立憲主義国家日本の危機

 いよいよ自民党安倍政権が「解釈改憲」で集団的自衛権の行使を可能にする挙に出るという。六月から始まる通常国会で議論した上で閣議決定して実行可能にするというのだ。私は国家として軍の存在を否定することは狂気の沙汰と思うし、集団的自衛権を認めない国家は世界の非常識だと思う。しかし、それでも、解釈改憲には賛成できない。
 立憲主義は憲法に定めた事柄により誰もが従うべきとされ、憲法こそが国家の最高法規とする近代国家のありようを示している。立憲主義国家では国家権力といえども行動規範は憲法により規定され、国民の権利・義務も憲法を拠り所とされるべきであって、憲法の規定に関わりなく政治を執行することは許されない。

 自民党の高村氏が「砂川事件の最高裁判決」が集団的自衛権を容認している、と暴論を展開している。それこそが「解釈判決」とでもいうべきであって、砂川判決は集団的自衛権を前提に書かれたものではない。
 砂川事件の対する一審判決は「駐留米軍は軍事力放棄を明記した憲法に違反する」とした。それに慌てたのが米国で、一審判決が定着すると駐留米軍は憲法違反となる。さっそく日本政府に働きかけて日本の防衛のために軍事力の保持は憲法に定める軍事力の保持とは看做さない、とする最高裁判決を引き出したものだ。高村氏が強弁するように砂川事件に対する最高裁判決は集団的自衛権を是認するものだ、というようには読めない。

 日本に駐留する米軍の軍事力を日本国憲法は是認している。その米軍は世界各地へ出掛けて他国と軍事行動を協力して行っている。だから日本の自衛隊も国外へ出掛けて他国と協力して軍事力行使をしても問題ない、という三段論法が高村氏の主張だ。
 しかし米軍の総帥権は日本国首相に所属していない。米軍は米国大統領の指揮権下にある。だから米軍と自衛隊を同列の「軍事力」として論じることが間違いだ。それなら米軍が核兵器を国外であろうと保有しているから、自衛隊も国外なら米軍から核兵器の供与を受けても是認される、というのだろうか。荒唐無稽な議論を巻き起こすよりも、立憲主義国家として、自民党はまず憲法改正に着手すべきではないだろうか。

 手続きを踏まない民主主義はもはや民主主義とはいえない。安倍氏は外遊先の英国で「日本は原発を稼動する」と明言したようだ。それならなぜ先の国政選挙で国民にそのように説明しなかったのだろうか。
 それに対して英国の反応は「この人マトモか?」というものだったようだ。英国では電力の原価算定に「総括主義」を用いないで、世界の常識である企業会計原則を採用しているため「原発は極めて高価な電力発電装置である」との概念が国民に定着している。だから発電原価が高額な原発よりも自然再生エネルギーに置換していくべきだ、というのが英国のみならず欧州の趨勢になっている。しかし安倍氏は官僚たちの「総括原価方式」による「原発による発電原価は安価である」との誤ったレクチャーを受け、それが正しいと信じ込んでいるため英国証券取引所で堂々と世界の非常識演説をして失笑を買ってしまったのだ。日本の常識が世界の非常識の最たるものだ。

 そして立憲主義国家としてのありようとして、第九条を頂いている日本国憲法を世界のどの憲法学者が解釈しようと「集団的自衛権容認」にはならない。日本は世界の失笑を買う非常識に踏み切ろうとしている。一体誰がこんな馬鹿な政治家たちに多数を与えたのだろうか。国民は真摯に反省すべきだ。
 断じて「解釈改憲」により集団的自衛権を可能にしてはならない。それは立憲主義の死を意味する。最高裁判所が違憲立法審査権を放棄したことになる。国家としての基本原理である「三権分立」すらも崩壊したことになる。国家としての危機にあることに、国民は危機意識を持つべきだ。危機感なき国家意識の高揚が先の戦争への引鉄になったことを国民は知るべきだ。


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