小沢一郎氏はここ数年の日本国民のパラダイム・シフトを織り込んだ上での「新党」構想か。
<中道改革連合の小沢一郎前衆院議員が5月10日、自身のインスタグラムを更新した。投稿されたのは、立憲民主党岩手県連2026定期大会に出席した際の様子をまとめた写真。しかし、流れていたBGMが参政党支持層の間で“定番曲”として知られる『僕らは日本をあきらめない』だったことで、SNS上がざわつく事態となった。
「参政党と新党結成ですか」広がる憶測
「小沢氏が使用していた『僕らは日本をあきらめない』は、ロックバンド『ザ・マスミサイル』のボーカル・高木芳基氏が作詞・作曲を手がけていますが、作詞には参政党の神谷宗幣代表もかかわり、参政党が第50回衆院選でテーマソングとして使用していたことでも知られています。また、小沢氏が当日に身につけていたネクタイも、参政党カラーを連想させるオレンジ色だったため、“偶然とは思えない符号”がかさなり、さまざまな憶測が飛び交う事態となりました」(全国紙政治部記者)
この“意味深すぎる組み合わせ”に、ネット上では「もう政権交代できたらなんでも良いという心意気を感じますね」「参政党と新党結成ですか」「参政党とは対極に位置するのに、何を血迷ったか」など、困惑や憶測の声が噴出した。
憶測が広がった背景には、小沢氏がこれまで歩んできた“政界遍歴”が大きく影響している。
「小沢氏は1969年に初当選して以降、自民党を皮切りに、新生党、新進党、民主党、国民の生活が第一、日本未来の党、生活の党など、これまで10もの政党を渡り歩いてきた人物です。政界再編のたびに中心人物として動いてきたことから、“壊してつくる政治家”とも評されてきました。良くも悪くも“政界再編の象徴”的な存在であり、ちょっとした言動でも“何か意図があるのでは”と深読みされやすい。小沢氏本人が参政党へのシンパシーを表明したわけではありませんが、今回のような“意味深投稿”に敏感に反応する人は多いでしょう」(政治ジャーナリスト)
小沢氏は、5月8日に自身が会長を務めるグループ「一清会」の新事務所を国会近くに開設したばかり。永田町では、“次”に向けて再び動き始めたのではないかとの見方も出ている。
「事務所開きの際の記者団からの質問に小沢氏は、中道に関して“政権交代を目指す勢力になり得ない”と断言した一方、“みんなが新しい集団をつくり上げなきゃ駄目だと思うかもしれない。新党は方法論の一つの帰結だ”と、新党結成に含みを持たせるような発言もしていました。ただ、“新党ありきの話ではない”とも述べており、さまざまな余地を残した形です」(同・政治ジャーナリスト)
83歳となった今も、なお“何かを企んでいそう”と思わせる小沢氏。投稿に添えられていた《#小沢イズム》というハッシュタグが、皮肉めいた意味合いを帯びている――。>(以上「週刊女性PRIME」より引用)
「「何を血迷ったか」小沢一郎氏の参政党“匂わせ”意味深投稿で広がる「新党結成」の憶測」との記事が出たが、小沢氏が参政党に接近したとしても別に驚くに値しない。なぜなら小沢氏の政治の出発点は自民党「田中派」だったからだ。
「参政党と新党結成ですか」広がる憶測
「小沢氏が使用していた『僕らは日本をあきらめない』は、ロックバンド『ザ・マスミサイル』のボーカル・高木芳基氏が作詞・作曲を手がけていますが、作詞には参政党の神谷宗幣代表もかかわり、参政党が第50回衆院選でテーマソングとして使用していたことでも知られています。また、小沢氏が当日に身につけていたネクタイも、参政党カラーを連想させるオレンジ色だったため、“偶然とは思えない符号”がかさなり、さまざまな憶測が飛び交う事態となりました」(全国紙政治部記者)
この“意味深すぎる組み合わせ”に、ネット上では「もう政権交代できたらなんでも良いという心意気を感じますね」「参政党と新党結成ですか」「参政党とは対極に位置するのに、何を血迷ったか」など、困惑や憶測の声が噴出した。
憶測が広がった背景には、小沢氏がこれまで歩んできた“政界遍歴”が大きく影響している。
「小沢氏は1969年に初当選して以降、自民党を皮切りに、新生党、新進党、民主党、国民の生活が第一、日本未来の党、生活の党など、これまで10もの政党を渡り歩いてきた人物です。政界再編のたびに中心人物として動いてきたことから、“壊してつくる政治家”とも評されてきました。良くも悪くも“政界再編の象徴”的な存在であり、ちょっとした言動でも“何か意図があるのでは”と深読みされやすい。小沢氏本人が参政党へのシンパシーを表明したわけではありませんが、今回のような“意味深投稿”に敏感に反応する人は多いでしょう」(政治ジャーナリスト)
小沢氏は、5月8日に自身が会長を務めるグループ「一清会」の新事務所を国会近くに開設したばかり。永田町では、“次”に向けて再び動き始めたのではないかとの見方も出ている。
