玩具の兵隊を弄ぶ時代錯誤。
<台湾海峡を取り囲むように
「台湾有事は日本有事」という言葉を世に流布したのは、故・安倍晋三元首相だ。だがいまや、「新総統就任が台湾有事」になってきた。
先週のこのコラムで、5月20日に台北の総統府前広場で行われた頼清徳(らい・せいとく)総統の就任式の模様を、速報でお伝えした。
すると就任式のわずか3日後の5月23日から、中国の人民解放軍と海警局(人民武装警察部隊海警総隊)が、ものものしい軍事演習を、台湾海峡を取り囲むように行った。
今回の演習は「連合利剣-2024A」と名づけられたが、これは今後、「B」「C」……と続いていくことを示唆している。
この演習の方針と目的について、中国国防部(防衛省に相当)の機関紙『解放日報』(5月23日付)は、「東部戦区は台湾島周辺で、『連合利剣-2024A』演習を展開する」と題した記事で、こう説明した。
〈 5月23日から24日まで、中国人民解放軍東部戦区組織戦区の陸軍、海軍、空軍、ロケット軍などの兵力は、台湾島周辺で「連合利剣-2024A」演習を展開する。
海空戦の準備、警備、巡回を組み合わせた演習や訓練、戦場で総合的な統制権の一致した奪取、目標に合同で精確に危害を与える科目などに重点を置く。艦艇や航空機は、台湾島周辺の戦域近くまで向かい、島嶼内外が一体となって連動し、(東部)戦区部隊の合同の作戦能力を検証する。
東部戦区の李熹海報道官(大校=一佐に相当)は述べた。「これは『台湾独立』分裂勢力が『独』(毒)の行動を謀ることに対して、懲罰するものであり、外部勢力が挑発に干渉することに対する厳重な警告だ」 〉
このように、頼清徳新政権への「懲罰」であり、おそらくはアメリカを筆頭として日本も含まれるであろう外部勢力に対する「警告」だというのである。
就任演説の中に含まれた「挑発」
実際、中国は、頼清徳新総統に対して、5月20日の就任演説で、「一つの中国」を承認するよう要求していたものと思われる。だが、頼新総統はこれを無視し、代わりに決然とこう述べた。
「中華民国台湾は主権を持つ独立国家であり、主権は民にある」
「中国が中華民国の存在の事実を正視し、台湾人の選択を尊重することを願う」
「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属していない」
「中華民国であれ、中華民国台湾であれ、あるいは台湾であれ、すべてわれわれもしくは海外の友人たちが、われわれの国を呼ぶ名称だ」
こうした頼新総統の発言を、中国は「独立を煽るもの」とみなし、怒り心頭なのだ。ちなみに、中国語の「独」と「毒」は同音(duの2声)のため、掛けて述べている。
頼清徳新総統の就任演説の中には、他にも、まるで習近平主席を挑発するかのように、「習近平語録」をもじったと思われる発言が、6ヵ所もあった。以下、「習近平語録」と並べてみる。
【頼清徳】
「われわれは引き続き民主国家と共に、民主共同体を作っていく」
「台湾は世界を必要とし、世界もまた台湾を必要としている」
「台湾は世界の大門を開けるだけでなく、すでに世界の舞台の中心に進み出たのだ」
「台湾の産業は台湾に根差し、世界中に行き渡り、全世界で取引される」
「主権があって初めて国家がある」
「台湾を国際的に尊敬される偉大な国家にしよう!」
【習近平】
「中国は世界と共に、人類運命共同体を作っていく」
「中国は世界を必要とし、世界もまた中国を必要としている」
「中国は世界の大門を開けるだけでなく、すでに世界の舞台の中心に進み出たのだ」
「中国の産業は中国に根差し、全世界に行き渡る」
「国家があって初めて家庭がある」
「中華民族の偉大なる復興のために奮闘しよう!」
このように頼新総統は、ある意味、蔡英文(さい・えいぶん)前政権以上に、「中国との不一致」を鮮明にしたのである。これに対して中国側は、準備していた軍事演習を、早くも決行したというわけだ。
中国の官製メディアはどう解説したか
前述の『解放日報』は、具体的な演習の内容についても説明している。
〈 本日午前7時45分に開始。東部戦区は台湾海峡、台湾島北部、南部、東部及び金門島、馬祖島、烏丘嶼、東引島周辺で、合同の演習と訓練を展開する。
東部戦区の合同作戦指揮センターは、行動の指令を下した後、戦区の海軍の多くの駆逐艦、護衛艦は編隊を組んで、台湾島周辺の海域の多くの方向に高速で機動していく。各艦艇は計画に則って目標とする海域に到達した後、迅速に戦闘配備を展開する。主砲と副砲、ミサイルなど武器システムの打撃準備を随時行う。艦艇の編隊は多元情報及び海空の当面の態勢を融合させ、目標を定めて迅速に捕獲する。多くの型の武器を展開し、多くの立体的な飽和式の模擬打撃を行う。
