ジャウラニ指導者はシリアを何処へ導くのか。
<「おそらくアメリカ側と手打ちがあったのでしょう」
半世紀以上続いた独裁的なアサド政権を倒し、暫定政権を発足させた反政府勢力のリーダー、ジャウラニ指導者についてこう話すのは、中東情勢に詳しい放送大学の高橋和夫名誉教授です。
テロ組織に指定されている組織が新たなシリアをつくれるのか。今後のシリアはどこに向かうのか。高橋名誉教授に詳しく聞きました。
(国際部記者 勅使河原佳野)
そもそもジャウラニ指導者ってどんな人?
ジャウラニ指導者はシリア生まれで、2003年のイラク戦争では過激派組織「イラクのアルカイダ」のメンバーとしてアメリカ軍と戦いました。
アメリカ軍に拘束され刑務所で5年を過ごしたあと、内戦が始まったシリアに戻り、「イラクのアルカイダ」から派生した過激派組織「ヌスラ戦線」に。同じく「イラクのアルカイダ」を前身組織とする過激派組織IS=イスラミックステートとも関係があったとされています。
しかし、2016年にはアルカイダとの関係を絶って「ヌスラ戦線」を解体した上で、アサド政権の打倒を掲げる新たな組織「シリア解放機構」を立ち上げました。
「シリア解放機構」は国連やアメリカ、トルコなどからはテロ組織に指定されていますが、11月27日以降、2週間たらずで首都ダマスカスまで制圧。暫定政権を発足させた後は、少数民族も含めた包括的な国づくりを進める考えを強調するなど、国際社会にも融和的な姿勢をアピールしています。
※以下、高橋名誉教授の話
ジャウラニ指導者 なぜ頭角現した?
長年、アメリカはアサド政権を倒したいと思っていて、探しても探しても見つからなかったのが穏健派の反体制派で、指導者、力のある人でした。
ジャウラニ指導者がそういう人物か見かけだけかはわかりませんが、これまで属していたアルカイダやISと関係を切るとか、そういう行いがある人たちを組織から外すということをやってきたのは事実です。
また、シリアのキリスト教徒が虐殺されたとか、アサド政権を支えたアラウィ派に対する激しい報復があったというような報告もないので、これまでのところは期待を持たせる形になっています。
ただ、権力基盤が安定してどうなるか、それから、彼の組織以外の組織も反体制派にいますから、その人たちを抑えられるのか。これから非常にセンシティブな時期を迎えるのかなと思っています。
ジャウラニ指導者のねらいはどこに?
反体制派側は、おそらくヒズボラが大きな打撃を受けてイスラエルと停戦に合意したというタイミングを見て攻勢を始めたと思うんですね。
ただおそらく彼らが見ていた、もう1つのタイミングはトランプという人が大統領に当選して1月20日には戻ってくるということ。
トランプ氏はアメリカ軍の撤退ということを示唆してます。それまでにとりあえず、自分たちの陣地を広げておきたいというつもりで攻勢を始めたのだと思います。
その結果、予想外にアサド体制が弱くてバタバタとダマスカスまで陥落してしまったという状況だと思います。
アサド政権 弱っていた?
基本的にアサド政権の支持基盤はアラウィ派であり、人口の1割ほどしかありません。
その人たちをいくら徴兵しても限りがあって、内戦のときからアラウィ派のお母さんたちから「長男は軍隊で亡くなった。次男も亡くなった。三男は助けてくれ」というような声があがっていて、人的な面からもかなり疲弊していました。
アサド政権側の士気がもともと弱まっていたところに、ジャウラニという指導者が、戦国時代で言えば調略とでも言うのか、そういう面が非常に優れていて、政権側の指揮官に「ここで戦わずに撤退すれば、お前たちを深追いするつもりはない」などというふうに、交渉によって次々に陥落させたんだと思います。
トランプ次期政権でどうなる?
