米価高騰の裏で、日本農業は大転換点に立っている。
<令和の“コメ騒動”が沈静化する気配はない──そんななか、コメの流通現場で今、新たな波紋が広がっている。突如として現れた巨大な“新規勢力”が、コメ農家に狙いを定め、既存流通を巻き込む争奪戦を仕掛けているのだ。米業界の深層を追い続けてきたノンフィクション作家・窪田新之助が、その裏側を徹底レポートする。
2000万円の増収
小泉進次郎・農水相が打ち出した随意契約による政府備蓄米の販売が人気だ。 従来は最高値をつけた入札業者が落札する「競争入札」で販売価格が決定されてきたが、「随意契約」は、政府が決めた価格で小売店と直接的に契約を結ぶ。未曾有のコメ高騰を受けた異例の対応である。その裏で、農家のコメの販売先にも異変が起きている。
国内コメ流通が昨年から劇変していた。その現場を取材した窪田新之助(ノンフィクション作家)氏が「《これがなければ倒産していました》赤字続きのコメ農家を救う“商社マネー” 秋田では「1俵2万円台半ば」を提示、JAとの差額は5000円以上」と題する渾身のルポを発表した。
2000万円の増収
小泉進次郎・農水相が打ち出した随意契約による政府備蓄米の販売が人気だ。 従来は最高値をつけた入札業者が落札する「競争入札」で販売価格が決定されてきたが、「随意契約」は、政府が決めた価格で小売店と直接的に契約を結ぶ。未曾有のコメ高騰を受けた異例の対応である。その裏で、農家のコメの販売先にも異変が起きている。
「昨年からメインの出荷先を、JAから商社に変えましたね」
こう明言するのは、秋田県横手市にある水田75ヘクタールで稲作をしている農業法人の代表・鈴木眞一さん(仮名)だ。
鈴木さんは2023年産まで、収穫したコメの8割をJA秋田ふるさと(横手市)に委託販売し、残り2割を商社や個人に直接販売してきた。
だが、2024年産で商社との取引量を増やし、この割合を逆転させた。
商社との取引量が増えたのは、以前から付き合いのあった商社に加え、一昨年に新たな商社が鈴木さんのもとを訪れ、直取引を持ちかけられたからだ。
新規参入した商社は、秋田県の主力品種「あきたこまち」の2024年産の買取価格として、1俵(60キロ)当たり2万円台半ばを提示した。
対して、JAが同品種を出荷した農家に支払う仮払金である「概算金」は、1万6800円だった。コメ価格の高騰を受けてJAからは2000円の追加払いがあったが、それでも現時点での総額は1万8800円。商社のほうが5000円以上高い。
この差額に、鈴木さんは窮地を救われた。商社との取引による収益増がなければ、会社が倒産しかねない状況だったからだ。
同社の2024年産のコメの総売上は約9500万円。このうち2000万円弱は、商社がJAより高く買った分の価格差で生まれたものだ。 「ここ数年赤字が膨らんでいたので、この差額分の利益がなければ倒産していました。経営が厳しかったのは、コメの値段が安いのに、投資額が増えていたから。周囲では離農が進み、請け負う農地が広がり、人材や機械に多額の投資をせざるを得ませんでした。農薬や肥料などの資材費も急騰していますからね」(鈴木さん)
総合商社ならコンビニ、パックご飯も
ここでコメが農家から消費者に届くまでの流通ルートを整理したい。
ここでコメが農家から消費者に届くまでの流通ルートを整理したい。
近年、農家が生産したコメは、約3~4割がJAに出荷されている。そのコメはJAから卸売業者、さらに量販店や外食・中食業者を経て消費者に届くのが一般的だ。
ただ、最近はJAを介さないルートとして、卸売業者や量販店、外食・中食業者と直接取引をしたり、ECサイトで消費者に直接販売したりする大規模農家が増えている。この流れはコメの販売が自由化された1995年以降、特に近年においてより加速してきた。