台湾島南部の海空域では、駆逐艦と護衛艦の編隊及び対潜哨戒機が一体となって、また艦載対潜ヘリコプターも同時に上空を飛び、各艦艇と航空機が密接に融合し、曳航式ソナーの配備やブイの進水などの手法を総合的に活用する。それによって「敵」の潜水艦や艦艇を活動地域から全面的に一掃し、命令に従って水中の目標に対して模擬攻撃を実行する。
「離陸時刻!」――東部戦区空軍の数十機の戦闘機は一体となって出動し、台湾島周辺の哨戒と離島を囲む巡航を行う。任務の空域に到達すると、各種の戦闘機は合同の情報を支柱とし、臨機応変に各種の戦術行動を取りながら、台湾島周辺の哨戒に近づいていく。空軍の多くの編隊は実弾を搭載しており、予定の空域を飛行して多くの打撃陣地を打ち立てる。そして駆逐艦、護衛艦、ミサイル拘束ボートと連携し、「敵」の高価値軍事目標や監視哨戒機への攻撃をシミュレートする。
某航空旅団の黄凱パイロットは述べる。「風雨が吹き荒れるなど気象が複雑であっても、われわれは命令を受ければ、すぐに飛び立つ。そして多くの項目、高強度の連続作戦を実施し、実戦能力を全面的に引き上げていく。戦闘機のパイロットとして、命令一つ下りれば、われわれはいつでも飛び立ち作戦を実行。共産党と国民が付与した使命、任務を決然と遂行する」
同時に、陸軍とロケット軍部隊は命令に従い、予定地域に進入し、各部隊は迅速に発射陣地を占領。発射準備を行い、海空と共同で突撃態勢を築き、合同で打撃などの項目の演習訓練を行う。
本日の演習訓練は、東部戦区の合同作戦システムの管轄下で、戦区の部隊を台湾島北部、南部の空海域に配置。海上で突撃し、陸地で打撃を与え、防空や潜水艇の哨戒などの項目の訓練を行い、一層多くの部隊と協同で、合同打撃などの実戦能力を検測ものである 〉
以上である。
中国の官製メディアで、今回の軍事演習の解説役を担っているのが、国防大学の張弛(ちょう・し)教授である。張教授は中国共産党の国際紙『環球時報』(23日付)で、次のように解説した。
「人民解放軍の台湾海峡周辺での演習は、すでに一種の『新常態』だ。この常態化した演習は、『台湾独立』勢力に毎度、中国大陸のボトムラインとレッドラインの矯正と懲戒を突きさすものだ。
頼清徳の5月20日の演説は、一篇の『台湾独立』の告白と言ってよい。民進党当局が、『台湾独立』の危険な道の上を遠くまで進んでいくと表明したもので、今後4年間の『台湾独立』のリスクはさらに高まった。
火を弄(もてあそ)べば、必ず自分に焚きつく。もしも民進党当局が『台湾独立』の危険な道の上を勝手に独歩していくなら、最終的には岩を自己の脚に落とすだけのことだ。
昨年、蔡英文がアメリカをうろついた後、解放軍は台湾島を取り囲む戦争準備パトロールの『連合利剣』演習を行った。今回の頼清徳の演説の後、解放軍は再度、『連合利剣』演習を行った。つまり『台湾独立』の分裂勢力が一回挑発するたびに、解放軍は一歩前へ出る。これこそはまさに、『反サラミ戦術』の新常態なのだ。
東部戦区が発表した演習解説図によれば、演習地域は明確に台湾島の周辺を示しており、台湾包囲網を築くのは一目瞭然だ。北部、南部、東部の3方向の海空域を合同で打撃する演習としているのは、解放軍が多くの方向から台湾の港、空港などの重要目標に対して抑止と打撃を与えるためだ。
まず台湾島の北部での演習は、『台湾独立』の悪行への抑止だけでなく、民進党当局に対する打撃だ。次に解放軍の台湾島南部での演習は、すなわち政治的な『台湾独立』勢力への痛撃から、台湾島の経済的な封鎖を行うということだ。軍事的に台湾軍を港湾の中に封じ込めることは、『台湾独立』勢力の『武力で独立を謀る』という幻想に対する有力な激震となる。
解放軍が台湾島の東部を演習地域に画定させたことの意味もはっきりしている。すなわち、3つのラインを阻むことだ。すなわち、台湾のエネルギー輸入の生命線を断つ、『台湾独立』勢力が制裁を逃避して外に逃げるラインを断つ、アメリカ及び盟友が『台湾独立』勢力に援助を提供する支援ラインを断つということだ。
『台湾独立』勢力は、解放軍が台湾海峡周辺で演習を行うのが新常態であるばかりか、不断に突き進んでいくことを思い知るべきだ。まずは台湾島の外島である烏丘嶼と東引島の地理的な位置は非常に重要だ。それは台湾海峡の交通の要所の調査であり、意図ははっきりしている。頼清徳当局の行動を警告しているのだ。『台湾独立』は、死に至る一方通行にすぎないのだ」
