現代の「明石謀略」は如何にあるべきか。
<2025年5月16日、およそ3年ぶりに開催されたロシアとウクライナの直接協議は、2時間足らずで終了した。
協議後、両国の代表団は記者団に、双方が1000人の捕虜を近く交換することで合意し、協議を続ける方向で一致したと述べたが、ウクライナが求める30日間の無条件停戦については物別れに終わった。
2025年5月19日、自分がロシアのウラジーミル・プーチン大統領と話さない限り「何も起こらない」と豪語していた米国のドナルド・トランプ大統領とロシアのプーチン大統領の米露首脳による2時間に及ぶ電話会談が行われた。
しかし、プーチン大統領は「危機の根本原因の除去」が不可欠だとする従来の立場を強調し、即時停戦に応じなかった。
これを受けてトランプ大統領は記者団に対し「何も進展がなければ、ただ身を引くだけだ。これは私の戦争ではない」と強調し、仲介をやめる可能性を示唆した。
ウクライナ停戦・和平にとって重大なイベントであったロシアとウクライナの直接協議と首脳電話会談において、双方に譲歩の意思がないことが改めて明確になった形だ。
停戦や和平の先行きはなお見通せない状況である。
ウクライナ戦争は既に3年3か月が経過した。ウクライナは、西側諸国からの支援を受けながら、徹底抗戦を続けており、戦況は停滞状態にある。
ちなみに、米紙ワシントン・ポストによると、前述したロシアとウクライナの直接協議において、ロシア代表団を率いたウラジーミル・メジンスキー大統領補佐官はウクライナ側に対し、同国の東・南部4州全域からの軍撤退を要求し、「ロシアは永遠に戦争を続ける用意がある」「この場にいる誰かが、さらに多くの愛する人を失うかもしれない」などと戦争継続を辞さない構えを強調したという。
また、ロイター通信によると、メジンスキー氏は協議で、17~18世紀に初代ロシア皇帝ピョートル1世がスウェーデンと20年以上続けた大北方戦争を例に出して「そちらが望むだけ、戦争を続ける準備はできている」と威圧したとされる。
プーチン大統領は、「ウクライナが戦場でロシアに勝つのは不可能」であると主張する。 筆者も、ウクライナは、戦場でロシアに負けはしないが勝つことはできないと見ている。では、ウクライナはどうすればよいのか。
軍事思想家カール・フォン・クラウゼヴィッツは、その著書『戦争論』で、「現実の戦争において講和の動機となりうるものが2つある。第1は勝算の少ないこと、第2は勝利のために払うべき犠牲の大きすぎることである」と述べている。
ウクライナにとっては、西側諸国の兵器などの軍事支援の継続がなければ勝算は小さくなる。現在、米国がウクライナへの支援を停止する懸念が強まる一方で、欧州の国々は団結してウクライナへの支援を強化しようとしている。欧州の国々からの力強い支援があれば、ウクライナ軍は戦場で持ちこたえることができると筆者は見ている。
問題は犠牲の大きさである。ロシア軍には兵士の死をなんとも思わない人命軽視の風潮がある。したがって、ロシアは長期戦で犠牲者が増えてもなんら問題にならない。
一方、ウクライナは、長期戦になり犠牲者が増えたら耐えられないであろう。2022年5月21日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、地元テレビのインタビューで次のような発言をしている。
「ロシア軍を2月の侵攻開始前のラインまで押し戻せばウクライナ側の勝利である」
「ロシア側に占領されたすべての土地を取り戻すのは簡単ではないし、重要なのは、命を惜しまず戦うウクライナ軍人の犠牲を減らすことである。今、貪欲になるべきではない」
ウクライナは徹底抗戦による長期化は避けたいところである。では、ウクライナはどうしたらいいのか。次の2つのシナリオが考えられる。
●1つ目は外交交渉による和平合意
ウクライナは負けを認めて、クリミア半島およびウクライナ東部・南部4州(ドネツク州、ルガンスク州、ザポリージャ州、ヘルソン州)のロシアへの割譲を覚悟して、停戦交渉・和平交渉に臨むことになる。
●2つ目はプーチン政権の退陣
後方攪乱工作という謀略によりロシア国民の厭戦気分を高め、大規模な反戦デモを喚起し、最終的にプーチン政権の退陣を惹き起こそうというものである。
併せて、国際社会は一致団結して、経済金融制裁でロシアを経済的、外交的に孤立させ、国際世論でプーチン氏の戦争犯罪や民族大量虐殺罪を批判し、ロシア国民の反プーチン感情を扇動する。
さて、「後方攪乱」は読んで字のごとく敵前線に対しての後方地域に工作を行いロシアの社会に混乱と動揺を惹き起こすことである。その事例として、本稿では「明石謀略」を紹介する。また、ロシアでは、ウクライナの後方攪乱工作とロシア人のレジスタンス運動に起因すると見られる火災が多数発生している。これに関しては、ウクライナの公開情報の調査・分析コミュニティの「モリファル」(Molfar)の調査報告書が公表されている。
以下、初めに明石謀略について述べ、次に「モリファル」の調査報告書について述べる。
1.明石謀略
(1)「兵は詭道なり」
2023年8月17日、防衛省は、「認知領域を含む情報戦への対応」に関する考え方や今後の取り組みについて公表した。冒頭に次のような記述がある。
「近年、国際社会では、他国国内の混乱を生起することや、自国の評判を高め、他国の評判を貶めることなどを目的として、偽情報の拡散をはじめとする情報戦に重点が置かれています」
「わが国として、世論操作や偽情報の拡散を行うことは決してありませんが、他国による偽情報への対策など、情報戦対応を万全にする必要があります」
筆者は、この記述の中の「わが国として、世論操作や偽情報の拡散を行うことは決してない」という文章に驚愕した。すなわち、日本は情報戦を放棄したことになるが、自衛隊は本当に情報戦を放棄したのであろうか。防衛省・自衛隊は、曲がりなりにも軍隊である。決してNGOではない。
孫子の兵法に「兵は詭道なり」という言葉がある。簡単に言えば「戦争は騙し合い」ということである。現代の日本は平和呆けのような状態であり、人を騙すのは道義にもとるとか倫理に反するなどの意見もある。しかし、命のやり取りをするのが戦場であり、戦場は平時の道義や倫理の枠の外にあると筆者は考えている。
自衛隊が守らなければならないのは国際人道法である。すなわち、我に向かってくる敵は手加減せずに排撃するが、投降するために両手を挙げて塹壕から出てきた兵士は決して撃ってはいけないのである。さて、偽情報の拡散とは、陽動作戦や欺瞞作戦で使用される手法である。陽動作戦や欺瞞作戦は正当かつ効果的な作戦行動である。
