農政の切り札は「直接支払い」か「収入保険」ではなく、農家の戸別所得保障制度の導入に転換すべきだ。
<小泉進次郎農林水産大臣のもとでコメ価格は下がるのか。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「小泉大臣は、備蓄米で足りないときには輸入を拡大しようとしている。供給量が増えれば、コメの値段は下がるので賛成だ。だが、農水官僚にだまされて問題の本質をとらえきれていない点が心配だ」という――。
「コメを買ったことがない」前大臣とは大違い
小泉農水相になってからの備蓄米放出は世間から好意的に受け止められている。
これ自体は全体のコメの値段を下げることにどれだけ役に立つかどうかは疑問である。しかし、備蓄米を放出してもコメの値段が下がらないような仕組みにした前大臣と違って、消費者から遠いJA農協ではなく直接スーパーや小売店に販売したこと、供給量を増やさないようにする放出後の買い戻し要件を撤回したことは評価できる。前よりも迅速に消費者に届くようになったし、米価が下がらないような仕組みを排除した。
さらに、備蓄米で足りない場合には、輸入を拡大しようとする考えにも大いに賛成である。
供給量を増やさなければ、コメの値段は下げられない。残った備蓄米30万トンには4年古米(古古古古米)が含まれる。消費者に食べさせられるかどうか不安である。国産米の供給でコメの値段を下げられないなら、輸入を増やすしかない。農林族議員は反対しているようだが、1年限りの緊急避難的措置である。彼らには「あなたは1993年の平成のコメ騒動の時に260万トンものコメ輸入に反対しましたか?」と問えばよい。
何よりもコメの値段を下げようとする意思が感じられる。農林族議員だった前大臣には、そのような気持ちは感じなかった。だからコメを買ったことがないという発言になったのだろう。前大臣だったら輸入を増やすことはしなかっただろう。
備蓄米がなくなると災害時に対応できなくなるのではないかという主張があるが、心配する必要はない。そのときは今回のように輸入すればよい。平成のコメ騒動のときは輸入で対応した。すぐに対応できないのではないかという心配もあるかもしれないが、まずは民間在庫で対応して、後に輸入して在庫を積みなおせばよい。
そもそも100万トンの備蓄米は危機の時にほとんど役に立たない。中国はコメ1億トン、小麦1億4000万トンの備蓄を用意している。日本の備蓄米は毎年20万トン市場から買い上げて米価を維持しようとする不純な動機から行っているものだ。
卸売業者の利益が増えたワケ
しかし、気になることがある。
第一点は、ある大手卸売業者の営業利益が前年比500%となっていることや最大で「五次問屋」まで存在することを指摘して、「流通が問題である」と主張していることだ。
なぜ、営業利益が増加しているのだろうか? これを分析しないで、単に卸売業者が儲けているのはけしからんという情緒的な対応になっていないだろうか?
コメのように鮮度が重要な食品や農水産物の場合、販売のルールは“先入れ先出し”である。古いものから販売していくということである。そうしなければ、腐ったり食味が落ちたりしてしまう。
卸売業者がJA農協から昨年買っていたコメ(令和5年産米)の相対価格は、1万5000円台だった。ところが現在、卸売業者は玄米60kgあたり2万7000円でJA農協から買っている。1年間で8割も上昇したのだ。

図表=農水省HPより
小売り段階では、精米価格5kgあたり2500円だったものが4200円となっている。

図表=農水省HPより
この価格に合わせて卸売業者全体が高い価格でスーパー等に売っている。ある卸売業者が買ったときの値段が安かったからといって、安く売れば、スーパーがいま売れる価格にあわせて販売し、利益を上げるだけだ。価格というのは、需要と供給で決まる。需要が高いものについて供給が足りなければ、価格が上がるのは経済学の常識だ。
「JAと農水省の逆襲がはじまった…小泉進次郎の「2000円の備蓄米」にうごめく"農政利権"の次の標的ーー大臣を一人ぼっちにさせてはいけない」とは奇妙な見出しだ。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下 一仁氏が書いたものだが、論理的に矛盾していないか。
「コメを買ったことがない」前大臣とは大違い
小泉農水相になってからの備蓄米放出は世間から好意的に受け止められている。