トランプ次期大統領は基本的には外国から軍隊を撤退するんだという考えで、シリアに関しても以前から「いつまでも駐留するつもりはない」と主張していました。
今回の政変を受けて「シリアの問題はわれわれの問題ではない」と冷たく言い放っていますから、来年1月20日のトランプ次期大統領の就任以降にアメリカ軍がいなくなる可能性は高いと思います。
ただ、トランプ次期大統領やバンス次期副大統領は撤退するという方向を示している一方で、トランプ次期大統領が指名した国務長官などはどちらかというと非常にイスラエル寄りで、クルド人勢力を支援すべきだというふうに考えてる人たちなので撤退という雰囲気ではないです。トランプ次期政権内でも議論があり、まだ不透明です。
イスラエル なぜシリアで連日空爆?
反政府勢力にどんな人がいるかわかりませんが、とりあえずアサド政権が持っていた化学兵器などがそういう人たちの手に落ちないようにと爆撃を開始しています。
また、イスラエルが占領しているゴラン高原に反政府勢力の人たちが脅威を与えないように、そのまわりを空爆するというような動きを見せています。
イスラエルとしては、アサド政権の崩壊を歓迎しつつ、とりあえず予防措置を打っているという状況だと思います。
アサド政権だと安定はしていて、「イスラエルと戦争をしたら負けるのはわかっているから仕掛けてこない」という安心感はあったんですが、アサド大統領がいなくなったから先がちょっと読みにくくなったというところはあると思います。
それでもイランからレバノンのヒズボラへのルートを断つことができるので、そのほうがいいという考え方があってネタニヤフ首相も反体制派を支援してきたと思います。
反政府勢力を支援してきたトルコは?
トルコのエルドアン大統領はずっと反政府勢力を支援してきて、それに対する批判もかなり国内では強かったのですが、今回の“成功”で「どうだ、俺の思ったとおりだろう」ということで、外交的な勝利というふうにアピールすることができると思います。
それからもう1つ大きいのは、トルコは何百万人単位のシリア難民を受け入れていて、それが大変な経済的負担でトルコ市民との摩擦も発生していました。
今回のアサド政権の崩壊を受けてたくさんのシリア難民がトルコからシリアに帰ることができるわけで、その経済的なインパクトも大きいと思います。
そういう意味では今回誰が勝ったのかというと、勝ったのは反政府勢力ですが、トルコが勝ったというふうに見ることもできると思います。
今後のシリア カギを握るのは?
私はトルコのエルドアン大統領だと思います。一番、反政府勢力に影響力が強いですから。それからもうひとつは、エルドアン大統領が敵視してきたクルド人勢力がシリアで力を伸ばしてきています。エルドアン大統領としてはクルド人勢力を抑えつけたいという気持ちがあると思いますが、それを始めたらシリアは安定しません。ですから、エルドアン大統領が隣国シリアを安定した、(トルコの)影響力の強い国にするためのベストな形は何かということを考えて、クルド人の力を完全にそぐことはできないと認めて妥協案を探ってくれれば安定に向かうし、クルド人勢力は我慢できないから攻撃するということになれば、内戦の第2ラウンドが始まることになります。
クルド人勢力の背後にはイスラエルがいますから、イスラエルとトルコの関係がどうなるかということに焦点が移ると思いますね。第1ラウンドはエルドアン大統領のノックアウト勝ちでしたが、第2ラウンドはどうなるかというところです。
アサド政権の後ろ盾 ロシアはどう出る?
ロシアは長い間アサド政権の同盟国で、シリアに海軍や空軍の基地を置いてアフリカなどに介入してきたわけですが、アサド政権が崩壊したことでこの基地が失われるということになれば、ロシアのアフリカ戦略などは非常に大きな打撃を受けると思います。
それから、プーチン大統領の中東政策も根本から揺らぎ、大統領の威信も揺らぐと思います。ロシア側が基地を本当に放棄するつもりなのか、一時的に避難しているだけで新しくできる政権との交渉によってまた基地を再使用するということを視野に入れているのかというのはまだよく見えないです。
新しい政権も考えないといけないのは、新しい政権として国際的な承認を受けるためにはやはりロシアの反対があっては難しく、ロシアと交渉をせざるをえない。そこがロシア側にとってはカードを持ってるという気持ちだと思います。
ただ、新しい政権の後ろについているのはアメリカとトルコですから、ロシア軍の基地活動の継続というのを許すかどうかというのは微妙なところだと思います。
イランへの影響は大きい?
