子供を預かるすべての機関は「安全確認」を徹底すべきだ。
<米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先、同県名護市辺野古沖で16日、移設に抗議する人たちが普段使用する船2隻が転覆し、海に投げ出された男女2人が死亡した事故で、亡くなった女子生徒が通っていた京都府の同志社国際高は同日、産経新聞の取材に「抗議団体だからこの船を選んだということはない」と回答した。会見や保護者会などの日程は未定だという。
同高によると、沖縄への旅行自体は開校当初から実施しているが、辺野古に行くようになった経緯などは不明だとしている。同高は「チャーターするにあたって何らかの理由でそこになったという形だと思う。運航主体は把握していない」と説明した。
辺野古のコースに参加したのは37人だが、結果的に36人が乗船予定で、18人ずつ前後半にわけて見学することになっていたが、前半の18人が転覆事故に巻き込まれたという。>(以上「産経新聞」より引用)
「「抗議団体だから選んだわけではない」転覆船乗船の同志社国際、開校当初から沖縄へ旅行」との見出しに学校当局の責任の所在と有り方に疑問を呈する。
当時、沖縄地方は波浪注意報が出ていたという。3月中旬の沖縄周辺の平均的な海水温は20℃〜22℃前後とされているが、大波が来るような悪天候下であったため、体感温度は低かったとおもわれる。そのような低体温症のリスクがある状況で岸から1.5km沖合に出るとは常識を欠く行為だったのではないか。
たとえボランティアであっても、修学旅行生が乗船していた小型船が営利目的(有料)で人を運ぶ場合は「不定期航路事業者」として運輸局への届け出や許可が必要なのは云うまでもない。
同高によると、沖縄への旅行自体は開校当初から実施しているが、辺野古に行くようになった経緯などは不明だとしている。同高は「チャーターするにあたって何らかの理由でそこになったという形だと思う。運航主体は把握していない」と説明した。
辺野古のコースに参加したのは37人だが、結果的に36人が乗船予定で、18人ずつ前後半にわけて見学することになっていたが、前半の18人が転覆事故に巻き込まれたという。>(以上「産経新聞」より引用)
「「抗議団体だから選んだわけではない」転覆船乗船の同志社国際、開校当初から沖縄へ旅行」との見出しに学校当局の責任の所在と有り方に疑問を呈する。
まず転覆した船体を確認していただきたい。
上が平和丸(定員12名)と下が不屈丸(定員10名)だ。この貧弱な船に定員一杯の高校生を乗船させて、平均波高2mの高波警報の出ている海へ出港したというから驚きだ。
平均波高2mということは時には4mの波が押し寄せる状態だ。波高2mですら舷側を乗り越える高さではないか。そのような「小型船」で「平和学習」をしている、という実態を学校当局は知っていたのだろうか。
しかも船舶に13人以上の乗客では旅客船となり運輸免許が必要だし、また定員12人以下でも遊覧業務をおなうものであれば、遊漁船の免許が必要となる。しかし、「平和学習」を依頼した団体はそうした運輸局の免許等を取得していなかった。
そもそも「平和学習」と普天間基地の辺湖沖移設用地の工事状況の視察が「学習目的」と合致しているのだろうか。普天間基地を辺野古沖へ移設するのは市街地の基地の危険性を少しでも除くために辺野古へ移す「移設事業」ではないか。それは普天間基地の危険性排除のための工事であって、平和を侵害するものではない。辺野古沖移設事業が「平和」を損なうものだというのなら、その論拠を学校当局は厳しく問うべきではなかっただろうか。
人の運送に関する登録: 有償・無償に関わらず、反復継続して人を運送する場合は、本来「旅客航路事業」の許可や「人の運送をする不定期航路事業」の届出が必要だ。今回の事故では、運航団体が沖縄総合事務局への登録を行っていなかった。今回の事故を巡っては、特に「運輸局への事業登録の有無」や「安全管理体制の不備」が大きな争点となる。
また学校当局は牧師が運転する小型船舶の船長だから、三年前から辺野古沖移設事業を海上から視察する「平和学習」を実施して来たという。件の団体は「平和学習」と称して年間約200人前後もの生徒を受け入れていたという。このような実態を沖縄総合事務局が知らなかったとでもいうのだろうか。
事故を起こした小型船を見て頂きたい。このような舷側の低い船で生徒を10人も乗せて波高2mの外洋へ乗り出すのは非常識というべきだ。亡くなった船長は「業者」として適切な安全管理学習を受けていたのだろうか。
また小型船に教員が乗船してなかったというが、修学旅行の実施に対して、学校当局は適切な人員を配置していたのだろうか。「平和教育」という名の下に、どのような「教育」をしていたのか、学校当局は「平和教育」のあり方を厳しく問われるべきではないか。そして何よりも、生徒の安全に最大限配慮した、楽しく学び記憶に残る修学旅行にすべきだ。
亡くなられた生徒と牧師に、こころから哀悼の意を申し上げます。