以上である。前半部分で「反サラミ戦術」を説いている。これは、まるでサラミを薄切りにしていくように徐々に「台湾独立」に向かう民進党政権に対抗して、徐々に台湾に圧力をかける戦術を取るということだ。
後半部分では、北側・南側・東側と3方を囲む意味について説明している。特に今回、東側から、台湾有事の際の「臨時首都」になると思われる花蓮を抑え込む大胆な作戦を取った。花蓮は、4月3日の大地震の震源地となった都市だが、ここを封鎖されると、確かにアメリカからの救援を受けにくくなる。
中国側のメリットとデメリット
今回の降って湧いたような中国人民解放軍と海警局による軍事演習に関しては、日本でも様々な報道や解説がなされた。だが私には、どうも腑に落ちない。何かが不自然なのである。それは、こうした軍事演習を行うことの中国側のメリットとデメリットについて考えると分かる。
まず最大のメリットは、上述しているように、発足したばかりの頼清徳政権、プラス米日に対する「威嚇」である。「これから4年間の言動に気をつけろよ」という警告だ。ここまでは容易に理解できる。
しかし、いきなり今回のような派手な演習を実行するデメリットも少なくないのだ。第一に、2340万台湾人の大きな反感を買う。
今年2月23日に台湾の政治大学選挙研究センターが発表した「台湾人のアイデンティティーに関する意識調査」によれば、「一刻も早く中国と統一すべきだ」と答えた台湾人は、わずか1.2%しかいない。また、「自分は中国人」と考えている台湾人も、2.4%しかいない。
この意識調査は毎年1回行っているものだが、もしも軍事演習を経たいま行ったとしたら、どちらもゼロに近い数値が出るのではないか。つまり、中国側が威嚇すればするほど、台湾人の人心は中国から離れ、習近平政権が望んでいる平和的統一は遠のいていくというわけだ。
第二に、こうした軍事演習を行えば行うほど、中華民国国軍(台湾軍)やアメリカ軍、ひいては日本の自衛隊に、台湾有事の際の「手の内」を明かすことになる。
2年前の8月に、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長が訪台し、中国人民解放軍は約1週間にわたって、激しいミサイル演習を行った。その時、私はあるテレビの討論番組で同席した元自衛隊幹部に、出演前の控室で演習について聞いてみた。すると、ニヤリとして、こう答えた。
「正直言うとね、あれだけ中国側が『手の内』を明かしてくれて、嬉しい限りさ。テレビでは言えないけどね」
今回も中華民国国軍は、当然ながら中国側の演習を「教材」として、アメリカ軍と共に対策を練るだろう。つまり台湾側の「対応能力」は向上し、その分、中国側は実戦で苦戦を強いられる。
中国側のデメリットの3点目は、いま習近平政権を挙げて行っている「経済回復」にブレーキがかかることだ。今回の中国側の軍事演習は、まさにヨーロッパのウクライナ戦争、中東のイスラエル・ハマス紛争に続き、東アジアでも台湾有事が起きかねないことを世界に知らしめたからだ。
その結果、軍事演習が行われた5月23日から24日にかけて、上海総合指数は3159ポイントから3089ポイントへと暴落した。香港恒生(ハンセン)指数も、1万9197ポイントから1万8590ポイントへと急落した。中国に対する世界の投資意欲は、再び減速したのだ。
さらに間の悪いことに、台湾側が実効支配し、今回の軍事演習の対象区域にも指定されていた金門島からわずか2kmしか離れていない対岸の福建省アモイでは、軍事演習が始まった5月23日から、「中国GCC加盟国産業・投資協力フォーラム」が開かれていた。GCCとは、サウジアラビア、UAE、バーレーン、オマーン、カタール、クウェートからなる湾岸協力理事会である。
中国は、オイルマネーで潤っている中東からの投資を呼び込もうと、わざわざ台湾の対岸のアモイでフォーラムを開いたのだ。23日には、習近平主席の代理で出席した丁薛祥(てい・せつしょう)常務委員(共産党序列6位)が、会場で習近平主席のメッセージを代読した。
「中国は安定して開放制度を拡大している。GCC各国の企業には、中国で投資するさらに大きな空間とさらに多くの利便性が提供されているのだ。GCCの国が、中国の企業とともに発展していく良好な条件を作り上げていくことを願っている」
ものものしい軍事演習を間近で見ながら、こんなメッセージを聞いたGCC加盟国の政府高官や企業経営者たちは、何を思っただろうか?