ウクライナ戦争における一例を挙げる。2022年9月6日に開始されたウクライナ軍の反転攻勢により、ウクライナ軍は、5日間でハルキウ州のほぼすべてを奪還した。 ロシア軍は戦車や装甲車、武器、弾薬を捨てて遁走した。ウクライナ軍は8月下旬、南部へルソンへの大規模反撃作戦があるように見せかけ、東部のロシア軍の南部への移動を誘い、手薄となった東部に奇襲をかけ一気に東部を制圧した。
いわゆる陽動作戦である。
その際、ウクライナ軍のハルキウ付近の部隊が大規模な作戦を準備しているという情報がロシア側に漏れないように徹底的に情報統制した。 同時に、地元民を装っているロシアのスパイに「ウクライナ軍は攻撃の準備ができていない」という偽情報をつかませてロシア側に伝えさせていたという。 この事例は、偽情報の拡散が軍事作戦において極めて有効であることを示している。
ところで、クラウゼヴィッツの戦争論に「戦争は他の手段をもってする政治の継続にほかならない」という有名な一節がある。すなわち政治の世界も「詭道なり」ということになる。
次に、政治の世界の「詭道」、すなわちインテリジェンスについて述べてみたい。
(2)米国のインテリジェンス活動
本項は、インテリジェンスの権威マーク・M・ローエンタール氏の著書『インテリジェンス(機密から政策へ)』を参考にしている。
各国はインテリジェンスの有用性を認め、インテリジェンス機関を国家の行政機能の一つとして保持している。 そして、国外におけるインテリジェンス活動、すなわちスパイ活動を公然・非公然に行っていることは世界の常識である。 しかし、日本には真の意味のインテリジェンス機関が存在していない。
さて、インテリジェンスは、収集、分析、秘密工作、カウンターインテリジェンスという4分野の活動に大別される。以下、秘密工作について述べる
ア.秘密工作の定義
秘密工作は(米国の)国家安全保障法で、「国外の政治的、経済的または軍事的条件に影響を与え、米国政府の役割が公に看守されたり認知されたりすることが意図されていない単一または複数の米国政府の活動」と定義されている。
これらの活動は秘密であるが、政策目標を達成する一つの手段として行われる。 こうした工作はインテリジェンス機関のイニシアティブで進められるものではないし、進められるべきでもない。政策決定者が、目的を達成する最良の手段だと決断した時に行われる。
イ.秘密工作の範囲
秘密工作は様々なタイプの活動を含む。下図を参照されたい。
図1 秘密工作の梯子(はしご)
マーク・M・ローエンタール著『インテリジェンス(機密から政策へ)』を参考に筆者作成
(ア)プロパガンダ
特定の政治的結果を念頭に情報を流布する。
(イ)政治活動
プロパガンダより一段上の方法だが、一緒に使われることもある。政治活動により、インテリジェンス活動は対象国の政治過程により直接的に介入することができる。(例)選挙支援のために海外の政党に資金を提供する。
(ウ)経済活動
民主的であれ全体的であれ、すべての政治指導者はいずれも経済状況を気にかける。(例)偽造通貨を流通させて通貨制度への信頼を破壊する。
(エ)クーデター
すなわち政府転覆は、直接的なものにせよ代理を使うにせよ、秘密活動の梯子をさらに上がった段階にする。クーデターは、プロパガンダ、政治活動、経済不安といった多くの技法の集積である。
(オ)準軍事作戦
準軍事作戦は、最も大規模で暴力的かつ危険な秘密工作であり、敵に対する直接攻撃のため大規模な武装組織への武器の提供や訓練を行う。 戦闘部隊に自国の軍事要員を使用することはない。それは戦争になってしまう。
(3)日露戦争での明石謀略
本項は、大橋武夫解説『統帥綱領』建帛社(昭和47年2月10日)などを参考にしている。日露開戦必至とみられた明治34年(1901)、明石元二郎陸軍中佐(1903年大佐に昇格)は田村怡与造参謀次長の密命を受けて欧州に渡った。
明治37年(1904年)、日露戦争が開戦すると駐ロシア公使館は中立国スウェーデンのストックホルムに移り、明石大佐は以後この地を本拠として活動した。 日露戦争開戦直前の1月、参謀本部次長・児玉源太郎は開戦後もロシア国内の情況を把握するため、明石大佐に対し「ペテルブルク、モスクワ、オデッサに非ロシア人の外国人を情報提供者として2人ずつ配置」するよう指令電報を発した。
さらに明石大佐は日露開戦と同時に参謀本部直属の欧州駐在参謀という臨時職に就いた。明石大佐はロシア支配下にある国や地域の反ロシア運動を支援し、またロシア国内の反政府勢力と連絡を取ってロシアを内側から揺さぶるため、様々な抵抗運動組織と連絡を取り、資金や銃火器を渡し、デモやストライキ、鉄道破壊工作などのサボタージュを展開していった。
鉄道破壊工作などは失敗するものの、デモ・ストライキは先鋭化し、ロシア軍はその鎮圧のために一定の兵力を割かねばならず、極東へ派遣しにくい状況が作られた。
明石大佐の工作の目的は、ロシア国内の反乱分子の糾合や、革命政党エスエル(社会革命党)を率いるエヴノ・アゼフなどへの資金援助を通じ、ロシア国内の反戦、反政府運動の火に油を注ぎ、ロシアの対日戦争継続の意図を挫折させようとしたものである。
日露戦争中全般にわたり、ロシア国内の政情不安を画策してロシアの継戦を困難にし、日本の勝利に貢献することを意図した明石大佐の活動は、後に、明石自身が著した『落花流水』などを通じて巷にも日本陸軍最大の謀略戦と称えられるようになった。
この明石工作に感嘆したのは、当時のドイツ皇帝のウイルヘルム2世で、「明石一人で、大山満州軍20万に匹敵する戦果を上げた」と言い、10年後に起きた第1次世界大戦ではこの手を真似て、ついに帝政ロシアを崩壊させている。
明石工作は、理想的に行われて成功した謀略のモデルケースである。そして思想的に大衆を動員し、組織的であった点に特徴があり、そのまま現代に通用するものである。
日露戦争中、明石大佐は一人で巨額の工作資金を消費した。
それは当時の国家予算約2億3000万円のうち100万円(今の価値では400億円以上)ほどであったが、参謀総長・山縣有朋、参謀次長の長岡外史らの決断により参謀本部から支給され、ロシア革命支援工作などにも利用された。
(4)筆者コメント
軍事評論家江畑謙介氏は、その著書『情報と国家』の中で、次のように述べている。
「誰でも情報は大切だというのだが、多くの場合“インフォメーション”と“インテリジェンス”とを混同している」
「これは、これらの英語に対する適訳を見出せていない日本語の貧弱さに理由の一端があると同時に、その日本語を使用している日本人の文化において、情報の大切さが本当に理解されていない証左であろう」
