イランは民主国家になれるのか、それとも新たな独裁者に政権が代わるだけなのか。
<イラン・イスラム共和国(通称イラン)は今、1979年の建国以来、最も過酷な試練の刻(とき)を迎えている。
2025年12月28日、テヘランのグランドバザール(大規模市場)で一斉に店舗のシャッターが降りた日から、わずか10日間で、抗議の火の手はイラン全土31州の内27州285カ所以上へと燃え広がった。犠牲者もすでに36人、逮捕者は2076人に及ぶという(数字はイランの人権活動NGOのHRANAより引用)。今回のイラン市民による抗議活動は、2022年の「マフサ・アミニ抗議活動」を質量ともに凌駕し、1979年にイラン・イスラム革命によって王政を廃しイスラム共和国体制を樹立して以来、イランは現体制の存続そのものを問う歴史的岐路に直面している。
奇しくも昨年(2025年)末からのイランの抗議活動の活発化は、米国のベネズエラのマドゥロ政権への攻撃とほぼ同時期に発生した。
今回の米国によるベネズエラ攻撃は、イランの体制を支える一つの足をもぎ取ったといってもよい。実は、ベネズエラへの攻撃は、イランの支援勢力(ベネズエラとイランの関係は極めて深い)を叩くという意味で、明らかに現在のイランの動乱と結び付いている。
そして今や、イスラエルのネタニヤフ政権は、5時間に及ぶ閣議の後でイランに対する攻撃の準備を改めて整えたと伝えられている。
本稿では、ソーシャルメディアを通じた最新情勢を詳細に検証しつつ、過去の抗議活動との構造的比較を通じて、今回の動乱がイランにどのような革命的変革をもたらし得るのか、その可能性と限界を分析してみたい。
【第1日(12月28日)】経済危機による発火
抗議活動の背景には、イラン・リヤルの史上最低水準への暴落があった。今回のイランの抗議活動が始まった2025年12月28日には、市場での対ドルレートが1ドル=142万リヤルにまで低下した。イランでは、1年前と比してインフレ率は42.2%に達し、食品の高騰は72%、医薬品は50%以上の値上がりを記録している。
イランの抗議活動は、テヘラン中心部の商業地区において、通貨暴落と急激なインフレにより「もはや商売が成り立たない」として商人たちが一斉に店を閉めたことを直接の発火点として始まり、その後、グランドバザールを含む全国へと拡大したのだ。この初動は、1979年革命の基礎となったバザール商人(イラン社会を象徴)と聖職者(イランの宗教を象徴)の歴史的同盟が完全に崩壊し、イラン社会そのものが、聖職者とイラン革命防衛隊(IRGC)を核心とする国家体制への抵抗勢力へと転じたことを意味する。
同日、パフラヴィー王朝の最後の皇太子レザー・パフラヴィーは、即座にペルシア語で動画メッセージを発信し、「この体制が存続する限り、経済状況は悪化し続ける」と述べて抗議活動への支持を表明した。この投稿は24時間以内に数百万回再生され、ソーシャルメディア上では「パフラヴィーは帰還する」という言葉がトレンド入りした。
【第2~3日(12月29~30日)】全国への急速な拡大
抗議活動は瞬く間に全国規模へと拡大した。イスファハーン、マシュハド、コム、タブリーズ、シーラーズ、アフヴァーズといった主要都市に加え、ハマダーン、アラク、ナハーヴァンドなどの地方都市でも大規模なデモが発生した。この時点で活動は23州以上に及び、参加者数は累計数十万人に達したとされる。
特筆すべきは、参加者の圧倒的な多様性である。学生、労働者、商人に加え、教師や看護師といった公共部門の労働者までもが合流した。
この段階で君主制を支持するスローガンが顕著に現れ始め、デモ参加者が「ジャーヴィード・シャー(王よ永遠なれ)」、あるいは「これが最後の戦いだ、パフラヴィーは帰還する」と叫ぶ姿が各地で記録されている。かつて政治的タブーとされたこれらのスローガンの公然とした復活は、国民の体制への恐怖が明らかに薄れたことを物語っている。
【第4~5日(12月31日~1月1日)】連鎖するストライキと学徒の決起