「ガス抜き」のための「寸止め演習」か
ちなみに、当の習近平主席も、5月22日から24日まで、山東省を視察。経済のV字回復を鼓舞して回った。
また、17日には中国政府が、不動産業をV字回復させるための「4つの改革」を発表。23日には、企業コストを軽減するための「22の措置」を発表した。26日と27日には、近隣の日本や韓国を味方につけようと、李強(り・きょう)首相が訪韓。日中韓サミットで、必死に中国への投資を説いた。
こうした中国政府のチグハグさは、一体何を意味しているのだろうか? 先週のこのコラムでも指摘したが、「武力統一を望まない習近平主席」と、「武力統一を前提に進む人民解放軍+海警局」の乖離(かいり)を示しているのではないか。
その「妥協の産物」として、今回の軍事演習となったというわけだ。そのため、今回の演習は「模擬演習」となった。すなわち、ミサイルのような「実弾」は、一発も飛んでいない。いわば強硬派(人民解放軍+海警局)に対する「ガス抜き」のための「寸止め演習」だった可能性がある。
習近平主席が狙うのは、第一野党の国民党と第二野党の民衆党を動かして、頼清徳民進党政権を内側から揺さぶっていくことだ。
4月上旬には馬英九(ば・えいきゅう)元総統(元国民党主席)を北京に招き、2015年に続いて2度目の会談。4月下旬には、国民党の立法委員(国会議員)を17人も北京に招き、王滬寧(おう・こねい)中国人民政治協商会議主席(共産党序列ナンバー4)が応対。「(中台)両岸は一家族である」と謳った。
現在、台湾の立法院(国会)は、与党・民進党が51議席、第一野党・国民党が52議席、第二野党・民衆党が8議席。図らずも頼新総統が就任演説で述べたように、「三党不過半」(3党が共に過半数に届かない)。かつ立法院長(国会議長)には、民進党が蛇蝎(だかつ)のごとく嫌う国民党の韓国瑜(かん・こくゆ)氏が就いたので、大混乱。場内では殴り合いが、場外では大規模デモが起こっている。
ともあれ、これから4年間続く頼清徳新政権、就任演説で述べたような平穏無事なものにならないことは確かなようだ>(以上「現代ビジネ」より引用)
「台湾有事は日本有事」という言葉を世に流布したのは、故・安倍晋三元首相だ。だがいまや、「新総統就任が台湾有事」になってきた。
先週のこのコラムで、5月20日に台北の総統府前広場で行われた頼清徳(らい・せいとく)総統の就任式の模様を、速報でお伝えした。
すると就任式のわずか3日後の5月23日から、中国の人民解放軍と海警局(人民武装警察部隊海警総隊)が、ものものしい軍事演習を、台湾海峡を取り囲むように行った。
今回の演習は「連合利剣-2024A」と名づけられたが、これは今後、「B」「C」……と続いていくことを示唆している。
この演習の方針と目的について、中国国防部(防衛省に相当)の機関紙『解放日報』(5月23日付)は、「東部戦区は台湾島周辺で、『連合利剣-2024A』演習を展開する」と題した記事で、こう説明した。
〈 5月23日から24日まで、中国人民解放軍東部戦区組織戦区の陸軍、海軍、空軍、ロケット軍などの兵力は、台湾島周辺で「連合利剣-2024A」演習を展開する。
海空戦の準備、警備、巡回を組み合わせた演習や訓練、戦場で総合的な統制権の一致した奪取、目標に合同で精確に危害を与える科目などに重点を置く。艦艇や航空機は、台湾島周辺の戦域近くまで向かい、島嶼内外が一体となって連動し、(東部)戦区部隊の合同の作戦能力を検証する。
東部戦区の李熹海報道官(大校=一佐に相当)は述べた。「これは『台湾独立』分裂勢力が『独』(毒)の行動を謀ることに対して、懲罰するものであり、外部勢力が挑発に干渉することに対する厳重な警告だ」 〉
このように、頼清徳新政権への「懲罰」であり、おそらくはアメリカを筆頭として日本も含まれるであろう外部勢力に対する「警告」だというのである。
就任演説の中に含まれた「挑発」
