いったい何度反省し、何度和解すれば気が済むのか。

<安倍晋三首相は26日夜、米ハワイの真珠湾を訪問するため羽田空港を出発した。ハワイ・オアフ島にある真珠湾で27日午前(日本時間28日早朝)、オバマ大統領とともに慰霊に臨む。1月に任期満了を迎えるオバマ氏と最後の日米首脳会談も行い、首相が2012年末に政権に復帰してから4年間の日米関係の総括をしたい考えだ。

 首相は現地で27日、真珠湾のアリゾナ記念館をオバマ氏と訪問した後、所感を発表する。日本の現職首相が米大統領と同記念館を訪れ、慰霊するのは初めて。首相は羽田空港を出発する前、「戦争の惨禍を二度と繰り返してはならないという未来への誓い、(日米の)和解の価値を世界に発信したい」と述べた。28日夜に帰国する予定>(以上「朝日新聞」より引用)

 当時の国際的な常識では、日本は開戦する以外に選択肢はなかった。さもなければ他のアフリカやアジア地域と同様に、日本は米国の植民地になっていた。
 愚かな評論家やMCが軽々しく「日本の植民地統治下の朝鮮半島では、」とか「植民地統治」と「併合」とを敢えて混同させる発言をしているが、植民地統治と併合は明らかに異なる。1910年から1945年までの朝鮮半島で、日本人が朝鮮人の婦女子を何処ででもレイプしても許され、朝鮮人男子を牛馬以下の扱いで酷使するのが当たり前だっただろうか。

 併合以後の朝鮮半島で日本政府が教育施設利充実(1910年の併合当時、教育施設は両班の子弟を教育する四校のみしかなかったのを併合期間中に半島全域に4000校ばかり建設した)や、医療制度・施設の整備拡充を図ったり、半島全土で開墾を行って農業生産を高め、治山治水事業を行って半島に堕路を築き発電所を建設した。
 そうしたインフラ整備を行いつつ、朝鮮人の識字率を上げるべくハングルの普及を行いすべての朝鮮人に教育の機会均等を図った。欧米列強によるそんな植民地があっただろうか。

 当時、日本はまさしく有色人種で唯一欧米列強と互角に戦える軍備を備えた独立国だった。それを妬んだ欧米列強、とりわけ西進していた米国が目の敵にして潰しにかかった。
 様々な嫌がらせをして最後に、米国は日本を無力化するために石油をはじめとする鉄鉱石などの資源輸出を「禁輸」とした。日本の軍艦や航空機は半年後にはガスケツとなり一切の軍事作戦が出来なくなる事態に陥った。採るべき道は開戦か植民地化かの二尺択一となった。

 そうした緊迫した事態の下で、当時の日本の指導者たちは開戦を決意した。もとより米国相手に勝てるとは思っていなかった。しかし東亜の民の総力を結集して植民地支配からアジアの民の開放を行えば、欧米列強もそれほど簡単に手出しは出来なくなる、と考えた。だから、日本軍は主として東南アジアの欧米列強軍を相手にしてインドまで快進撃した。
 本気で世界征服しようなどとは、当時の軍部も考えてはいなかった。ことに米国本土を攻撃しようとは本気で考えていなかった。ただ、東南アジアへ進撃するのに米国の太平洋艦隊が邪魔するのを防ぐためにハワイの太平洋艦隊を攻撃したに過ぎない。

 謝るべきは日本ではない。謝るべきは日本の市民を非道にも大量虐殺した米国であり、占領した後も現在に至るまで日本国民を「自虐史観」に洗脳したGHQだ。
 日本が果たした役割を矮小化し、今も矮小化し続けている半島国家や中共政府が「謝罪」を求めているが、その魂胆たるやいかに史実を捻じ曲げたものであるか。断じて日本国民は半島国家や中共の中国に「謝罪」すべきではない。

 米国に対して「戦禍」をもたらしたのは当時の米国の膨張主義であることを、戦後レジュームを脱却すると叫んでいた安倍氏は主張すべきだ。真珠湾攻撃は決して「奇襲」攻撃ではなかったし、攻撃目標は軍事施設に限定されていた。それは後の米軍による日本本土攻撃とは全く異なるものだ。
 和解を求めるべきは米国であって、断じて日本ではない。ハワイを訪問し戦禍に対して詫びを入れるというのなら、安倍氏は初の総理大臣ではない。四人目の泥鰌だ。日本軍が軍事施設に限定して攻撃を行ったことを主張するのなら、アリゾナ記念館を訪問しても良い。その程度の矜持を以て、日本の総理大臣ならハワイを訪問すべきだ。


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