中道改革連合が掲げる「生活ファースト」の反対語が「日本ファースト」とは。

完全ノーマーク、不意打ち食らった高市首相
 高市早苗首相が通常国会(23日召集)冒頭での衆院解散を検討しているとの報道が流れ、その無茶苦茶なスケジュール感に日本中があ然としたのもつかの間、今度は野党第1党の立憲民主党と、連立政権から離脱し「新・野党」となった公明党が新党「中道改革連合」を結党した。この間、わずか1週間。めまぐるしい政界の動きは、1990年代半ばに自民党が初めて野党に転落した頃の政界の激動にも似てきた。
 筆者は昨年12月30日にこの場で「公明党が握る2026年高市政権の命運、維新・国民の与党傾斜で手にした政局の主導権、高支持率でも実は脆い自民の足元 次期衆院選で明確になる公明党のスタンス、立憲と連携なら自民は心穏やかにいられるか?」という記事を公開したが、事態は筆者の予想をはるかに超えて進んだ。軽く驚いている。
 高市首相は解散の方針を自民党内にもほとんど明かさず、官邸周りの少数の人物だけで決めてサプライズを演出したはずだったが、ノーマークだった野党陣営に、逆にサプライズを仕掛けられた形になった。
 高市首相は「自民党の単独過半数を回復し、日本維新の会や国民民主党に媚びずに政策を実現する」ことばかりに気を取られ、野党陣営の立憲や公明のことなど考えてもいなかった。その結果、公明党がこの間たびたび発してきたメッセージの意図を十分に受け取れず、「なめくさっていた」野党からとんだ不意打ちを食らった、と筆者はみている。
「高市自民圧勝」が当然視されていた政界の空気は一変した。2月8日とも15日とも言われる投開票日まで、政治の動きから「目が離せない」状況が生まれたのは、実に好ましい。
高市政権は野党をなめ切っていた
 高市首相がこの時期の衆院解散を決めたことにはさまざまな批判があるが、最も大きい批判は「2026年度予算の年度内成立が絶望的になり、物価高に苦しむ国民生活を直撃する」ことだろう。
 そもそも高市政権は、当面の政権運営には全く困っていなかった。連立を組む日本維新の会に加え、野党第2党の国民民主党も「2026年度予算の年度内成立への協力」で自民党と合意したからだ。年末の政界は「これで予算成立までは衆院解散はない」という見方が支配的になっていた。
 ところが1月9日、読売新聞が突然「冒頭解散」を報じた。せっかく確実視されていた「予算の年度内成立」さえご破算にする無茶苦茶な解散戦略に、野党のみならず自民党内にも「何のための解散なのか」と戸惑いが広がった。
 解散戦略を練ったのは、安倍政権時代の総理秘書官だった今井尚哉内閣官房参与ら、官邸内の限られたメンバーだったとされる。思えば、彼らが仕えた安倍晋三元首相も、野党の選挙準備が整わないうちに、多額の税金を使って小刻みに「自己都合解散」を打つことで「安倍1強」の状況を作ってきた。解散に踏み切る心理は、確かに当時とよく似ている。
 しかし、今回の解散を考える時、高市首相は野党、即ち立憲民主党や公明党のことなど、ほとんど意識していなかっただろう。彼らは現在の野党の党勢が「低迷している」となめ切っている。自民党の圧勝は、彼らにとって自明のことだったはずだ。
 ならば彼らは、解散によって何を得たいのか。それは「圧勝することで、他の中小野党の機嫌を取らなければ政権運営できない、うっとうしい状況を解消する」ことだったのだと思う。

