人手不足解消が経済成長とは「飛んでも」経済学だ。

<新たな在留資格の創設を柱とする入管難民法改正案の生煮えぶりが浮き彫りになり、早くも国会審議日程が狂い始めている。制度の根幹である外国人労働者の受け入れ分野や規模が詰まっておらず、政府は「精査中」と繰り返すばかり。「全体像が見えない」との野党の不満は収まらず、自民党は衆院での審議入りを当初予定の8日から13日に先送りした。来月10日までの今国会会期の延長もささやかれる。来年4月の導入を目指す政府だが、いばらの道が待ち受けている>(以上「西日本新聞」より引用)


 改正入管法が生煮えかどうかはいざ知らず、そもそも「人手不足」だから外国人労働者移民を日本へ入れれば良い、という発想自体に問題がある。「人手不足」は本当なのか、それは単に待遇が悪いから人手が集まらないだけではないのか。
 そして「経済成長」のために「移民」が必要だ、という議論の掘り下げがマスメディアに一切登場しないのはなぜだろうか。人口減社会が低成長社会だ、とイコール関係に終始している議論は経済原理補無視した愚かな議論だ。

 経済成長は生産効率の向上によってのみもたらされる。人手が足りないから人手を増やせばよい、というのは一人当たり「生産性」はむしろ低下している。生産性が低下すれば労働の対価たる労働賃金も低下する。
 だから人手不足を解消するために外国人労働移民を入れる、という論理は経済成長とは無縁の話だ。経済成長は生産性の向上のみを以て果たされる。

 たとえば産業革命でそれまで一人が一台の糸車を回して糸を紡いでいたものを、蒸気機関の発明により大量の紡績機を蒸気機関で回して、一人で十数台の糸車を管理するようになった。それこそが産業革命の所以で、生産効率の向上による賃金増大に繋がった。つまり生産性向上とは省力化でもある。
 そして自動織機の発明により「機織り機」を一人が一台の前に座ってギットンバッタンとやっていたものが機械仕掛けで素早く織り出した。それを数台まとめて管理するようになると大量の布が織れるようになり、生産性が向上した。

 人手が足りない、というのは生産性向上の投資を行っていない証拠だ。運輸業に於いても、なぜ大量のトラックが陸上の道路を延々と運転手が運転しなければならないのだろうか。
 なぜ同一方向へ行くトラックをまとめて代行運送する定期「フェリー」船が就航しないのだろうか。大阪や九州や北海道へトラックで陸送するのは非効率そのものだ。それらを企業を越えてまとめてフェリーで運ぶシステムを構築しないのだろうか。

 トラックの運転手は東京でフェリーに積むまでを運転して、帰りは電車で帰れば良い。九州のフェリー到着埠頭に各企業の運転手が待機して、それぞれの中継ターミナルへ陸送すれば良い。フェリーも出港と入港は操船が必要だが、途中はGPSの自動航行で充分に安全運航できるだろう。
 そうした省力化を真剣に検討・研究しないで「人手不足だ」と嘆くのは生産性向上を心掛けない愚かな経営者というしかない。愚かな経営者の口車に乗って外国人労働移民に踏み切る官僚も政府もまた同類の阿呆だ。全国各地の港をネットワークするフェリー定期便が就航すれば陸路を夜を徹してブッ飛ばす愚かな人権無視・安全無視の運転手の就業形態も変わるだろう。

 トラック輸送フェリーの定期就航とネットワークにこそAIが必要不可欠だ。それこそが次世代の産業革命だ。人手を必要としない究極の省力化こそが生産性向上の決め手だ。
 外国人労働移民を「移民」ではないと言い張る安倍氏とそれを支持する事項国会議員は国際社会の非常識だ。居住地を他国に変えて一年以上暮らせば「移民」だと国連は定義している。それとも安倍氏が「移民ではない」と言えば「国連の定義」もひっくり返るとでもいうのだろうか。バカも休み休みいうものだ。

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