これ自体は全体のコメの値段を下げることにどれだけ役に立つかどうかは疑問である。しかし、備蓄米を放出してもコメの値段が下がらないような仕組みにした前大臣と違って、消費者から遠いJA農協ではなく直接スーパーや小売店に販売したこと、供給量を増やさないようにする放出後の買い戻し要件を撤回したことは評価できる。前よりも迅速に消費者に届くようになったし、米価が下がらないような仕組みを排除した。
さらに、備蓄米で足りない場合には、輸入を拡大しようとする考えにも大いに賛成である。
供給量を増やさなければ、コメの値段は下げられない。残った備蓄米30万トンには4年古米(古古古古米)が含まれる。消費者に食べさせられるかどうか不安である。国産米の供給でコメの値段を下げられないなら、輸入を増やすしかない。農林族議員は反対しているようだが、1年限りの緊急避難的措置である。彼らには「あなたは1993年の平成のコメ騒動の時に260万トンものコメ輸入に反対しましたか?」と問えばよい。
何よりもコメの値段を下げようとする意思が感じられる。農林族議員だった前大臣には、そのような気持ちは感じなかった。だからコメを買ったことがないという発言になったのだろう。前大臣だったら輸入を増やすことはしなかっただろう。
備蓄米がなくなると災害時に対応できなくなるのではないかという主張があるが、心配する必要はない。そのときは今回のように輸入すればよい。平成のコメ騒動のときは輸入で対応した。すぐに対応できないのではないかという心配もあるかもしれないが、まずは民間在庫で対応して、後に輸入して在庫を積みなおせばよい。
そもそも100万トンの備蓄米は危機の時にほとんど役に立たない。中国はコメ1億トン、小麦1億4000万トンの備蓄を用意している。日本の備蓄米は毎年20万トン市場から買い上げて米価を維持しようとする不純な動機から行っているものだ。
卸売業者の利益が増えたワケ
しかし、気になることがある。
第一点は、ある大手卸売業者の営業利益が前年比500%となっていることや最大で「五次問屋」まで存在することを指摘して、「流通が問題である」と主張していることだ。
なぜ、営業利益が増加しているのだろうか? これを分析しないで、単に卸売業者が儲けているのはけしからんという情緒的な対応になっていないだろうか?
コメのように鮮度が重要な食品や農水産物の場合、販売のルールは“先入れ先出し”である。古いものから販売していくということである。そうしなければ、腐ったり食味が落ちたりしてしまう。
卸売業者がJA農協から昨年買っていたコメ(令和5年産米)の相対価格は、1万5000円台だった。ところが現在、卸売業者は玄米60kgあたり2万7000円でJA農協から買っている。1年間で8割も上昇したのだ。

図表=農水省HPより
小売り段階では、精米価格5kgあたり2500円だったものが4200円となっている。

図表=農水省HPより
この価格に合わせて卸売業者全体が高い価格でスーパー等に売っている。ある卸売業者が買ったときの値段が安かったからといって、安く売れば、スーパーがいま売れる価格にあわせて販売し、利益を上げるだけだ。価格というのは、需要と供給で決まる。需要が高いものについて供給が足りなければ、価格が上がるのは経済学の常識だ。
価格低下の損失を補塡するのか
そして、買うときも時価、売るときも時価である。
つまり、1万5000円で買ったものが、先入れ先出しの原則から売るときに2万7000円になったのなら、利益が出るのは当然である。
逆に、備蓄米や輸入米の放出の効果が上がって、米価が例えば2万円に下がれば、2万7000円で買ったコメを売らざるを得なくなった卸売業者は損失を被ることになる。現在卸売業者の利益が増加しているのは、このような特殊な事情があるからだ。恒常的に高い利益を上げられるものではない。いまの儲けを批判するなら、価格低下で損失が生じた際には、政府は損失補塡をする必要がある。
五次問屋が存在するかどうかは不明である。あるとしても特殊なケースではないだろうか。スーパーのバイイングパワーによって安価な販売を要求されているときに、多数の卸売業者が介在して多額のマージンを稼ぐようなことは想定しにくい。
もしそのような実態があるなら、どうして昨年まで5キログラム2000円台のコメが販売されていたのだろうか? 突然五次問屋が出現して、コメの値段を4000円台に引き上げることになったのだろうか? つじつまの合う説明は困難だろう。
「直接支払い」と「収入保険」とでは大違い
