中国当局は飢えた国民を恐れている。
<いいかげんウンザリ。米国防長官「中国脅威論=台湾有事論」の粗雑
へグセス米国防長官は5月31日、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議で演説し、要旨次のように述べた。
▼中国の脅威は現実的であり、差し迫ったものであるかもしれない。中国が、インド太平洋のパワーバランスを変えるために軍事力を行使する可能性を準備していることは、誰の目にも明らかだ。
▼中国が台湾を征服しようとすれば、インド太平洋と世界に壊滅的な結果をもたらすだろう。
▼トランプ大統領は「自分が見ている中で中国が台湾を侵略することはない」と言っている。戦争を防ぐのがわれわれの目標だ。同盟・友好国と築き上げる強力な抑止力によってこれを実現する。
▼もし抑止に失敗した場合、米国防総省は最も得意とすることを実行する用意がある。すなわち、断固として戦い、勝利することだ。
▼NATO加盟国はGDPの5%を防衛費に充てることを約束している。アジアの主要な同盟国が、北朝鮮など手ごわい脅威に直面しているにもかかわらず、防衛支出がより少ないというのは理にかなっていない……。
アイゼンハワー米大統領が1954年4月の記者会見で唱えた「ドミノ説」――どこか1カ所でも堤防が破れれば共産主義の脅威が次々に周辺の国を冒していくに違いないという恐怖煽動レトリックを彷彿とさせるような粗雑極まりない議論である。
いちいちは取り上げないが、例えば「中国の脅威は現実的」という言い方はいかにも軽々しい。プロの軍人は、潜在的脅威がいついかなる条件で現実的脅威に転化するかの判断に命懸けになるが、それは現実的脅威だと判定すれば直ちに開戦準備に着手しなければならないからである。
今から20年前の昔の話だが、旧民主党代表だった前原誠司が訪米してジョージタウン大学で講演し「中国の軍事力拡大は現実的脅威であり、これに毅然とした対応が重要。シーレーン防衛のために集団的自衛権を行使できるよう憲法改正が必要だ」と述べた。
すぐに知り合いの米人記者からメールが届き、「前原は自民党右派より右じゃないか。おまけに、中国を『現実的脅威』と言い切っていて、これは外交・防衛の素人丸出しだよ。大丈夫か、民主党?」と呆れられた。案の定、その直後に訪れた中国では、この発言を理由に胡錦濤国家主席との会談がキャンセルされる恥ずかしい事態となり、それでも本人は「言うべきことを言ったことに自信と誇りを持っている」などとガキっ子ぶりを振り撒いていた。
ヘグセスもこれと同じレベルのガキっ子で、FOXニュースのキャスターとしての軽口と国防長官としての責任ある発言とが区別できていない。
高野孟(フリー・ジャーナリスト)氏が「台湾有事は日本有事」という誤解。日米が介入すれば「日本有事になってしまう」だけという理屈が分からぬ人々」という論評を発表した。要旨は台湾有事に日本が加担しなければ日本有事にならない、という荒唐無稽な論理だ。
へグセス米国防長官は5月31日、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議で演説し、要旨次のように述べた。
▼中国の脅威は現実的であり、差し迫ったものであるかもしれない。中国が、インド太平洋のパワーバランスを変えるために軍事力を行使する可能性を準備していることは、誰の目にも明らかだ。
▼中国が台湾を征服しようとすれば、インド太平洋と世界に壊滅的な結果をもたらすだろう。
▼トランプ大統領は「自分が見ている中で中国が台湾を侵略することはない」と言っている。戦争を防ぐのがわれわれの目標だ。同盟・友好国と築き上げる強力な抑止力によってこれを実現する。
▼もし抑止に失敗した場合、米国防総省は最も得意とすることを実行する用意がある。すなわち、断固として戦い、勝利することだ。
▼NATO加盟国はGDPの5%を防衛費に充てることを約束している。アジアの主要な同盟国が、北朝鮮など手ごわい脅威に直面しているにもかかわらず、防衛支出がより少ないというのは理にかなっていない……。