新年を迎えても勢いは衰えず、むしろ激化の一途をたどった。テヘランのグランド・バザールに加え、タブリーズ、イスファハーン、シーラーズのバザールも相次いで閉鎖された。バザール商人の店舗閉鎖は1979年革命時に用いられた極めて効果的な抵抗手段であり、この戦術の組織的復活は体制にとって重大な脅威となっている。
同時に、テヘラン大学、シャリーフ工科大学、アミール・キャビール工科大学などの首都の主要大学で学生デモが発生した。学生たちは「独裁者に死を」「イスラム共和国はいらない」と叫び、現体制の正統性を正面から否定した。
【第6~7日(1月2~3日)】弾圧と革命防衛隊の不気味な沈黙
体制側はバスィージ民兵部隊を動員し、一部の都市で暴力的弾圧を開始した。治安部隊との衝突により、少なくとも最初の死者が報告されている。
しかし、注目すべきは、体制の最強の実力組織であるIRGC(イスラム革命防衛隊)本体が、いまだ大規模な制圧作戦を展開していない点である。この抑制的対応に関し、IRGC内部で何らかの計算が働いているか、あるいは体制内部で亀裂が生じている可能性もある。
一方、レザー・パフラヴィー元皇太子は、1月2日、インスタグラムの数百万のフォロワーに対し「テヘランと大都市の街路を占拠せよ」と呼びかけ、道路封鎖と継続的な街頭占拠という具体的な戦術を提唱し、運動の方向性を決定づけようとした。
1月2日には、イラン南東部シスタン・バルチスタン州の州都ザヘダンで、少数民族のバルーチ族の抗議活動が全国的な抗議運動に合流したことも特筆される。
【第8日以降(1月4日~)】持続性の確立
抗議活動は8日目以降も、テヘランをはじめイラン全土で拡大、継続している。過去の運動は数日で鎮静化することが多かったが、今回は経済的絶望が「引き下がる選択肢を持たない」状況を作り出している。
これまで体制側は「経済改革アジェンダ」の再活性化を目指してきたが、国民の要求はもはや体制の完全な変革へと進化してしまった。ペゼシュキアン大統領も、1月6日のテレビ演説で、通貨暴落やインフレ問題に関し、「我々は政府がこれらの問題を全て一手に引き受けると期待してはならない。政府にはその能力がない」と述べ、政府の限界を自ら認めているほどである。
この数日は、抗議活動の態様も、当初の平和な集会から座り込みへ、そして、バスィージ民兵組織や体制側拠点へのヒット・アンド・ランを行うなど巧妙さを増しつつ、治安当局との衝突が各地で散発している。
特に、クルド系が多いイラン西部のイラム州での抗議活動は勢いを増しており、治安当局と市民の間で衝突が発生し、デモ参加者が負傷し手当を受けていた病院にまで治安部隊が催涙ガスを発射し、問題化している。1月6日には、テヘランのグランドバザールでの抗議活動の座り込みを排除しようとした治安当局と市民の間でも激しい衝突が発生した。
体制側は、実弾や催涙ガスも使用し抗議デモの鎮圧に努めているが、今回の抗議活動の勢いには沈静化の兆しは全くない。体制側においては、イラクのシーア派民兵組織までもイラン国内に徴用しようとしている兆候もあり、徹底的なデモ鎮圧に踏み切れば、流血事態が拡大する恐れもある。
興味深いのは、イラン各地でイラン・イスラム共和国の国旗が燃やされる一方で、緑、白、赤の三色旗の中央にライオンと太陽を描く王政時代の国旗が公然と市民によって掲げられていることだ。これは、イラン国民が「イスラム共和国体制」をもはや正統な統治体制として認めないということを象徴している。
革命的変革を支える5つの決定的特徴
今回の抗議活動を1979年のイラン・イスラム革命と比較してみよう。その類似性と相違点は、今回の動乱の可能性と限界を明らかにしているからだ。
[特徴1] 経済的困窮による「後戻り不可能性」
現在のイランではとりわけ食料価格の高騰が72%を超えるなど、国民は文字通り生存の危機に瀕している。多くのイラン人が高騰した食料品やガソリンを購入できず、「失うものがもう何もない」状況に近づいている。この「生存のための闘争」という性格は、1979年革命直前のインフレと失業による混乱状況と酷似している。
[特徴2] 広大な地理的拡大と多様な層の連動