減反を廃止して米価が下がったときの対策として、石破茂首相は対象者を限定した「直接支払い」に言及している。直接支払いとは、生産量や耕作面積に応じて、農家に直接支払う交付金だ。
コメ価格が下がれば、コストの高い零細な兼業農家は農地を貸しだすようになる。例えば5ヘクタール以上の主業農家に限って例えば5ヘクタール以上の主業農家に限って直接支払いをすればいをすれば、主業農家の地代負担能力が上がって農地は主業農家に集積する。
主業農家の生産コストが低下して収益が上昇するので、元零細農家に支払う地代も上昇する。消費者は減反廃止とコメ農業の効率化によって二重にコメ価格低下の利益を受ける。主業農家に限定するので、財政負担は今の3500億円の減反補助金の半分以下で済む。主業農家や零細農家などの農業者、消費者、納税者にとって三方よしの政策だ。
これに対して、小泉農水相は「収入保険」に言及している。
これは農産物価格が低下するなどして農家の収入が低下するときに補塡するものである。
対象者は青色申告をしている農家であればだれでもよい。兼業農家は青色申告をしていないかもしれないが、JA農協はこれらの農家が価格補塡を受けられるよう、手助けをするだろう。結局すべてのコメ農家が価格補塡の対象となってしまい、零細兼業農家温存という今まで通りの農政になってしまう。かつての民主党の戸別所得補償と同じくバラマキで、構造改革に逆行する。
収入保険は減反補助金と同じ
いまは、主食用のコメから麦や大豆、あられ・せんべい、輸出用、エサ用のコメなどに転作した場合に、減反(転作)補助金を出している。収入保険による価格補塡は、これまでの転作作物への助成からコメ生産自体への助成に切り替えることになる。
減反廃止でコメの生産量は増える。そのうえ、すべての農家に価格補塡してしまえば、価格の低下と対象数量の増大によって、どれだけ財政負担が増えるかわからない。消費者は減反廃止の効果しか受けない。コメ農業も効率化して世界市場を開拓することは困難となる。
そもそも、収入保険は、一定の価格水準を想定して需給変動によって価格が低下する際に対応しようとするものである。減反廃止によって、価格水準自体が大幅に引き下がる場合に適用するのは制度の趣旨からもそぐわない。
小泉農水相の指南役は誰か
昨年夏スーパーからコメが消えたとき農水省は「卸売業者がため込んでいるのだ」と主張した。また、新米が供給されると価格が低下すると言いながら逆に価格が高騰すると、誰かが投機目的で売り控えているのだと主張した。これは同省の調査自体で否定された。消えたコメはなかったのだ。
これまで、農水省はコメ不足、価格高騰の責任を卸売業者などの流通に押し付けてきた。また、備蓄米の放出になかなか応じず、また放出を決定しても米価が下がらない仕組みを組み込んだ。高い米価を維持したいとするJA農協に忖度したのである。また、米価低下の際にバラマキになる収入保険を採用するのも、零細兼業農家に立脚するJA農協の利益を考慮したものだろう。
小泉農水相の発言の後ろに、農水省幹部の姿が透けて見える。
流通に目が行くようにしたのは、減反から大臣や世間の注意を逸らすためではないだろうか? 収入保険も兼業農家とJA農協擁護のニオイがする。かれらは農林族議員と同根である。野村哲郎元農水相は、小泉農水相が相談もしないであまりに矢継ぎ早に方針を出すので職員が困っていると言った。農水省幹部が野村氏にご注進に上がり不満を漏らしたのだろう。
今の農水省幹部は農政トライアングルの一員であり、改革に水を差す人たちである。独断専行したように見えた小泉純一郎氏には財務省という相談相手がいた。小泉農水相には、そのような人たちがいないように思われる。
農水省幹部は政策を作ることには長けてはいないが、政治的に動く能力には優れている。小泉農水相は、彼らを一掃して農水省内部に“チーム小泉”を作るべきである。そうしないと、いまの農水省幹部に足をすくわれてしまわないか心配だ。
「人主はただ一心にして、これを攻める者は衆(おお)し」である>(以上「PRESIDENT」より引用)
そして、買うときも時価、売るときも時価である。
つまり、1万5000円で買ったものが、先入れ先出しの原則から売るときに2万7000円になったのなら、利益が出るのは当然である。
