現行制度を前提とした「社会保障費」の付け替えは限界だ。

 テレビの報道番組はまるで官僚の思惑を国会審議の前に国民に告知する広報機関のようだ。今もテレビで国民医療費の個人負担に関して「官僚の作文」を告知している。
 毎年医療費が増大している、と永遠にそうしたことが続くかのように報道しているが、団塊の世代が概ねこの世から消え去る20年後には医療費が減額するのは目に見えている。もちろん医師も病床も過剰になるだろう。

 時代を見通す制度設計のない、官僚が任期の間だけ何とか辻褄を合わせて官僚たちに都合の良い制度を温存させるためにやって来たツケがここにきて矛盾を露呈しているだけだ。断るまでもなく、こうした少子高齢化が到来し今日の事態に陥るのは数十年も前から予見できていたことだ。
 しかし、適切な手を打ってこなかった。いうまでもなく団塊の世代はいきなり前期高齢者になったわけではない。若者の時代には保険料をしっかりと支払ってきたし、制度によって老後は守られると思ってきた。

 だが、ここにきて明らかな「社会保障制度」の社会保障制度らしからぬ実態、現役時代の職業により年金支給額が明らかに異なるというイヤラシイ現実を目にして驚いている。
 いうまでもなく、社会保障制度は社会主義によって誕生したものだ。資本主義の行き過ぎた所得格差を是正すべく誕生したのが社会保障制度だ。その制度により所得格差を是正し、社会から飢餓や貧困をなくそうという資本主義の修正だ。

 しかし官僚・公務員はいつの間にか高額年金を手にする「共済年金」制度を国民年金の二階部分という説明で設けられていた。それがいかに理不尽な説明か、国民年金加入者は常に一階部分の生活保護費以下の年金しか手に出来ない絶望感のまま老後を過ごさなければならない。
 貧困や飢餓は遠い江戸時代や別世界の話ではない。現代日本の身の周りに普通に起こりうる話だ。それでも政治家たちや官僚たちは自分たちさえ良ければ国民年金加入者のことは知らぬ存ぜぬで押し通すつもりなのだろう。だがそれが日本の社会保障制度とはあまりに情けないではないか。

 富める者は日々の暮らしに困る者の身の上を思いやるべきではないか。社会保障とは「負担は応能で支給は一律」というのが大原則だ。その原則に年金も立ち返るべきではないだろうか。


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