抗議活動は首都圏・中央部のみならず地方の州にまで広範に波及している。この広がりは1979年革命に匹敵する。特にバルーチ族などの少数民族も「王制復古」という枠を超えて、「体制変革そのもの」という共通目標のために連動している点は極めて重要である。Xやインスタグラムなどのソーシャルメディアによる抗議活動のリアルタイムの拡散は、イラン内外における体制変革の可能性に関し、人々のパーセプションを強化し続けている。
[特徴3] バザール商人の象徴的復帰
1979年当時、バザール商人は13カ月に及ぶストライキを行い、「融資委員会」を通じて労働者や被拘禁者の家族を財政的に支援した。今回の店舗閉鎖も、体制の経済的正統性が失われたことを示す強力な宣言となっている。ただし、現在のバザールはIRGCとの不公正な競争により弱体化しており、当時ほどの組織力や資金力を保持していない可能性も指摘されている。
[特徴4] 多世代・多階級による「連合」の再現
今回は、学生、労働者、教師、看護師、そしてバザール商人が同時に参加している。この階級横断的な参加は、1979年革命を成功させた「労働者、商人、知識人、学生」の連合の再現ともいえよう。
[特徴5] 革命防衛隊の動向と「中立」の可能性
IRGCが大規模弾圧を控えている現状は、1979年に軍が最終的に「中立」を宣言して革命が完遂された歴史を想起させる。IRGCの一部が体制の持続可能性に疑問を抱いているのか、あるいは国際的非難を避けるための戦略なのか、その真意が抗議活動の帰趨(きすう)を決することになろう。
変革を阻む壁──1979年との構造的相違
条件は整いつつあるが、依然として4つの大きな相違点が存在する。
(1)統一指導部の不在
1979年にはホメイニ師という圧倒的カリスマが、亡命先から明確なビジョン(イスラム共和国)を提供し、すべての反体制派を統合した。現在はレザー・パフラヴィーが一定の人気を得ているものの、反体制派は分裂しており、ホメイニ師のように求心力のある指導者は不在である。
(2)財政的基盤の脆弱性
現在は、かつてのバザール商人が支えた、ストライキ参加者の生活を支える組織的な資金チャネルが確立されていない。現在のイランの商人たちは自らの生活を守るだけで精一杯の状況にある。この点で、市民による抗議活動がどの程度持続できるかには疑問符もつく。
(3)実力組織の性質
現在のIRGCは、国家体制、とりわけ国家経済の中枢を握る巨大な既得権益体であり、体制崩壊によりすべてを失うリスクがあるため、離反へのインセンティブがかつての国軍より低い。
(4)複雑な国際情勢
イスラエルは、イラン国民による抗議活動を支持すると表明している。この表明は、イラン国民のナショナリズムを刺激して逆効果になる恐れもある。いわんや、昨年6月に行われたようなイスラエルと米国によるイラン空爆が再び行われれば、イラン体制内の変化をむしろ遅らせる可能性も否定はできない。また、ロシアや中国が現体制を支援している点も1979年とは異なる。
イランの歴史は再演されるか
こうした状況を踏まえると、今後の展開として、以下の3つのシナリオが想定されよう。
【シナリオA】 体制変革の成功。IRGCの一部が寝返り(あるいは中立を保ち)、反体制派が統一指導部を結成、組織的資金支援が確立される。
【シナリオB】 膠着状態と「ゆっくりとした崩壊」。断続的なデモと選択的な弾圧が続き、体制は倒れないものの統治能力と正統性が持続的に低下し、社会が疲弊していく可能性がある。
【シナリオC】 鉄拳による鎮圧。IRGCが2019年型の大規模虐殺に踏み切るというシナリオである。短期的には鎮静化するが、国民の絶望が解消されない限り、散発的な抵抗はマグマのように蓄積し続ける。
IRGCの体制内における中枢的な位置付けや、抗議活動を行っている市民の組織的限界を踏まえると、すぐにシナリオAが起きる可能性は必ずしも高くないだろう。むしろ、シナリオBとシナリオCのいずれかに陥る可能性が高い。
もっとも、その場合に、昨年6月に行われたようなイスラエルや米国による権力の中枢に狙いを定めたピンポイントを絞った空爆が行われれば、唐突な権力の空白が生じる可能性もあるだろう。
