全国的な高校再編・改廃を批判する。
<鹿児島県の高校教育が岐路に立っている。多くの公立高は定員割れが常態化しているのに対し、私立高や通信制課程は、授業料の実質無償化や不登校の増加を背景に存在感を増している。さらなる少子化で先行きが見通せない中、揺れる現場の実情を追った。
年間で4000万円超。さつま町が、町内唯一の高校である薩摩中央高の支援事業に充てる予算額だ。本年度は県外からの地域留学強化や、空き教室を利用した公営塾設置などを計画している。
「年間4000万円超つぎ込んでも定員の5割以下…嘆く町長「町だけが注力しても高校存続は難しい」 県立高なのに自治体任せで批判噴出」との見出しに目が留まった。記事は鹿児島県さつま町が町内唯一の高校である薩摩中央高の存続を目指して4,000万円の支援事業を行っているが、定員の50%以下しか生徒が集まらない苦境を報じている。
年間で4000万円超。さつま町が、町内唯一の高校である薩摩中央高の支援事業に充てる予算額だ。本年度は県外からの地域留学強化や、空き教室を利用した公営塾設置などを計画している。
同校の振興対策協議会には、町長や商工会代表などが名を連ね、支援や魅力発信に取り組む。昨年12月中旬には生徒向けに町内企業説明会を開催。地元就職増加とキャリア教育充実を図った。
薩摩中央は2005年、宮之城と宮之城農業を再編統合して開校した。普通科や農業工学科など4学科で再出発したが、現在の生徒数は定員の5割以下。地元中学からの入学者は2割にとどまる。
協議会は昨年3月、学校の魅力強化に向けた助成制度を求める要望書を県に提出した。上野俊市町長は「地域に活気を与える県立高は欠かせない。町だけが注力しても、学校存続は簡単ではない」と漏らす。
■□■
県教育委員会は03年に高校再編基本計画を発表。1学年4~8学級を適正規模に設定し、11年までに宮之城など県立高18校を廃止、薩摩中央や鶴翔(阿久根市)など8校を新設した。
だが、より存続条件を厳格化した「振興方針骨子」案には地元自治体が反発。県教委は案を撤回し、15年の楠隼(肝付町)を最後に統廃合や新設は行われていない。
だが、より存続条件を厳格化した「振興方針骨子」案には地元自治体が反発。県教委は案を撤回し、15年の楠隼(肝付町)を最後に統廃合や新設は行われていない。
地元高の存続に危機感を抱いた自治体は、通学費や寮費の補助、スクールバス運用などに予算を割く。それでも定員割れは続き、県市長会会長を務める南さつま市の本坊輝雄市長は「県立高なのに自治体任せが続いてきた。てこ入れが遅れ、厳しい現状を招いた。少子化を踏まえると再編は避けられない」と批判する。
県教委は昨春、県立高の将来ビジョン検討委員会を設置。自治体関係者として上野町長や本坊市長も委員に入った。12月中旬の第5回会合では「学校を集約すれば1校当たりの運営費が増え、教育環境を充実できる」「適正規模の基準が必要」と改革を求める意見が相次ぎ、再編を視野に入れた議論が動き出した。
■□■
全国では、すでに高校再編の動きが強まっている。新潟県は昨年3月、県立高86校を34年度までに64校に減らす計画を発表した。再編後に新設する高校に望ましい教育課程と学校規模を設定。県内6エリアの通学手段などの実情も踏まえ、検討を進める。
文部科学省は11月、高校教育改革に関する基本方針の骨子を公表した。学校配置の適正化や専門学科の機能強化など後押しするため、公立高校向け交付金を27年度に創設する見込みだ。都道府県には実行計画の作成を求めている。
文部科学省は11月、高校教育改革に関する基本方針の骨子を公表した。学校配置の適正化や専門学科の機能強化など後押しするため、公立高校向け交付金を27年度に創設する見込みだ。都道府県には実行計画の作成を求めている。