アサド政権をずっと支援してきたイランにとってもこれは外交的には大きな打撃です。イランにとって非常に大切なレバノンのヒズボラに対する支援というのは、シリア経由で行われていますから、アサド政権が崩壊したということはヒズボラへの支援ができなくなるということです。
イラン国内の強硬派の人たちは大変大きな打撃を受けたというふうに考えていると思います。ただ、イラン経済全体で見ると、アサド政権やヒズボラを支えることは大変大きな経済的な負担だったわけです。国民の側からもデモのたびにシリアやレバノンのためではなく、イランのために政府は頑張ってほしいという声が上がっていたので、ある意味重荷を手放したということになるのかもしれません。
いずれにしても、アサド政権の崩壊はイラン国内での議論に大きな影響を与えると思います。
ISなど過激派の台頭は?
非常に心配しています。ひとつは反政府勢力と呼ばれる人たちの中にそういう人たちがいるのではないかということ。
もうひとつはその人たちの多くをクルド人勢力が受け入れているんですね。ヨーロッパ出身の人はヨーロッパ諸国が受け入れませんから、そのままシリアにいるわけです。
クルド人勢力と反政府勢力が争いを始めて、クルド人がそういう人たちを抑えきれなくなって手放してしまうと、またISが力を盛り返すというシナリオは十分出てきます。
ISとかアルカイダにとってみれば政権が安定してるところでは活動できないですから、一番望ましいのは混乱なんです。内戦の第2ラウンドが始まってシリアがまた混乱すれば、彼らはチャンスということになると思います。
ジャウラニ指導者 これからどうする?
ジャウラニ氏はアメリカのCNNとのインタビューで「われわれの組織は解体してもいい。シリアをまとめる政権をつくっていきたい」と非常にポジティブな発言をしてます。
ただ、本当にそのとおりになるのか、そういう意思があるのか、その力があるのかというのはまだ見えないです。
最近の例で思い出すのはアフガニスタンです。
タリバンが再び政権を取る前は「政権を取って内政が安定したら女性の教育の問題も考える。でも今はその時期じゃないから少し待ってほしい」というようなことを言っていましたが、結局政権をとったあとは非常に厳格なイスラム的な体制ができて、女性の教育は認められないというような状況が続いてます。ですからジャウラニという人が権力を取るまでは非常に明るいことを言って、実際権力を取ってしまったらどうなるかというのはわからず、みんな期待と懸念を抱きながらじっと見てるという状況だと思います。
「新生シリア率いるのは?カギ握るのは“あの大統領」と題した勅使河原 佳野(2019年入局 松山局を経て2024年9月から現所属中東・アフリカ地域を担当)氏が放送大学校の高橋和夫名誉教授にインタビューした対談を引用した。
半世紀以上続いた独裁的なアサド政権を倒し、暫定政権を発足させた反政府勢力のリーダー、ジャウラニ指導者についてこう話すのは、中東情勢に詳しい放送大学の高橋和夫名誉教授です。
テロ組織に指定されている組織が新たなシリアをつくれるのか。今後のシリアはどこに向かうのか。高橋名誉教授に詳しく聞きました。
(国際部記者 勅使河原佳野)
そもそもジャウラニ指導者ってどんな人?
ジャウラニ指導者はシリア生まれで、2003年のイラク戦争では過激派組織「イラクのアルカイダ」のメンバーとしてアメリカ軍と戦いました。
アメリカ軍に拘束され刑務所で5年を過ごしたあと、内戦が始まったシリアに戻り、「イラクのアルカイダ」から派生した過激派組織「ヌスラ戦線」に。同じく「イラクのアルカイダ」を前身組織とする過激派組織IS=イスラミックステートとも関係があったとされています。
しかし、2016年にはアルカイダとの関係を絶って「ヌスラ戦線」を解体した上で、アサド政権の打倒を掲げる新たな組織「シリア解放機構」を立ち上げました。
「シリア解放機構」は国連やアメリカ、トルコなどからはテロ組織に指定されていますが、11月27日以降、2週間たらずで首都ダマスカスまで制圧。暫定政権を発足させた後は、少数民族も含めた包括的な国づくりを進める考えを強調するなど、国際社会にも融和的な姿勢をアピールしています。
※以下、高橋名誉教授の話
ジャウラニ指導者 なぜ頭角現した?