実際、1月4日夜に5時間にわたって行われたイスラエルの閣議では、イラン革命防衛隊の弾道ミサイル施設や防衛システムを標的とする、「アイアン・ストライク作戦」(Operation Iron Strike)について議論されたと伝えられており、現在、イスラエル軍は高度な警戒体制にある。
また、米軍についても、2025年6月の米軍によるイラン核施設攻撃の直前にも見られたように、現在、米国本土から飛翔したC-17長距離輸送機の大規模展開が英国のフェアフォード空軍基地で確認されているとの報道もある。
こうした動きは、イランが内からの抗議活動のみならず、改めて外からの軍事的圧力に直面していることを示唆している。
イランには「空腹の腹には宗教も信仰もない」という諺(ことわざ)がある。物質的困窮は、最終的にいかなるイデオロギー的忠誠をも侵食する。1979年と同様、経済的絶望という燃料は今や全土に満ちている。今回の抗議活動が1979年型の革命をもたらすか否かを占うにはいまだ時期尚早だが、現体制の中長期的衰退と正統性の喪失はもはや不可避だろう。
体制変化の種は既にまかれた。それがいつ、どのような形で花開くのか、その答えは、内と外の圧力が一致する時点に訪れることになろう。それほど遠くないタイミングで。>(以上「JB press」より引用)
2025年12月28日、テヘランのグランドバザール(大規模市場)で一斉に店舗のシャッターが降りた日から、わずか10日間で、抗議の火の手はイラン全土31州の内27州285カ所以上へと燃え広がった。犠牲者もすでに36人、逮捕者は2076人に及ぶという(数字はイランの人権活動NGOのHRANAより引用)。今回のイラン市民による抗議活動は、2022年の「マフサ・アミニ抗議活動」を質量ともに凌駕し、1979年にイラン・イスラム革命によって王政を廃しイスラム共和国体制を樹立して以来、イランは現体制の存続そのものを問う歴史的岐路に直面している。
奇しくも昨年(2025年)末からのイランの抗議活動の活発化は、米国のベネズエラのマドゥロ政権への攻撃とほぼ同時期に発生した。
今回の米国によるベネズエラ攻撃は、イランの体制を支える一つの足をもぎ取ったといってもよい。実は、ベネズエラへの攻撃は、イランの支援勢力(ベネズエラとイランの関係は極めて深い)を叩くという意味で、明らかに現在のイランの動乱と結び付いている。
そして今や、イスラエルのネタニヤフ政権は、5時間に及ぶ閣議の後でイランに対する攻撃の準備を改めて整えたと伝えられている。
本稿では、ソーシャルメディアを通じた最新情勢を詳細に検証しつつ、過去の抗議活動との構造的比較を通じて、今回の動乱がイランにどのような革命的変革をもたらし得るのか、その可能性と限界を分析してみたい。
イラン抗議活動の最新情勢──全土へと広がる拒絶の意志
今回の抗議活動を理解するための鍵は、それが単なる政治的抗議ではなく、国民の生存をかけた「最後の闘争」であるという点にある。
今回の抗議活動を理解するための鍵は、それが単なる政治的抗議ではなく、国民の生存をかけた「最後の闘争」であるという点にある。
【第1日(12月28日)】経済危機による発火
抗議活動の背景には、イラン・リヤルの史上最低水準への暴落があった。今回のイランの抗議活動が始まった2025年12月28日には、市場での対ドルレートが1ドル=142万リヤルにまで低下した。イランでは、1年前と比してインフレ率は42.2%に達し、食品の高騰は72%、医薬品は50%以上の値上がりを記録している。
イランの抗議活動は、テヘラン中心部の商業地区において、通貨暴落と急激なインフレにより「もはや商売が成り立たない」として商人たちが一斉に店を閉めたことを直接の発火点として始まり、その後、グランドバザールを含む全国へと拡大したのだ。この初動は、1979年革命の基礎となったバザール商人(イラン社会を象徴)と聖職者(イランの宗教を象徴)の歴史的同盟が完全に崩壊し、イラン社会そのものが、聖職者とイラン革命防衛隊(IRGC)を核心とする国家体制への抵抗勢力へと転じたことを意味する。
