少子化は日本の近未来にとって喫緊の大問題として、国民的な議論を巻き起こすべきではないだろうか。
<子どもの数が減り続けている。総務省によると15歳未満の子どもの数(4月1日現在)の推計は、前年より35万人少ない1329万人だった。減少は45年連続だ。
1950年には35.4%だった総人口に占める子どもの割合も10.8%にまで下がった。国際的にみても最低水準だ。
少子化はすでに、日本の常態といえる。これを変えるには、結婚や出産の希望を阻んできた社会の仕組みそのものの常態を変えなければならない。
きっかけのひとつとなりうるのが、今年度からの「子ども・子育て支援金」だ。公的医療保険料に上乗せして広く国民と企業から徴収し、支援の財源にあてる。「独身税」といった批判もあるが、結果的に子どもが増え社会保障制度が維持・継続されれば、恩恵は国民全体に及ぶ。社会全体で子育てを支える意義を、政府はもっと説明すべきだ。
支援金を充てる新しいサービスに「こども誰でも通園制度」がある。専業主婦家庭などの育児不安を軽減し、子どもが家族以外の人と接しさまざまな経験をする場となることが期待される。
これまでも預けられる事業はあった。しかし「子育ては家族の責任」「家にいるのに人に預けるなんて」などの古い意識が若い世代を苦しめてきた。こうした意識が変わることも期待したい。
子どもは家庭だけで日々を過ごすのではない。良好な育ちの場を地域に増やすことは欠かせない。安全に遊べる公園や、小学校に入った後の朝や放課後の居場所づくりなども急務だ。地域住民が関われる場も増えるだろう。
企業の取り組みはいっそう重要だ。長時間労働を前提とした働き方では、私生活と両立しにくい。「共働き・共育て」しやすい職場へ転換できるかは、企業の人材獲得・定着にもかかわるはずだ。
若い世代の経済基盤の安定は、すべての基礎になる。非正規の処遇改善や正規への移行も官民あげて進めたい>(以上「日経新聞」より引用)
1950年には35.4%だった総人口に占める子どもの割合も10.8%にまで下がった。国際的にみても最低水準だ。
少子化はすでに、日本の常態といえる。これを変えるには、結婚や出産の希望を阻んできた社会の仕組みそのものの常態を変えなければならない。
きっかけのひとつとなりうるのが、今年度からの「子ども・子育て支援金」だ。公的医療保険料に上乗せして広く国民と企業から徴収し、支援の財源にあてる。「独身税」といった批判もあるが、結果的に子どもが増え社会保障制度が維持・継続されれば、恩恵は国民全体に及ぶ。社会全体で子育てを支える意義を、政府はもっと説明すべきだ。
支援金を充てる新しいサービスに「こども誰でも通園制度」がある。専業主婦家庭などの育児不安を軽減し、子どもが家族以外の人と接しさまざまな経験をする場となることが期待される。
これまでも預けられる事業はあった。しかし「子育ては家族の責任」「家にいるのに人に預けるなんて」などの古い意識が若い世代を苦しめてきた。こうした意識が変わることも期待したい。
子どもは家庭だけで日々を過ごすのではない。良好な育ちの場を地域に増やすことは欠かせない。安全に遊べる公園や、小学校に入った後の朝や放課後の居場所づくりなども急務だ。地域住民が関われる場も増えるだろう。
企業の取り組みはいっそう重要だ。長時間労働を前提とした働き方では、私生活と両立しにくい。「共働き・共育て」しやすい職場へ転換できるかは、企業の人材獲得・定着にもかかわるはずだ。
若い世代の経済基盤の安定は、すべての基礎になる。非正規の処遇改善や正規への移行も官民あげて進めたい>(以上「日経新聞」より引用)
「[社説]子育ては社会全体の責任だ」との社説に意味不明さを感じる。少子社会を嘆いているのに、書いている内容は「子育て」だからだ。しかも、子育ては『社会全体の責任』だという。いやいや子育ては両親が第一義的責任者で、次の親族や地域の責任ということになりはしないだろうか。
意味不明な論理を玩ぶから、問題の本質が見えなくなってしまう。社会全体の責任ということは個々人の、誰の責任でもないことになるからだ。両親の責任ですらなくなるのは恐ろしいことだ。それこそ「家」や「家族」の崩壊を目論む「夫婦別姓」活動家の論理と符合するのではないだろうか。