長年、アメリカはアサド政権を倒したいと思っていて、探しても探しても見つからなかったのが穏健派の反体制派で、指導者、力のある人でした。
ジャウラニ指導者がそういう人物か見かけだけかはわかりませんが、これまで属していたアルカイダやISと関係を切るとか、そういう行いがある人たちを組織から外すということをやってきたのは事実です。
また、シリアのキリスト教徒が虐殺されたとか、アサド政権を支えたアラウィ派に対する激しい報復があったというような報告もないので、これまでのところは期待を持たせる形になっています。
ただ、権力基盤が安定してどうなるか、それから、彼の組織以外の組織も反体制派にいますから、その人たちを抑えられるのか。これから非常にセンシティブな時期を迎えるのかなと思っています。
アメリカとのつながりも?
普通、アメリカに“テロリスト”ということにされると、ドローンで殺害される危険もあるので、あまり姿をさらさないことが多いんですけど、ジャウラニ氏は攻勢の前にイドリブで市民と握手する様子が見られましたし、今回CNNのインタビューに応じたということ自体も異例のことですよね。
バイデン政権のサリバン大統領補佐官もジャウラニ氏に対して、そんなにきつい言い方はせずに「彼は“かたぎ”になったんだ」みたいな発言をしています。ですからおそらくアメリカ側と手打ちがあったのだと思います。
普通、アメリカに“テロリスト”ということにされると、ドローンで殺害される危険もあるので、あまり姿をさらさないことが多いんですけど、ジャウラニ氏は攻勢の前にイドリブで市民と握手する様子が見られましたし、今回CNNのインタビューに応じたということ自体も異例のことですよね。
バイデン政権のサリバン大統領補佐官もジャウラニ氏に対して、そんなにきつい言い方はせずに「彼は“かたぎ”になったんだ」みたいな発言をしています。ですからおそらくアメリカ側と手打ちがあったのだと思います。
ジャウラニ指導者のねらいはどこに?
反体制派側は、おそらくヒズボラが大きな打撃を受けてイスラエルと停戦に合意したというタイミングを見て攻勢を始めたと思うんですね。
ただおそらく彼らが見ていた、もう1つのタイミングはトランプという人が大統領に当選して1月20日には戻ってくるということ。
トランプ氏はアメリカ軍の撤退ということを示唆してます。それまでにとりあえず、自分たちの陣地を広げておきたいというつもりで攻勢を始めたのだと思います。
その結果、予想外にアサド体制が弱くてバタバタとダマスカスまで陥落してしまったという状況だと思います。
アサド政権 弱っていた?
基本的にアサド政権の支持基盤はアラウィ派であり、人口の1割ほどしかありません。
その人たちをいくら徴兵しても限りがあって、内戦のときからアラウィ派のお母さんたちから「長男は軍隊で亡くなった。次男も亡くなった。三男は助けてくれ」というような声があがっていて、人的な面からもかなり疲弊していました。
アサド政権側の士気がもともと弱まっていたところに、ジャウラニという指導者が、戦国時代で言えば調略とでも言うのか、そういう面が非常に優れていて、政権側の指揮官に「ここで戦わずに撤退すれば、お前たちを深追いするつもりはない」などというふうに、交渉によって次々に陥落させたんだと思います。
トランプ次期政権でどうなる?
