なぜ処分しなければならないのか。
小沢氏が何をしたというのだろうか。延べ数百人もの捜査員を動員して30数億円もの巨費を投じた結果、検察は小沢氏を「不起訴」とした。それを実態不明な審査過程の検証すらできない第五検審会で「不起訴不当」との議決を受けての検審会起訴をされたに過ぎない。
それが民主党の処分に値するというのなら、誰でも実態不明な検審会により起訴すなわち「処分」という馬鹿げた途を開くことになる。「馬鹿げた」ことだと断定するのは国会議員たる民主党議員が「選挙で選ばれた」国権の最高機関を構成する国会議員の「党員資格停止」するからであり、そうした愚行を実施しようとするとは何事だろうか。
そうした暇があれば、なぜ国民の目に不透明な第五検審会の実態解明をやろうとしないのだろうか。そうした議論を大手マスコミも避けているのはなぜなのか、第三者による検証不能な機関をこの国に存在させることの方がいかに恐ろしいことか。そうした観点を持たないマスコミは何かの権力構造の使い走りに過ぎないと断定せざるを得ない。
そして国会議員が同僚議員の権利を狭める行為をすることが歴史的にどのような意味を持つのか、想像力が及ばないのを暗愚という。暗愚な国会議員に牛耳られる政党があるとすれば、この国を差配しているのは民主政治ではなく特定の「権力」が恣にする政治だといわざるを得ない。