2026年の日本の羅針盤の一つとして。オールドメディアが国民を洗脳支配する時代は過去のものになった。

<多党化が進む中で、与野党はともに目先の損得にとらわれ、長期的視野を欠いている。新たな「政治のかたち」を見いだせるかが問われる。
 この1年で浮き彫りになったのは、結党70年を迎えた自民党の弱体化である。石破茂前政権は、昨秋の衆院選に続いて今年7月の参院選でも大敗し、退陣に追い込まれた。
 衆参両院ともに与党が過半数を割り込む中で発足したのが高市早苗内閣だ。憲政史上初の女性宰相であり、保守論客としての知名度に加え、歯切れの良い物言いも好感を持たれている。
 歴代屈指の高支持率を保っているが、政権基盤の脆弱(ぜいじゃく)さに変わりはない。むしろ前政権よりも不安定感を増している。
 自民を補完してきた連立の足場がふらついている。強固なパートナーだった公明党が、自民総裁選で勝利した高市氏と決裂し、離脱した。閣外協力にとどめた日本維新の会は、離脱をちらつかせて要求を通そうとする。

大敗自民の脆弱な基盤
 衆参両院選挙で自民が敗れた背景には、旧来型の政治手法が通用しなくなったことがある。各種団体の力が衰え、政策実現の見返りに「票とカネ」を得るシステムが破綻をきたした。
 にもかかわらず、企業・団体献金にしがみつき、政治資金の抜本改革に抵抗している。根強い国民の不信を払拭(ふっしょく)しようとしない。
 参院選大敗後は自民内で責任を押し付け合い、次の「選挙の顔」を巡って内輪もめに明け暮れた。3カ月にも及んだ政治空白は、統治能力の欠如を物語る。
 与野党が拮抗(きっこう)する状況は、互いの主張を吟味して政策を練り上げる熟議につながるとの見方もあった。だが、そうした期待は裏切られた。
 石破氏は国会の過半数を確保する「数合わせ」に追われ、全体構想を欠いたまま、野党の主張に押し切られた。積極財政を掲げる高市首相は、むしろ野党公約を前のめりに取り込み、予算を膨張させている。政権基盤の弱さを補うために、場当たり的な対応に終始するようでは無責任だ。
 野党各党は、個別政策の実現を「手柄」にしようと争う。ただ、財源確保を与党に丸投げするご都合主義も目につく。
 「年収の壁」引き上げや高校授業料無償化、ガソリン暫定税率の廃止など、財源の裏付けがない減税や財政出動が相次いだ。足元の国民負担軽減を優先するバラマキと言うほかない。
 借金依存の財政をこのまま続ければ、次世代へのツケが増えるばかりだ。円安や長期金利の上昇が止まらず、市場の信認を失う懸念も高まっている。将来まで見据えて暮らしの安全・安心を確保する施策が不可欠となる。
 民意が多様化する中にあっては、いずれの党も数の上で方針決定を左右しうる。責任政党としての自覚が求められる。

責任ある国会の実現を
 国政の右傾化も鮮明となった。
 参院選では、外国人政策が争点として急浮上した。社会に対する人々の漠然とした不満や不安が、真偽不明の情報と結びつき、交流サイト(SNS)などで急激に拡散された。受け皿となった中小政党が躍進する一方、立憲民主党などの中道勢力は埋没した。
 首相は、自民から離反した保守層の支持を取り戻そうと、「高市カラー」の濃い右派的政策を次々と打ち出す。外国人への規制強化はその一つだ。
 うつろいやすいネットの論調に一喜一憂し、排外主義の風潮をあおるようでは、共生社会の構築に逆行する。人口減少下での働き手の確保も難しくなる。
 台湾有事を巡る国会答弁をきっかけに日中関係が緊張し、経済などに悪影響も出ている。首相の強気な対中姿勢は高支持率の一因とされるが、「強さ」をことさらに誇示する振る舞いには危うさがつきまとう。
 政権内では「勢いが落ちないうちに議席増を」と早期の衆院解散も取り沙汰される。ただ、参院では過半数に届かず、多党化のすう勢は当面変わらない。
 幅広く合意形成を図り、バランスの取れた政策へ落とし込む。それこそが国会本来のあり方だ。
 安易なポピュリズムに走ることなく、日本が困難な時代を乗り切るための政治を実現しなければならない。>(以上「毎日新聞」より引用)




