トランプ大統領は無能ではない、自称有能だと思い込んでいる人たちこそプーチンの戦争を三年間も止められなかったではないか。

交渉者としてのトランプ大統領を考える
 トランプ大統領がアメリカの大統領に就任して1カ月がたった。その間に非常に多くのことが起こった。外交面で大きな注目を集めているのは、選挙戦中から確約していたロシア・ウクライナ戦争の終結に向けた努力である。
 トランプ大統領は、日本の「識者」層から猛烈な反発と侮蔑を受けている。もともと「ウクライナは勝たなければならない」といった「主張」をしていた「識者」の方々が多いの。本気で停戦調停を進めようとしているトランプ大統領の存在にいら立っているのだろう。
 気になるのは、「識者」の方々が、トランプ大統領を馬鹿にして侮蔑することを、普通の常識的態度であるかのようにみなしていることだ。トランプ大統領の知的レベルが低く、また性格が異常なので、このような奇妙な行動と発言をとっているのだ、といったことを延々と語り合い続けている。

これは危険な現象である。
 自分が気に入らない事態が進行しているのを見て、「要するに自分以外の誰かが無能で特異だからこんなことになっているのだ」、と考えて納得してしまうのでは、現実の分析の放棄に等しい。
 ましてトランプ大統領は、アメリカの選挙民の信任を受けて、二度までも大統領選挙を勝ち抜いた人物だ。第一期政権時と比して、知識・経験、そして人脈も、際立って豊かだ。客観的に見れば、トランプ大統領は、類まれな実力者であり、安易に見下すことなど許されないはずである。
 本稿では、このような観点から、ロシア・ウクライナ戦争の調停に焦点をあてて、トランプ大統領の行動と発言の分析を試みる。その際、比類なき取引好きとして知られるトランプ大統領の性格にも着目し、徹底的に「交渉」の観点から、分析をしてみる。

「トランプがプーチンになった」は本当か
 トランプ政権が発足し、「識者」の間で語られていた「ポンペオが重用されてトランプ大統領を説得してくれる」といった根拠のない伝説は、消え去った。就任後の行動から、トランプ大統領が、戦争の終結に本気で取り組むことに、疑いの余地がないようになった。
 そこで噴き出してきたのは、「トランプがプーチンになった」という伝説である。無知なトランプ大統領が、邪悪で老獪なプーチン大統領に騙されてしまった、という物語である。
 2月18日、ルビオ国務長官がラブロフ外相と会い、米露外相会談が成立した。その後、事務官同士の折衝をへて、首脳会談が開催される予定とみなされている。これまでハンガリーのオルバン首相のように、プーチン大統領と会った首脳は、ことごとく裏切者の扱いを受け、欧州諸国の政治指導者からの激しい糾弾を浴びてきた。多国間会合であっても、ラブロフ外相が演説し始めると、欧州各国の外相は退室したりするのが通例であった。ところが「西側」のリーダーであるはずのアメリカの国務長官がラブロフ外相と会い、次に大統領同士の会談にも進む。今までロシアを孤立させることに必死だった欧州諸国は、いわば梯子を外された形だ。
 トランプ大統領は、追い打ちをかけるように、大きなニュースになる発言を行った。戦争を招いたのはウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加入を支持したバイデン政権だ、と主張した。さらにはウクライナのゼレンスキー大統領を、「選挙のない独裁者」と呼び、任期切れ後も戒厳令を根拠にして選挙を延期し続けている同大統領を揶揄した。そして仕事ぶりを低評価する発言をした。
 こうした事態の展開を見て、感情的な反発をしたのは、欧州の指導者層だけではない。各国の「ウクライナ応援団」の方々が、メディアやSNSなどを通じて、感情的な反発をした。そこで語られたのは、「トランプがプーチンに篭絡された」という陰謀論的な物語であった。本当だろうか。

