある。
だから若者の政治参画を支援などしなくても、政治参加が必要だと判断した若者が自律的に己の思想信条に従って政治な参加すれば良い。それを職業とするかのような大人の支援など無用ではないか。
また「福祉社会デザイン」とは誰もが尊重され安心して暮らせる「共生社会」を実現するための学問だ。そして社会福祉の知識、子どもの支援、環境デザインなどを融合させ、複雑化する社会課題を解決する仕組みやまち、制度を形づくる(デザインする)ための総合的な実践力を学ぶ、とある。
そうした学問の専門家が「政治的中立」判断を文科省が行ったら「教育現場が委縮する懸念」があると発言するのは解せない。「誰もが尊重され安心」安全でなかったから「平和学習」で女生徒が事故死したのではないか。FRPボートに10人も詰め込んで波浪警報の出ている海へ乗り出し、僚船が沈没したからと定員一杯の生徒を乗せたまま救助に向かった、という判断もお粗末に過ぎる。
そもそも辺野古沖移設埋め立てに反対する「活動」の何処が「平和学習」に当たるのか。それこそ反対運動の実地教育というべき「政治活動」の一部ではないのか。
世間には思い込みにより成立する様々な学問や社会活動がある。「福祉社会デザイン」という学問も「現在社会は誰もが尊重されていない安心して暮らせない社会だ」という思い込みにより成立する。それは現在の行政を否定することから始まる。また「若者の政治参画を支援する」必要があると考える「思い込み」も若者が政治から疎外されているとの思い込みにより成立する社会活動だ。それもまた現在の行政を否定することから始まる。だからたかまつ氏と林氏には共通の「現行行政または政権に対する思い込み」がある。その「思い込み」が政治的中立に関する「中立」の水準器を狂わせているとしか思えない。それもまた私の強い思い込みかもしれないが。つまり社会科学とはそのような「相対的価値観」でしかないものだ。だからこそ教育関係者は常に「政治的中立」の水準器を意識して児童生徒の教育に当たらなければならない。