日本政治この1年 目先の損得にとらわれた」と題する毎日新聞の「元旦」の社説を一読して、これぞ「ザ・オールドメディア」と感じ入ったので引用することにした。
 様々な突っ込見所満載の「社説」だが、まず「多党化時代の少数与党」から突っ込もう。

◎政界ウィングのシフト変化に気付かないオールドメディア。
 政界そのものが大きくシフトしたのに、オールドメディアは全く気付いてないかのようだ。自民党が弱体化したと論じているが、弱体化したのは自民党だけではない。立憲党も見る影もないほど弱体化している。その原因は何なのだろうか。
 それは政界が保守対革新の対立で形成されているという勘違いに起因する。野党は革新でも何でもない。つまり政界は国民政治家と親中政治家が混在しているのが明確になった。もちろん自民党にも国民政治家と親中政治家が混在しているが、それは立憲党でも同様だ。自民党が似非・保守党だと云うことに国民は気付いたし、同時に立憲党が革新政党ではなく、親中政党だと云うことに気付いてしまった。
 だから自民党が少数与党なのは自民党が蘇生するために必要な機会だったのではないか。だから親中・石破政権の後に国民・高市政権が誕生して、国民の多くが拍手喝采を送っている。もしかすると、高市政権が戦後初の「国民政権」ではないだろうか。

◎政界の多党化は政界再編の好機だ。
 多党化と云っても、一昨年の総選挙後の多党化はそれ以前の多党化とは趣を異にする。それは自民党以外の政党が左派だったのに対して、野党にも保守政党が誕生したことだ。だから引用氏は「少数与党の自民党政権は不安定」と断じるのは間違いだ。むしろ「より保守」に引き摺られる可能性すらあるのが現在の多党化だ。
 親中政党の公明党との連立を解消したことで、高市政権は公明党に遠慮することなく中国に対して筋を通せるようになった。それが「存立危機事態」発言を取り消さなかった所以だ。それは中国の恫喝に対して、日本の国益を死守した戦後初の出来事だった。

◎「緊縮・増税」の衰亡国家から、「積極・減税」経済成長国家への転換。
 引用氏は「「年収の壁」引き上げや高校授業料無償化、ガソリン暫定税率の廃止など、財源の裏付けがない減税や財政出動が相次いだ。足元の国民負担軽減を優先するバラマキと言うほかない。借金依存の財政をこのまま続ければ、次世代へのツケが増えるばかりだ。円安や長期金利の上昇が止まらず、市場の信認を失う懸念も高まっている。将来まで見据えて暮らしの安全・安心を確保する施策が不可欠となる」と相変わらず「緊縮・増税」を国民に求めている。しかしそうした財務規律優先の経済政策が「失われた35年」をもたらしたことに対する反省が根本的に欠落している。オールドメディアのこうしたザイム真理教への盲目的な信仰が国民世論を誤った方向へ導いていることをSNSに登場する「積極・減税」経済政策を唱える評論家や経済学者が痛烈に批判し、多くの国民が「財源論」に象徴されるザイム真理教の教義を批判するようになった。
 そして高市氏が経済成長を優先する経済政策を掲げて登場すると多くの国民は熱烈に支持し、現在も支持している。それでも引用氏のようにオールドメディアは頑として「財源なきバラ撒きは未来世代に禍根を残す」と尤もらしい前世紀的な論理を死守している。その財政理論は国家の衰亡と、国民の貧困化を招くだけだ、という「失われた35年」で実証された経済運営政策として破綻していることすら認めようとしない。
 オールドメディアが唱える財務省の基本的な誤りは、家計と国家財政とを混同していることだ。国家の支出を家計の支出と同じだと認識しているのは財務官僚諸氏の絶対的な知能の欠落でしかない。なぜなら家計では支出したマネーは家から出たが、国家財政から支出したマネーは一人の右のポケットのマネーを左のポケットに移したに過ぎないからだ。それは決して失われてはいない。国内で循環しているだけだ。それが経済活動というものであり、税はマネー循環の一部を国家が掠め取っているものでしかない。だから多くのマネーを「国民負担」として掠め取れば、国内循環するマネーが減少し経済活動が停滞し衰亡するのは明らかだ。財源論を主張する愚かさがお解りだろうか。

