辺野古沖埋め立て事業に抗議するのは「平和学習」か。

<名護市辺野古沖で船が転覆し、同志社国際高校の女子生徒ら2人が死亡した事故を巡り、松本洋平文科相は同校の教育内容が政治的中立性を定めた教育基本法に反するとの考えを示した。
  文科省が政治的中立性を理由に同法違反と認定するのは初めてだ。
  文科省は、学校への調査で、(1)事前学習を含め特定の見方や考え方に偏っていた(2)抗議船として使用される船で見学した(3)研修旅行のしおりに市民団体による座り込みをお願いする文書を掲載していた-ことなどを挙げ、教育基本法14条2項に反するとした。
  同校は、開校当初から平和学習のため沖縄を訪れている。熱心に取り組んできた平和学習が教育基本法に反するとは、思いもよらなかったに違いない。
  学校側は、年間を通じて実施する平和学習で、基地問題以外にもさまざまな内容を扱い、政治的中立性は確保していると主張している。
  沖縄戦など総合的に取り組む同校の平和学習を、辺野古の視察をもって教育基本法に反すると決めつけるのは乱暴ではないか。
  同法16条には「教育は不当な支配に服することなく」行われるべきと明記されている。権力の教育への介入は極めて慎重でなければならない。
  学校側に不適切な対応があったのは否定できないが、教育基本法が定める政治的中立性を逸脱するものがあったという政府の判断には疑問が残る。
 ■ ■ 
 2015年の初等中等教育局長通知では、「学校が政治的中立性を保ちつつ、現実の具体的な政治的事象を取り扱う」ことを推奨している。生徒が有権者として自ら判断することを重視したものだ。
  今回の文科省の見解により、平和学習そのものが萎縮するのではないかと懸念する。
  辺野古の現場は、沖縄の基地の過重負担を象徴する場所であり、地方自治や民主主義、日米安保を考える場となっている。
  平和教育・学習は沖縄にとり重要だ。沖縄戦、その後の米軍統治という全国どこにもない歴史的な経験があり、その結果として現在も基地が集中し、米兵による事件・事故や騒音などの問題が生まれているからだ。
  平和学習では、賛否を含め多様な意見があることを前提に沖縄の課題を丁寧に伝えていかねばならない。
 ■ ■
  文科省は事前の安全確保策や危機管理が欠落していた点も指摘している。学校や市民団体の責任は重い。
  学校はコースの下見をしておらず、船に教員は乗っていなかった。保護者や生徒に事前にどのような船に乗るかも説明しておらず、文科省は学校の安全管理は著しく不適切だったと是正を求めた。
  二度と痛ましい事故を起こさせないためにも、徹底した捜査と学校現場の安全確保策、同時に、市民団体も対応のどこに問題があったのか、自己検証をしてもらいたい>(以上「沖縄タイムス」より引用)




[社説]辺野古研修「教育基本法違反」 平和学習の萎縮を懸念」との社説を沖縄タイムスが掲げた。極めて支離滅裂な社説と云わざるを得ない。
 なぜなら「徹底した捜査と学校現場の安全確保策、同時に、市民団体も対応のどこに問題があったのか、自己検証をしてもらいたい」と指摘している一方で、文科省の教育基本法違反として判断に対して「沖縄戦など総合的に取り組む同校の平和学習を、辺野古の視察をもって教育基本法に反すると決めつけるのは乱暴ではないか」とは如何なることだろうか。

 辺野古沖転覆事故は「事故」でしかなく、「政治的中立」を定めた教育基本法に抵触するものではない、との判断のようだ。普天間基地辺野古沖移設埋め立て事業反対運動のどこが「平和学習」だと云うのだろうか。
 沖縄タイムスは「「沖縄戦など総合的に取り組む同校の平和学習」としているが、沖縄戦を学習することの何処が平和学習なのか。米軍が日本に上陸して、沖縄防衛軍人及び民間人を大量虐殺したことが「平和学習」と結びつくのだろうか。

 さらに普天間基地辺野古沖移設埋め立て事業に反対する活動に共産党が賛助していることから、その活動は極めて「政治的」だ。つまり「反権力」の象徴という位置づけであって、政治活動そのものでしかない。
 先の大戦で米軍が沖縄に上陸して、熾烈な市街戦を演じたのは日本軍司令部の判断が誤っていた結果というべきだろう。それを以て平和学習だ、とするのには異を唱えたい。沖縄上陸戦で市民を巻き込んだ米軍は明らかにジュネーブ条約違反であって、そのことを一切指摘し非難してこなかった日本政府にも瑕疵がある、というべきだろう。だから沖縄戦の悲劇を「平和学習」とするのにも無理があるし、戦争の悲劇だけを強調する「平和学習」は祖国防衛意識を挫く効果しかもたらさない。戦争犯罪を犯した米軍の無法こそ指摘すべきだ。

 当時の、岩窟に避難した市民も含めて火炎放射器で焼き殺した米軍の非人道的な仕儀を、私たちは国際的の場で明確に批判すべきだ。曖昧に過ごして来た結果が沖縄戦の悲劇を伝えることが「平和学習」だと教育現場に勘違いさせ、勘違いさせることによって日本を弱体化させようとする内外勢力に教育が利用されている。それこそが「平和学習」の政治利用でなくして何だろうか。
 教育における政治的中立は断固として貫くべきだ。曖昧にして過ごすべき問題ではない。近隣諸国ではその国の歴史上ありもしなかった「対日戦勝利記念日」まで設けて、教育を政治利用している。そのことに対して、日本政府は正々堂々と史実を付して抗議すべきだ。先の戦争のすべてを曖昧にして過ごして来たツケを清算すべき時が到来したようだ。

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