舛添氏が見ている政治は2009年当時の景色のままのようだ。

<自民党政権が少数与党に転落してから、日本の政治は大きく変わりつつある。今は、衆議院では、維新に加えて、無党派議員などを加えて、何とか過半数を超えたが、参議院では少数与党のままである。

安定政権とはほど遠い現状
 私は、2007年から2009年まで厚生労働大臣を努めたが、参議院の多数派は野党であった。いわゆる「ねじれ国会」である。法案を通すのに苦労したことをよく覚えている。そして、    
 2009年夏の総選挙で自民党は大敗し、民主党への政権交代となった。3年余続いた民主党政権は、2012年12月の総選挙で惨敗し、自民党が政権に復帰した。2024年11月に発足した石破内閣は、衆議院で少数与党であり、厳しい政権運営を迫られ、短命に終わった。
 自民党と公明党の連立政権が十分な過半数を確保し、安定した政権運営ができる状況は終わった。政策ごとに多数派を形成することが必要になったのである。しかし、それは安定政権とはほど遠い。
 国民民主党は、補正予算案に賛成するなど、与党的な対応をしてきた。しかし、世論調査でも、連立政権入りを促す意見は3分の1にすぎない。この政党が政権入りするには、労働組合の連合との関係が問題となる。立憲民主党とともに、国民民主党の支持基盤は連合である。連合との関係をどうしていくかが、国民民主党の課題であるが、選挙のことを考えれば手を切るのは難しい。
 また、公明党と違って、維新は閣僚を出していない。それだけに、連立から離脱するときのハードルは高くない。維新が最優先課題として求めている議員定数の削減は、今国会では成立しなかった。削減法案は、来年になっても容易には成立しないであろう。

政治家と官僚の関係にも変化が
 多党化もまた今の現象である。その点との絡みでも、選挙制度を小選挙区制から中選挙区制に変更すべきだという意見も出てきている。多数の政党が候補者を立てる場合、小選挙区制では死票が多くなり、民意が正確に反映できないという問題がさらに重くなる。
 私は、中選挙区制に変更すべきだという意見である。1選挙区3~5人が定数となる。そうなれば、少数政党でも当選する可能性が高まる。
 政治家と官僚の関係にも変化が見られる。自公政権のときに比べて、官僚の発言力が低下している。私が国会議員であった時代を振りかえると、政策は政治家と官僚が共同して策定していた。政治家は、有権者の要望を反映させる政策を推進しようとするが、官僚は、その政策の問題点を的確に指摘する。その結果、マイナスの副作用を生まないような政策ができていく。
 幹部政治家も、その点はよく理解し、党内をまとめた。私は、参議院自民党の政審会長を務めたが、そのような事例は枚挙に暇がなかった。
 ところが、今は、自民党と維新のみならず、その他の政党の意見とも調整せねばならず、それは政治主導となる。そのため、官僚の良識が効きにくくなっている。日本の政治は、大きな転換点にさしかかっている。>(以上「現代ビジネス」より引用)




高市政権、高支持率なのに「政治の混乱待ったなし」と断言できる理由…政策にもすでにひずみが」との見出しに舛添 要一(国際政治学者)氏の本心を見た。なぜなら高市政権は高支持率を維持している上に、国会議員数でも維新と国民と足並みを揃えていて、衆参ともに不安要素は何もない。
 舛添氏は「政治の混乱待ったなし」と予測しているが、どうやらそれは舛添氏の「期待」でしかないようだ。舛添氏が自民党議員だった当時の「少数与党」時代の野党と、現在の「少数与党」を取り巻く野党は根本的に異なるからだ。

 2009年当時の自民党に対峙する野党は55年体制の続きだった。いわゆる革新派と称された社会党と保守党と呼ばれた自民党の二大政党が存在していた時代の名残で、社会党が民主党に名称変更したような時代だった。
 自民党は保守政党を自任していたが、靖国参拝する国会議員は少数派だった。そうした意味では真の保守政党とは言い難い。自民党の中に「野党」が存在する、といわれるほど幅広い政治理念の持ち主を包含していた。

 現在でも、自民党には靖国参拝しない親中派と呼ばれる国会議員が多数いる。それに対して、野党にはすべての国会議員と首都圏近郊の地方議員も靖国神社を参拝する参政党や保守党が出現している。平均的な自民党よりももっと保守的な政党が野党に出現したことにより、自民党の非親中政治家・高市早苗氏が総理大臣に成ったことで、新しい予野党連携の政権が出現することになった。現在は維新と国民党と連合ないし部分連合を組んで、政策実現に邁進している。
 ただ連携政権だから政策の選択肢が狭まったのかというとそうではない。むしろ高市政権の政策選択肢が広がった、というより親中派政権が左傾化していたのと異なり、真っ当な国民政党として国民の希望する政策へと大きく舵を切った。

 その代表的な例が暫定税率の廃止だ。石破内閣当時に三党合意していたが、石破政権は暫定税率廃止を棚ざらしして、手を付けようとしなかった。しかし高市政権は政権樹立後一月もしないうちに手を付けて、二ヶ月後には成立させた。この迅速さには目を見張るものがある。
 そして国民党と連携して103万円の壁を176万円に引き上げる法案を成立させて、来年の確定申告から適用される運びになった。この手際よさに国民は「政治が変わった」と確信し、高市政権の支持率が高止まりしている。

 舛添氏も日本の政治が転換点に差し掛かっている、と認識しているようだが、「今は、自民党と維新のみならず、その他の政党の意見とも調整せねばならず、それは政治主導となる。そのため、官僚の良識が効きにくくなっている」と、彼は現実を全く見ていないようだ。暫定税を50年以上も続けて来たのが「官僚の良識」だとでもいうのだろうか。それは国民から税や社会保険という第二の税を搾取し、経済成長を抑制して国民を貧困化させ国家を衰退化させた「失われた35年」が「官僚の良識」だとでもいうのだろうか。それは「官僚のエゴ」であって、「財政」という木を見て「国家経済」という森を見ない、財務省のエゴでしかない。
 日本国家を繁栄させ、国民所得を増やすためには仁徳天皇の治世に学ぶべきだ。つまり消費税を廃止して経済の主力エンジンたる個人消費を活性化することこそが最重要課題だ。そうした政策選択は現在の官僚に毒された議員が多数いる自民党単独では無理だ。しかし消費税廃止を訴える国民党や段階的な廃止を訴える参政党が加われば、決して出来ない相談ではない。

 つまり税制は経済政策の一つの選択肢でしかない、という政治思想を共有する国会議員が連立政権の下に参集して、政策を推進することが可能だ。それも自民党が単独過半数なら政調会や総務会などで大混乱に陥るが、予算成立のために連立を組まざるを得なければ、野党案を呑まざるを得ない。高市政権の日本経済を成長させる、という第一命題を完遂するために、少数与党であることは決して不遇を囲うことではない、というパラドックスが成立する。官僚支配下で「失われた35年」を経験した日本は、そろそろ官僚支配から脱却して政治家主導の政治を取戻さなければならない。ちなみに消費税廃止の財源は経済成長だ。もちろん法人税を旧に復し、資産所得の分離課税を廃止して総合所得課税とすべきことも併せて実施すべきだ。

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