アイゼンハワー米大統領が1954年4月の記者会見で唱えた「ドミノ説」――どこか1カ所でも堤防が破れれば共産主義の脅威が次々に周辺の国を冒していくに違いないという恐怖煽動レトリックを彷彿とさせるような粗雑極まりない議論である。
いちいちは取り上げないが、例えば「中国の脅威は現実的」という言い方はいかにも軽々しい。プロの軍人は、潜在的脅威がいついかなる条件で現実的脅威に転化するかの判断に命懸けになるが、それは現実的脅威だと判定すれば直ちに開戦準備に着手しなければならないからである。
今から20年前の昔の話だが、旧民主党代表だった前原誠司が訪米してジョージタウン大学で講演し「中国の軍事力拡大は現実的脅威であり、これに毅然とした対応が重要。シーレーン防衛のために集団的自衛権を行使できるよう憲法改正が必要だ」と述べた。
すぐに知り合いの米人記者からメールが届き、「前原は自民党右派より右じゃないか。おまけに、中国を『現実的脅威』と言い切っていて、これは外交・防衛の素人丸出しだよ。大丈夫か、民主党?」と呆れられた。案の定、その直後に訪れた中国では、この発言を理由に胡錦濤国家主席との会談がキャンセルされる恥ずかしい事態となり、それでも本人は「言うべきことを言ったことに自信と誇りを持っている」などとガキっ子ぶりを振り撒いていた。
ヘグセスもこれと同じレベルのガキっ子で、FOXニュースのキャスターとしての軽口と国防長官としての責任ある発言とが区別できていない。
中国の内情を知らぬ素人の憶測でしかなかった「台湾侵攻」煽り
このような、今にも中国が問答無用で台湾を軍事的に侵攻しようとしているかの虚偽宣伝は、本誌も何度か報道し分析してきたように、バイデン政権発足から間もない2021年3月に退任目前のデビッドソン=アジア太平洋軍司令官が米上院の公聴会で行った証言から始まった。
彼はその時、中国の台湾侵攻の可能性について議員から問われ「この10年以内、実際には今後6年以内にその脅威が現実化すると思う」と述べた。このように、軍人のトップ級が年限を明示して中国の侵攻が切迫していることを告げた例は(たぶん)他にないため、極めて現実味のある予測であるかに受け取られ大いに話題となった。
しかし、後に明らかになったところでは「6年以内」というのは、「2027年は中国人民解放軍の創建100周年に当たるから」だとか、「習近平主席が3期目の任期を終える27年秋に4期目を目指そうとすれば、戦争を引き起こして国民を結束させるくらいのことをしないと無理だろう」という程度の、中国の内情に全くの素人の憶測でしかなかった。
ところが、一度放たれたその言葉は一人歩きして、あちこちに波紋を呼び起こした。日本でそれに最も強く反応したのはその半年前に首相の座を降りたばかりの安倍晋三で、盟友の麻生太郎と語らって「これだ!これこそ日本の状況認識の柱にしなければ」という調子で「台湾有事は日本有事」という迷文句まで創造して盛んに振り撒き始めた。
そしてその効能も陰り始めたかと思われた22年2月というタイミングで、ロシアがウクライナに侵攻したため、バイデン大統領が真っ先に「ロシアのウクライナでの戦争が中国に台湾の島を攻撃しようという気にさせるかもしれない」と言い出し、「ほらみろ、やっぱり(元共産国の)ロシアは恐ろしいじゃないか。そのロシアと(現共産国の)中国は友好国だから、中国は必ずロシアに見倣って台湾に侵攻するに違いない」といった、冷戦時代の反共イデオロギーの復活をベースにした「ウクライナ台湾連動説」が沸き起こり、デビッドソンの妄言を補強したのだった。
その意味で、へグセス米国防長官の今回のスピーチは、デビッドソン以来の軍部側からの言葉の戦争の流れの中にあるものと言える。
このような、今にも中国が問答無用で台湾を軍事的に侵攻しようとしているかの虚偽宣伝は、本誌も何度か報道し分析してきたように、バイデン政権発足から間もない2021年3月に退任目前のデビッドソン=アジア太平洋軍司令官が米上院の公聴会で行った証言から始まった。