実際、中国は、頼清徳新総統に対して、5月20日の就任演説で、「一つの中国」を承認するよう要求していたものと思われる。だが、頼新総統はこれを無視し、代わりに決然とこう述べた。
「中華民国台湾は主権を持つ独立国家であり、主権は民にある」
「中国が中華民国の存在の事実を正視し、台湾人の選択を尊重することを願う」
「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属していない」
「中華民国であれ、中華民国台湾であれ、あるいは台湾であれ、すべてわれわれもしくは海外の友人たちが、われわれの国を呼ぶ名称だ」
こうした頼新総統の発言を、中国は「独立を煽るもの」とみなし、怒り心頭なのだ。ちなみに、中国語の「独」と「毒」は同音(duの2声)のため、掛けて述べている。
頼清徳新総統の就任演説の中には、他にも、まるで習近平主席を挑発するかのように、「習近平語録」をもじったと思われる発言が、6ヵ所もあった。以下、「習近平語録」と並べてみる。
【頼清徳】
「われわれは引き続き民主国家と共に、民主共同体を作っていく」
「台湾は世界を必要とし、世界もまた台湾を必要としている」
「台湾は世界の大門を開けるだけでなく、すでに世界の舞台の中心に進み出たのだ」
「台湾の産業は台湾に根差し、世界中に行き渡り、全世界で取引される」
「主権があって初めて国家がある」
「台湾を国際的に尊敬される偉大な国家にしよう!」
【習近平】
「中国は世界と共に、人類運命共同体を作っていく」
「中国は世界を必要とし、世界もまた中国を必要としている」
「中国は世界の大門を開けるだけでなく、すでに世界の舞台の中心に進み出たのだ」
「中国の産業は中国に根差し、全世界に行き渡る」
「国家があって初めて家庭がある」
「中華民族の偉大なる復興のために奮闘しよう!」
このように頼新総統は、ある意味、蔡英文(さい・えいぶん)前政権以上に、「中国との不一致」を鮮明にしたのである。これに対して中国側は、準備していた軍事演習を、早くも決行したというわけだ。
中国の官製メディアはどう解説したか
前述の『解放日報』は、具体的な演習の内容についても説明している。
〈 本日午前7時45分に開始。東部戦区は台湾海峡、台湾島北部、南部、東部及び金門島、馬祖島、烏丘嶼、東引島周辺で、合同の演習と訓練を展開する。
東部戦区の合同作戦指揮センターは、行動の指令を下した後、戦区の海軍の多くの駆逐艦、護衛艦は編隊を組んで、台湾島周辺の海域の多くの方向に高速で機動していく。各艦艇は計画に則って目標とする海域に到達した後、迅速に戦闘配備を展開する。主砲と副砲、ミサイルなど武器システムの打撃準備を随時行う。艦艇の編隊は多元情報及び海空の当面の態勢を融合させ、目標を定めて迅速に捕獲する。多くの型の武器を展開し、多くの立体的な飽和式の模擬打撃を行う。
台湾島南部の海空域では、駆逐艦と護衛艦の編隊及び対潜哨戒機が一体となって、また艦載対潜ヘリコプターも同時に上空を飛び、各艦艇と航空機が密接に融合し、曳航式ソナーの配備やブイの進水などの手法を総合的に活用する。それによって「敵」の潜水艦や艦艇を活動地域から全面的に一掃し、命令に従って水中の目標に対して模擬攻撃を実行する。
「離陸時刻!」――東部戦区空軍の数十機の戦闘機は一体となって出動し、台湾島周辺の哨戒と離島を囲む巡航を行う。任務の空域に到達すると、各種の戦闘機は合同の情報を支柱とし、臨機応変に各種の戦術行動を取りながら、台湾島周辺の哨戒に近づいていく。空軍の多くの編隊は実弾を搭載しており、予定の空域を飛行して多くの打撃陣地を打ち立てる。そして駆逐艦、護衛艦、ミサイル拘束ボートと連携し、「敵」の高価値軍事目標や監視哨戒機への攻撃をシミュレートする。
