常軌を逸した朝鮮日報。現代の「脱亜論」の実行を。
朝鮮日報は20日のコラム欄に<原爆投下は「神の懲罰」>なる記事を掲載した。なんという不見識だろうか。日本政府が正式に抗議したようだが韓国の全国紙が常軌を逸した記事を掲載するとは、韓国は「反日」でさえあれば何でもアリなのかと不信感を抱かざるを得ない。
いうまでもなく原爆投下は非戦闘員の虐殺を禁じたジュネーブ条約に明確に違反している。原爆投下を決定した米国政府と実行した米空軍こそが裁かれるべきだ。
朝鮮日報はコラムは朝鮮日報の意見ではない、と逃げを打っているが、そんなことが通るわけもない。一般投稿欄ではなく、新聞社のコラム欄に掲載したということは明快に新聞社の意見を代表していることになる。
日本は朝鮮半島を併合して日本国民の税を投じて半島の近代化に全力を傾注した。決して戦争をしていたわけではなく、戦争終了まで半島の住民も日本国民として戦争に協力していた。それが日本の敗戦と同時に離反して「反日」に転じた。これほど手のひらを返して恥じない民族も珍しい。
かつて福沢諭吉が1885年に時事新報紙上に掲載した「脱亜論」で指摘したように中国と朝鮮半島とは付き合っても碌なことはないと看破した通りだった。
戦後の日本は中国と韓国に対しては他のアジア諸国とは比較にならないほど援助を惜しまず行った。その結果が両国が実施している「反日教育」だ。まさしく福沢諭吉が指摘した通りだった。
日本は現代の「脱亜論」を実施しようではないか。もはや中国と朝鮮半島と一切の国交を絶とうとも構わない、という外交姿勢で厳しく臨もうではないか。そのためにも米国頼りの自国防衛を脱して、国民による防衛を目指し、そのために必要とあれば攻撃力も保持しようではないか。