そうしたなかで「令和のコメ騒動」を迎え、大手商社も直接取引に乗り出してきたわけだ。 コメの生産量が全国3位の秋田県で取材すると、ある農家が匿名を条件にこう明かした。 「伊藤忠食糧の営業さんが一昨年から顔を出すようになりました。秋田の地域商社『詩の国秋田』の方から、伊藤忠食糧を紹介されたのがきっかけでした。これまで農協にコメを卸していた農家に直取引の声をかけているようです。伊藤忠グループには、ファミリーマートをはじめ、外食チェーンやディスカウントストアなど、コメの販売先が多数あるからという説明を受けました」
さらに、あるコメ卸の社長はこうした動きについて、「伊藤忠食糧はもともとJAからのコメの配分枠が少なかったところに、今回の騒動が起きた。コメが足りなくても、傘下のファミリーマートへの供給責任があるため、コメの確保に必死なのではないか」と事情を推察する。 伊藤忠食糧をグループ会社に抱える伊藤忠商事に尋ねると、「個別取引に関わるご質問である為、回答が難しい」(広報部)との回答だった。
秋田県で取材を進めると、伊藤忠食糧に先んじて豊田通商が2010年代に直接取引を始めていたとの証言も得た。
「豊田通商と『しきゆたか』という品種の取引を始めたのは7~8年前でした。取引したコメはパックご飯になるという話で、メーカー名も2社ほど説明されました」(先の農家)
豊田通商の広報部担当者はこう説明した。
豊田通商の広報部担当者はこう説明した。
「良好な食味を保って多く収穫できる品種として、しきゆたかのタネを当社から農家さんにお売りし、作っていただいたお米を買っています。契約農家さんは200件ほどで、2024年産は秋田、茨城、岐阜、三重、兵庫あたりを中心に全国で広く生産しています。パックご飯や冷凍米飯、外食産業向けに、ブレンド米の原料の一部として利用されている場合が多いと把握しています」
さらに豊田通商グループでは、子会社の豊通食料が5月14日、三井物産の子会社で米穀事業に強い三井物産アグリフーズの買収を発表。6月2日付で完全子会社化した。
その狙いについて前出の広報担当者は、「(子会社である豊通食料と)豊田通商の米穀事業との将来的な連携を視野に入れていきます」と話した。
主要大手商社が農家との直接取引に動き始めている──。その動向を探るため、大手8社にアンケート調査を行なった。
直接取引を行なっている場合、産地や取引価格、仕入れたコメの販売用途などを尋ねたが、三菱商事は「取引に関することなのでメディアへの回答は控えております」(広報部担当者)、住友商事は「回答を控えたいと思います」(広報部担当者)とするのみ。
三井物産、丸紅、双日、兼松は、直接取引について「当該事業はございません」とする趣旨の回答だった。 伊藤忠商事と豊田通商は前述の通りだ>(以上「マネーポスト」より引用)
国内コメ流通が昨年から劇変していた。その現場を取材した窪田新之助(ノンフィクション作家)氏が「《これがなければ倒産していました》赤字続きのコメ農家を救う“商社マネー” 秋田では「1俵2万円台半ば」を提示、JAとの差額は5000円以上」と題する渾身のルポを発表した。
果たしてコメ流通に殴り込んだ商社は国民の食糧安全保障に寄与するのか、それとも国民の主食で儲けようと考える大規模「転売ヤー」でしかないのか。そうした問題意識を持って一読した。
コメ流通に算入した商社の例として挙げられているのは伊藤忠と豊田通商の二社だ。しかし本当にその二社だけなのか。日本の商社はインスタントラーメンからミサイルまで、と云われるほど、扱う商品は多岐に渡る。云い方を変えれば「儲かるものなら何でも」手を出すといっても過言ではない。その商社が指を咥えてコメに手を出さないとは考えられない。
いずれにせよ、物流の専門業者が参入している事実は大きい。彼らは世界を相手に商売をしている。JAが専ら国内を相手にし、しかも利益を出さない「組合」組織だという点は大きく異なる。しかも商社は傘下に様々な企業を抱えていて、商品展開も迅速だ。