日本が少子化している問題は日本政府の問題だ。若者が希望を持って積極的に異性と婚姻し家庭を営む環境整備をして来なかった日本政府の責任は重大だ。日本の少子化を補う形で、外国人移民を促進して来たのは二重の意味で日本の少子化促進策だった。
日本社会が人手不足になれば、人手確保のために企業は賃金を上げ、様々な労働環境を良くする。しかし安易に外国人労働移民を採用したため、企業は賃上げよりも外国人労働者の雇用を優先した。結果として企業利益は上がり株主配当は増えたものの、労働者の所得は一向に増えなかった。ことに若者の貧困化が婚姻を躊躇させ、婚姻数が減少することによって少子化が深刻化した。
現に日本の40歳(40〜44歳)の未婚率は、2020年国勢調査によると男性が約31%〜32%、女性が約19%〜20%で、40代前半の男性では3人に1人、女性では5人に1人が未婚とい深刻な状況だ。
人口ピラミッドを見れば、日本の人口構成がどれほど歪か一目瞭然だ。
経済的な要因については種々論じられているから繰り返さないが、国民とりわけ若者の貧困化が最大の原因だ。個人所得が減少すれば当然ながら可処分所得が減少して、異性とのデートに消費する余裕すらない。若者たちは日々を生きるのが精一杯という状況で、異性と付き合って婚姻に到ることなど考えられない。
今一つの原因は社会的な理由からではないだろうか。子育ては経費が掛かる。大学卒業まで養育すると想定すれば、数千万円も必要になるだろう。それでは高校無償化すれば良いではないか、と政治家は考えて無償化を推進している。だが学校の授業料は子供関係費用の極めて一部だ。
たとえば夫婦と子供二人の一家団欒で外食すれば一回でおよそ一万円かかる。ディズニーランドへ出掛ければどれほどの予算が必要か、考えただけで「無理」と判断するしかない。ましてや地方の家族が一泊で東京ディズニーランドへ行った場合、どれほどの予算が必要か、お解りだろうか。
税制で養育費控除は一般の控除対象扶養親族(16歳〜18歳(高校生))で38万円、特定扶養親族(19歳〜22歳(大学生等))で 63万円となっている。しかし子供を養育するのに年間38万円で何が出来ると云うのだろうか。かつて通学で公共交通機関を利用した場合「学割」は約50%もあったが、現在は殆ど割引はない。大学生等は63万円の扶養控除だが、国立大学の授業料ですら値上がりして、現在では63万円という大学も珍しくない。団塊の世代が大学生当時、国立大学の授業料は月額千円、年間で1万2千円だった。
手厚い子供手当を支給すると云うが、すべての物価高騰が益々子育てを困難なものにしている。少子化をなくすために子供三人を育てた場合、夫婦がどれだけ生活を切り詰めることになるか、具体的なモデルで計算してみれば良い。若者たちがそうしてまで子供を育てるよりも、夫婦二人の暮らしを充実させて老後は年金で暮らせば良いし、年金額が少ないなら生活保護を申請すれば良い、と考えるようになると日本はいよいよ衰退するだろう。
政策予測で間違いない確たるものの一つは人口予測だ。現在の人口ピラミッドを見る限り、日本は今後30年間人口減が続くのは間違いない。これほど深刻な問題が提示されていて、子供関係の予算が活動家などの冗費や「会議費」に消えている現実に驚く。
なぜ確たる子育て世帯に行き渡る具体的な予算措置を実行しないのだろうか。全国にある「こども食堂」の実態を政治家諸氏は何と考えているのだろうか。子供の五人に一人は貧困家庭だという。ことにシングルマザーの子供たちは悲惨だ。なぜ直接支給を考えないのだろうか。「学割」に関しても、通学で「定期券」を購入した場合は、それを行政窓口に提示すれば「半額」を給付するようにすれば、簡単に出来ることではないか。授業料も大学に子供を進学させることが、日本の未来にとって必要なことは明らかだから、支払った授業料の何割かを補助すれば良い。そもそも所得税の扶養者控除金額は余りにだとは思わないのだろうか。
少子化は日本の近未来にとって喫緊の大問題として、国民的な議論を巻き起こすべきではないだろうか。