「中小政党」の相手など面倒で仕方がない
 高い内閣支持率のせいで忘れられているが、高市政権は衆参両院とも少数与党という、自民党始まって以来の弱小政権としてスタートした。国会のリアルパワーの弱さ、つまり「議席の足りなさ」は、霞のような支持率で補完できるわけがない。
 長年の友党・公明党に連立から逃げられ、代わりに「連立」に引き込んだ日本維新の会は、閣僚を出さない「半身」の姿勢を崩さない。維新は自民党内にも反対論の強い「衆院の議員定数削減」に異様にこだわり、実現しなかった場合の連立離脱までちらつかせ、高市政権を悩ませた。
 連立入りへの強い意欲を隠さない国民民主党も同様だ。高市政権は国民民主党から「予算の年度内成立に協力する」との確約を得る代わりに、同党肝いりの「178万円の壁」問題でその主張を丸のみさせられた。それでも、国民民主党を新たな連立相手に迎えれば、政権運営は安定するし、維新のこともけん制できる。
 一部では「選挙後は不祥事続きの維新と手を切り、公明党や国民民主との連立組み直しも……」という自民党内の声まで報じられた。
 しかし国民民主党は、玉木雄一郎代表ら幹部は連立入りに前のめりだが、支持団体の連合がそれを許さない。玉木氏は結局連立入りを決めきれず、高市政権側をいら立たせた。
「安倍政権再び」を夢見る官邸チームは「安倍1強」のもと野党にも連立相手にも気を遣わず自由に権力を行使できた、楽な政権運営に慣れっこになっている。
 維新や国民民主など「たかが中小政党」(あえて言う)のご機嫌を取るのに腐心する政権運営など、面倒で仕方がない。そこへ「自民党が単独過半数をゆうに超える」との衆院選の情勢調査が舞い込んできたら……。
 高市首相が早期の解散・総選挙で自民党の単独過半数を確保し、自由な政権運営をしたい、という誘惑にかられても不思議はない。

誰もが勘違いしていた公明党のメッセージ
 高市政権にとって今回の解散は「維新や国民民主といった『ゆ党』を政権運営から切り捨てる」ための解散だと言っていい。仮に連立を組んでいても、自民党の圧倒的な力で野党どころか、連立相手の主張をもねじ伏せられる、そんな政治を求めたのだろう。
 しかし高市政権は、そのことに気を取られるあまり、本来の野党陣営である立憲や公明のことは、ほとんど眼中になかった。この「公明党への甘い読み」が、今回の「不意打ち」につながったのだと思う(もっともこの読みは高市政権のみならず、政界のほとんどすべてに広がっていたが)。
 連立を離脱してからの公明党からの発信は、政界の間で相当に誤って解釈されていたと思う。
 斉藤鉄夫代表は連立離脱表明直後の昨年10月12日、フジテレビの番組で「自民党と26年間積み重ねてきた信頼関係がある」と述べた。選挙協力については「党同士で推薦することはないが、各地域で人物本位、政策本位で応援していく。地域の信頼関係に任せたい」と語っていた。2025年度の補正予算案については「公明の提案が随所に反映されている」として賛成に回った。
 政界では「公明党は選挙でも自民党への支援を一定程度続けるのでは」「ほとぼりが冷めたらいずれは与党に戻るのでは」といった、自民党にとって楽観的な観測が流れていた。決定的な勘違いを生んだのが、斉藤氏が1月8日の党会合で語った、この言葉ではなかったか。
「国民の信頼を勝ち得れば、再び与党として政策実現で力を発揮する。そのことを目指して再出発したい」
 筆者は軽い驚きを覚えた。「国民の信頼を勝ち得て与党になる」とは、自民党との政権選択選挙に勝つ、ということなのか。そうでなければ「再出発」などという言葉は使わないはずだ……。
 だが、この「再び与党として」を、政界関係者の多くが「自公連立への復帰」と受け止めた。「支持母体である創価学会とのあつれきが生じるのでは」との解説もみられた。確かに、直前の補正予算案賛成などを見ていれば、その受け止めも自然だったのかもしれない。
 しかし斉藤氏は翌9日「今の自民党政権に戻るとの意味では全くない。中道改革勢力を結集し、私たちが政権を担える政治を目指すということだ」と、記者団に真意を説明した。
 ちなみに、高市政権の冒頭解散報道が流れたのはこの日の夜。立憲と公明が合流新党「中道改革連合」を総務省に届け出たのは16日、冒頭解散報道の1週間後のことだった。
 斉藤氏の8日の発言の真意が正確に伝わっていたら、果たして「冒頭解散」情報はこのタイ
ミングで、こんな形で表に出ただろうか。