いまだ、日本はインテリジェンスが定義できていない。かつて衆議院議員・鈴木宗男氏が、インテリジェンスの定義について国会質問したことがある。政府は、「インテリジェンスとは、一般に知能、理知、英知、知性、理解力、情報、知的に加工・集約された情報等を意味するものと承知している」と回答した(出典:政府答弁書2006年3月28日)。
ちなみに、旧日本陸軍では、裏面的手段による智能的策謀であって、国家の実施するものを、武力戦や外交戦、経済戦等の表面的手段に対応し「秘密戦」と称していた。秘密戦の手段は、謀略、諜報、宣伝の3者からなり、また、対手国の秘密戦から防衛する活動を防諜と称した。 旧軍の秘密戦と米国のインテリジェンスを比較して見ると、諜報に相当するのが収集・分析で、謀略・宣伝に相当するのが秘密工作で、防諜に相当するのがカウンターインテリジェンスである。
繰り返しになるが、各国はインテリジェンスの有用性を認め、インテリジェンス機関を国家の行政機能の一つとして保持している。元内閣情報調査室長の大森義夫氏は、その著書『日本のインテリジェンス機関』の中で、次のように述べている。
「インテリジェンスは毒である。悲惨な国際テロを防止するためであっても、テロ容疑者の周辺にインテリジェンスの布石を打つことは厳密に言えば人権の侵害を伴う」
「しかし、これは社会の安全を守るために必要な“毒”である」
日本も、米国のCIA(中央情報局)、ロシアのFSB(旧KGB)、イスラエルのモサドのようなインテリジェンス機関の創設を真剣に検討すべきではないであろうか。
2.モリファルの調査報告書
(1)全般
ウクライナの公開情報の調査・分析コミュニティの「モリファル」(Molfar)は、2023年1月に調査報告書「過去3か月でロシアの火災の発生率が2倍になった」を公表し、同年4月にその調査報告書の更新版を公表した。モリファルとは、60人の優秀なアナリストと200人以上のボランティアからなるグローバルなOSINT(Open Source Intelligence)コミュニティであり、軍事調査、事実確認、情報検索および分析を行っている。同更新版では、ロシアでの2022年通年の火災発生件数が414件だったのに対し、2023年1~3月の3か月間ですでに212件に増加しており、かつ、いずれも数百万ドル(数億円)規模の被害が出ており、経済がすでに低迷しているロシアにとっては大きな打撃となっている。また、モリファルは、これらの火災はウクライナのスパイ活動とロシアのレジスタンス運動に起因するものであると結論付けている。ウクライナのスパイ活動とは、具体的には後方攪乱工作という謀略を指している。
(2)2024年の調査報告書
2024年6月21日に、モリファルは、「ロシアの火災分析:2024年の統計と傾向(Analysis of Fires in Russia: Statistics and Trends for 2024)」と題する調査報告書を公表した。同報告書は、2024年1月から4月までのロシアの火災について、2003年の同時期とのデータを比較し、ロシアによるウクライナへの本格的な侵攻開始以降の全体的な傾向を概説している。
以下は、同報告書の内容である。
ア.傾向と比較
ロシアでは、2024年1月から4月までに合計262件の火災が記録されている。一方、2023年全体では939件の火災が発生した(家庭内火災を除く)。これは、2024年1月から4月にかけて、2023年の火災総数の約30%が発生したことを示している。これを詳しく調査・分析する。 下図2は「ロシアにおける2022年1月1日から2024年4月30日までの火災統計」である。火災に関する言及数が最も多い部分は赤で強調表示し、最新の分析期間の結果は黄色で強調表示されている。
図2:ロシアにおける2022年1月1日から2024年4月30日までの火災統計

おわりに
かつて筆者は欧米からの軍事支援が縮小し、戦場での勝利が難しくなったウクライナが、ロシアに勝利するためには、日露戦争で日本勝利の重要な一因となった明石謀略を模倣すべきであると述べた。今はより強くそのように思っている。ロシア(旧ソ連)は、ナポレオン軍に侵略されても、ヒトラー軍の侵攻を受けても負けなかった。
協議後、両国の代表団は記者団に、双方が1000人の捕虜を近く交換することで合意し、協議を続ける方向で一致したと述べたが、ウクライナが求める30日間の無条件停戦については物別れに終わった。
2025年5月19日、自分がロシアのウラジーミル・プーチン大統領と話さない限り「何も起こらない」と豪語していた米国のドナルド・トランプ大統領とロシアのプーチン大統領の米露首脳による2時間に及ぶ電話会談が行われた。
しかし、プーチン大統領は「危機の根本原因の除去」が不可欠だとする従来の立場を強調し、即時停戦に応じなかった。
これを受けてトランプ大統領は記者団に対し「何も進展がなければ、ただ身を引くだけだ。これは私の戦争ではない」と強調し、仲介をやめる可能性を示唆した。
ウクライナ停戦・和平にとって重大なイベントであったロシアとウクライナの直接協議と首脳電話会談において、双方に譲歩の意思がないことが改めて明確になった形だ。
停戦や和平の先行きはなお見通せない状況である。
ウクライナ戦争は既に3年3か月が経過した。ウクライナは、西側諸国からの支援を受けながら、徹底抗戦を続けており、戦況は停滞状態にある。
ちなみに、米紙ワシントン・ポストによると、前述したロシアとウクライナの直接協議において、ロシア代表団を率いたウラジーミル・メジンスキー大統領補佐官はウクライナ側に対し、同国の東・南部4州全域からの軍撤退を要求し、「ロシアは永遠に戦争を続ける用意がある」「この場にいる誰かが、さらに多くの愛する人を失うかもしれない」などと戦争継続を辞さない構えを強調したという。
また、ロイター通信によると、メジンスキー氏は協議で、17~18世紀に初代ロシア皇帝ピョートル1世がスウェーデンと20年以上続けた大北方戦争を例に出して「そちらが望むだけ、戦争を続ける準備はできている」と威圧したとされる。
プーチン大統領は、「ウクライナが戦場でロシアに勝つのは不可能」であると主張する。 筆者も、ウクライナは、戦場でロシアに負けはしないが勝つことはできないと見ている。では、ウクライナはどうすればよいのか。
軍事思想家カール・フォン・クラウゼヴィッツは、その著書『戦争論』で、「現実の戦争において講和の動機となりうるものが2つある。第1は勝算の少ないこと、第2は勝利のために払うべき犠牲の大きすぎることである」と述べている。