トランプ次期大統領は基本的には外国から軍隊を撤退するんだという考えで、シリアに関しても以前から「いつまでも駐留するつもりはない」と主張していました。
今回の政変を受けて「シリアの問題はわれわれの問題ではない」と冷たく言い放っていますから、来年1月20日のトランプ次期大統領の就任以降にアメリカ軍がいなくなる可能性は高いと思います。
ただ、トランプ次期大統領やバンス次期副大統領は撤退するという方向を示している一方で、トランプ次期大統領が指名した国務長官などはどちらかというと非常にイスラエル寄りで、クルド人勢力を支援すべきだというふうに考えてる人たちなので撤退という雰囲気ではないです。トランプ次期政権内でも議論があり、まだ不透明です。
イスラエル なぜシリアで連日空爆?
反政府勢力にどんな人がいるかわかりませんが、とりあえずアサド政権が持っていた化学兵器などがそういう人たちの手に落ちないようにと爆撃を開始しています。
また、イスラエルが占領しているゴラン高原に反政府勢力の人たちが脅威を与えないように、そのまわりを空爆するというような動きを見せています。
イスラエルとしては、アサド政権の崩壊を歓迎しつつ、とりあえず予防措置を打っているという状況だと思います。
アサド政権だと安定はしていて、「イスラエルと戦争をしたら負けるのはわかっているから仕掛けてこない」という安心感はあったんですが、アサド大統領がいなくなったから先がちょっと読みにくくなったというところはあると思います。
それでもイランからレバノンのヒズボラへのルートを断つことができるので、そのほうがいいという考え方があってネタニヤフ首相も反体制派を支援してきたと思います。
反政府勢力を支援してきたトルコは?
トルコのエルドアン大統領はずっと反政府勢力を支援してきて、それに対する批判もかなり国内では強かったのですが、今回の“成功”で「どうだ、俺の思ったとおりだろう」ということで、外交的な勝利というふうにアピールすることができると思います。
それからもう1つ大きいのは、トルコは何百万人単位のシリア難民を受け入れていて、それが大変な経済的負担でトルコ市民との摩擦も発生していました。
今回のアサド政権の崩壊を受けてたくさんのシリア難民がトルコからシリアに帰ることができるわけで、その経済的なインパクトも大きいと思います。
そういう意味では今回誰が勝ったのかというと、勝ったのは反政府勢力ですが、トルコが勝ったというふうに見ることもできると思います。
今後のシリア カギを握るのは?
私はトルコのエルドアン大統領だと思います。一番、反政府勢力に影響力が強いですから。それからもうひとつは、エルドアン大統領が敵視してきたクルド人勢力がシリアで力を伸ばしてきています。エルドアン大統領としてはクルド人勢力を抑えつけたいという気持ちがあると思いますが、それを始めたらシリアは安定しません。ですから、エルドアン大統領が隣国シリアを安定した、(トルコの)影響力の強い国にするためのベストな形は何かということを考えて、クルド人の力を完全にそぐことはできないと認めて妥協案を探ってくれれば安定に向かうし、クルド人勢力は我慢できないから攻撃するということになれば、内戦の第2ラウンドが始まることになります。
クルド人勢力の背後にはイスラエルがいますから、イスラエルとトルコの関係がどうなるかということに焦点が移ると思いますね。第1ラウンドはエルドアン大統領のノックアウト勝ちでしたが、第2ラウンドはどうなるかというところです。
アサド政権の後ろ盾 ロシアはどう出る?
ロシアは長い間アサド政権の同盟国で、シリアに海軍や空軍の基地を置いてアフリカなどに介入してきたわけですが、アサド政権が崩壊したことでこの基地が失われるということになれば、ロシアのアフリカ戦略などは非常に大きな打撃を受けると思います。
それから、プーチン大統領の中東政策も根本から揺らぎ、大統領の威信も揺らぐと思います。ロシア側が基地を本当に放棄するつもりなのか、一時的に避難しているだけで新しくできる政権との交渉によってまた基地を再使用するということを視野に入れているのかというのはまだよく見えないです。
新しい政権も考えないといけないのは、新しい政権として国際的な承認を受けるためにはやはりロシアの反対があっては難しく、ロシアと交渉をせざるをえない。そこがロシア側にとってはカードを持ってるという気持ちだと思います。
ただ、新しい政権の後ろについているのはアメリカとトルコですから、ロシア軍の基地活動の継続というのを許すかどうかというのは微妙なところだと思います。
イランへの影響は大きい?