小泉JR.による備蓄米放出により高値のブランド米への需要が一時的に止まったからなのか、スーパーの店頭に高値のブランド米が山積みになるようになった。ブランド米を抱えていた大規模「転売ヤー」が手持ちの商品の放出に踏み切ったようだ。
現在のブランド米も八月に入って新米が出始めると「古米」になる。消費者需要は新米へと移り、古米になったブランド米には需要が落ちる。しかも新米の価格が天井知らずというわけにはいかず、現行の価格以上に高騰するとは思えない。なぜならコメの代替品に需要が移行するからだ。そうすると、「古米」になったブランド米の価格を引き下げて売却せざるを得なくなる。だから高値で売り抜けようと必死になっているのだろう。
商社が一俵(60kg)25,000円で農家から買い取ったとして、5kg2,000円ほどになる。精米する段階で目減りするとして、5kg2500円が買取原価ということになる。それに流通費や管理費や利益を上乗せすれば5kg3000円より下げられないだろう。
その一方でコメの国際市場価格は5kg500円ほどだ。米国産米ですら5kg650円だ。日本国内の米価がいかに国際相場と比べて異常かお解りだろうか。だから貿易の関する国際協議の場で「日本の農産品に関税引き下げ」が常に問題になる。ミニマムアクセス70万トンは関税ゼロで外国米を購入するように義務付けられた日本の輸入量だ。国債相場で入っているはずだが、スーパーなどの店頭に並ぶ段階では異常な高値に吊り上げられている。どうやら日本国民の主食を安価で安定的に政府が責任を持って届ける、というシステムになってないようだ。コメに関わる業者が吊り上げられるだけ吊り上げて、コメを限界まで高値にして国民に提供している、としか思えない。古古古米の備蓄米ですら飼料用として放出する際は5kg83円だが、国民が購入する価格は5kg2000円近くなっている。その差額は政府の「儲け」だ。税金で農家から購入した備蓄米を販売して政府が儲けるとは如何なる事態だろうか。
日本の農政は先進諸国と比べれば異常だ。先進諸国は自国の食糧自給率100%を維持するために「農家の戸別所得補償制度」か「農産品価格保障制度」のいずれかを採用している。前者はもっぱら欧州諸国で採用され、後者は米国で採用されている制度だ。だから米国産米が5kg650円で日本に入って来る。決して大規模化しているから米国産米が安いのではない。農家が生産した農産品を全量政府が「保証」した「価格」で買い取り、国際相場に相当する価格で国民に提供しているから「安い」のだ。
日本政府は農政で農家に補助金を出していると弁明するが、フランスの農家の所得の95%は補助金だ。ドイツに到っては農家の所得の100%が補助金だ。つまり農業は「公共事業」との認識になっている。米国でも農家に対して農産品の全量買い取りにより、農家は安定した収入を得て大規模化に必要な設備投資をしている。日本では政府統計によると農家の所得の35%が補助金となっているが、農家のどれくらいの人たちが「実感」として所得の35%ほど補助金で援助してもらっていると感じているだろうか。つまり政府統計は農家への補助金ではなく、農産品の集荷業者や流通業者に対する補助金が大きいのではないだろうか。
いずれにせよ、現在の日本農政は大転換せざるを得ない。コメが商社の「喰い物」になって、国民が美味しいブランド米が食べられないという状態は「異常」だ。
それとも日本国民は高止まりのコメを受け容れて、商社に流通経費を支払い、「高いコメ」を生産する農家に反感を抱かせるつもりなのだろうか。そうして国民を分断させ、日本の農業をカーギルなどの外資に売り渡しても国民が反感を抱かないようにする地均しなのか。そうした戦略が現在のコメ高騰の裏で着々と進んでいるのだろうか。