ウクライナにとっては、西側諸国の兵器などの軍事支援の継続がなければ勝算は小さくなる。現在、米国がウクライナへの支援を停止する懸念が強まる一方で、欧州の国々は団結してウクライナへの支援を強化しようとしている。欧州の国々からの力強い支援があれば、ウクライナ軍は戦場で持ちこたえることができると筆者は見ている。
問題は犠牲の大きさである。ロシア軍には兵士の死をなんとも思わない人命軽視の風潮がある。したがって、ロシアは長期戦で犠牲者が増えてもなんら問題にならない。
一方、ウクライナは、長期戦になり犠牲者が増えたら耐えられないであろう。2022年5月21日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、地元テレビのインタビューで次のような発言をしている。
「ロシア軍を2月の侵攻開始前のラインまで押し戻せばウクライナ側の勝利である」
「ロシア側に占領されたすべての土地を取り戻すのは簡単ではないし、重要なのは、命を惜しまず戦うウクライナ軍人の犠牲を減らすことである。今、貪欲になるべきではない」
ウクライナは徹底抗戦による長期化は避けたいところである。では、ウクライナはどうしたらいいのか。次の2つのシナリオが考えられる。
●1つ目は外交交渉による和平合意
ウクライナは負けを認めて、クリミア半島およびウクライナ東部・南部4州(ドネツク州、ルガンスク州、ザポリージャ州、ヘルソン州)のロシアへの割譲を覚悟して、停戦交渉・和平交渉に臨むことになる。
●2つ目はプーチン政権の退陣
後方攪乱工作という謀略によりロシア国民の厭戦気分を高め、大規模な反戦デモを喚起し、最終的にプーチン政権の退陣を惹き起こそうというものである。
併せて、国際社会は一致団結して、経済金融制裁でロシアを経済的、外交的に孤立させ、国際世論でプーチン氏の戦争犯罪や民族大量虐殺罪を批判し、ロシア国民の反プーチン感情を扇動する。
さて、「後方攪乱」は読んで字のごとく敵前線に対しての後方地域に工作を行いロシアの社会に混乱と動揺を惹き起こすことである。その事例として、本稿では「明石謀略」を紹介する。また、ロシアでは、ウクライナの後方攪乱工作とロシア人のレジスタンス運動に起因すると見られる火災が多数発生している。これに関しては、ウクライナの公開情報の調査・分析コミュニティの「モリファル」(Molfar)の調査報告書が公表されている。
以下、初めに明石謀略について述べ、次に「モリファル」の調査報告書について述べる。
1.明石謀略
(1)「兵は詭道なり」
2023年8月17日、防衛省は、「認知領域を含む情報戦への対応」に関する考え方や今後の取り組みについて公表した。冒頭に次のような記述がある。
「近年、国際社会では、他国国内の混乱を生起することや、自国の評判を高め、他国の評判を貶めることなどを目的として、偽情報の拡散をはじめとする情報戦に重点が置かれています」
「わが国として、世論操作や偽情報の拡散を行うことは決してありませんが、他国による偽情報への対策など、情報戦対応を万全にする必要があります」
筆者は、この記述の中の「わが国として、世論操作や偽情報の拡散を行うことは決してない」という文章に驚愕した。すなわち、日本は情報戦を放棄したことになるが、自衛隊は本当に情報戦を放棄したのであろうか。防衛省・自衛隊は、曲がりなりにも軍隊である。決してNGOではない。
孫子の兵法に「兵は詭道なり」という言葉がある。簡単に言えば「戦争は騙し合い」ということである。現代の日本は平和呆けのような状態であり、人を騙すのは道義にもとるとか倫理に反するなどの意見もある。しかし、命のやり取りをするのが戦場であり、戦場は平時の道義や倫理の枠の外にあると筆者は考えている。
自衛隊が守らなければならないのは国際人道法である。すなわち、我に向かってくる敵は手加減せずに排撃するが、投降するために両手を挙げて塹壕から出てきた兵士は決して撃ってはいけないのである。さて、偽情報の拡散とは、陽動作戦や欺瞞作戦で使用される手法である。陽動作戦や欺瞞作戦は正当かつ効果的な作戦行動である。
ウクライナ戦争における一例を挙げる。2022年9月6日に開始されたウクライナ軍の反転攻勢により、ウクライナ軍は、5日間でハルキウ州のほぼすべてを奪還した。 ロシア軍は戦車や装甲車、武器、弾薬を捨てて遁走した。ウクライナ軍は8月下旬、南部へルソンへの大規模反撃作戦があるように見せかけ、東部のロシア軍の南部への移動を誘い、手薄となった東部に奇襲をかけ一気に東部を制圧した。
いわゆる陽動作戦である。
その際、ウクライナ軍のハルキウ付近の部隊が大規模な作戦を準備しているという情報がロシア側に漏れないように徹底的に情報統制した。 同時に、地元民を装っているロシアのスパイに「ウクライナ軍は攻撃の準備ができていない」という偽情報をつかませてロシア側に伝えさせていたという。 この事例は、偽情報の拡散が軍事作戦において極めて有効であることを示している。
ところで、クラウゼヴィッツの戦争論に「戦争は他の手段をもってする政治の継続にほかならない」という有名な一節がある。すなわち政治の世界も「詭道なり」ということになる。
次に、政治の世界の「詭道」、すなわちインテリジェンスについて述べてみたい。
(2)米国のインテリジェンス活動
本項は、インテリジェンスの権威マーク・M・ローエンタール氏の著書『インテリジェンス(機密から政策へ)』を参考にしている。
各国はインテリジェンスの有用性を認め、インテリジェンス機関を国家の行政機能の一つとして保持している。 そして、国外におけるインテリジェンス活動、すなわちスパイ活動を公然・非公然に行っていることは世界の常識である。 しかし、日本には真の意味のインテリジェンス機関が存在していない。
さて、インテリジェンスは、収集、分析、秘密工作、カウンターインテリジェンスという4分野の活動に大別される。以下、秘密工作について述べる
ア.秘密工作の定義
秘密工作は(米国の)国家安全保障法で、「国外の政治的、経済的または軍事的条件に影響を与え、米国政府の役割が公に看守されたり認知されたりすることが意図されていない単一または複数の米国政府の活動」と定義されている。
これらの活動は秘密であるが、政策目標を達成する一つの手段として行われる。 こうした工作はインテリジェンス機関のイニシアティブで進められるものではないし、進められるべきでもない。政策決定者が、目的を達成する最良の手段だと決断した時に行われる。
イ.秘密工作の範囲
秘密工作は様々なタイプの活動を含む。下図を参照されたい。