アサド政権をずっと支援してきたイランにとってもこれは外交的には大きな打撃です。イランにとって非常に大切なレバノンのヒズボラに対する支援というのは、シリア経由で行われていますから、アサド政権が崩壊したということはヒズボラへの支援ができなくなるということです。
イラン国内の強硬派の人たちは大変大きな打撃を受けたというふうに考えていると思います。ただ、イラン経済全体で見ると、アサド政権やヒズボラを支えることは大変大きな経済的な負担だったわけです。国民の側からもデモのたびにシリアやレバノンのためではなく、イランのために政府は頑張ってほしいという声が上がっていたので、ある意味重荷を手放したということになるのかもしれません。
いずれにしても、アサド政権の崩壊はイラン国内での議論に大きな影響を与えると思います。
ISなど過激派の台頭は?
非常に心配しています。ひとつは反政府勢力と呼ばれる人たちの中にそういう人たちがいるのではないかということ。
もうひとつはその人たちの多くをクルド人勢力が受け入れているんですね。ヨーロッパ出身の人はヨーロッパ諸国が受け入れませんから、そのままシリアにいるわけです。
クルド人勢力と反政府勢力が争いを始めて、クルド人がそういう人たちを抑えきれなくなって手放してしまうと、またISが力を盛り返すというシナリオは十分出てきます。
ISとかアルカイダにとってみれば政権が安定してるところでは活動できないですから、一番望ましいのは混乱なんです。内戦の第2ラウンドが始まってシリアがまた混乱すれば、彼らはチャンスということになると思います。
ジャウラニ指導者 これからどうする?
ジャウラニ氏はアメリカのCNNとのインタビューで「われわれの組織は解体してもいい。シリアをまとめる政権をつくっていきたい」と非常にポジティブな発言をしてます。
ただ、本当にそのとおりになるのか、そういう意思があるのか、その力があるのかというのはまだ見えないです。
最近の例で思い出すのはアフガニスタンです。
タリバンが再び政権を取る前は「政権を取って内政が安定したら女性の教育の問題も考える。でも今はその時期じゃないから少し待ってほしい」というようなことを言っていましたが、結局政権をとったあとは非常に厳格なイスラム的な体制ができて、女性の教育は認められないというような状況が続いてます。ですからジャウラニという人が権力を取るまでは非常に明るいことを言って、実際権力を取ってしまったらどうなるかというのはわからず、みんな期待と懸念を抱きながらじっと見てるという状況だと思います。
暫定政権発足 シリアはどこに?
アサド政権を支えてきたアラウィ派の多くの人たちが地中海側の自分たちのふるさとに帰ったわけですが、その人たちをどうするかということです。これからダマスカスにできる新しい政権がそこを制圧しにいくのか、どこかで妥協するのか。
新しい政権を立ち上げていけば、当然のことながら50年以上のアサド政権の秘密警察だとか拷問だとか殺害だとか、多くの人権侵害の事例が掘り起こされるわけです。それに関わった人全員を処罰するということになったら国はまとまらないですよね。和解できればいいですが、シリアの傷は本当に深いですから、そんなふうに行くかどうか大変心配です。
イラクでサダム・フセイン政権が倒れたときに「独裁者が倒れた」と喜ぶところもありましたが、その後のイラクというのは今も含め、大変な状況が続いています。
リビアでカダフィ政権が倒れたときも「リビアは自由になった」という期待がありましたが、リビアはもう本当に混乱してます。シリアが例外となればいいなとは思うのですが、なかなか難しいかとも思っています>(以上「NHK」より引用)
アサド政権を支えてきたアラウィ派の多くの人たちが地中海側の自分たちのふるさとに帰ったわけですが、その人たちをどうするかということです。これからダマスカスにできる新しい政権がそこを制圧しにいくのか、どこかで妥協するのか。