同日、パフラヴィー王朝の最後の皇太子レザー・パフラヴィーは、即座にペルシア語で動画メッセージを発信し、「この体制が存続する限り、経済状況は悪化し続ける」と述べて抗議活動への支持を表明した。この投稿は24時間以内に数百万回再生され、ソーシャルメディア上では「パフラヴィーは帰還する」という言葉がトレンド入りした。
【第2~3日(12月29~30日)】全国への急速な拡大
抗議活動は瞬く間に全国規模へと拡大した。イスファハーン、マシュハド、コム、タブリーズ、シーラーズ、アフヴァーズといった主要都市に加え、ハマダーン、アラク、ナハーヴァンドなどの地方都市でも大規模なデモが発生した。この時点で活動は23州以上に及び、参加者数は累計数十万人に達したとされる。
特筆すべきは、参加者の圧倒的な多様性である。学生、労働者、商人に加え、教師や看護師といった公共部門の労働者までもが合流した。
この段階で君主制を支持するスローガンが顕著に現れ始め、デモ参加者が「ジャーヴィード・シャー(王よ永遠なれ)」、あるいは「これが最後の戦いだ、パフラヴィーは帰還する」と叫ぶ姿が各地で記録されている。かつて政治的タブーとされたこれらのスローガンの公然とした復活は、国民の体制への恐怖が明らかに薄れたことを物語っている。
【第4~5日(12月31日~1月1日)】連鎖するストライキと学徒の決起
新年を迎えても勢いは衰えず、むしろ激化の一途をたどった。テヘランのグランド・バザールに加え、タブリーズ、イスファハーン、シーラーズのバザールも相次いで閉鎖された。バザール商人の店舗閉鎖は1979年革命時に用いられた極めて効果的な抵抗手段であり、この戦術の組織的復活は体制にとって重大な脅威となっている。
同時に、テヘラン大学、シャリーフ工科大学、アミール・キャビール工科大学などの首都の主要大学で学生デモが発生した。学生たちは「独裁者に死を」「イスラム共和国はいらない」と叫び、現体制の正統性を正面から否定した。
【第6~7日(1月2~3日)】弾圧と革命防衛隊の不気味な沈黙
体制側はバスィージ民兵部隊を動員し、一部の都市で暴力的弾圧を開始した。治安部隊との衝突により、少なくとも最初の死者が報告されている。
しかし、注目すべきは、体制の最強の実力組織であるIRGC(イスラム革命防衛隊)本体が、いまだ大規模な制圧作戦を展開していない点である。この抑制的対応に関し、IRGC内部で何らかの計算が働いているか、あるいは体制内部で亀裂が生じている可能性もある。
一方、レザー・パフラヴィー元皇太子は、1月2日、インスタグラムの数百万のフォロワーに対し「テヘランと大都市の街路を占拠せよ」と呼びかけ、道路封鎖と継続的な街頭占拠という具体的な戦術を提唱し、運動の方向性を決定づけようとした。
1月2日には、イラン南東部シスタン・バルチスタン州の州都ザヘダンで、少数民族のバルーチ族の抗議活動が全国的な抗議運動に合流したことも特筆される。
【第8日以降(1月4日~)】持続性の確立
抗議活動は8日目以降も、テヘランをはじめイラン全土で拡大、継続している。過去の運動は数日で鎮静化することが多かったが、今回は経済的絶望が「引き下がる選択肢を持たない」状況を作り出している。
これまで体制側は「経済改革アジェンダ」の再活性化を目指してきたが、国民の要求はもはや体制の完全な変革へと進化してしまった。ペゼシュキアン大統領も、1月6日のテレビ演説で、通貨暴落やインフレ問題に関し、「我々は政府がこれらの問題を全て一手に引き受けると期待してはならない。政府にはその能力がない」と述べ、政府の限界を自ら認めているほどである。
この数日は、抗議活動の態様も、当初の平和な集会から座り込みへ、そして、バスィージ民兵組織や体制側拠点へのヒット・アンド・ランを行うなど巧妙さを増しつつ、治安当局との衝突が各地で散発している。
特に、クルド系が多いイラン西部のイラム州での抗議活動は勢いを増しており、治安当局と市民の間で衝突が発生し、デモ参加者が負傷し手当を受けていた病院にまで治安部隊が催涙ガスを発射し、問題化している。1月6日には、テヘランのグランドバザールでの抗議活動の座り込みを排除しようとした治安当局と市民の間でも激しい衝突が発生した。