図1 秘密工作の梯子(はしご)

(ア)プロパガンダ
特定の政治的結果を念頭に情報を流布する。
(イ)政治活動
プロパガンダより一段上の方法だが、一緒に使われることもある。政治活動により、インテリジェンス活動は対象国の政治過程により直接的に介入することができる。(例)選挙支援のために海外の政党に資金を提供する。
(ウ)経済活動
民主的であれ全体的であれ、すべての政治指導者はいずれも経済状況を気にかける。(例)偽造通貨を流通させて通貨制度への信頼を破壊する。
(エ)クーデター
すなわち政府転覆は、直接的なものにせよ代理を使うにせよ、秘密活動の梯子をさらに上がった段階にする。クーデターは、プロパガンダ、政治活動、経済不安といった多くの技法の集積である。
(オ)準軍事作戦
準軍事作戦は、最も大規模で暴力的かつ危険な秘密工作であり、敵に対する直接攻撃のため大規模な武装組織への武器の提供や訓練を行う。 戦闘部隊に自国の軍事要員を使用することはない。それは戦争になってしまう。
(3)日露戦争での明石謀略
本項は、大橋武夫解説『統帥綱領』建帛社(昭和47年2月10日)などを参考にしている。日露開戦必至とみられた明治34年(1901)、明石元二郎陸軍中佐(1903年大佐に昇格)は田村怡与造参謀次長の密命を受けて欧州に渡った。
明治37年(1904年)、日露戦争が開戦すると駐ロシア公使館は中立国スウェーデンのストックホルムに移り、明石大佐は以後この地を本拠として活動した。 日露戦争開戦直前の1月、参謀本部次長・児玉源太郎は開戦後もロシア国内の情況を把握するため、明石大佐に対し「ペテルブルク、モスクワ、オデッサに非ロシア人の外国人を情報提供者として2人ずつ配置」するよう指令電報を発した。
さらに明石大佐は日露開戦と同時に参謀本部直属の欧州駐在参謀という臨時職に就いた。明石大佐はロシア支配下にある国や地域の反ロシア運動を支援し、またロシア国内の反政府勢力と連絡を取ってロシアを内側から揺さぶるため、様々な抵抗運動組織と連絡を取り、資金や銃火器を渡し、デモやストライキ、鉄道破壊工作などのサボタージュを展開していった。
鉄道破壊工作などは失敗するものの、デモ・ストライキは先鋭化し、ロシア軍はその鎮圧のために一定の兵力を割かねばならず、極東へ派遣しにくい状況が作られた。
明石大佐の工作の目的は、ロシア国内の反乱分子の糾合や、革命政党エスエル(社会革命党)を率いるエヴノ・アゼフなどへの資金援助を通じ、ロシア国内の反戦、反政府運動の火に油を注ぎ、ロシアの対日戦争継続の意図を挫折させようとしたものである。
日露戦争中全般にわたり、ロシア国内の政情不安を画策してロシアの継戦を困難にし、日本の勝利に貢献することを意図した明石大佐の活動は、後に、明石自身が著した『落花流水』などを通じて巷にも日本陸軍最大の謀略戦と称えられるようになった。
この明石工作に感嘆したのは、当時のドイツ皇帝のウイルヘルム2世で、「明石一人で、大山満州軍20万に匹敵する戦果を上げた」と言い、10年後に起きた第1次世界大戦ではこの手を真似て、ついに帝政ロシアを崩壊させている。
明石工作は、理想的に行われて成功した謀略のモデルケースである。そして思想的に大衆を動員し、組織的であった点に特徴があり、そのまま現代に通用するものである。
日露戦争中、明石大佐は一人で巨額の工作資金を消費した。
それは当時の国家予算約2億3000万円のうち100万円(今の価値では400億円以上)ほどであったが、参謀総長・山縣有朋、参謀次長の長岡外史らの決断により参謀本部から支給され、ロシア革命支援工作などにも利用された。
(4)筆者コメント
軍事評論家江畑謙介氏は、その著書『情報と国家』の中で、次のように述べている。
「誰でも情報は大切だというのだが、多くの場合“インフォメーション”と“インテリジェンス”とを混同している」
「これは、これらの英語に対する適訳を見出せていない日本語の貧弱さに理由の一端があると同時に、その日本語を使用している日本人の文化において、情報の大切さが本当に理解されていない証左であろう」
いまだ、日本はインテリジェンスが定義できていない。かつて衆議院議員・鈴木宗男氏が、インテリジェンスの定義について国会質問したことがある。政府は、「インテリジェンスとは、一般に知能、理知、英知、知性、理解力、情報、知的に加工・集約された情報等を意味するものと承知している」と回答した(出典:政府答弁書2006年3月28日)。
ちなみに、旧日本陸軍では、裏面的手段による智能的策謀であって、国家の実施するものを、武力戦や外交戦、経済戦等の表面的手段に対応し「秘密戦」と称していた。秘密戦の手段は、謀略、諜報、宣伝の3者からなり、また、対手国の秘密戦から防衛する活動を防諜と称した。 旧軍の秘密戦と米国のインテリジェンスを比較して見ると、諜報に相当するのが収集・分析で、謀略・宣伝に相当するのが秘密工作で、防諜に相当するのがカウンターインテリジェンスである。
繰り返しになるが、各国はインテリジェンスの有用性を認め、インテリジェンス機関を国家の行政機能の一つとして保持している。元内閣情報調査室長の大森義夫氏は、その著書『日本のインテリジェンス機関』の中で、次のように述べている。
「インテリジェンスは毒である。悲惨な国際テロを防止するためであっても、テロ容疑者の周辺にインテリジェンスの布石を打つことは厳密に言えば人権の侵害を伴う」
「しかし、これは社会の安全を守るために必要な“毒”である」
日本も、米国のCIA(中央情報局)、ロシアのFSB(旧KGB)、イスラエルのモサドのようなインテリジェンス機関の創設を真剣に検討すべきではないであろうか。
2.モリファルの調査報告書
(1)全般
ウクライナの公開情報の調査・分析コミュニティの「モリファル」(Molfar)は、2023年1月に調査報告書「過去3か月でロシアの火災の発生率が2倍になった」を公表し、同年4月にその調査報告書の更新版を公表した。モリファルとは、60人の優秀なアナリストと200人以上のボランティアからなるグローバルなOSINT(Open Source Intelligence)コミュニティであり、軍事調査、事実確認、情報検索および分析を行っている。同更新版では、ロシアでの2022年通年の火災発生件数が414件だったのに対し、2023年1~3月の3か月間ですでに212件に増加しており、かつ、いずれも数百万ドル(数億円)規模の被害が出ており、経済がすでに低迷しているロシアにとっては大きな打撃となっている。また、モリファルは、これらの火災はウクライナのスパイ活動とロシアのレジスタンス運動に起因するものであると結論付けている。ウクライナのスパイ活動とは、具体的には後方攪乱工作という謀略を指している。