交渉者としての「第三者性」を獲得するトランプ大統領
 トランプ大統領は、一連の行動と発言を通じて、ロシア政府の好感を獲得することに成功している。プーチン大統領をはじめとするロシア政府高官たちは、「トランプ大統領の発言を評価する」、といった発言を繰り返している。これに対してゼレンスキー大統領は、必死にアメリカの翻意を期待する発言を行いながらも、「アメリカの大統領がロシアに篭絡された」といった調子で、トランプ大統領を非難する趣旨の発言を繰り返してしまっている。
 だがトランプ大統領は全くひるむ様子を見せていない。それどころかロシアとの協議を進展させつつ、ウクライナ領内のレアアースの資源権益をアメリカに渡すことに合意するように圧力もかけた。
 トランプ大統領が、アメリカの立ち位置を大きくウクライナ支援者の立場から移動させようとしていることは、明らかである。この行動そのものを、「ウクライナは勝たなければならない」主義者の方々は、非難している。しかし、そうした論争からは距離を置き、「交渉」の観点からだけ見てみるならば、トランプ大統領の行動は、論理的には、決して破綻していない。
 トランプ大統領は、「欧州の指導者たちは何もしていない」と愚痴りながら、アメリカが主導する形での調停を目指している。それを成功させるためには、まずアメリカが調停者として紛争当事者から認められなければならない。トランプ大統領は、それを目指した行動をとっていると言える。つまり「第三者性」を獲得しようとしているのだ。
 アメリカはこれまで、ロシアに厳しく敵対し、ウクライナを強く支援してきた。その立ち位置のままでは、第三者としての調停者にはなれない。立ち位置の修正が必要である。
 そこでロシアに近づいて、一定の信頼を得て、調停者として振る舞う基盤にしようとしている。ウクライナには、アメリカは今や単なる一方的な支援者ではなく、第三者的な調停者である、ことを知らせるためのシグナルを、送り続けている。
 ロシアは、アメリカを強く警戒していた。そこでロシアに近づく姿勢を見せて、調停者としても認めてもらおうとしている。他方、ウクライナには、厳しい態度で現実を覚知させつつ、巨額の支援の実績も参照して、アメリカを調停者として認めるように圧力をかけている。
 この行動は、少なくともアメリカが第三者調停者としてロシア・ウクライナ戦争の停戦調停を進める目標を持つのであれば、合理的である。

ロシアに対する交渉材料
 それではトランプ大統領は、それぞれの紛争当事者に、どのような態度で交渉を迫っていくのだろうか。まずはロシアに対する態度を分析してみよう。
 トランプ大統領は、ウクライナをNATOに加入させようとしたことが戦争の温床になったとの理解を披露し、ウクライナのNATO加盟を認めない立場をとっている。これはロシアに歓迎された。これは「交渉」の観点から見て、どのように評価できるだろうか。
 現在、戦場では、ロシア軍が前進し続け、支配地を広げ続けている。2023年の反転攻勢後に、「膠着状態」が生まれていたが、それは2024年に変化した。現在は、ロシア軍優位で戦況が進んでいる。
 ちなみにトランプ大統領が、選挙戦中に、「自分が大統領に就任したら一日で戦争を止める」と発言したのは、「膠着状態」の時期であった。紛争解決論の理論においても、「膠着状態」は調停の機運が高まる「成熟」の時期とみなされる。トランプ大統領の発言は、そうした状況把握をふまえたものだっただろう。
 しかしこれに抵抗したのがゼレンスキー大統領だ。しばしば大統領とも対立したザルジニー・ウクライナ軍最高司令官を罷免したうえで、ロシア領クルスク州に侵攻するといった冒険的な行動をとった。「膠着状態」に抵抗し、戦争を継続させるためである。結果は、確かに「膠着状態」の溶解だった。しかし、ウクライナに不利な形での「膠着状態」の溶解であった。
 このような経緯があって、支配地を広げ続けているロシアには、一年前と比べても、現状維持での停戦案にはのりにくい。時間を引き延ばせば引き延ばすほど、ロシアに有利な状況が広がることを知っているからだ。ロシアは、現状維持の停戦に、追加的な「利益」がない。
 そこで調停者となるトランプ大統領は、戦場における支配地の確保とは別のロシアの「利益」の確保の可能性を見せて、ロシアを調停交渉に引き込んでこなければならない。
 そのような高次のロシアの「利益」が、ウクライナのNATO加盟可能性の放棄である。トランプ大統領は、これを誘因材料にして、戦況で有利な立場にあるために交渉にのってきにくいロシアを、現在、強力に交渉に引き寄せている。

