鳩山氏のデモ参加を批判すべきではない、国民の声に耳を傾けるのが国会議員の仕事だ。
政治は国民の声に耳を傾けるのが仕事だ、官僚の声に耳を傾けて国民の意思を無視するのは暴挙であり、民主主義にとって自殺行為だ。
民主党の本来の政権のあり方は鳩山氏の政権だ。2009マニフェストを作った段階の党代表は小沢氏であり、政権交代選挙を戦った党代表は鳩山氏だった。
党の要項がないとはいうものの、当の憲法というべきものはマニフェストであり、民主党国会議員はマニフェストという縛りの中に行動原理があるべきだ。それを逸脱した民主党政権は似非民主党政権というべきものであり、主客転倒した議論に過ぎない。本来なら党の政策を決定すべき政策審議会があって、その審議会により「ノー」を突きつけられた政策は党代表、つまり民主党政権の首相は実行できないのが正常なあり方だ。
しかし民主党では党代表の個人的な思いが最優先し、党の憲法とでもいうべき国民と公開の「選挙」の場で約束したマニフェストを破っても政権運営に齟齬が生じないところが問題だ。
脱原発だというのなら、一切の再稼働を認めてはならない。それなら原発関連の研究や技術が失われるではないか、というバカなことを懸念する評論家がいるが、国内に50基もある原子炉を廃棄するのに一体何年かかるかご存じだろうか。
20年経った自動車を「ハイテク車」と呼ばないように、原発技術は既にローテクそのものだ。ただ放射能汚染と被爆を防ぐ方法の確立を急ぐ必要があるだけで、それは原子物理学とは大して関係のない、ロボット工学や遠隔操作技術に過ぎない。
しかし放置されれば数万年も国民の健康を蝕み続ける危険極まりない厄介な代物を、一体いつまで官僚たちは動かし続けたいのだろうか。昨日ポストが決まった原子力規制委員長はかつて原発を推進していた人物だとは開いた口が塞がらない。
得て勝手な官僚たちを制御・統制できない政府に存在意義はない。サッサと退陣すべきだ。一日存続すれば、国民の権利が一つ蹂躙され、民主党の掲げた「憲法」というべきマニフェストが一つ反故にされると考えるべきだ。現にマニフェストに掲げていた公務員改革が昨日反故にされた。
すでに「さらば民主党」を告げた私は何一つとして民主党に期待していないし、民主党がどうしようと知ったことではないが、国民にとって望ましい方向性が一つづつ否定されるのを座して眺めるのは心底辛い。
国民の出来る倒閣運動がない以上、官邸へデモを掛けるのが最善の方法ではないだろうか。そのデモに鳩山氏が加わったというのは水が高いところから低い方へ流れるように、極めて自然なことだ。「国民の生活が第一」の国会議員もこぞって参加されることを望む。