終戦を控えて『戦没者慰霊』のニュースに接する都度、不快になる。

 戦時国際法に『非戦闘員の殺害』を禁じているにも拘らず、米軍は本土空襲と称して沢山の非戦闘員を殺害した。軍需工場の爆撃はもとより、市街地や鉄道駅などを無差別に爆撃して、多数の非戦闘員を殺戮した。それはナチスドイツのホロコーストに匹敵する犯罪だ。
 その犯罪を摘発することなく、ただただ「悪うございました」と頭を垂れるだけが理不尽にも殺害された人たちの「慰霊」になるのだろうか。米国の戦争犯罪を正しく指摘して国際社会に訴えるべきではないだろうか。そうした努力を日本がすべて放棄したため、米国は第二次世界大戦後も好い気になって世界各地で他国々へ勝手に土足で踏み込み、蚤のキンタマほどの屁理屈をつけて勝手気儘に振舞うのだ。

 イラクのスンニ派の武装勢力への空爆も『蚤のキンタマ』ほどの屁理屈をつけて実施している。それも日本が厳しく米国の戦争犯罪を批判しなかったから増長してきた結果なのかもしれない。
 米国の主張する正義が世界人類すべての普遍的な正義ではない。あくまでも米国基準の突き詰めればオバマ基準の正義でしかない。人殺しをキリスト教が容認しているのなら、それはオバマの宗教倫理に悖らないかも知れないが、それは仏教徒の日本人の観念に合致するものではない。

 日本国民は米国基準とは異なる倫理観念を持っている。その日本国民はいつまで理不尽な米国の我儘な殺戮を容認し、米国基準に過ぎないグローバル化を受け容れるのだろうか。
 日本人は勤労を貴ぶ国民だ。金融資本の走狗ではないし、投機により短期的に稼ぐ連中を『博徒』と呼んで蔑んでいた。それが日本国民のアイデンティティーだったはずだ。米国基準に振り回されるのはいい影止めようではないか。「王様は裸だ」と真実の声を上げよう。意味不明な『二度と繰り返しません』などという言辞を口にしないで、『米国よ、非戦闘員を虐殺した罪は贖うべきだ』と戦争慰霊祭では叫ぶようにしよう。


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