逆に、備蓄米や輸入米の放出の効果が上がって、米価が例えば2万円に下がれば、2万7000円で買ったコメを売らざるを得なくなった卸売業者は損失を被ることになる。現在卸売業者の利益が増加しているのは、このような特殊な事情があるからだ。恒常的に高い利益を上げられるものではない。いまの儲けを批判するなら、価格低下で損失が生じた際には、政府は損失補塡をする必要がある。
五次問屋が存在するかどうかは不明である。あるとしても特殊なケースではないだろうか。スーパーのバイイングパワーによって安価な販売を要求されているときに、多数の卸売業者が介在して多額のマージンを稼ぐようなことは想定しにくい。
もしそのような実態があるなら、どうして昨年まで5キログラム2000円台のコメが販売されていたのだろうか? 突然五次問屋が出現して、コメの値段を4000円台に引き上げることになったのだろうか? つじつまの合う説明は困難だろう。
「直接支払い」と「収入保険」とでは大違い
減反を廃止して米価が下がったときの対策として、石破茂首相は対象者を限定した「直接支払い」に言及している。直接支払いとは、生産量や耕作面積に応じて、農家に直接支払う交付金だ。
コメ価格が下がれば、コストの高い零細な兼業農家は農地を貸しだすようになる。例えば5ヘクタール以上の主業農家に限って例えば5ヘクタール以上の主業農家に限って直接支払いをすればいをすれば、主業農家の地代負担能力が上がって農地は主業農家に集積する。
主業農家の生産コストが低下して収益が上昇するので、元零細農家に支払う地代も上昇する。消費者は減反廃止とコメ農業の効率化によって二重にコメ価格低下の利益を受ける。主業農家に限定するので、財政負担は今の3500億円の減反補助金の半分以下で済む。主業農家や零細農家などの農業者、消費者、納税者にとって三方よしの政策だ。
これに対して、小泉農水相は「収入保険」に言及している。
これは農産物価格が低下するなどして農家の収入が低下するときに補塡するものである。
対象者は青色申告をしている農家であればだれでもよい。兼業農家は青色申告をしていないかもしれないが、JA農協はこれらの農家が価格補塡を受けられるよう、手助けをするだろう。結局すべてのコメ農家が価格補塡の対象となってしまい、零細兼業農家温存という今まで通りの農政になってしまう。かつての民主党の戸別所得補償と同じくバラマキで、構造改革に逆行する。
収入保険は減反補助金と同じ
いまは、主食用のコメから麦や大豆、あられ・せんべい、輸出用、エサ用のコメなどに転作した場合に、減反(転作)補助金を出している。収入保険による価格補塡は、これまでの転作作物への助成からコメ生産自体への助成に切り替えることになる。
減反廃止でコメの生産量は増える。そのうえ、すべての農家に価格補塡してしまえば、価格の低下と対象数量の増大によって、どれだけ財政負担が増えるかわからない。消費者は減反廃止の効果しか受けない。コメ農業も効率化して世界市場を開拓することは困難となる。
そもそも、収入保険は、一定の価格水準を想定して需給変動によって価格が低下する際に対応しようとするものである。減反廃止によって、価格水準自体が大幅に引き下がる場合に適用するのは制度の趣旨からもそぐわない。
小泉農水相の指南役は誰か
昨年夏スーパーからコメが消えたとき農水省は「卸売業者がため込んでいるのだ」と主張した。また、新米が供給されると価格が低下すると言いながら逆に価格が高騰すると、誰かが投機目的で売り控えているのだと主張した。これは同省の調査自体で否定された。消えたコメはなかったのだ。
これまで、農水省はコメ不足、価格高騰の責任を卸売業者などの流通に押し付けてきた。また、備蓄米の放出になかなか応じず、また放出を決定しても米価が下がらない仕組みを組み込んだ。高い米価を維持したいとするJA農協に忖度したのである。また、米価低下の際にバラマキになる収入保険を採用するのも、零細兼業農家に立脚するJA農協の利益を考慮したものだろう。
小泉農水相の発言の後ろに、農水省幹部の姿が透けて見える。
流通に目が行くようにしたのは、減反から大臣や世間の注意を逸らすためではないだろうか? 収入保険も兼業農家とJA農協擁護のニオイがする。かれらは農林族議員と同根である。野村哲郎元農水相は、小泉農水相が相談もしないであまりに矢継ぎ早に方針を出すので職員が困っていると言った。農水省幹部が野村氏にご注進に上がり不満を漏らしたのだろう。
今の農水省幹部は農政トライアングルの一員であり、改革に水を差す人たちである。独断専行したように見えた小泉純一郎氏には財務省という相談相手がいた。小泉農水相には、そのような人たちがいないように思われる。