ウクライナに対する交渉材料
 ウクライナは戦場で劣勢に立たされている。本来であれば、現状での停戦は、ウクライナ側の利益である。
 しかしゼレンスキー大統領は、そのように考えない。「ウクライナは勝たなければならない」を基準にして、そのために形勢を一気にひっくり返すさらなる大規模なアメリカなどの支援諸国からの追加的な支援を求めている。あるいは「ロシアが崩壊することを恐れてはいけない」などと言ったレトリックで、事実上のアメリカなどの軍事強国の直接軍事介入の要請をしている。
「トランプ大統領さえ豹変してくれれば、いつかウクライナはロシアを駆逐して完全勝利を収めることができる!」、といった現実から乖離した夢を見続けている限り、ウクライナは停戦交渉にのってこない。そこでトランプ大統領は、そのような豹変の可能性はない、ということをゼレンスキー大統領に覚知させるために、あえて厳しい態度と言葉を投げかけ続けている。
 さらには支援諸国が支援を増強させてくれれば、ウクライナは戦争を継続させることができる、という考えも捨てさせるために、アメリカからの支援を止めた。レアアースの使用権をアメリカに譲れと強く迫った。戦争の継続が「利益の損失」であることを、覚知させようとしている。
 加えて、ゼレンスキー大統領が、利益の得失計算を行うことを怠り、あるいは無視し続けるのであれば、戒厳令下の戦時大統領としての強権を疑問視して、選挙の実施を迫る、という道筋まで作っている。どうしてもゼレンスキー大統領が利益の損得計算を行わないのであれば、別の人物にウクライナを代表してもらいたい、という意思表示である。
 ゼレンスキー大統領が頑な態度を取り続けるならば、「ウクライナに選挙を行わせるための一時停戦」が提案されることになるだろう。ロシアも、ウクライナ大統領の交代に強い関心を持っているからだ。
「選挙の実施を目的にした停戦には応じられない、戦い続ける」という立場を取り続けながら、総動員体制で疲弊しているウクライナ国民を納得させ続けられるかは、大きな疑問符がつくところだ。国民の側にも、大きな負荷がかかり、様々な意見や運動が誘発されてくるだろう。ゼレンスキー大統領が、その政治的圧力に、戒厳令下の強権で対抗しきれるかは、わからない。大統領選挙を想定した世論調査では、ザルジニー氏の人気は、ゼレンスキー大統領を圧倒的に上回っている。
 もし選挙が実施されれば、アメリカの支援がなくてもなお戦争を継続する主張と、停戦を受け入れて国を整備すべきだという主張がぶつかり合うようになるだろう。後者を「親露派」と断定して弾圧禁止することは、戒厳令下のウクライナ政府には、制度的には可能である。しかしアメリカなどは猛烈な圧力をかけ、選挙の正当性も問う事態に至るだろう。強烈な負荷がウクライナ社会にかかる。

冷徹な交渉人としてのトランプ大統領
 これらの強い負荷をともなう各種の圧力を通じて、トランプ大統領としては、停戦がウクライナの「利益」である、という判断を、ゼレンスキー大統領、あるいはその後任の人物に、行わせようとしている。
 なおウクライナに対する積極的な誘因材料としては、欧州軍のウクライナへの展開がある。これが実現すれば、ロシアの再侵攻を防ぐために、大きな意味を持つことになる。ただし、欧州軍の展開は、あくまでも停戦が実現した後の話である。停戦受け入れとセットの形で用いられる誘因材料である。また国境線をはさんでNATO構成諸国の軍隊とロシア軍がにらみ合うような事態は、欧州諸国側も避けたいため、地域限定の措置などにはなっていくだろう。
 なおウクライナは占領地を放棄する宣言は公式には出せない。また国際法の原則にしたがっても、そのような宣言の効果には問題が残る。一部で誤解が見られるが、実はトランプ大統領も公式に領土を放棄するようにウクライナに迫ったことはない。実際には、ウクライナに領土放棄を公式宣言させることを避けながら、なおロシアが受け入れることができる調停案の可能性が模索されるだろう。その運用のために、人類の歴史上最大規模の非武装中立地地域などが、導入される可能性がある。
 トランプ大統領の態度を、冷徹なものだと考えるのは、当然だろう。トランプ大統領の政策に反対したり、嫌ったりすることもあるだろう。だがそれは、トランプ大統領を無能で気まぐれな破綻した人物として侮蔑することとは、違う。トランプ大統領が自ら掲げた目標においても、その目標に向かうための手段の行使においても、むしろ一貫している。
 トランプ大統領は全く支離滅裂だ、と断定して侮蔑するのは、単に現実と乖離しているだけでなく、極めて危険な態度である。そのようにトランプ大統領をみなし続けていると、やがて現実の分析ができなくなり、酷いしっぺ返しを食らうことになるだろう>(以上「現代ビジネス」より引用)