◎右傾化と愛国心は別物だ。
 引用氏は昨年夏の参院選を「国政の右傾化も鮮明となった。参院選では、外国人政策が争点として急浮上した。社会に対する人々の漠然とした不満や不安が、真偽不明の情報と結びつき、交流サイト(SNS)などで急激に拡散された。受け皿となった中小政党が躍進する一方、立憲民主党などの中道勢力は埋没した」と見ているようだが、それこそが最大の誤りだ。
 戦後一貫して、オールドメディアは「愛国心」を敢えて戦争賛美と混同し、国民の脳裏に「愛国心=戦争」と埋め込んできた。そうした国民が外国人移民政策に傾斜した自民党の為すがままに技術実習生というマヤカシの名目による「外国人労働・奴隷」を受け容れてきた。そして国内の在日外国人が300万人を超えた辺りから外国人が多く暮らす地域で外国人と住民との様々な軋轢が表面化してきた。その代表が埼玉県川口市だった。それは決して「漠然とした不満や不安が、真偽不明の情報」ではなく、SNSを中心として外国人が多く暮らす地域の治安不安が拡散され、多くの日本国民が認識するようになった。決してオールドメディアが取り上げようとしない地域社会の深刻な問題の解決を多くの国民が国政選挙の争点として登場したのも、昨年の参院選が初の出来事だった。
 右傾化とオールドメディアが断じるのは「愛国心」を戦後日本で危険思想として来た、オールドメディアによる洗脳そのの否定だからだ。戦後日本は戦前・戦中の日本思想の全否定から始まった。戦前・戦中の日本の戦争へと突き進む世論を醸成し牽引したのもオールドメディアだった。その深刻な反省と、GHQによる思想統制に従って、オールドメディアは「愛国心」こそが先の大戦へと日本国民を誘導した危険思想だと国民に思い込ませた。そして様々な戦前国際社会の害悪をすべて日本の責任に帰してきた。GHQ司令官だったマッカーサーが後に米国連邦議会の公聴会で「先の大戦は日本の防衛のための戦争だった」と証言している。

◎日本が責任ある国家になるために
 引用氏は「安易なポピュリズムに走ることなく、日本が困難な時代を乗り切るための政治を実現しなければならない」と社説を結んでいるが、オールドメディアが洗脳して来た「戦後史観」こそが安易なポピュリズムだったのではないか。マッカーサーが証言する以前に、先の大戦は「日本の防衛のためだった」と証言するオールドメディア・言論人がいたのか。それどころか「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と広島の原爆死没者慰霊碑(平和記念公園)の碑文に刻ませた主語不明な文言が示す通り、誰が「過ち」を繰り返さないのか不明なまま放置して来たのではないか。
 原爆投下そのものを断罪するなら、当時の米国政府当局と原爆投下を決定した者の氏名を明らかにして、戦争犯罪を問うべきだ。そうした常識的・論理的な思考すら封じてしまう日本世論の形成に尽力したオールドメディアの「公正性」に立つなら、愛国心は右傾化になる。だがオールドメディアの「公正性」が中心から左に傾いていれば、「公正」とされる「愛国心」が右に傾いていることになる。ただそれだけのことすら、引用氏は客観視できないようだ。

 2025年は日本にとって劇的な年だった。それは戦後一貫して日本世論を支配して来た「戦後史観」が崩れ去った年だったからだ。「愛国心」が再び復権して、日本の国土と歴史を尊重する国民が外国人移民に蹂躙されようとしている日本に危機感を覚えた年でもある。
 日本は責任ある国際社会の一員として、覇権国家が武力を背景に国境線の変更を迫るなどという、先の大戦で捨て去ったはずの「帝国主義」を再び現代に蘇らせようとする全ての企てに敢然と立ち向かう国でなければならない。外国人移民にかんしても外国人を排斥しようというのではない。ただ外国人には祖国へ帰って、祖国復興のために尽力するのが国民としての使命ではないかと考える。たとえ難民であっても、被告復興のために尽力するのが国民としての使命ではないだろうか。他国に移民して生き延びるのも、一時的には必要かも知れないが、祖国の戦乱が収まれば、祖国へ帰還して祖国のために尽力すべきだ。日本の社会保障制度が素晴らしいのなら、祖国へ帰還して政治家を目指し、日本のような国家制度を創設すべきだ。あなただけが日本で暮していれば良い、というものではないはずだ。

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