彼はその時、中国の台湾侵攻の可能性について議員から問われ「この10年以内、実際には今後6年以内にその脅威が現実化すると思う」と述べた。このように、軍人のトップ級が年限を明示して中国の侵攻が切迫していることを告げた例は(たぶん)他にないため、極めて現実味のある予測であるかに受け取られ大いに話題となった。
しかし、後に明らかになったところでは「6年以内」というのは、「2027年は中国人民解放軍の創建100周年に当たるから」だとか、「習近平主席が3期目の任期を終える27年秋に4期目を目指そうとすれば、戦争を引き起こして国民を結束させるくらいのことをしないと無理だろう」という程度の、中国の内情に全くの素人の憶測でしかなかった。
ところが、一度放たれたその言葉は一人歩きして、あちこちに波紋を呼び起こした。日本でそれに最も強く反応したのはその半年前に首相の座を降りたばかりの安倍晋三で、盟友の麻生太郎と語らって「これだ!これこそ日本の状況認識の柱にしなければ」という調子で「台湾有事は日本有事」という迷文句まで創造して盛んに振り撒き始めた。
そしてその効能も陰り始めたかと思われた22年2月というタイミングで、ロシアがウクライナに侵攻したため、バイデン大統領が真っ先に「ロシアのウクライナでの戦争が中国に台湾の島を攻撃しようという気にさせるかもしれない」と言い出し、「ほらみろ、やっぱり(元共産国の)ロシアは恐ろしいじゃないか。そのロシアと(現共産国の)中国は友好国だから、中国は必ずロシアに見倣って台湾に侵攻するに違いない」といった、冷戦時代の反共イデオロギーの復活をベースにした「ウクライナ台湾連動説」が沸き起こり、デビッドソンの妄言を補強したのだった。
その意味で、へグセス米国防長官の今回のスピーチは、デビッドソン以来の軍部側からの言葉の戦争の流れの中にあるものと言える。
軍産複合マフィアの強烈な圧力下にある米議会とホワイトハウス
軍部が、あるかも知れないがほとんどありそうにない「脅威」を大袈裟に言い立てて予算獲得の一助とするのは、常套手段である。
それは政権にとっても好都合の面があって、米国最強の産業ブロックであり最大の輸出部門である軍需産業は、共和・民主両党にとって実は最重要のパートナーで、米軍のための予算を惜しみなく注ぎ込んで恩を売るだけでなく、外交政策を通じて同盟国や友好国に誇大な脅威感を植え付けたり、その挙げ句に戦争に走らせたりして、最新鋭・超高額の兵器を売り込む市場を開拓して大儲けさせる。
その政府による内外軍需セールスの見返りとして、政権党は莫大な政治献金を得ることができる。これが「世界史上最大の戦争国家」と呼ばれる米国の実体的な利権循環構造である。
アイゼンハワーは、上述のように1954年には率先して反共宣伝を振り撒き冷戦を煽りまくったが、61年1月の大統領退任演説ではさすがにその結果の重大さに気付いて、よく知られているように、自らがその増長に貢献した「軍産複合体(Military-Industrial Complex)」が米国を蝕んでいく危険を正面から告発した。
彼の演説草案では「軍産議複合体(Military-Industrial-Congressional Complex)」と書かれていたのが、議会自身のクレームで「議会」の語そのものが削除されたことは、余り知られていない。が、米国政治すなわち議会とホワイトハウスの動向が常時、軍産複合マフィアの強烈な圧力下にあるということが、米国の深い病の原因である。
軍部が、あるかも知れないがほとんどありそうにない「脅威」を大袈裟に言い立てて予算獲得の一助とするのは、常套手段である。
それは政権にとっても好都合の面があって、米国最強の産業ブロックであり最大の輸出部門である軍需産業は、共和・民主両党にとって実は最重要のパートナーで、米軍のための予算を惜しみなく注ぎ込んで恩を売るだけでなく、外交政策を通じて同盟国や友好国に誇大な脅威感を植え付けたり、その挙げ句に戦争に走らせたりして、最新鋭・超高額の兵器を売り込む市場を開拓して大儲けさせる。
その政府による内外軍需セールスの見返りとして、政権党は莫大な政治献金を得ることができる。これが「世界史上最大の戦争国家」と呼ばれる米国の実体的な利権循環構造である。
