「日本経済低迷の主因である「空洞化」をなぜ総選挙で議論しないのか」

<消費減税や財政規律に終始し、経済成長をどう取り戻すかという議論はほとんど見られない>
 日本では総選挙が進行中ですが、数年前とくらべて風景が変わったのは、日本が貧しくなったという事実を誰もが認めるようになったことです。例えば、俗に言う「外国人問題」については、基本は排外的な感情論ですが、円安を利用して札ビラを切る観光客や不動産投資に対して嫌悪を抱くのはある意味当然です。その嫌悪感情は日本が貧困化したことの裏返しであり、だからこそ余計に腹が立つということは共通認識になっています。
 考えてみれば、東証の株価を基準にバブル崩壊を考えるのであれば、1989年末につけた高値については、ほぼ36年戻らなかったわけであり、その間、多少の上がり下がりはあっても、経済は低迷を続けたのでした。最近の株高についても、円安によりかさ上げされている面が大きいことを加味すれば、決して経済の底力が回復したわけではありません。
 こうした長期低迷については、自民党の責任だという声もありますが、そうした声を上げている政党が、経済を活性化する政策を持っているのかというと、全くそうではありません。成長政策を議論するどころか、一体どうして世界最高の生産性と競争力を誇った日本経済がここまで長期の低迷を続けているのか、その診断が全くできていないのを感じます。
 今回の総選挙が盛り上がりに欠けるのは、減税で生活を助けるのが大事なのか、それとも財政を健全化して国家破綻を回避するのが大事なのかという議論に終始したからです。しかも、財政を緩めると超円高と長期金利の暴騰で、破綻を待たずして官民が「詰む」という兆候が現実となる中では、財源なき減税論議もしらけてしまった格好です。

経済低迷の最大の原因である空洞化
 本来はそうではないはずです。経済低迷の真因を定め、その病根を除去して健康体に戻す、そのための選択肢を有権者に対して複数提示して、経済を成長軌道に戻すための選択をするべきなのです。
 では、経済衰退の真因はというと、すぐに少子化・人口減であるとか、2度の大震災とリーマン・ショックなど天災人災の結果だというような説明ばかりが一般的になっています。これでは老衰で死を待つばかりだとか、事故にあったので不可抗力だというような説明であり、前向きな対策にはつながりません。
 少なくとも、現状は全くもっておかしいとしか言いようがありません。大卒50%を超える超高学歴国家であるのに、観光業を主要産業にするなどというのは間違っています。産業として経済にプラスする存在というのなら理解できますが、主要産業になり、しかも現在すでにGDPの6%前後を観光に依存しているというのは、何かがおかしいのです。
 最大の原因は空洞化だと思います。昨今の自国ファースト経済の流行に見られるように、どんなに優秀な製品を廉価で提供していても、各国は「自国のGDPと雇用を守る」ために、輸入を現地生産に切り替えよという圧力を加えてきます。こうした点でも分かるように、日本の官民ともに現地生産化は好きでやっているわけではありません。
 ですが、現地生産化を進めれば国内は空洞化します。雇用は失われ、設備投資も消え、生産による価値の創造も流出するからです。この空洞化に対する対策はズバリ「より付加価値の高い産業にシフト」することです。昭和の日本経済は自転車を台湾に渡して、造船に集中し、今度は造船を韓国に渡すと自動車にシフトするという順番で、輸送用機器産業の空洞化を防いできました。自動車の空洞化が避けられないのであれば、今度は宇宙航空に全面的にシフトすべきですが、全く上手くいっていません。
 空洞化ということでは、資本の流出も激しいです。人口減で市場が縮小する食品や飲料の企業は、21世紀に入ると世界のメーカーを買収にかかりました。市場が縮小しない世界で売上を確保するためです。そうした国外での業績は企業の決算にはプラスされますが、日本国内の雇用やGDPには全く貢献しません。同じカネが国内で最先端産業に投資されていれば全く違った結果になっていたと思われます。
 空洞化の弊害として大きいのは、技術の流出です。エレクトロニクス産業が丸ごと中国やアジアに移ったのは、生産拠点を移したことで技術も流出したからです。彼らが知財を盗んだのではありません。お人好しにも現地で人材を育成して、国内ではしなかった結果、自然にそうなったのです。結果的に国の生産性も競争力も消えてしまいました。
 いずれにしても、国内を空洞化させつつ多くの日本企業は多国籍化しています。そして売上も利益も国外から来ます。儲けたカネは海外で再投資されます。反対に国内はどんどん貧しくなります。そして国内が弱くなれば円が安くなりますが、海外で儲けたカネは円安になると膨張します。ドルベースで形成された株価も円では高くなります。財界が円安を歓迎するのは、輸出で儲かるからではなく、決算数字が円に換算すると膨張するからなのです。

