日本企業の生産拠点の海外移転を正当化する論理とは。

 私は常々日本企業へのUターン投資減税を行うようにこのブログで提言してきた。それは取りも直さず、円高の時期に経済評論家やマスメディアが盛んに企業の生産拠点を海外に移転して、安い労働力による生産に切り替えなければ最大利益は実現できないと囃し立てたことに対するアンチテーゼだった。
 国内労働価格が高いのなら、生産性を上げれば対応できるはずだし、日本国民の勤勉さと向上心を企業の生産活動の取り入れれば製品価値そのものを上昇させることも可能だ。そうして日本企業はたとえ円高環境の中でも生き延びて世界で活躍できるはずだ。

 しかし安易な思考に流れる経営者たちは大挙して生産拠点を海外へ移転させてしまった。その数たるや十万社を超える勢いだ。それでは国内雇用環境が総崩れのように悪化するのは当たり前ではないだろうか。
 そして今や円安の日本企業が生産拠点を国内回帰する絶好期だが、またしてもそれに仇なす評論家が登場している。彼曰く「地産地消」が最も良く、消費地に近いところで生産すれば輸送コストが削減できる、というのだ。まさか工業製品も野菜などと同じく鮮度が製品価値に大きく作用するというつもりではないだろう。しかし「地産地消」とは如何にも合理性のありそうな表現だ。

 だから彼は国内回帰よりも新たな生産拠点を求めて世界へ生産拠点を移動させよ、と勧める。また彼は「地産地消」の他に日本国内の労働生産人口が減少するから国内回帰しても労働者を集めるのに苦労する、とも述べている。
 卵が先か鶏が先か、という堂々巡りの例え話がある。安定した雇用がないから若者たちが所帯を持って子育てをするのに消極的になり、少子化が進んで労働生産人口減のスパイラルに陥っているのか、それとも労働生産人口が減少するから先手を打って海外へ生産拠点を移すのか、という卵と鶏の例えだ。しかし、いずれにせよ日本の未来に寄与しない、企業収益の最大化のみを求める経営者は日本国民としての存在の必要姓を認めない。彼らが大きな顔をして日本政府の政策に嘴を挟むのは厚かましいにも程がある。

 そして経営者たちのそうした経営方針に非を唱えない労働組合幹部たちとは一体なんだろうか。労働者の仲間たちの雇用はどうであれ、自分たちの雇用さえ守られれば生産拠点の海外移転などの経営方針にニコニコして従うというのだろうか。
「立て万国の労働者」とは労働歌の歌い出しの文句だ。しかし連合などに参加している労働組合の幹部たちは「立て企業内の正社員たちよ」と文句を変えるべきだろう。それほど情けない団体に労働組合は成り果てている。

 世界の自由主義社会は否応なく1%対99%の戦いに組み込まれている。日本も着々と政府に巣食う新自由主義者や市場原理主義者たちによって労働者が営々として勝ち取ってきた働く者の権利を「規制」と読み替えて「規制撤廃だ」と安倍首相は狂気じみた叫び声を上げている。
 誰か彼を止めなければならないが、野党は揃って第二自民党か自民党補完政党に成り果てている。政治家がニートたちの政治稼業に成り果て、政界は1%による99%からの搾取に顔をそむけて「政治ごっこ」にうつつを抜かしている。そして経済評論家にも企業あって国民なし、国家あって国民なしの似非・言論人が大手を振っている。その偽物ぶりを見抜く眼力を国民は持たなければならない。そうしないと格差社会はますます進行する。


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