熊の殺処分とハンターから猟師免許を取り上げた無知蒙昧な公安と裁判官。

<クマによる人的被害多発を受け、市街地での銃猟を拡大する鳥獣保護管理法改正案の内容が21日、分かった。人の日常生活圏に侵入したり、侵入の恐れが大きかったりするなどの要件を満たせば「緊急銃猟」として、自治体の判断によるハンターの発砲を容認。イノシシも対象に想定する。住民の安全確保のため通行制限や避難指示を可能にする。人に危険が迫ってから応急措置で警察が発砲を判断する従来の仕組みに比べ予防的に迅速な銃猟ができるとしている。
 建物に損害が出ても自治体が補償する規定も新設。ハンターが安心して活動できる環境を整える。次期通常国会に提出し、来年中の施行を目指す。市町村長が判断と責任を担うため、国は発砲に関するマニュアルを作成する予定だが、きめ細かい支援が課題となる。
 現行の鳥獣保護管理法は住宅が集まる地域や広場、駅などでの銃猟を原則禁止。警察官職務執行法に基づき、警察官がハンターらに命じることはできるが、実際に「人に危険を及ぼしている」場合などに限られる>(以上「共同通信」より引用)




市街地での緊急狩猟を拡大 クマの人的被害多発受け法改正案」との見出しに安堵する。熊の実態調査することもなく、野生動物保護団体は「熊を殺処分してはならない」と騒ぐが、熊の脅威にさらされている地域住民にとって里に下りて来た熊は「愛らしい動物」でも「保護すべき動物」でもない。
 今年だけで6人も熊に殺害されている。熊は大型動物で雑食性のため、肉の味を覚えた熊は危険そのものだ。ことに里に下りて来た熊は森の中の縄張り争いで負けた熊で、里でしか暮らせない。だから捕獲して山に放っても、また里に下りてくる。つまり殺処分するしか安全対策はない。

 なぜ生息数の実態調査もしないで野生動物の保護を叫ぶことが出来るのだろうか。熊だけではない、イノシシもサルもシカもカモシカも数が増加しているのではないかと云われている。なぜ個体数調査しないのだろうか。
 そして一定数以上に増え過ぎた野生動物は間引く必要がある。さもなくば人の畑などの農産物や植林などに被害が及ぶ。キャンプなどで、ちょっとした里山に入ればシカやサルは普通に見かける。実感として野生動物の個体数が増えている、と感じる。つまり昔のように猟師が捕獲して生息数を調整することが無くなったのではないかと思う。

 札幌で警察や自治体の要請で熊を殺処分したハンターが猟銃を取り上げられ、免許取り消しの判決を受けたのが波紋を呼んでいるが、裁判官の無知さ加減には驚く。猟銃免許取り消しの根拠はハンターが熊を殺処分した場所の後ろには約8メートルの土手があるが、その上には住宅地があるため危険な銃発砲だったというものだ。
 確かにハンターが熊殺処分に使用したライフル銃は跳弾の可能性を否定できない。しかし土手の法面がコンクリートでない場合は土手にめり込んで止まる。決して土の土手で跳ねて跳弾となって土手の上にいた警察官や仲間のハンターを傷つけることはない。そんな状況判断はハンターとして常識ではないか。

 野生動物は何であれ、厳しい自然環境の中で必死で生きている。野生動物を見て「かわいい」とか「いとおしい」と感じるのは人の勝手であって、野生動物は何であれ追い詰められると人を襲う。そうした凶暴性があればこそ現在の地球上に生き残っている。
 熊の場合は追い詰められなくても人を襲うから始末が悪い。しかも本能的に人を殺そうとして顔面や頭部を集中的に攻撃する。強力な上腕で長さ3センチの爪を刃物として振り回すから素手の人では太刀打ちできない。むろん直ぐに嚙みつく。その攻撃力は驚異的だ。

 人里に下りて来た熊は殺処分するしかない。もはや山で暮らすよりも人里の方が食い物が豊富だと学習したからだ。もちろん食い物の中には人も入っている。それでもあなたは熊の殺処分は残酷だと考えるか。もしそうなら、あなたが熊の餌になれば、熊の怖さが理解できるだろう。

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