アイゼンハワーは、上述のように1954年には率先して反共宣伝を振り撒き冷戦を煽りまくったが、61年1月の大統領退任演説ではさすがにその結果の重大さに気付いて、よく知られているように、自らがその増長に貢献した「軍産複合体(Military-Industrial Complex)」が米国を蝕んでいく危険を正面から告発した。
彼の演説草案では「軍産議複合体(Military-Industrial-Congressional Complex)」と書かれていたのが、議会自身のクレームで「議会」の語そのものが削除されたことは、余り知られていない。が、米国政治すなわち議会とホワイトハウスの動向が常時、軍産複合マフィアの強烈な圧力下にあるということが、米国の深い病の原因である。
抑止されていると見て差し支えない対中戦争に突き進む危険
それはともかく、デビッドソン以来の軍部側からの反共反中国認識が、そのまま政権の考え方ではないのはもちろんのことで、バイデン政権時代にイアン・ブレマーが言っていたのは、あくまで中国を敵として対決しようとするネオコン的新冷戦派+昔ながらの軍事的タカ派、
米中間の経済面での協力と競合の大人びた関係を上手くマネージしていこうとする経済界主流やリベラル言論界、気候変動抑制やコロナ対策などグローバルな課題で中国を巻き込むことを重視する環境派、という分岐が政権内で対立する中で、バイデンの最初の2年間はかなり反中国に傾斜したが、後半2年間はガラリと転換し……、
▼22年11月14日、バリ島でのG20首脳会議に先立って習近平中国主席と会談したバイデン米大統領は、会談後、「中国側には、台湾に侵攻しようといういかなる差し迫った企図もないと、私は思う」と述べた。
▼多くの国際的メディアの報道とは反対に、先月の大会では習近平は台湾の問題では全くもって控えめで、激するところはなかった。習は、8月のペロシ米下院議長の訪台を念頭に「外部勢力による目に余る挑発的な干渉」を非難したが、台湾当局そのものを非難することを避け、むしろ「1つの中国」の前提の下での政治的交渉の可能性への期待を残しておくよう心がけた。
トランプ第2期となると、バイデン時代の上述 3.は抹消させられたが、神保謙=慶應大学教授の言葉遣いを借りれば(6月8日付朝日電子版)、1.の軍事的タカ派路線は「欧州や中東への関与を減らし、インド太平洋に米国の軍事的資源を集中すべきだ」とする「アジア優先主義派」に変形し、それがヘグセス国防長官に引き継がれている。
他方、2.の経済関係重視派は、「何が何でも米国の経済的利益を優先しよう」とする「MAGA派」の一角を占める主流派となり、“戦争嫌い”(?)のトランプは今のところこちらの方に重心を置いている――と言えそうだ。
この辺りのバイデンからトランプへの政策配置の変転過程は捻くれていて、よく分からないが、いずれにせよ、デビッドソンからヘグセスに至る軍部サイドからの訳分からずの強硬論に政権が引き込まれて、対中戦争に突き進むという危険は、ひとまず抑止されていると見て差し支えない。
それはともかく、デビッドソン以来の軍部側からの反共反中国認識が、そのまま政権の考え方ではないのはもちろんのことで、バイデン政権時代にイアン・ブレマーが言っていたのは、あくまで中国を敵として対決しようとするネオコン的新冷戦派+昔ながらの軍事的タカ派、
米中間の経済面での協力と競合の大人びた関係を上手くマネージしていこうとする経済界主流やリベラル言論界、気候変動抑制やコロナ対策などグローバルな課題で中国を巻き込むことを重視する環境派、という分岐が政権内で対立する中で、バイデンの最初の2年間はかなり反中国に傾斜したが、後半2年間はガラリと転換し……、
▼22年11月14日、バリ島でのG20首脳会議に先立って習近平中国主席と会談したバイデン米大統領は、会談後、「中国側には、台湾に侵攻しようといういかなる差し迫った企図もないと、私は思う」と述べた。
▼多くの国際的メディアの報道とは反対に、先月の大会では習近平は台湾の問題では全くもって控えめで、激するところはなかった。習は、8月のペロシ米下院議長の訪台を念頭に「外部勢力による目に余る挑発的な干渉」を非難したが、台湾当局そのものを非難することを避け、むしろ「1つの中国」の前提の下での政治的交渉の可能性への期待を残しておくよう心がけた。