農水省幹部は政策を作ることには長けてはいないが、政治的に動く能力には優れている。小泉農水相は、彼らを一掃して農水省内部に“チーム小泉”を作るべきである。そうしないと、いまの農水省幹部に足をすくわれてしまわないか心配だ。
「人主はただ一心にして、これを攻める者は衆(おお)し」である>(以上「PRESIDENT」より引用)
「JAと農水省の逆襲がはじまった…小泉進次郎の「2000円の備蓄米」にうごめく"農政利権"の次の標的ーー大臣を一人ぼっちにさせてはいけない」とは奇妙な見出しだ。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下 一仁氏が書いたものだが、論理的に矛盾していないか。
なぜなら小泉農相は農水省の大臣だ。だから「大臣を独りぼっち」にするわけなどないではないか。ただ面従腹背が官僚の真骨頂なら、山下氏が危惧したことが実際に起きているのかも知れない。
「人主はただ一心にして、これを攻める者は衆(おお)し」は「十八史略」の言葉の一つだ。意味は「名君でも人格高潔でおっとりしていいというわけでもない。油断すればつけこまれる」というものだ。つまり「臣下を信頼し且つ疑う」という上に立つ者の心得だ。
小泉JR.にそうした芸当が出来るだろうか。小泉父は財務省の背景があったと山下氏は指摘するが、小泉JR.の背景にも財務省の影がちらつく。山下氏が指摘しているように「例えば5ヘクタール以上の主業農家に限って直接支払いをすれば財政負担は今の3500億円の減反補助金の半分以下で済む」し、もちろん「消費者は減反廃止とコメ農業の効率化によって二重にコメ価格低下の利益を受ける」ことになる。
その代わり5ha未満の圃場しか有しない零細・兼業農家は立ち行かなくなる。山下氏はそれで圃場の集約化が進むから良い、と直接支払制度の導入を推奨する。全ての農家に対する戸別所得補償制度は壮大なバラ撒きになり圃場の集約化に逆行する、と批判している。
しかし日本の農家1戸あたりの平均耕作地面積は約3.3ha(30a)だ。もちろん地域間格差は大きく、北海道は1戸あたり9.3haだが、大阪府は0.3haでしかない。そうすると都市近郊農家の多くは離農するしかなくなり圃場の集約化は進むかもしれないが、反面離農し圃場の多くが宅地などに転用されるケースも想定しなければならない。
しかも灌漑用水は江戸時代から引き継がれて来た青線によって賄われている。それらの源を維持・管理するのは棚田を持つ零細農家が多い。そうした地域の灌漑システムを維持しなければ、水稲は作れない。
かつて1,400万トンも生産していたコメが、現在では700万トンを下回っている。圃場も激減している。ことに山間部の耕作地は放棄され、多くは原野に還っている。再び圃場に戻すのは困難だ。農政の政策転換は必要だが、大規模農家に集約すれば良い、という安易な考えは危険だ。すべての農業従事者を対象にすべきではないか。
日本の農家数は減少傾向にあり、2020年には約175万戸となっている。これは、20年前と比較すると約56%も減少したことになる。特に水稲収穫農家は減少が著しく、1970年には約466万戸だったものが、2020年には約70万戸と約50年間で7割も減少している。175万戸に年収400万円を保障したとして、必要な予算は単純計算で7兆円だ。「こども家庭庁」の予算が7.3兆円だし、各省庁予算に紛れ込んでいる男女共同参画事業予算を集計すると10兆円を超える。そうしたことを考えれば、7兆円で日本の農業が守れるなら驚くほどの金額ではないだろう。
なぜ農家の戸別保証制度により、すべての農家を保護しなければならないと思うかと云えば、日本の農産物は国際市場価格と大きく乖離しているからだ。貿易関係で何事かある都度、日本は農産品の関税障壁を論われる。そうした状況を解消して、日本が世界のどの国とも対等に貿易交渉の出来る国にしておく必要がある。お遊びのような「男女共同参画事業」を一掃しても、補助金にぶら下がっている団体関係者以外は誰も困らない。なんなら「女系天皇を認めない日本は女性の権利が侵害されている」と勧告する国際機関など脱退しても構わない。そのような活動家のための資金源を税金から出すよりも、日本の農業のために所得補償制度を導入して、自給率を高める方が喫緊の問題だ。山下氏は食糧が不足すれば輸入すれば良い、と書いているが、常に日本だけが不作に見舞われるわけではない。世界的な問題が起きた場合、頼りになるのは国内農業ではないだろうか。