日本企業の海外での成功はGDPに寄与しない
 外国人への嫌悪感を、日本発の多国籍企業に向けろという話ではありません。そうではなくて、空洞化があまりにも徹底しており、あまりにもスピードが早かったのが問題なのです。もう少しペースを緩和することは可能だったはずです。
 何よりも、意識として国内経済を充実しないと国が滅びるということを認識するべきです。例えば、トヨタの世界での生産台数が世界一になったとか、川崎重工や日立が外国で大規模な鉄道車両の受注に成功したというニュースは、漠然と「嬉しい話題」という扱いになっています。確かに誇らしいですが、そのことが日本のGDPには貢献しないという認識が完全に欠落しているのは問題です。ちなみに、鉄道は公共事業なので官営にしても民営にしても、外国ブランドに車両の注文を出す場合には現地生産が義務付けられるのが普通です。
 経済メディアの扱いも問題です。経済専門メディアだけでなく、テレビなどでも経済ニュースでの扱いは同じで、「日本経済=日本企業の業績の全体」みたいに思っている、これは間違いです。海外に流出した部分は日本の雇用にもGDPにも直接は反映しないのです。
 原因はハッキリしています。大手の企業の多くは多国籍化しており、そこで働く社員にとっては海外も含めた自分の会社の業績が良ければいいのです。そして、そのような社員のほとんどは終身雇用であり、仮に日本のGDPがさらに一段と縮小したとしても、直ちに自分の雇用が脅かされることはないからです。そうした人々の間で今ひとつ危機感が薄いのはこのためです。
 本来であれば、空洞化した分を、より高度で付加価値の高い産業にシフトして成長を続けることができなかった、そのことの検証と責任追及も必要です。ですが、多国籍化した大企業の場合は、そうした高付加価値の部分は海外でやっているので、切迫感はありません。日本の教育やインフラに大きな問題があっても、改革の旗を振る困難を背負うよりは、海外で進めたほうが合理的、そのような判断の方が多そうです。
 政治にも問題があります。日本型の保守というのは、産業界は重視しますが、同時に国内の保守票に支えられています。保守票は国内の改革には反対しますから、国内の改革をしないで経済界が潤うような空洞化はむしろ推進してしまう結果になります。つまり日本型の保守イデオロギーというのは、空洞化との相性がいいのです。
 一方で日本型のリベラル派は、そもそも組合を組織票にしていたり、社会主義的な発想法が残っていたりして、民間企業の活動にはフレンドリーではありません。更に、支持層が高齢化して年金生活に入る現状では「経済成長を進めると社会が変わってしまう」などといって、大規模イベントに反対するなど別の意味で超守旧派になっています。

日本社会は40年間、我慢強く耐えてきた
 人類史上珍しい長期にわたる衰退を続けたということは、言い換えれば、社会全体が間違った考え方に対して40年近く我慢強く耐えてきたということです。コンピュータは(システム、制度、データの)標準化を伴わないのでDXが負荷の上乗せになってしまう、世界の共通言語は英語なのに使える英語教育ができない、先端技術への投資が官民でどんどん細るなど、40年間よくもまあ間違ったことを続けてきたのだと思います。
 空洞化がここまで進んだのも、国内が変われなかったことの結果であるとも言えます。その意味で、今ようやく強い現状不満の感情が芽生えてきた、そのことは一種の覚醒として評価してもいいのかもしれません。
 こうなったら、幕末の志士たちが、排外テロリストから開国と近代化へと180度方向転換した先例に学ぶべきです。つまり、非連続的な発想の転換によってポピュリズム的なエネルギーを正しい方向に向けることは可能なはずです>(以上「Newsweek」より引用)




日本経済低迷の主因である「空洞化」をなぜ総選挙で議論しないのか」と題して冷泉彰彦(ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト)氏が今回の選挙戦全般を批判している。
 高市氏は政権樹立以来「失われた35年」からの脱却を標榜してきた。そのために「経済成長政策」を重点的に掲げて、従来の自民党政権が実施してきた経済政策からの転換を国民に提起してきた。スローガンは「責任ある積極財政」だが、野党はそれに対する論争ではなく、相変わらず「パー券」不記載や、統一教会問題を取り上げている。