「事務所開きの際の記者団からの質問に小沢氏は、中道に関して“政権交代を目指す勢力になり得ない”と断言した一方、“みんなが新しい集団をつくり上げなきゃ駄目だと思うかもしれない。新党は方法論の一つの帰結だ”と、新党結成に含みを持たせるような発言もしていました。ただ、“新党ありきの話ではない”とも述べており、さまざまな余地を残した形です」(同・政治ジャーナリスト)
83歳となった今も、なお“何かを企んでいそう”と思わせる小沢氏。投稿に添えられていた《#小沢イズム》というハッシュタグが、皮肉めいた意味合いを帯びている――。>(以上「週刊女性PRIME」より引用)
「「何を血迷ったか」小沢一郎氏の参政党“匂わせ”意味深投稿で広がる「新党結成」の憶測」との記事が出たが、小沢氏が参政党に接近したとしても別に驚くに値しない。なぜなら小沢氏の政治の出発点は自民党「田中派」だったからだ。
むしろ小沢氏が立憲党に籍を置いている方が奇異に思える。そして小沢氏が民主党代表だった当時、2009年民主党マニフェストに記述した政策は現在の立憲党の政策とは大きく乖離している。たとえば、農家の戸別所得補償制度は自民党内の一部勢力の政策と似通っている。日本の農業の未来を考えるなら、農家の戸別所得補償か農産品の全量買取を真剣に考えなければならない時期に来ている。
そもそも、小沢氏の国家観は親中派・中道改革連合とは相容れないのではかったか。40年近く前に小沢一郎氏が記した『日本改造計画』(1993年刊)は、田中角栄の「日本列島改造論」(1972年)とは異なり、ハード(インフラ)ではなくソフト(政治・経済システム)の抜本的改革を提唱したものだった。その中で小沢氏は新自由主義的な規制緩和、二大政党制、首相官邸の強化などを訴え、冷戦後の日本改革論として大きな反響を呼んだ。
それから40年経過して『日本改造計画』の功罪が明らかになり、小沢氏は『日本改造計画』の改訂版を現実政治で実施する必要に迫られている。特に外国人労働移民という究極の新自由主義により、日本の労働環境が破壊され日本の伝統や文化までも破壊されようとしている。こうした激変する日本の現実を政治面から再び『日本ファースト』を実行するために、小沢氏は『日本改造計画』を書き直さなければ、彼の政治家人生の幕引きをするわけにはいかないのではないか。
嗅覚鋭い小沢氏なら政治のパラダイムが大きく転換したのに気付かないわけがないだろう。なぜ参政党が支持を伸ばし、高市氏が政権成立後数ヶ月を経ても圧倒的な支持率を誇っているのか。そして立憲党が歴史的な大敗を喫して、多くの立憲党の立役者たちが政界から退出させられたのか。既に日本国民の多くは旧態依然とした「批判勢力としての野党」のあり方に嫌悪感を抱いている。そうしたことも小沢氏は敏感に嗅ぎ取っているのか。
小沢氏が目指す「新党」が如何なるものか明らかではないが、民主党や中道改革連合、といった与党批判に終始する政党であってはならない。現在の参政党の大躍進を「戦前回帰」と揶揄する前世紀の遺物のような政治評論家がいるが、歴史は似たようなことを繰り返しながら螺旋階段状に推移する。先の大戦により茫然自失した日本国民がGHQが恐怖とともに刷り込まれた自虐史観を「戦後民主主義」として信奉させられてきたが、日本そのものが外国人労働移民によって破壊される様を目の当たりにして、やっと自虐史観から覚醒した。
国民が情報を得る手段としてオールドメディアしかなかった頃は、オールドメディアを支配すれば国民を洗脳できるが、しかしネットが普及した現在では国民を自虐史観の枠内に閉じ込めておくことは不可能だ。
広く情報を手に入れるようになると、国民はオールドメディアが流布する情報のマヤカシに気付くようになった。さらに大量の外国人移民によって、日本そのものが溶解し変貌する危機感を共有するようになった。ことに若い層ほど自虐史観に毒されてないだけ、日本が異なるモノに変貌しつつある危機感を強く抱いている。
いかにオールドメディアが「日本が悪うございました」と自虐史観で日本国民を洗脳しようとしても、当時の国際情勢と国際常識からすれば戦前の日本政府の判断は必ずしも「悪」くはなかった。いや、戦争を回避して米国の植民地になるよりはマシだと判断して死地へと赴いた先人たちの悲壮な決意こそ尊い、と思うようになっている。
日本国民のパラダイムは確実にシフトした。もはや韓国民が「日本は韓国を植民地支配した」と併合時代を批判しても、実際は朝鮮半島の近代化のために当時の日本は多大な投資を行った事実を知っている。欧米列強が有色人種を奴隷として使役し、植民地を搾取したことと比べれば、日本の統治がどれほど「天と地」ほど差異があることか。朝鮮人は日韓併合を感謝すれこそ、恨を覚える必要はない。そうした事実を大量の史料から日本国民の多くは知っている。中共政府の中国が建国したのは1948年で、日本は中共政府の中国と戦争したことはない。そうした事実も、多くの日本国民はネットの史料から知り得た。まさにネットが日本国民のパラダイムをシフトさせた。だから高市政権の支持率は若い層ほど高いのだ。その反対に立憲党を支持する主な層は60歳以上だ。その政党に未来はあるのか。なぜ立憲党改め中道改革連合が大敗したのか、小沢氏は敗因分析を終えた上での動きなのだろうか。