新しい政権を立ち上げていけば、当然のことながら50年以上のアサド政権の秘密警察だとか拷問だとか殺害だとか、多くの人権侵害の事例が掘り起こされるわけです。それに関わった人全員を処罰するということになったら国はまとまらないですよね。和解できればいいですが、シリアの傷は本当に深いですから、そんなふうに行くかどうか大変心配です。
イラクでサダム・フセイン政権が倒れたときに「独裁者が倒れた」と喜ぶところもありましたが、その後のイラクというのは今も含め、大変な状況が続いています。
リビアでカダフィ政権が倒れたときも「リビアは自由になった」という期待がありましたが、リビアはもう本当に混乱してます。シリアが例外となればいいなとは思うのですが、なかなか難しいかとも思っています>(以上「NHK」より引用)
「新生シリア率いるのは?カギ握るのは“あの大統領」と題した勅使河原 佳野(2019年入局 松山局を経て2024年9月から現所属中東・アフリカ地域を担当)氏が放送大学校の高橋和夫名誉教授にインタビューした対談を引用した。
中東シリアに関してほとんどの日本国民は知らないし、アサド政権が倒れてからシリアは何処へ向かうのか、関心のあるところだろう。
対談を一読して驚いたのは「アサド政権の支持基盤はアラウィ派であり、人口の1割ほどしかありません」という下りだ。人口の1割しかいないアラウィ派が支配している、というのは中国を中国共産党という人口の1割しかいない党員が支配しているのと酷似している。
ただ半世紀以上続いた独裁的なアサド政権を倒し、暫定政権を発足させた反政府勢力のリーダー、ジャウラニ指導者について「おそらくアメリカ側と手打ちがあったのでしょう」と高橋氏は推測している。なぜならジャウラニ指導者は2003年のイラク戦争では過激派組織「イラクのアルカイダ」のメンバーとしてアメリカ軍と戦いました。
アメリカ軍に拘束され刑務所で5年を過ごしたあと、内戦が始まったシリアに戻り、「イラクのアルカイダ」から派生した過激派組織「ヌスラ戦線」に身を投じた経緯があるからだ。 しかもアサド氏がロシアとイランの支援を受けていたことから考えるなら、アサド氏と対立していたのが隣国トルコのエルドアン大統領と米国だ。だからシリアの暫定政権はトルコと米国の支援を受けて安定的な社会運営するだろう。
既に隣国トルコに避難していた数百万人ともいわれるシリア難民が続々と帰国しているという。だが、その中にはISの戦闘員が紛れ込んでいることも考えられるから、必ずしもシリアが安定した社会をこのまま維持するかどうかは分からない。すべてはシリア国民が決めることだろう。
ただロシアがシリアに海軍基地と空軍基地を置いているが、それを簡単に手放すと思えないことだ。なぜなら高橋氏も指摘しているが、ロシアにとって唯一の国外に有する軍事基地で、地中海はもとよりアフリカ戦略に欠かせない基地でもあるからだ。
しかし来年1月に登場するトランプ大統領がシリアのロシア軍基地の存続を容認するだろうか。NATOから距離を置くためにも、NATOの脅威となるシリアのロシア軍基地を無力化しておきたいところだろう。本当にジャウラニ指導者が米国との手打ち(示し合わせ)が済んでいるのか、注意して見守らなければならない。しかし少なくとも民主党政権でないことが米国の動きに期待を持たせる。
ただISの動向は気を付けなければ、独裁政権を倒したと思ったら、次の独裁政権が国民を弾圧している、という結果になっては元も子もない。高橋氏も「イラクでサダム・フセイン政権が倒れたときに「独裁者が倒れた」と喜ぶところもありましたが、その後のイラクというのは今も含め、大変な状況が続いています。リビアでカダフィ政権が倒れたときも「リビアは自由になった」という期待がありましたが、リビアはもう本当に混乱してます」と中東の国々の難しさを例に挙げている。
中東は様々な宗教・宗派と様々な民族がモザイク・タイルのように散りばめられている。それは国境を越えていることも普通にあって、陸続きに他国から勝手に戦闘員が侵入することも日常的に起きている。イスラエルはシリアの動向を監視する意図でゴラン高原に部隊を移動させている。そうした様々な思惑が渦巻くシリアからここ当分は目が離せない。