 つい先日、高市氏が握手していた際に手を引っ張られて「関節リュウマチ」を悪化させ、その治療を優先してNHKの「日曜討論会」番組を欠席したのに対して「敵前逃亡だ」と批判する野党党首たちの人格的な「貧困さ」には唖然とするばかりだ。有権者に向かっては「弱者に寄り添う」などと小賢しい発言している者たちが、難病指定を受けている「関節リュウマチ」患者の高市氏を猛烈批判するのは解せない。「お大事に」と気遣うべきではないのか。
 そのような「心の貧困」は有権者から厳しい評価を下されるだろう。「関節リュウマチ」は膠原病に関係し、多くの人がこの難病と闘っている。歌手の八代亜紀氏が膠原病患者だったことは多くの人が知るところだ。

 政策論議よりも高市氏の病欠を批判するのは如何なものだろうか。今回の総選挙の「争点」として高市氏は「責任ある積極財政」を掲げた。もとより「失われた35年」から日本経済を救い出すための経済成長戦略こそが選挙の争点でなければならない。
 世界が平均で年2%~3%成長している間、日本経済はゼロ成長を続けて国民所得は平均520万円からが430万円まで低落し、国民の多くが貧困化した。そして生活保護費以下の国民年金の支給に高齢者が喘いでいるのも偽らざる現実だ。このような歪な日本社会のあらゆる問題の原点に「経済成長しない日本経済」がある。その問題の原点すら取り上げないで「存立危機事態」発言を執拗に取り上げ続ける野党に、国民はウンザリしている。そのような想定上の問題よりも、現実の困難な日常生活にこそ論点の光を当てるべきだ。

 愚かな政治家が財務官僚の真似をして「消費税減税は財源なき無責任だ」と発言する始末だ。なぜ彼らは勉強しようとしないのだろうか。殆どの大学は入学したら教養課程で経済原論の講座を設けているはずだ。せめて経済原論だけでも学べば、財務省が国民を洗脳している財源論がいかに陳腐なものか解るはずだ。
 政治家になったら通信教育でも良いから、先ずは経済学を学ぶべきだ。そうすれば経済成長なき社会は衰亡するしかなく、国民は貧困化するというのが簡単に理解できるはずだ。それはパイ(経済規模)が同じなら、増大する一方の行政需要を賄うために増税するしかなく、国民の懐に手を突っ込んで徴税するしかないからだ。現に35年以前には国民負担率が35%程度でしかなかったが、現在は46%を超えている。それほと゜国民負担を多くすれば個人消費は減少して経済が成長しなくなるのは自明の理だ。

 だから消費税減税を多くの政党が打ち出している。出来ることなら消費税は廃止すべきだ。欧州諸国は付加価値税を導入しているが、それは元々対米輸出のための「輸出補助金」の要請から設けたものだ。もちろん日本の消費税も「輸出補助金」の側面を持つ。だからトランプ氏が関税に消費税分をオンしたのだ。
 しかも個人が消費する「所得」は所得税を課された「課税済み」のものだ。それを消費したら税金を掛ける、というのは「応能負担原則」に反するだけでなく、二重課税を排する、という税のあり方の基本に悖る税だ。こんな税理論に反する税目は導入したのが間違いで、直ちに廃止すべきだ。そうすれば、日本経済は劇的に成長し始める。現在の殆どすべての財政上の問題は発展的に解決する。嘘だと思うなら、実施すれば簡単に解るだろう。そうすると、「財源は~」と批判していた財務省やオールドメディアや評論家諸氏は面目を失うだろうが、多くの国民にとって悪いことではない。

このブログの人気の投稿

それでも「レジ袋追放」は必要か。

麻生財務相のバカさ加減。

無能・無策の安倍氏よ、退陣すべきではないか。

経団連の親中派は日本を滅ぼす売国奴だ。

福一原発をスーツで訪れた安倍氏の非常識。

全国知事会を欠席した知事は

安倍氏は新型コロナウィルスの何を「隠蔽」しているのか。

安倍ヨイショの亡国評論家たち。

自殺した担当者の遺言(破棄したはずの改竄前の公文書)が出て来たゾ。