公明は「自民党を割りたい」とさえ思っている?
 斉藤氏は15日、新党結成で合意した立憲の野田佳彦代表との党首会談の後「自民党と全面対決する党を作るつもりはない」と語った。斉藤氏の「自民党と全面対決しない」イメージも、連立離脱後ずいぶん喧伝されたが、それも誤った解釈だったようだ。
 斉藤氏はこう続けたのだ。
「自民党の中にも、中道改革の考え方に賛同してくださる方がたくさんおります。そういう方々と新しい日本の政治を作っていく」
 斉藤氏のメッセージは「自民党と全面対決せず、保守2大政党の一翼として協力することもある」という話では全くなかった。それどころかむしろ「高市政権に批判的な自民党の非主流派を、新党に引き込みたい」という意味が強かった。
 立憲関係者の1人はこう語る。
「『選挙で戦った後だと政党の移動は難しい。いっそ選挙前にこちらに来てはどうか』と声をかけている相手はいるようだ。ただ、自民党は派閥単位でないと大きな決断はできないので、選挙前の合流は難しいのではないか」
 要は、実現の可否はともかく「自民党を割りたい」という話のようなのだ。それを政界全体が「自民党との連携」と読み違え、さらに高市政権がそれを織り込んで衆院選における自民党の大勝を見込み、結果として冒頭解散の動きを早め、さらに「立憲・公明新党」の動きをも加速させたのではないか。
 以前から繰り返してきたが、世論調査の支持率を背景に野党陣営を「低迷」と評価して軽んじるのは間違いだと思う。
 現在の政治状況は「多党化」「2大政党政治の終わり」などでは断じてない。安倍政権時代の「自己都合解散」の繰り返しで「多弱」に追い込まれていた野党は、野党第1党の立憲民主党が小選挙区制という制度の恩恵も受け、衆院で確実に議席というリアルパワーを伸ばしてきた。
 今回の立憲と公明の合流がどれだけの規模でスタートするかは未定だが、自民党との議席差は、衆院の小選挙区制導入後に与野党が最も伯仲した2003年衆院選(自民党237、民主党177)に匹敵するレベルに達しそうだ。
「多党化」を振りかざしてきた人たちは、この現実をどう見るのだろうか。
 ともかく、高市首相は19日、ようやく自らの言葉で解散の意図を語る。この日は新党「中道改革連合」の綱領や基本政策なども明らかになるそうで、2大政治勢力によるガチンコの戦いが、事実上火ぶたを切る。まずはそれを見守ることとしたい。>(以上「JB press」より引用)




「中道改革連合」結成で高市自民“圧勝”シナリオは完全崩壊へ、読み違えた公明のメッセージ、野党をなめ切った代償ーー「ほとぼり冷めたら自公復帰…」痛恨の勘違い、吹き飛んだ単独過半数の皮算用」と題する尾中 香尚里(ジャーナリスト、元毎日新聞編集委員)氏の高市早苗氏を舐め切った論評を引用する。
 一読して「これぞオールドメディアの高市政権観」という感想を持った。戦後一貫して日本のジャーナリズムが「左派」に偏重してきたが、昨年来いよいよ国民のパラダイムシフトが起きて、日本国民の「国家観」は国際的な戦後80年にして「国家観」に復した。

 しかしオールドメディアの「国家観」は依然として戦後のままで、自虐に満ちた「反日国家観」を盲腸のように後生大事に持ち続けてきた。申し訳ないが、尾中氏も戦後オールドメディア業界で生きて来た御仁として、多分に「反日・左派」の国家観をお持ちではないかと推測する。
 尾中氏は立憲と公明が「野合」して「中道改革連合」を結成するのを「完全ノーマーク、不意打ち食らった高市首相」と記述しているが、余り人を馬鹿にしない方が良い。なせなら立憲党は昨年10月に高市氏が総裁に選出されるや、各野党に呼び掛けて野党連合政権樹立を画策したではないか。しかし頼みとした国民党に袖にされ、維新にもそっぽを向かれた。立憲党の政権構想は泡と消えた。

 今度の解散総選挙に際して、公明党は小選挙区の議席死守は無理だと思われた。そして全国に薄く散らばる支持者を搔き集めても、現有20議席を大きく割り込むのは目に見えていた。同じように政権奪取に失敗して以来、立憲党の支持率は一桁まで減少し、半減するのは確実視されていた。そのような「負け確定」の両党が結びつくのは別段どうということはない。ゴミとゴミがくっ付いて粗大ゴミになるだけではないか。
 しかも政党として基本的な原発政策と安全保障政策で大きく乖離のあった両党が、全面的に公明の政策を受け入れる形で合流する、とは立憲党の国会議員は選挙区の有権者に、どのように説明するつもりだろうか。