体制側は、実弾や催涙ガスも使用し抗議デモの鎮圧に努めているが、今回の抗議活動の勢いには沈静化の兆しは全くない。体制側においては、イラクのシーア派民兵組織までもイラン国内に徴用しようとしている兆候もあり、徹底的なデモ鎮圧に踏み切れば、流血事態が拡大する恐れもある。
興味深いのは、イラン各地でイラン・イスラム共和国の国旗が燃やされる一方で、緑、白、赤の三色旗の中央にライオンと太陽を描く王政時代の国旗が公然と市民によって掲げられていることだ。これは、イラン国民が「イスラム共和国体制」をもはや正統な統治体制として認めないということを象徴している。
過去の抗議活動との比較
今回の事態を過去の主要な抗議活動と比較すると、その統合的な破壊力が浮き彫りになる。
(1)2017~2018年(経済的不満の萌芽)
卵や鶏肉の価格高騰を機に「パン、仕事、自由」のスローガンが掲げられた。労働者階級が中心であったが、組織的な指導力を欠き、バザール商人の参加も見られなかったため、約2週間で鎮静化した。
(2)2019年11月(流血の弾圧)
ガソリン価格の3倍化を契機とした爆発的暴力に対し、治安部隊は1500人以上を殺害するという史上最悪の弾圧を行った。インターネットの完全遮断により外部への情報が断たれたが、今回はVPN技術の進化により情報統制が困難になっている。
(3)2022~2023年(「女性、生命、自由」)
マフサ・アミニの死をきっかけに、主に若年層と女性が「女性、生命、自由」というスローガンを掲げ抗議活動を主導した。体制への反対は81%に達したが、経済的労働者階級を十分に取り込めず、また指導部の欠如により、社会革命には成功したが政治革命には至らなかった。
今回の抗議活動の広がりは、これら過去の要素をすべて統合している。中間層までが貧困の危機に直面している状況では、経済的な絶望が社会全体を抗議活動に結び付けていることは間違いない。
今回の事態を過去の主要な抗議活動と比較すると、その統合的な破壊力が浮き彫りになる。
(1)2017~2018年(経済的不満の萌芽)
卵や鶏肉の価格高騰を機に「パン、仕事、自由」のスローガンが掲げられた。労働者階級が中心であったが、組織的な指導力を欠き、バザール商人の参加も見られなかったため、約2週間で鎮静化した。
(2)2019年11月(流血の弾圧)
ガソリン価格の3倍化を契機とした爆発的暴力に対し、治安部隊は1500人以上を殺害するという史上最悪の弾圧を行った。インターネットの完全遮断により外部への情報が断たれたが、今回はVPN技術の進化により情報統制が困難になっている。
(3)2022~2023年(「女性、生命、自由」)
マフサ・アミニの死をきっかけに、主に若年層と女性が「女性、生命、自由」というスローガンを掲げ抗議活動を主導した。体制への反対は81%に達したが、経済的労働者階級を十分に取り込めず、また指導部の欠如により、社会革命には成功したが政治革命には至らなかった。
今回の抗議活動の広がりは、これら過去の要素をすべて統合している。中間層までが貧困の危機に直面している状況では、経済的な絶望が社会全体を抗議活動に結び付けていることは間違いない。
革命的変革を支える5つの決定的特徴
今回の抗議活動を1979年のイラン・イスラム革命と比較してみよう。その類似性と相違点は、今回の動乱の可能性と限界を明らかにしているからだ。
[特徴1] 経済的困窮による「後戻り不可能性」
現在のイランではとりわけ食料価格の高騰が72%を超えるなど、国民は文字通り生存の危機に瀕している。多くのイラン人が高騰した食料品やガソリンを購入できず、「失うものがもう何もない」状況に近づいている。この「生存のための闘争」という性格は、1979年革命直前のインフレと失業による混乱状況と酷似している。
[特徴2] 広大な地理的拡大と多様な層の連動
抗議活動は首都圏・中央部のみならず地方の州にまで広範に波及している。この広がりは1979年革命に匹敵する。特にバルーチ族などの少数民族も「王制復古」という枠を超えて、「体制変革そのもの」という共通目標のために連動している点は極めて重要である。Xやインスタグラムなどのソーシャルメディアによる抗議活動のリアルタイムの拡散は、イラン内外における体制変革の可能性に関し、人々のパーセプションを強化し続けている。
