ありがとう、「イザ」
残念ながらイザが本年一杯でリニューアルということで、このブログ欄が削除されるようです。私は約二年十ヶ月前にお邪魔して「日々雑感」という題で書き始めてから3300回を超える更新を行い、それに対して累計で250万回以上も「日々雑感」にアクセスして頂いたことは望外の喜びです。
「日々雑感」は今流行りの数行のツブヤキでもなく、軽い内容でもなく、時事問題に主眼を置いたどちらかというと読み難く堅いブログをお読み頂く奇特な方がこれほどこの国にいらっしゃることは驚きであり、書く者として励みでもありました。
この国の不幸の大部分は「自由」なマスメディアを国民が持っていなかったことにあります。報道する側の自由のみが取り上げられていますが、どのような報道を受け取るかの受けての自由もあってしかるべきです。小林秀雄が終戦直後に文化人や言論人がこぞって「一億総懺悔」を競っている時に「私まで乗り合わせたポンポン船の振動に同調するのは腹立たしい」と論じていました。
言論人は決して「○○ごっこ」の渦中に飛び込んではならなりません。その渦中で人々はどのように動き反応しているかを子細に観察して時代の真理を切り取って文章表現で提起すべきです。アベノミクスを囃し立てている人たちは言論人ではなく、もはや幇間の類でしかありません。
そうした世相観察の手法と文章表現において私が他人より優れているとは思いませんが、少なくともそのようにあるべきと心がけてきました。この国のマスメディアは恰も一艘のポンポン船に乗り合わせた乗客のようです。
すべてのマスメディアが判で押したように2020五輪東京招致に賛辞を送り、一社たりとも五輪召致よりも、空洞化し劣化した東京のインフラを真剣に論じようとしないのには驚きます。次世代のためを常に考えるのが政治家なら、目の前のお祭り騒ぎよりも安全にして快適な都市インフラや空間を残すのに尽力すべきです。
高度経済成長は終わったことを、そして人口減社会において経済成長することの困難さをマスメディアは国民に広報し、成熟した社会とは何かを共に考えるべきです。そうした一助となるべく、私はブログを書き続けます。
場所をFC2に移して政治・経済欄に「日々雑感」として力の及ぶ限り更新し続けます。イザで御愛読して頂きました方々に心から御礼申し上げ、引き続きFC2に訪れて頂けることを心から願っています。
それでは新年が皆様にとりまして今年よりもより一層良いお年でありますように。
km2295記
「日々雑感」は今流行りの数行のツブヤキでもなく、軽い内容でもなく、時事問題に主眼を置いたどちらかというと読み難く堅いブログをお読み頂く奇特な方がこれほどこの国にいらっしゃることは驚きであり、書く者として励みでもありました。
この国の不幸の大部分は「自由」なマスメディアを国民が持っていなかったことにあります。報道する側の自由のみが取り上げられていますが、どのような報道を受け取るかの受けての自由もあってしかるべきです。小林秀雄が終戦直後に文化人や言論人がこぞって「一億総懺悔」を競っている時に「私まで乗り合わせたポンポン船の振動に同調するのは腹立たしい」と論じていました。
言論人は決して「○○ごっこ」の渦中に飛び込んではならなりません。その渦中で人々はどのように動き反応しているかを子細に観察して時代の真理を切り取って文章表現で提起すべきです。アベノミクスを囃し立てている人たちは言論人ではなく、もはや幇間の類でしかありません。
そうした世相観察の手法と文章表現において私が他人より優れているとは思いませんが、少なくともそのようにあるべきと心がけてきました。この国のマスメディアは恰も一艘のポンポン船に乗り合わせた乗客のようです。
すべてのマスメディアが判で押したように2020五輪東京招致に賛辞を送り、一社たりとも五輪召致よりも、空洞化し劣化した東京のインフラを真剣に論じようとしないのには驚きます。次世代のためを常に考えるのが政治家なら、目の前のお祭り騒ぎよりも安全にして快適な都市インフラや空間を残すのに尽力すべきです。
高度経済成長は終わったことを、そして人口減社会において経済成長することの困難さをマスメディアは国民に広報し、成熟した社会とは何かを共に考えるべきです。そうした一助となるべく、私はブログを書き続けます。
場所をFC2に移して政治・経済欄に「日々雑感」として力の及ぶ限り更新し続けます。イザで御愛読して頂きました方々に心から御礼申し上げ、引き続きFC2に訪れて頂けることを心から願っています。
それでは新年が皆様にとりまして今年よりもより一層良いお年でありますように。
km2295記