(2)2024年の調査報告書
2024年6月21日に、モリファルは、「ロシアの火災分析:2024年の統計と傾向(Analysis of Fires in Russia: Statistics and Trends for 2024)」と題する調査報告書を公表した。同報告書は、2024年1月から4月までのロシアの火災について、2003年の同時期とのデータを比較し、ロシアによるウクライナへの本格的な侵攻開始以降の全体的な傾向を概説している。
以下は、同報告書の内容である。
ア.傾向と比較
ロシアでは、2024年1月から4月までに合計262件の火災が記録されている。一方、2023年全体では939件の火災が発生した(家庭内火災を除く)。これは、2024年1月から4月にかけて、2023年の火災総数の約30%が発生したことを示している。これを詳しく調査・分析する。 下図2は「ロシアにおける2022年1月1日から2024年4月30日までの火災統計」である。火災に関する言及数が最も多い部分は赤で強調表示し、最新の分析期間の結果は黄色で強調表示されている。
図2:ロシアにおける2022年1月1日から2024年4月30日までの火災統計

出典:モリファル調査報告書「ロシアの火災分析:2024年の統計と傾向」2024年6月21日
2024年2月と3月には火災件数が大幅に減少したことが分かる。この減少は季節要因に関連している可能性がある。2023年1月には55件の火災が記録されたが、2024年1月には88件に増加している。2023年4月にはロシアで64件の大規模火災が発生したが、2024年4月には73件に増加している。火災の種類に関しては、本格的な侵攻開始以来、観測期間を通じて倉庫と工場が依然として上位を占めている。
2022年1月から2024年4月までの間に、ロシアでは1607件の火災が発生した。そのうち、38.6%は工場、36.2%は倉庫であった。
2024年初頭からの火災状況は、過去2年間の状況を合わせた状況と似ている。火災の42%が工場で発生している。倉庫は全体の28%、ショッピングモールは約14%、エネルギーインフラ施設は10%弱を占めている。
イ.2024年初頭以降のロシアにおける火災事故について
(ア)トゥヴァ共和国:火力発電所で火災、21人負傷
トゥヴァ共和国のシャゴナルスカヤ火力発電所で火災が発生し、170人、40台の消防車が消火活動にあたった。火災は3月6日朝に発生した。この火災により、火力発電所の従業員23人が負傷し、1人が病院で死亡した。数千人が暖房のない生活に苦しんだ。
(イ)モスクワ上空の「輝き」
2月13日夜、モスクワ東部の住民から空に光が見えたという報告があった。ガスプロムネフチ所有の石油精製所で火災が発生した様子を捉えた動画がインターネット上に拡散した。
ロシアの報道機関は、精製所の炎が出火源と報じた。 一方、ロシア非常事態省は「モスクワでは火災は発生していない」とし、「これは計画的な作業だ」と主張した。 しかし、目撃者は救急車と消防車2台が火災現場に向かっているのを見たと伝えている。
(ウ)チュメニ州における爆発
3月10日、チュメニ州ハンティ・マンシースク地区のガスパイプラインで爆発が発生した。 爆発現場から数キロメートル離れた上空でも光が見えた。州知事および地元当局はこの事件についてコメントしていない。
(エ)ロストフ州で発電所が停止
ノヴォチェルカスク発電所の2つの発電ユニットが3月25日に火災のため停止した。火災は変圧器から発生した。ロストフ州知事は自身のテレグラムチャンネルでこの件について報告した。その後、発電所は復旧した。
「ノヴォチェルカッスカヤGRES」は、ロシアのロストフ州ノヴォチェルカッスク市にある火力発電所である。
この地域の主要な発電施設であり、同地域南西部の産業部門全体に電力を供給している。
(オ)変圧器生産工場が全焼
4月1日、「ウラルマシュザヴォード」の変圧器生産工場で火災が発生した。火災は4500平方メートルを焼き尽くし、64人の救助隊員と22台の消防車が出動した。建物の屋根が崩落し、火は急速に燃え広がった。 一方、「ウラルマシュザヴォード」の経営陣は、自社工場で火災が発生したことを否定した。
(カ)ルイビンスクのエンジン製造工場で火災
ロシア、ヤロスラヴリ州ルイビンスクにある「ODK-サターン」社で火災が発生した。火災は生産工場の一つを包み込み、延焼面積は3万平方メートルに達した。負傷者が出たと報じられているが、ロシアメディアは詳細を明らかにしていない。 ODK-サターン社は、航空およびエネルギー用ガスタービンエンジンの開発、製造、保守を専門とするロシア企業である。 同社は、国営企業ロステクの子会社である「ユナイテッド・エンジン・コーポレーション」(ODK)傘下の企業である。
(キ)ホトコヴォ市の「エレクトロイゾリット」工場で火災
モスクワ州ホトコヴォ市で、3000平方メートルの延焼が発生した。生産工場の屋根が火災に見舞われ、人々は現場から避難した。死傷者の報告はない。この火災は、電気絶縁材料の製造を専門とする「エレクトロイゾリット」工場が関与した可能性が高いと見られる。
ウ.総括
ロシアでは、2024年1月から4月までに合計262件の火災が記録されている。ロシアの複数の地域では、エネルギー施設の火災により停電が発生している。火災発生件数が最も多かったのはモスクワ州とレニングラード州で、毎月20棟以上の倉庫が火災に見舞われている。これらの地域は、最も深刻な火災安全上の問題を抱えている。さらに、ロシア当局は火災についてますます沈黙を守っている。ロシアでは、2022年初頭から2024年4月末までに合計1607件の火災が発生しており、この傾向は加速しているようである。
(3)筆者コメント
プーチン政権は、反プーチン勢力の抵抗運動が国民に動揺を与えることを恐れ、ウクライナの後方攪乱工作やロシアのレジスタンス運動に起因すると見られる火災・爆発などを公表していない。だが、モリファルによると、火災が最も多く発生しているのは倉庫や工場、商業施設のほか、石油や天然ガスの貯蔵施設やパイプラインで、火災の一部は、軍需企業の工場やウクライナとの国境に近いロシア南西部ベルゴロトにある弾薬庫などの軍事施設で発生している。
これらの火災・爆発は、ロシアの経済的損失、継戦能力の低減、国民の不安の増大をもたらし、ひいては国民の厭戦気分を高め、反プーチン運動を惹き起こすかもしれない。筆者は、現在、ロシアで散発している火災が、やがて燎原の火となり、プーチン政権を倒すことを願っている。