トランプ第2期となると、バイデン時代の上述 3.は抹消させられたが、神保謙=慶應大学教授の言葉遣いを借りれば(6月8日付朝日電子版)、1.の軍事的タカ派路線は「欧州や中東への関与を減らし、インド太平洋に米国の軍事的資源を集中すべきだ」とする「アジア優先主義派」に変形し、それがヘグセス国防長官に引き継がれている。
他方、2.の経済関係重視派は、「何が何でも米国の経済的利益を優先しよう」とする「MAGA派」の一角を占める主流派となり、“戦争嫌い”(?)のトランプは今のところこちらの方に重心を置いている――と言えそうだ。
この辺りのバイデンからトランプへの政策配置の変転過程は捻くれていて、よく分からないが、いずれにせよ、デビッドソンからヘグセスに至る軍部サイドからの訳分からずの強硬論に政権が引き込まれて、対中戦争に突き進むという危険は、ひとまず抑止されていると見て差し支えない。
一読に値する論文「なぜ『台湾有事』は起きないのか?」
そういう中で、『軍事研究』7月号の文谷数重の論文「なぜ『台湾有事』は起きないのか?」は、一読に値する。筆者は自衛官出身の軍事ライターで同誌の常連執筆者。彼は22年7月号の同誌にも「間違いだらけの台湾有事」と題して寄稿し、それを本誌22年7月No.1164で紹介した。
私はこの問題の多くの論点について同意見なので、今回もその肝心な点を紹介する。
▼第1に、中国、台湾、日米の3者は「三角相撲」の構図を成していて、その強力な安定効果のため台湾有事は起こり得ない。中国は「統一したい」、台湾は「自立したい」、日米は「現状維持したい」というそれぞれの思惑がある中で、現実は統一にも自立にも動かない現状維持で落ち着いている。
▼日米からすれば、台湾の自立、中でも独立はもってのほかである。台湾の価値は「中国に刺さったトゲ」であり、何よりも刺さっていることに価値がある。そのトゲを抜く必要はないし、抜いたトゲにも価値はない。
▼中国は統一を進められない。武力統一となると、自立を失う台湾が抵抗する上、そこに現状維持を望む日米が協力する。中国は台湾のみが相手なら勝てるが、日米が台湾に付くとまずは勝てない。できるのは和平統一しかない。
▼台湾も自立を進められない。独立を進めようとすると、中国は武力行使をしてでも止めようとする。そのときには日米は台湾を助けない。現状維持の方針とは反するからである。中国による統一も、台湾の独立も、日米の利益を失わせる事態だからだ……。
そういう中で、『軍事研究』7月号の文谷数重の論文「なぜ『台湾有事』は起きないのか?」は、一読に値する。筆者は自衛官出身の軍事ライターで同誌の常連執筆者。彼は22年7月号の同誌にも「間違いだらけの台湾有事」と題して寄稿し、それを本誌22年7月No.1164で紹介した。
私はこの問題の多くの論点について同意見なので、今回もその肝心な点を紹介する。
▼第1に、中国、台湾、日米の3者は「三角相撲」の構図を成していて、その強力な安定効果のため台湾有事は起こり得ない。中国は「統一したい」、台湾は「自立したい」、日米は「現状維持したい」というそれぞれの思惑がある中で、現実は統一にも自立にも動かない現状維持で落ち着いている。
▼日米からすれば、台湾の自立、中でも独立はもってのほかである。台湾の価値は「中国に刺さったトゲ」であり、何よりも刺さっていることに価値がある。そのトゲを抜く必要はないし、抜いたトゲにも価値はない。
▼中国は統一を進められない。武力統一となると、自立を失う台湾が抵抗する上、そこに現状維持を望む日米が協力する。中国は台湾のみが相手なら勝てるが、日米が台湾に付くとまずは勝てない。できるのは和平統一しかない。
▼台湾も自立を進められない。独立を進めようとすると、中国は武力行使をしてでも止めようとする。そのときには日米は台湾を助けない。現状維持の方針とは反するからである。中国による統一も、台湾の独立も、日米の利益を失わせる事態だからだ……。
「台湾有事は日本有事」にならない実に簡単な理屈