[特徴3] バザール商人の象徴的復帰
1979年当時、バザール商人は13カ月に及ぶストライキを行い、「融資委員会」を通じて労働者や被拘禁者の家族を財政的に支援した。今回の店舗閉鎖も、体制の経済的正統性が失われたことを示す強力な宣言となっている。ただし、現在のバザールはIRGCとの不公正な競争により弱体化しており、当時ほどの組織力や資金力を保持していない可能性も指摘されている。
[特徴4] 多世代・多階級による「連合」の再現
今回は、学生、労働者、教師、看護師、そしてバザール商人が同時に参加している。この階級横断的な参加は、1979年革命を成功させた「労働者、商人、知識人、学生」の連合の再現ともいえよう。
[特徴5] 革命防衛隊の動向と「中立」の可能性
IRGCが大規模弾圧を控えている現状は、1979年に軍が最終的に「中立」を宣言して革命が完遂された歴史を想起させる。IRGCの一部が体制の持続可能性に疑問を抱いているのか、あるいは国際的非難を避けるための戦略なのか、その真意が抗議活動の帰趨(きすう)を決することになろう。
変革を阻む壁──1979年との構造的相違
条件は整いつつあるが、依然として4つの大きな相違点が存在する。
(1)統一指導部の不在
1979年にはホメイニ師という圧倒的カリスマが、亡命先から明確なビジョン(イスラム共和国)を提供し、すべての反体制派を統合した。現在はレザー・パフラヴィーが一定の人気を得ているものの、反体制派は分裂しており、ホメイニ師のように求心力のある指導者は不在である。
(2)財政的基盤の脆弱性
現在は、かつてのバザール商人が支えた、ストライキ参加者の生活を支える組織的な資金チャネルが確立されていない。現在のイランの商人たちは自らの生活を守るだけで精一杯の状況にある。この点で、市民による抗議活動がどの程度持続できるかには疑問符もつく。
(3)実力組織の性質
現在のIRGCは、国家体制、とりわけ国家経済の中枢を握る巨大な既得権益体であり、体制崩壊によりすべてを失うリスクがあるため、離反へのインセンティブがかつての国軍より低い。
(4)複雑な国際情勢
イスラエルは、イラン国民による抗議活動を支持すると表明している。この表明は、イラン国民のナショナリズムを刺激して逆効果になる恐れもある。いわんや、昨年6月に行われたようなイスラエルと米国によるイラン空爆が再び行われれば、イラン体制内の変化をむしろ遅らせる可能性も否定はできない。また、ロシアや中国が現体制を支援している点も1979年とは異なる。
イランの歴史は再演されるか
こうした状況を踏まえると、今後の展開として、以下の3つのシナリオが想定されよう。
【シナリオA】 体制変革の成功。IRGCの一部が寝返り(あるいは中立を保ち)、反体制派が統一指導部を結成、組織的資金支援が確立される。
【シナリオB】 膠着状態と「ゆっくりとした崩壊」。断続的なデモと選択的な弾圧が続き、体制は倒れないものの統治能力と正統性が持続的に低下し、社会が疲弊していく可能性がある。
【シナリオC】 鉄拳による鎮圧。IRGCが2019年型の大規模虐殺に踏み切るというシナリオである。短期的には鎮静化するが、国民の絶望が解消されない限り、散発的な抵抗はマグマのように蓄積し続ける。
IRGCの体制内における中枢的な位置付けや、抗議活動を行っている市民の組織的限界を踏まえると、すぐにシナリオAが起きる可能性は必ずしも高くないだろう。むしろ、シナリオBとシナリオCのいずれかに陥る可能性が高い。
もっとも、その場合に、昨年6月に行われたようなイスラエルや米国による権力の中枢に狙いを定めたピンポイントを絞った空爆が行われれば、唐突な権力の空白が生じる可能性もあるだろう。
実際、1月4日夜に5時間にわたって行われたイスラエルの閣議では、イラン革命防衛隊の弾道ミサイル施設や防衛システムを標的とする、「アイアン・ストライク作戦」(Operation Iron Strike)について議論されたと伝えられており、現在、イスラエル軍は高度な警戒体制にある。
