この余りに言葉の軽き首相の演説。

  施政方針演説でかつて自民党の福田首相も麻生首相も「与野党協力して話し合おうではないか」と言ったではないか、と自民党に詰め寄るのはいかがなものだろうか。それならかつて民主党はことごとく与野党協議で自・公案に反対して、当時の小沢代表が福田首相と模索した「大連立」に到っては頭から反対したではなかったか。その小沢元代表の大連立を話し合うこともなく一顧だにせず完全否定した当時の非主流派の造る野田民主党内閣は当然自・公の協議入りにすら反対するのを見通した上で国対戦略を立てるべきではなかっただろうか。


 


 『高き屋に のぼりて見れば 煙(けぶり)立つ 民のかまどは にぎはひにけり』とはいうまでもなく仁徳天皇の御歌である。その歌に込められて仁徳天皇の御心をご説明するまでもないが、治世者の心得として今も引用される話だ。いにしえの民主主義という概念のない時代ですら治世者は庶民の暮らしに心を砕かなければならないという戒めだが、現代日本の民主主義国家において選挙でマニフェストに謳ってないことに血道をあげ、国民の生活が一番の政治を放棄した野田政権に国民は心底からの怒りを込めて異を唱えなければならない。


 


 社会保障の一体改革に関連してか、国民年金加入者の負担すべき納付額が一律なのを考慮して、低所得者に対しては減額すると決めるようだ。60%を切った壊滅的な納付率に音を上げた厚労官僚の浅知恵だろう。


 取る方を取りやすくするのも尤もだが、国民年金受給者に支払われる額が暮らせない生活保護費以下の金額なのを放置したまま『社会保障』の一体改革とは呆れてものが言えない。つまり野田氏の言う『社会保障の一体改革」とは羊頭狗肉野田政権の面目躍如たる文言だ。所詮は破綻が目前に迫った地方公務員共済年金を厚生年金に共済年金の優遇制度をそのままに温存してくっつけて、公務員の共済年金利権の延命を図ろうとしているにすぎない。


 どこが社会保障の一体改革なのか。言葉による誤魔化しもいい加減にしたらどうなのだ、財務官僚の下請けになり果てた野田民主党政権よ。


 


 富める官僚をさらに富ませ、高額支給の公務員共済を温存するとは、野田氏の言う『社会保障と税の一体改革』とは何なのだろうか。早くも1/25の朝刊で「消費税は10%では済まない」とさらなる消費増税が必要だと宣言している。欧州諸国の消費税が20%を軒並み超えていると言いたいのだろうが、それらの諸国は生活に必要な食料品や医療費や教育費は無税かあっても数%と低率に軽減されている。日本の全品目5%の消費税がいかに貧困世帯を直撃しているか、全く触れない日本の大手マスコミとは誰の味方なのだろうか。


 


 まず国民の生活が成り立つように景気回復に全力を注ぐべきだ。国内のあらゆる規制を改革して例えば『保育事業』に誰もが参入できるように設置基準をできる限り撤廃し、高齢者老人ホームの杓子定規な設置基準も緩和すれば廃校となった小中学校の校舎も転用できるようになるだろう。


 道づくりもどこまでも高規格道路を推進するのではなく、地方には離合できる個所を造るだけでも安全性の増す道路がゴマンとある。そうした生活道路の整備にこそ目を向けるべきではないだろうか。ほとんど交通量の確保できない山間僻地の高速道路はもはや不要だ。


 


 野田氏とその閣僚たちが財務官僚や各省庁の官僚たちのマインドコントロールから一日も早く目覚めることを願う。官僚による官僚のための国家はもうたくさんだ。仁徳天皇の御歌を野田氏は噛み締めることだ。



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