ドナルド・トランプを無能と言い捨てる「識者」たちは現実を見失っている…ロシア・ウクライナ戦争を終わらせるトランプ大統領の交渉戦略」と題して篠田 英朗(東京外国語大学教授・国際関係論、平和構築)氏が書いている。
 彼の論評を一読して、篠田氏の対トランプ分析に同感した。ゼレンスキー氏は理想を主張し、プーチンは現実を語っている、という下りは大いに賛同するところだ。そしてプーチンを停戦交渉の席に着かせるためにはプーチンの主張に賛意を示す必要がある、というのも頷ける。トランプ大統領はそのように行動してきた。

 しかしトランプ大統領がプーチンの現実的解決に賛意を示すと、プーチンはプーチンの理想を語り始めたて、停戦交渉のハードルを上げた。そこでトランプ大統領はプーチンを見捨てて、ゼレンスキー氏と停戦に関して現実的な話をし始めた。つまりレアアース取引を持ち掛けた。
 まさにトランプ大統領の「駆け引き上手」の実務家として面目躍如といったところだ。そうした変わり身の早さこそが真骨頂だろう。だから記者から「ゼレンスキー氏を「独裁者」だと発言したが、今でもそう思っているか」と質問されると、「そんなこと言ったか?」と恍けることなど意にも介さない。そしてゼレンスキー氏と面会した。

 仲介の会談場所にサウジアラビアを選んだのにも理由があった、と知ったのはサウジアラビアが「原油を増産して原油価格を現在の半分まで引き下げる」と発言した時点だった。プーチンがサウジアラビアでの停戦協議に難癖をつけたことから、メンツをつぶされたサウジアラビアは事実上の対ロ制裁に踏み切った。「いつまでもダダを捏ねて戦争を続けるのなら、戦争が出来ないようにしてやる」と軍資金枯渇作戦をサウジアラビアが始めた。
 トランプ大統領が描く最終的な停戦条件は「ロシア軍が占領したウクライナ領と、ウクライナ軍が占領したロシア領」のすべてを「非武装地帯」とすることだろう。非武装地帯の管理はEU連合軍(または「国連軍」)が行い、非武装地帯にあるレアアース鉱山開発に米国政府が資金投入し米国企業が進出する、という条件を付けるだろう。それこそがトランプ大統領が当初から目論んだ「現実的な停戦」のあり方ではないか。

 プーチンは難色を示すだろうが、トランプ氏が示した停戦案に期待を寄せて緩んだロシア国民の戦意は元には戻らない。以前の数倍もの厭戦気分が蔓延して、ロシア軍は継戦どころの騒ぎではなくなる。そしてサウジアラビアの原油増産措置により、ロシアの戦費は完全に枯渇する。プーチンは停戦に合意するしか選択肢がない現実を受け容れざるを得なくなる。
 トランプ大統領は歴史上類を見ないほどの策士だ。トランプ大統領は無能ではない、自称有能だと思い込んでいる人たちこそ、プーチンの戦争を三年間も止められなかったではないか。その三年間に何十万人もの人たちが命を落としたというのか。反省すべきは自称有能な無能人ではないか。

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