中教審で委員を務める地域・教育魅力化プラットフォーム(松江市)の岩本悠代表理事は「鹿児島で活躍する人材を育てるには、地域の特色を生かしながら質の高い教育を提供できる実行計画が必要」と助言する。今後、学校運営費の適正化を図る再編などが進んでいくと予想。「再編はあくまで改革の手段。どう教育内容を充実させるかが重要だ」と強調した。>(以上「南日本新聞 | 鹿児島」より引用)
「年間4000万円超つぎ込んでも定員の5割以下…嘆く町長「町だけが注力しても高校存続は難しい」 県立高なのに自治体任せで批判噴出」との見出しに目が留まった。記事は鹿児島県さつま町が町内唯一の高校である薩摩中央高の存続を目指して4,000万円の支援事業を行っているが、定員の50%以下しか生徒が集まらない苦境を報じている。
全国的な出生率の低下から生徒の数が募集人数を下回り、定員確保が困難になっている。鹿児島県教育委員会は03年に高校再編基本計画を発表し、1学年4~8学級を適正規模に設定して11年までに宮之城など県立高18校を廃止し、薩摩中央や鶴翔(阿久根市)など8校を新設した。それでも一部高校では定員割れが続き、地方自治体は地元高の存続に危機感を抱き、通学費や寮費の補助、スクールバス運用などに予算を割いてきた。
そうした予算にさつま町は年間4,000万円割いて来たが、それでも定員割れが続き「本年度は県外からの地域留学強化や、空き教室を利用した公営塾設置などを計画している」という。 記事によると「薩摩中央は2005年、宮之城と宮之城農業を再編統合して開校した。普通科や農業工学科など4学科で再出発したが、現在の生徒数は定員の5割以下。地元中学からの入学者は2割にとどまる」という。
そうした動きは鹿児島県だけの話ではなく、全国的に高校再編が進められている。しかし学校は単なる教育機関ではなく、地域社会の「文化の発信地」という側面を持つ。また若者が地元に残るために重要な施設でもある。
公立高校の再編話は良く聞くが、私立高校の廃校や閉鎖・合併といった話は過分にして知らない。公立高校の再編・縮小は私立高校の経営に配慮したものではないかと勘繰らざるを得ない。
高校教育が日本の人材確保に必要不可欠と考えるなら、国家のためにも公立高校は存続させるべきだ。各地に高校があると投資効率が悪い、という発想はいかがなものだろうか。先人が国民の高等教育のために創設した高校が定員割れになったからと改廃するのは高校教育の切り捨てにつながらないだろうか。そもそも公共サービスに「効率化」を求めるべきだろうか。もちろん冗費は切り詰めなければならないが、地域社会に必要なサービスは維持すべきだし、地域の人材育成機関を地域に残すことは効率では測れない価値あることではないだろうか。
引用記事中にも「中教審で委員を務める地域・教育魅力化プラットフォーム(松江市)の岩本悠代表理事は「鹿児島で活躍する人材を育てるには、地域の特色を生かしながら質の高い教育を提供できる実行計画が必要」と助言する」とある。地域の人材育成に地域が責任を持つべきなのは当然ではないだろうか。
公立高校を改編と称して廃校にすることは社会インフラ維持の責任放棄でしかない。全国都道府県はすべての経費を切り詰めても公立高校の運営が困難に陥っている、とでもいうのだろうか。高校教育無償化の前に、高校の歴史や文化をすべて捨て去る廃校措置を撤回すべきだ。そうした都道府県教委が決定したとしても、各都道府県議会が都道府県民の代表として否決すべきだ。安易に公立高校の廃校に賛同すべきではない。ましてや私立高校の経営維持のために公立高校を廃するとしたら、それこそ本末転倒だ。先人が各地に配した公立高校を現代を生きる私たちが簡単に廃校にしてはならない。