また、米軍についても、2025年6月の米軍によるイラン核施設攻撃の直前にも見られたように、現在、米国本土から飛翔したC-17長距離輸送機の大規模展開が英国のフェアフォード空軍基地で確認されているとの報道もある。
こうした動きは、イランが内からの抗議活動のみならず、改めて外からの軍事的圧力に直面していることを示唆している。
イランには「空腹の腹には宗教も信仰もない」という諺(ことわざ)がある。物質的困窮は、最終的にいかなるイデオロギー的忠誠をも侵食する。1979年と同様、経済的絶望という燃料は今や全土に満ちている。今回の抗議活動が1979年型の革命をもたらすか否かを占うにはいまだ時期尚早だが、現体制の中長期的衰退と正統性の喪失はもはや不可避だろう。
体制変化の種は既にまかれた。それがいつ、どのような形で花開くのか、その答えは、内と外の圧力が一致する時点に訪れることになろう。それほど遠くないタイミングで。>(以上「JB press」より引用)
「重大な局面を迎えるイラン…全土に拡大する政府への抗議デモ、体制は持ちこたえられるのか?ーーイラン国民がイラン・イスラム革命体制に突きつける最後通牒」と題して松本 太(一橋大学国際・公共政策大学院教授、前駐イラク大使、元駐シリア臨時代理大使)氏が論評を発表している。
松本氏による全国的なデモが各地で荒れ、イランは大混乱に陥っているが、それを統合する強力なリーダーがいないという。そのため現体制が何とか維持するのではないかと見ているが、身の危険が及びそうになると軍に発砲を許しかねない。現に一部地域では軍の発砲が伝えられ、100人に及ぶ死者が出たという。
ドナルド・トランプ元米大統領はイラン当局が抗議デモ参加者を武力で弾圧したり、殺害したりした場合には、米国が介入し「救出」する用意があると公の場で警告している。イランでの経済危機や物価高騰に対する抗議デモが激化している状況を受け、トランプ氏が自身のソーシャルメディアに投稿したものだが、トランプ氏がベネズエラのマドゥロ大統領を急襲し「拉致・連行」したことから、イランに軍事介入する可能性も否定できない。
実際にトランプ氏は「もし彼らが過去と同じように人を殺し始めたら、アメリカから非常に厳しい報復を受けることになるだろう」と述べ、「我々はいつでも出動できる状態だ」として、軍事的な介入の可能性すら示唆している。これに対しイラン当局は猛反発しており、米国の内政干渉が地域全体の不安定化を招くと非難している。イラン政府は米国の介入示唆が事態をさらに悪化させ、米軍兵士の安全を脅かすものだと警告している。
だがイランの現実は経済崩壊していて、物価高騰を抑え込む金融政策プランは何もない状態だ。松本氏はイランの諺「空腹の腹には宗教も信仰もない」を引用して「最終的にいかなるイデオロギー的忠誠をも侵食する。1979年と同様、経済的絶望という燃料は今や全土に満ちている。今回の抗議活動が1979年型の革命をもたらすか否かを占うにはいまだ時期尚早だが、現体制の中長期的衰退と正統性の喪失はもはや不可避だろう」と現政権の崩壊は避けられないとの見通しを述べている。
確かに現状では全国各地のデモを体制崩壊へと導くリーダーがいないかも知れないが、ホメネイ氏の弾圧によって国外へ逃亡した「自由体制派」の活動かは幾らでもいる。彼らの一人でも帰国して全国のデモを統合する動きに出れば、宗教指導者を装う独裁体制はたちまち崩壊するだろう。
宗教によるイラン統合が崩壊寸前と見るのは国民の支持を失っているからだ。ことにヒジャブの着用に抵抗した若い女性を暴行死させた現体制は女性から見放されている。一握りの軍隊でイラン国民を制圧することは出来ない。なぜなら、彼らにはアッラーの神がいるからだ。
アッラーは聖職者の存在を許していない。しかしホメネイ氏は「宗教指導者」という言い回しで「自分は聖職者ではない」が「イスラム教で統治する」という矛盾した論法で独裁体制を維持してきた。しかし、そんなノヤカシは必ず破綻する。莫大なオイルマネーを恣に濫費して来た政権は国民に富を分配しないどころか、イラン国民の生活を破綻させた。もはや宗教指導者の資格すらない。モスクワへ機首を向けた飛行機に同族20人が乗り込む日は近い。