某航空旅団の黄凱パイロットは述べる。「風雨が吹き荒れるなど気象が複雑であっても、われわれは命令を受ければ、すぐに飛び立つ。そして多くの項目、高強度の連続作戦を実施し、実戦能力を全面的に引き上げていく。戦闘機のパイロットとして、命令一つ下りれば、われわれはいつでも飛び立ち作戦を実行。共産党と国民が付与した使命、任務を決然と遂行する」
同時に、陸軍とロケット軍部隊は命令に従い、予定地域に進入し、各部隊は迅速に発射陣地を占領。発射準備を行い、海空と共同で突撃態勢を築き、合同で打撃などの項目の演習訓練を行う。
本日の演習訓練は、東部戦区の合同作戦システムの管轄下で、戦区の部隊を台湾島北部、南部の空海域に配置。海上で突撃し、陸地で打撃を与え、防空や潜水艇の哨戒などの項目の訓練を行い、一層多くの部隊と協同で、合同打撃などの実戦能力を検測ものである 〉
以上である。
中国の官製メディアで、今回の軍事演習の解説役を担っているのが、国防大学の張弛(ちょう・し)教授である。張教授は中国共産党の国際紙『環球時報』(23日付)で、次のように解説した。
「人民解放軍の台湾海峡周辺での演習は、すでに一種の『新常態』だ。この常態化した演習は、『台湾独立』勢力に毎度、中国大陸のボトムラインとレッドラインの矯正と懲戒を突きさすものだ。
頼清徳の5月20日の演説は、一篇の『台湾独立』の告白と言ってよい。民進党当局が、『台湾独立』の危険な道の上を遠くまで進んでいくと表明したもので、今後4年間の『台湾独立』のリスクはさらに高まった。
火を弄(もてあそ)べば、必ず自分に焚きつく。もしも民進党当局が『台湾独立』の危険な道の上を勝手に独歩していくなら、最終的には岩を自己の脚に落とすだけのことだ。
昨年、蔡英文がアメリカをうろついた後、解放軍は台湾島を取り囲む戦争準備パトロールの『連合利剣』演習を行った。今回の頼清徳の演説の後、解放軍は再度、『連合利剣』演習を行った。つまり『台湾独立』の分裂勢力が一回挑発するたびに、解放軍は一歩前へ出る。これこそはまさに、『反サラミ戦術』の新常態なのだ。
東部戦区が発表した演習解説図によれば、演習地域は明確に台湾島の周辺を示しており、台湾包囲網を築くのは一目瞭然だ。北部、南部、東部の3方向の海空域を合同で打撃する演習としているのは、解放軍が多くの方向から台湾の港、空港などの重要目標に対して抑止と打撃を与えるためだ。
まず台湾島の北部での演習は、『台湾独立』の悪行への抑止だけでなく、民進党当局に対する打撃だ。次に解放軍の台湾島南部での演習は、すなわち政治的な『台湾独立』勢力への痛撃から、台湾島の経済的な封鎖を行うということだ。軍事的に台湾軍を港湾の中に封じ込めることは、『台湾独立』勢力の『武力で独立を謀る』という幻想に対する有力な激震となる。
解放軍が台湾島の東部を演習地域に画定させたことの意味もはっきりしている。すなわち、3つのラインを阻むことだ。すなわち、台湾のエネルギー輸入の生命線を断つ、『台湾独立』勢力が制裁を逃避して外に逃げるラインを断つ、アメリカ及び盟友が『台湾独立』勢力に援助を提供する支援ラインを断つということだ。
『台湾独立』勢力は、解放軍が台湾海峡周辺で演習を行うのが新常態であるばかりか、不断に突き進んでいくことを思い知るべきだ。まずは台湾島の外島である烏丘嶼と東引島の地理的な位置は非常に重要だ。それは台湾海峡の交通の要所の調査であり、意図ははっきりしている。頼清徳当局の行動を警告しているのだ。『台湾独立』は、死に至る一方通行にすぎないのだ」
以上である。前半部分で「反サラミ戦術」を説いている。これは、まるでサラミを薄切りにしていくように徐々に「台湾独立」に向かう民進党政権に対抗して、徐々に台湾に圧力をかける戦術を取るということだ。
後半部分では、北側・南側・東側と3方を囲む意味について説明している。特に今回、東側から、台湾有事の際の「臨時首都」になると思われる花蓮を抑え込む大胆な作戦を取った。花蓮は、4月3日の大地震の震源地となった都市だが、ここを封鎖されると、確かにアメリカからの救援を受けにくくなる。