2024年2月と3月には火災件数が大幅に減少したことが分かる。この減少は季節要因に関連している可能性がある。2023年1月には55件の火災が記録されたが、2024年1月には88件に増加している。2023年4月にはロシアで64件の大規模火災が発生したが、2024年4月には73件に増加している。火災の種類に関しては、本格的な侵攻開始以来、観測期間を通じて倉庫と工場が依然として上位を占めている。
2022年1月から2024年4月までの間に、ロシアでは1607件の火災が発生した。そのうち、38.6%は工場、36.2%は倉庫であった。
2024年初頭からの火災状況は、過去2年間の状況を合わせた状況と似ている。火災の42%が工場で発生している。倉庫は全体の28%、ショッピングモールは約14%、エネルギーインフラ施設は10%弱を占めている。
イ.2024年初頭以降のロシアにおける火災事故について
(ア)トゥヴァ共和国:火力発電所で火災、21人負傷
トゥヴァ共和国のシャゴナルスカヤ火力発電所で火災が発生し、170人、40台の消防車が消火活動にあたった。火災は3月6日朝に発生した。この火災により、火力発電所の従業員23人が負傷し、1人が病院で死亡した。数千人が暖房のない生活に苦しんだ。
(イ)モスクワ上空の「輝き」
2月13日夜、モスクワ東部の住民から空に光が見えたという報告があった。ガスプロムネフチ所有の石油精製所で火災が発生した様子を捉えた動画がインターネット上に拡散した。
ロシアの報道機関は、精製所の炎が出火源と報じた。 一方、ロシア非常事態省は「モスクワでは火災は発生していない」とし、「これは計画的な作業だ」と主張した。 しかし、目撃者は救急車と消防車2台が火災現場に向かっているのを見たと伝えている。
(ウ)チュメニ州における爆発
3月10日、チュメニ州ハンティ・マンシースク地区のガスパイプラインで爆発が発生した。 爆発現場から数キロメートル離れた上空でも光が見えた。州知事および地元当局はこの事件についてコメントしていない。
(エ)ロストフ州で発電所が停止
ノヴォチェルカスク発電所の2つの発電ユニットが3月25日に火災のため停止した。火災は変圧器から発生した。ロストフ州知事は自身のテレグラムチャンネルでこの件について報告した。その後、発電所は復旧した。
「ノヴォチェルカッスカヤGRES」は、ロシアのロストフ州ノヴォチェルカッスク市にある火力発電所である。
この地域の主要な発電施設であり、同地域南西部の産業部門全体に電力を供給している。
(オ)変圧器生産工場が全焼
4月1日、「ウラルマシュザヴォード」の変圧器生産工場で火災が発生した。火災は4500平方メートルを焼き尽くし、64人の救助隊員と22台の消防車が出動した。建物の屋根が崩落し、火は急速に燃え広がった。 一方、「ウラルマシュザヴォード」の経営陣は、自社工場で火災が発生したことを否定した。
(カ)ルイビンスクのエンジン製造工場で火災
ロシア、ヤロスラヴリ州ルイビンスクにある「ODK-サターン」社で火災が発生した。火災は生産工場の一つを包み込み、延焼面積は3万平方メートルに達した。負傷者が出たと報じられているが、ロシアメディアは詳細を明らかにしていない。 ODK-サターン社は、航空およびエネルギー用ガスタービンエンジンの開発、製造、保守を専門とするロシア企業である。 同社は、国営企業ロステクの子会社である「ユナイテッド・エンジン・コーポレーション」(ODK)傘下の企業である。
(キ)ホトコヴォ市の「エレクトロイゾリット」工場で火災
モスクワ州ホトコヴォ市で、3000平方メートルの延焼が発生した。生産工場の屋根が火災に見舞われ、人々は現場から避難した。死傷者の報告はない。この火災は、電気絶縁材料の製造を専門とする「エレクトロイゾリット」工場が関与した可能性が高いと見られる。
ウ.総括
ロシアでは、2024年1月から4月までに合計262件の火災が記録されている。ロシアの複数の地域では、エネルギー施設の火災により停電が発生している。火災発生件数が最も多かったのはモスクワ州とレニングラード州で、毎月20棟以上の倉庫が火災に見舞われている。これらの地域は、最も深刻な火災安全上の問題を抱えている。さらに、ロシア当局は火災についてますます沈黙を守っている。ロシアでは、2022年初頭から2024年4月末までに合計1607件の火災が発生しており、この傾向は加速しているようである。
(3)筆者コメント
プーチン政権は、反プーチン勢力の抵抗運動が国民に動揺を与えることを恐れ、ウクライナの後方攪乱工作やロシアのレジスタンス運動に起因すると見られる火災・爆発などを公表していない。だが、モリファルによると、火災が最も多く発生しているのは倉庫や工場、商業施設のほか、石油や天然ガスの貯蔵施設やパイプラインで、火災の一部は、軍需企業の工場やウクライナとの国境に近いロシア南西部ベルゴロトにある弾薬庫などの軍事施設で発生している。
これらの火災・爆発は、ロシアの経済的損失、継戦能力の低減、国民の不安の増大をもたらし、ひいては国民の厭戦気分を高め、反プーチン運動を惹き起こすかもしれない。筆者は、現在、ロシアで散発している火災が、やがて燎原の火となり、プーチン政権を倒すことを願っている。
おわりに
かつて筆者は欧米からの軍事支援が縮小し、戦場での勝利が難しくなったウクライナが、ロシアに勝利するためには、日露戦争で日本勝利の重要な一因となった明石謀略を模倣すべきであると述べた。今はより強くそのように思っている。ロシア(旧ソ連)は、ナポレオン軍に侵略されても、ヒトラー軍の侵攻を受けても負けなかった。
それが日露戦争ではたいして侵攻もされていないのに、日本に負けた。 なぜか、それは明石謀略があったからである。 明石大佐は、ロシア共産党に働きかけて、武器、弾薬、資金を供給するとともに、農民労働者の暴動、水兵の反乱、在郷軍人の招集拒否運動、満州への軍隊輸送妨害工作などを扇動し、ついに無政府状況に陥らせ、ロマノフ政権に戦争継続意欲を放棄させたのである。 上記の明石謀略と比べると、ウクライナの現在の後方攪乱工作は、筆者には低調に思える。
ウクライナは、プーチン政権打倒を掲げるロシア人武装組織「自由ロシア軍団」や「ロシア義勇軍団」、「シベリア大隊」が、ロシア国内のインフラ破壊(電力供給の停止、水道の断水、交通網の寸断、通信網の障害など)を行うことを支援することができる。 また、2024年3月22日、ロシアの首都モスクワ郊外の広大なショッピングセンター内のコンサートホールで、武装集団が観客を銃撃した。 同日には「イスラム国ホラサン州」が、犯行声明を発出した。