蛇足だが、私は「台湾有事」を論ずる場合の基本となる3カ条を定めていて、この初歩の初歩を外した議論は皆、眉唾物だと判断する。恐らく文谷氏も同意見だと思う。
【第1条】
台湾有事すなわち中国の武力による台湾制圧は、唯一、台湾が現在の「事実上の独立」状態に我慢できなくなって「名目上の独立」に進もうとした時にのみ起こりうる。
【第2条】
仮に有事が起きてしまったとしても、それは中国の立場からはもちろんのこと、台湾の(本来の、つまり国民党的な)立場からしても、「1つの中国」の国内における「内戦」であり、米国にせよ日本にせよ、それに外から介入すればそれは侵略に当たり、ウクライナの内戦に外から介入して世界中の非難を浴びたロシアのプーチンと同じ過ちを冒すことになる。
【第3条】
「台湾有事は日本有事」なのではなく、「台湾有事に米国と日本が介入すれば日本有事になってしまう」のである。中国は素早く内乱を鎮圧したいので、電撃的に台北の政治中枢を制圧し(おそらく事前に用意しておいた)親中派の省長を立てることに集中し、自分の方から戦線を拡大して敵を増やすことはしない。
しかし、米日が軍事介入してくれば話は別で、中国はウクライナとは違って、日本のみならず韓国、フィリピン、シンガポール、グアムなど全ての周辺の米軍基地と、それに追随する自衛隊の基地に、一斉ミサイル攻撃を行って壊滅させるだけの能力を備えているので、そのかねて準備の作戦を発動するだろう。
だから、仮に台湾に内乱事態が生じても、日本がノコノコ出て行くことをしないばかりか、米軍が介入することをも制止すれば、「台湾有事は日本有事」にならない。実に簡単な理屈だと思うが、どうだろうか>(以上「MAG2」より引用)
蛇足だが、私は「台湾有事」を論ずる場合の基本となる3カ条を定めていて、この初歩の初歩を外した議論は皆、眉唾物だと判断する。恐らく文谷氏も同意見だと思う。
【第1条】
台湾有事すなわち中国の武力による台湾制圧は、唯一、台湾が現在の「事実上の独立」状態に我慢できなくなって「名目上の独立」に進もうとした時にのみ起こりうる。
【第2条】
仮に有事が起きてしまったとしても、それは中国の立場からはもちろんのこと、台湾の(本来の、つまり国民党的な)立場からしても、「1つの中国」の国内における「内戦」であり、米国にせよ日本にせよ、それに外から介入すればそれは侵略に当たり、ウクライナの内戦に外から介入して世界中の非難を浴びたロシアのプーチンと同じ過ちを冒すことになる。
【第3条】
「台湾有事は日本有事」なのではなく、「台湾有事に米国と日本が介入すれば日本有事になってしまう」のである。中国は素早く内乱を鎮圧したいので、電撃的に台北の政治中枢を制圧し(おそらく事前に用意しておいた)親中派の省長を立てることに集中し、自分の方から戦線を拡大して敵を増やすことはしない。
しかし、米日が軍事介入してくれば話は別で、中国はウクライナとは違って、日本のみならず韓国、フィリピン、シンガポール、グアムなど全ての周辺の米軍基地と、それに追随する自衛隊の基地に、一斉ミサイル攻撃を行って壊滅させるだけの能力を備えているので、そのかねて準備の作戦を発動するだろう。
だから、仮に台湾に内乱事態が生じても、日本がノコノコ出て行くことをしないばかりか、米軍が介入することをも制止すれば、「台湾有事は日本有事」にならない。実に簡単な理屈だと思うが、どうだろうか>(以上「MAG2」より引用)
高野孟(フリー・ジャーナリスト)氏が「台湾有事は日本有事」という誤解。日米が介入すれば「日本有事になってしまう」だけという理屈が分からぬ人々」という論評を発表した。要旨は台湾有事に日本が加担しなければ日本有事にならない、という荒唐無稽な論理だ。
台湾有事は起きないと思うが、起きたとすれば必ず日本が巻き込まれる、というのは常識だ。なぜなら日本はマラッカ海峡を通過する海上輸送に対外貿易の大半を頼っているからだ。しかしマラッカ海峡を通らないで、太平洋を大きく迂回する海上ルートがないわけではない。だが、それでも台湾から僅か170kmしか離れていない尖閣諸島に害が及ばないとは限らない。