中国側のメリットとデメリット
今回の降って湧いたような中国人民解放軍と海警局による軍事演習に関しては、日本でも様々な報道や解説がなされた。だが私には、どうも腑に落ちない。何かが不自然なのである。それは、こうした軍事演習を行うことの中国側のメリットとデメリットについて考えると分かる。
まず最大のメリットは、上述しているように、発足したばかりの頼清徳政権、プラス米日に対する「威嚇」である。「これから4年間の言動に気をつけろよ」という警告だ。ここまでは容易に理解できる。
しかし、いきなり今回のような派手な演習を実行するデメリットも少なくないのだ。第一に、2340万台湾人の大きな反感を買う。
今年2月23日に台湾の政治大学選挙研究センターが発表した「台湾人のアイデンティティーに関する意識調査」によれば、「一刻も早く中国と統一すべきだ」と答えた台湾人は、わずか1.2%しかいない。また、「自分は中国人」と考えている台湾人も、2.4%しかいない。
この意識調査は毎年1回行っているものだが、もしも軍事演習を経たいま行ったとしたら、どちらもゼロに近い数値が出るのではないか。つまり、中国側が威嚇すればするほど、台湾人の人心は中国から離れ、習近平政権が望んでいる平和的統一は遠のいていくというわけだ。
第二に、こうした軍事演習を行えば行うほど、中華民国国軍(台湾軍)やアメリカ軍、ひいては日本の自衛隊に、台湾有事の際の「手の内」を明かすことになる。
2年前の8月に、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長が訪台し、中国人民解放軍は約1週間にわたって、激しいミサイル演習を行った。その時、私はあるテレビの討論番組で同席した元自衛隊幹部に、出演前の控室で演習について聞いてみた。すると、ニヤリとして、こう答えた。
「正直言うとね、あれだけ中国側が『手の内』を明かしてくれて、嬉しい限りさ。テレビでは言えないけどね」
今回も中華民国国軍は、当然ながら中国側の演習を「教材」として、アメリカ軍と共に対策を練るだろう。つまり台湾側の「対応能力」は向上し、その分、中国側は実戦で苦戦を強いられる。
中国側のデメリットの3点目は、いま習近平政権を挙げて行っている「経済回復」にブレーキがかかることだ。今回の中国側の軍事演習は、まさにヨーロッパのウクライナ戦争、中東のイスラエル・ハマス紛争に続き、東アジアでも台湾有事が起きかねないことを世界に知らしめたからだ。
その結果、軍事演習が行われた5月23日から24日にかけて、上海総合指数は3159ポイントから3089ポイントへと暴落した。香港恒生(ハンセン)指数も、1万9197ポイントから1万8590ポイントへと急落した。中国に対する世界の投資意欲は、再び減速したのだ。
さらに間の悪いことに、台湾側が実効支配し、今回の軍事演習の対象区域にも指定されていた金門島からわずか2kmしか離れていない対岸の福建省アモイでは、軍事演習が始まった5月23日から、「中国GCC加盟国産業・投資協力フォーラム」が開かれていた。GCCとは、サウジアラビア、UAE、バーレーン、オマーン、カタール、クウェートからなる湾岸協力理事会である。
中国は、オイルマネーで潤っている中東からの投資を呼び込もうと、わざわざ台湾の対岸のアモイでフォーラムを開いたのだ。23日には、習近平主席の代理で出席した丁薛祥(てい・せつしょう)常務委員(共産党序列6位)が、会場で習近平主席のメッセージを代読した。
「中国は安定して開放制度を拡大している。GCC各国の企業には、中国で投資するさらに大きな空間とさらに多くの利便性が提供されているのだ。GCCの国が、中国の企業とともに発展していく良好な条件を作り上げていくことを願っている」
ものものしい軍事演習を間近で見ながら、こんなメッセージを聞いたGCC加盟国の政府高官や企業経営者たちは、何を思っただろうか?