プーチン大統領の20年以上にわたるイスラム教徒に対する情け容赦のない弾圧と最近では旧ソ連邦の構成国からのイスラム教徒である移民(出稼ぎ労働者)を強制的かつ差別的にウクライナ戦争に参戦させるなどで、旧ソ連邦構成国のイスラム過激派からの恨みと怒りを買っている。 ウクライナは、これらのイスラム過激派が、ロシア国内、とりわけ首都モスクワでのテロを行うことを支援することができる。
さらに、ウクライナ軍は、物理的被害は大きくないが、一般大衆に及ぼす「心理的効果」が大きい長距離ドローンによる首都モスクワ攻撃を行うことができる。
最後に、筆者は、ウクライナによる様々な手段を緊密に連携させた後方攪乱工作で、ロシア社会に混乱と動揺を惹き起こし、プーチン政権の早期打倒が実現することを願っている>(以上「JB press」より引用)
横山 恭三(軍事評論家)氏は「ウクライナがロシアに勝利するには、日露戦争で日本が用いた「明石謀略」の模倣が不可欠ーーウクライナの秘密工作も功を奏しているが、明石謀略の域には及ばず」と題する論評で、ウクライナ当局は対ロ戦勝のためには日露戦争で勝利した日本に学べと主張している。
ウクライナは、プーチン政権打倒を掲げるロシア人武装組織「自由ロシア軍団」や「ロシア義勇軍団」、「シベリア大隊」が、ロシア国内のインフラ破壊(電力供給の停止、水道の断水、交通網の寸断、通信網の障害など)を行うことを支援することができる。 また、2024年3月22日、ロシアの首都モスクワ郊外の広大なショッピングセンター内のコンサートホールで、武装集団が観客を銃撃した。 同日には「イスラム国ホラサン州」が、犯行声明を発出した。
プーチン大統領の20年以上にわたるイスラム教徒に対する情け容赦のない弾圧と最近では旧ソ連邦の構成国からのイスラム教徒である移民(出稼ぎ労働者)を強制的かつ差別的にウクライナ戦争に参戦させるなどで、旧ソ連邦構成国のイスラム過激派からの恨みと怒りを買っている。 ウクライナは、これらのイスラム過激派が、ロシア国内、とりわけ首都モスクワでのテロを行うことを支援することができる。
さらに、ウクライナ軍は、物理的被害は大きくないが、一般大衆に及ぼす「心理的効果」が大きい長距離ドローンによる首都モスクワ攻撃を行うことができる。
最後に、筆者は、ウクライナによる様々な手段を緊密に連携させた後方攪乱工作で、ロシア社会に混乱と動揺を惹き起こし、プーチン政権の早期打倒が実現することを願っている>(以上「JB press」より引用)
横山 恭三(軍事評論家)氏は「ウクライナがロシアに勝利するには、日露戦争で日本が用いた「明石謀略」の模倣が不可欠ーーウクライナの秘密工作も功を奏しているが、明石謀略の域には及ばず」と題する論評で、ウクライナ当局は対ロ戦勝のためには日露戦争で勝利した日本に学べと主張している。
なるほど、と頷く面もあるが、しかし現代は情報社会で果たして「明石謀略」が通じるだろうか、との疑問がわく。ただウクライナ停戦協議の仲介役に割って出たトランプ氏がプーチンの肩を持っているのには驚いた。トランプ氏はウクライナ戦争に関して如何なる見識を持っているのだろうか。そしてトランプ氏は誰からそうした情報を得たのだろうか。
ウクライナ停戦協議を実現するのは、実は簡単だ。ロシアを経済的に徹底的に締め上げると同時に、長距離攻撃兵器をウクライナに大量供与すれば良い。それだけでロシアは音を上げる。ただし、破れかぶれになったプーチンが核のボタンを押す可能性が高くなることを覚悟しなければならないが。
プーチンが核のボタンを押す前に、ロシア国民とクレムリンが「この戦争は負けだ」と認識すれば、プーチンは核のボタンを押すタイミングを失うだろう。だから米国とNATO諸国は徐々にロシアを弱らせる作戦を取っていたのだろう。しかしトランプ氏の即時停戦協議をプーチンが蹴ったことから、おそらくプーチンはクレムリンで孤立しているのではないだろうか。なぜならトランプ氏が提案したウクライナ停戦協議案はロシアに取って願ってもない条件だったからだ。その代わり、ウクライナ全土の占領を目標としたプーチンの面目は丸潰れになる。プーチンは自身がクレムリンから排除されるのを恐れて、トランプ氏が提案したウクライナ停戦協議を欠席してクレムリンに引籠った。
引用した横山氏の「明石謀略」を現在のロシアで実行するには、日露戦争当時の「共産党革命軍」に資金供与のと同じように、ロシアから分離・独立を目論むカザフスタンやチェチェンやジョージアなどの「分離・独立派」に資金供与することだろうか。そしてロシア内部から反・ロシアの動きを拡大すれば、ウクライナの前線に貼りついているロシア軍を国内の鎮圧に回さなければならなくなり、ロシアはウクライナ戦争の継続を諦めざるを得なくなる。
或いはロシア国内のイスラム勢力に資金供与して、ロシア全土の各地で反・ロシアの暴動を仕掛けることもあり得るだろう。「~スタン」という国名の多くはイスラム教徒の国だ。ロシアは「ロシア正教」を国教としているから、イスラム教徒がロシア社会の破壊活動に乗り出すのは充分にあり得る。しかし、それを実行するとロシアだけでなく、中国も危うくなる。なぜならウィグル人はイスラム教を信仰する民だからだ。中共政府のウィグル弾圧はイスラム世界では知れ渡り、中国は西域に火薬庫を抱えているからだ。
しかもイスラム教徒には少なからずイスラム原理主義の武装集団がいる。その巣窟はパキスタンとアフガニスタンの国境付近とされているが、その地域はロシアからも近い。イスラム教徒に資金援助して、ロシア国内の各地で反・ロシア武力闘争を呼び掛けるのは無理筋ても無謀なことでもない。
しかし世界で熾烈な情報戦や謀略活動を行っているロシアや西側諸国が、何の手も打たないでウクライナ停戦協議の臨んでいるとは思えない。だからロシアの防空網は穴だらけでウクライナ軍のドローン攻撃を迎撃出来ないのだろう。ドイツが長距離ミサイルをウクライナに供与してロシア国内を攻撃しようとしているのも、ロシアのミサイル防衛が機能していないと見ているからだろう。そうした防空網の欠落はかつて核戦争に備えていたロシアからは想像できない事態で、それこそがロシア国内で破壊活動が進んでいることの傍証ではないだろうか。
世界に取って独裁者が滅びるのは願ってもないことだ。国家が国民の安らぐ「家」ではなく、国民を閉じ込める「檻」であってはならない。今世紀中に世界から独裁者を一掃して、平和な世界が到来することを心から望む。