それ以前に、果たして台湾有事は起きるのか、という根源的な問いがある。中国は絶えず「台湾を統一する」のが中国共産党の悲願だと宣伝している。ことに習近平氏の題になってから、その主張は激しさを増している。
しかし実際に中国は台湾を軍事侵攻するのだろうか。その意思はあっても、現実的に台湾進攻に踏み切るのは、ロシアがウクライナに侵攻した以上の賭けではないだろうか。なぜならウクライナは陸続きで、しかもソ連時代は同じ国だった。しかし台湾と中国の間には130kmの台湾海峡がある。しかも中国が台湾を支配したことは歴史上一度もない。言語や文化は同じでも、台湾と中国は全く別の国だ。政治体制に到っては根本的に異なる。
中国当局が絶えず「台湾の統一」を叫ぶのは独裁体制の維持に必要だからだ。つまり目に見える敵を国民に認識させ、その敵に備えるために「中国には協力に独裁体制が必要だ」と認識させるためには「台湾統一」のスローガンが有効だからだ。
ただ高野氏は中国が台湾進攻に日米が軍事介入してくると判断すれば、中国周辺の米軍基地と自衛隊基地をミサイルの飽和で攻撃する、という推測は如何なものだろうか。ことに米軍基地は地上に基地だけではない。空母打撃群や原潜も中国を攻撃する基地となる。つまり全ての基地をミサイル攻撃で無力化することは出来ない。
確かに中国はロシアが開発した超高速滑空ミサイルを保有しているだろう。しかし「大量に」というほどの数ではないだろう。それに対して、日本もレールガンを開発しメガ粒子砲の開発を急いでいる。超高速滑空ミサイルであれ、レールガンは確実に迎撃できる。これから配備するだろうが、日本はレールガンを対中ミサイルから国土防衛体制で配備するだろう。
中国が沖縄などの基地へ大量ドローン攻撃を仕掛けても、既に開発したレーザー砲で迎撃できる。それほど恐れることはない。むしろ中国は最新兵器が日本の新開発兵器により無力化されつつあるのを知っている。それが中国への抑止力になっている。
従来より中国の台湾進攻はあり得ない、と見てきた。その理由は高野氏が唱える三竦み論ではなく、中国の兵站が台湾進攻のために整えられてないからだ。台湾進攻に参戦する人民解放軍の実戦部隊が数十万人だとしても、そのためには倍する後方支援部隊が必要になる。全国からそれだけの兵員を動員し、武器弾薬を兵站基地に集め、糧秣を準備しなければならない。さもなくば「三日でキーウを堕とせる」と見誤ったプーチンと同じ轍を踏むことになる。
しかし中国に百万人以上の兵員を半年以上も食わせるだけの食糧はない。揚陸艦の建造を急いでいるようだが、十万人以上もの兵員を武器弾薬と共に台湾へ輸送するには船舶がまだ足りない。そして決定的なのは、中国に台湾を軍事侵略する経済力も社会規律も既にないことだ。
中国の大学は7月で終了するが、就職が決まっているのは卒業予定者の7%しかいないという。全労働人口で見ても失業率は50%に達しているといわれる。しかも公務員ですら遅配が常態化し、軍や公安警察ですら、減給や遅配により政権への不満が鬱積しているという。
習近平氏は実質的な全ての権力を剥奪され、自宅軟禁状態だと云われている。ただ国民の動揺を防ぐためだけに「お飾り」の国家主席の地位にいる。政権の実験は胡錦涛一派に移り、集団指導体制へと移行しているようだ。次の全国人民会議で全ての経済政策の失敗を習近平氏が取る形で引退するのではないかと云われている。
こうした状況で台湾進攻などあり得ない。しかも中国経済は未だに崩壊を続けている。中国政府は具体的な経済対策を講じないまま、銀行取り付け騒ぎも公安警察などで抑え込んでいる。しかし地方政府もデフォルトしているため、警察は一般道路に検問所を設けて、勝手に通行料金を徴収しているという。だからトラック輸送はマヒ状態に陥り、経済全般が沈滞化している。
台湾有事の前に「中国内有事」に陥りそうだ。中国内では各地で暴動が頻発し、それが一つの纏まりとなって政権打倒に動くのも時間の問題ではないかと云われている。秘かに自由民権活動家が帰国して彼らが各地の暴動を指揮し始めると中国は内乱状態に陥る。台湾有事どころの話ではない。中国当局は飢えた国民を恐れている。