 「「中小政党」の相手など面倒で仕方がない」の章に関して、尾中氏は高市氏に確かめたのだろうか。自民党内にも様々な派閥(解消したことになっているが、歴然として残っている)の相手をするのも、「中小政党」の相手をするのも、同じではないか。いずれにしても民主的な団体のリーダーになれば色々な人に気を遣うのは当たり前だ。それを政権運営に持ち込んで高市氏を批判するのは「為にする批判」でしかない。
 次の「誰もが勘違いしていた公明党のメッセージ」の章は意味不明だ。尾中氏は「「国民の信頼を勝ち得れば、再び与党として政策実現で力を発揮する。そのことを目指して再出発したい」筆者は軽い驚きを覚えた。「国民の信頼を勝ち得て与党になる」とは、自民党との政権選択選挙に勝つ、ということなのか。そうでなければ「再出発」などという言葉は使わないはずだ……。」と書いているが、公明党が「親中派」政党だったことは一定の政界通であれば誰でも知っていたことだ。もちろん毎日新聞編集委員だった尾中氏は百も承知のはずだ。だから「親中派」を排除した高市政権とは連立は組めない、というのは至極当然の結論ではないか。だからこそ、(高市政権が瓦解して親中派が政権を取れば)自公連立復帰はあり得る、という斎藤氏の発言は充分に納得できる。なにも尾中氏が「軽い驚き」を覚えるまでもないことだろう。

 「公明は「自民党を割りたい」とさえ思っている?」という章に到っては噴飯ものだ。なぜなら公明党の比例票はすべて公明党の支持票ではないからだ。選挙時の自民党候補は有権者に何をお願いしていたか。「小選挙区は「私」の名を、比例区には「公明党」と書いて下さい」と連呼していたではないか。だから公明党が前回総選挙で比例区で獲得した約596万票のすべてが創価学会が集めた票ではない。しかも、これは前々回の衆院選(2021年)の約711万票から百万票以上も減少している。
 その程度の公明党の何に怯えなければならないのか。オールドメディアは公明票が各選挙区で1万~2万票あると想定して物語を作っているが、その物語そのものが破綻しているのだ。実際に創価学会が動かせる票が何票なのか、実査のところ誰にも分からないのではないか。もはや公明党・創価学会が自民党に強力な影響力を発揮したのは過去のものになっている。

 さて、尾中氏が見ている解散総選挙の風景と、私が見ている風景は随分と異なるが、それは国民のパラダイム・シフトが起きていることを理解しているか否かによる。ことにオールドメディアから影響されることが少ない若い層ほどパラダイムは大きく転換している。
 日本国民はオールドメディアによって情報操作された「戦後史観」から脱却して、世界の「普通の民主国家の国民」になっている。もはや若者たちは「自虐史観」とは無縁の等寸大の「世界観」を持っている。日本という国家を愛し、日本国民であることに誇りを持ち、日本国民としての文化を未来の日本国民に継承すべく生きている。ゲバ棒を持って親の代の「史観」や「価値観」を破壊すること以外に脳のなかった団塊の世代とは丸で異なっている。そのことを尾中氏は理解すべきではないか。さもなくば17日~18日に実施した朝日新聞の各政党支持率の結果中道が9%だった事実を説明することが出来ないのではないか。さらに「「立憲民主党と公明党が、新党『中道改革連合』をつくりました」と紹介して、「この新しい政党に期待しますか。期待しませんか」と質問しました。すると、「期待しない」が66%で、「期待する」の28%を上回りました。」という記事も致命的ではないだろうか。

 尾中氏は前回解散総選挙が「増税メガネ」の岸田政権の後を受けた「親中派」石破政権下で行われたことから、当然岸田-石破政権の「政治路線」に対する国民の審判だった。今回の高市政権とは同じ自民党政権といえども丸で異なる。
 しかも、政権成立から僅か三ヶ月後の解散でしかないが、その間に果たした業績は目を見張るべきだ。暫定予算に込めた暫定税廃止など「責任ある積極財政」政策は確かに経済成長を促すものだし、外国人への生活保護費の支給停止や中国人留学生に対する特別な補助金を廃止するなど、「日本ファースト」の政策は多くの国民に支持されている。それらは公明党の連立政権離脱を受けて施策が可能になったものだ。

 中道改革連合の共同代表が掲げる「生活者ファースト」に対立する概念は何か、と記者会見で問われ「日本ファースト」だと答えたのが象徴的ではないだろうか。彼らは「生活者」は日本人だけでなく、日本で暮らす在日外国人も含まれる、との考えのようだ。しかし、それにしても彼らが掲げる政治の対極にあるのが「日本ファースト」とは何だろうか。
 日本政府は日本の国家と国民のために働く、と云うことではないのか。日本国民の命と財産を守る、と云うのが政治家の第一命題ではないのか。根本的な政治家の使命すら概念の中心にない「中道」とは、いかなる国の「中道」なのだろうか。尾中氏のご意見を伺いたいものだ。

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