「ガス抜き」のための「寸止め演習」か
ちなみに、当の習近平主席も、5月22日から24日まで、山東省を視察。経済のV字回復を鼓舞して回った。
また、17日には中国政府が、不動産業をV字回復させるための「4つの改革」を発表。23日には、企業コストを軽減するための「22の措置」を発表した。26日と27日には、近隣の日本や韓国を味方につけようと、李強(り・きょう)首相が訪韓。日中韓サミットで、必死に中国への投資を説いた。
こうした中国政府のチグハグさは、一体何を意味しているのだろうか? 先週のこのコラムでも指摘したが、「武力統一を望まない習近平主席」と、「武力統一を前提に進む人民解放軍+海警局」の乖離(かいり)を示しているのではないか。
その「妥協の産物」として、今回の軍事演習となったというわけだ。そのため、今回の演習は「模擬演習」となった。すなわち、ミサイルのような「実弾」は、一発も飛んでいない。いわば強硬派(人民解放軍+海警局)に対する「ガス抜き」のための「寸止め演習」だった可能性がある。
習近平主席が狙うのは、第一野党の国民党と第二野党の民衆党を動かして、頼清徳民進党政権を内側から揺さぶっていくことだ。
4月上旬には馬英九(ば・えいきゅう)元総統(元国民党主席)を北京に招き、2015年に続いて2度目の会談。4月下旬には、国民党の立法委員(国会議員)を17人も北京に招き、王滬寧(おう・こねい)中国人民政治協商会議主席(共産党序列ナンバー4)が応対。「(中台)両岸は一家族である」と謳った。
現在、台湾の立法院(国会)は、与党・民進党が51議席、第一野党・国民党が52議席、第二野党・民衆党が8議席。図らずも頼新総統が就任演説で述べたように、「三党不過半」(3党が共に過半数に届かない)。かつ立法院長(国会議長)には、民進党が蛇蝎(だかつ)のごとく嫌う国民党の韓国瑜(かん・こくゆ)氏が就いたので、大混乱。場内では殴り合いが、場外では大規模デモが起こっている。
ともあれ、これから4年間続く頼清徳新政権、就任演説で述べたような平穏無事なものにならないことは確かなようだ>(以上「現代ビジネ」より引用)
「頼清徳新政権への「懲罰」…!? 中国人民解放軍&海警局による本気すぎる「大規模軍事演習」の狙いは何なのか 」と近藤大介氏が論評している。私は一々取り上げる必要のないものだと感じる。
第一、党の台湾人が中国の「大軍事演習」を全く気にしていないようだ。台湾を5海域で取り囲んだというが、前回米国下院議長ペロシ氏が台湾訪問した折には6海域で台湾を取り囲み、11発もの台湾を飛び越えるミサイルを発射した。もっとも、その内2発は不発で、5発は制御を失って日本のSEZに落下した。お粗末な中国製ミサイルの実態を余すことなく国際社会に見せてくれた。
今回はミサイル発射はなかったし、艦船数でも前回より少ない。頼清徳氏の強気の新総統就任演説にも拘らず、中国は随分と控えめな抗議の軍事演習をしたものだ。
だが中共政府の報道機関は相変わらず意気軒高だ。しかし台湾を軍事的に脅して国威発揚するとは、いつの時代の思考回路を中共政府首脳は持っているのだろうか。
だが中共政府の報道機関は相変わらず意気軒高だ。しかし台湾を軍事的に脅して国威発揚するとは、いつの時代の思考回路を中共政府首脳は持っているのだろうか。
中国の喫緊の課題は台湾ではない。中国経済の崩壊に対していかに対処すべきか、ではないか。金融崩壊は国家崩壊に直結する、という危機的状況にある現実すら、中共政府首脳は認識していないようだ。
認識していれば、習近平氏が台湾を訪問して頼清徳氏の新総統就任を祝い、併せて台湾企業の中国進出を勧誘すべきだ。もちろんその場にいる日本の政治家とも会談して、日本政府に対中親和策を展開するように要請すべきだ。「一つの中国」が本来の「宥和して一つになる」という意味なら、そうした行動を取るべきではないか。
しかし習近平氏は「一つの中国」を台湾を中国が併合する、もしくは台湾を占領する、という意味で使っている。それでは世界のいかなる国も中国に同調し難い。他国を侵略し占領する、という帝国主義は前世紀の終了で地球上から消え去ったはずだ。
一体いつまで、人はバカげた妄想を抱くのだろうか。他国を軍事的に侵略して制圧したとしても、いつかは元のように民族は自決して独立する、というのは類史を見れば明らかだ。独裁者の一時的な征服欲を満たすために、国民に戦争の苦しみを与える愚をいつまで繰り返せば人類は気が済むのだろうか。
多数の軍艦を海に浮かべ戦闘機を他国の空に飛翔させる暇が中国にあるのか。多くの若者たちは職もなく明日に絶望している。不良債権と債務で水膨れした国家B/Sを的確に処理することもなく、弥縫策でその場を糊塗して根本的な解決を日延べしているだけだ。
このままでは必ず中国は「元」の大暴落が起きて社会が大混乱する。それも、そう遠くない時期に。
<私事ながら>
この度、私が書いた歴史小説「蒼穹の涯」を出版するためにCAMPFIREでクラウドファンディングをはじめました。「蒼穹の涯」は伊藤俊輔(後の伊藤博文)の誕生から明治四年までを史料を元にして描いたものです。維新後の彼の活躍は広く知られていますが、彼が幼少期からいかに苦労して維新の功労者になり得たのかを史実に基づいて記述しています。現在、明治維新以前の彼に関する小説等の著書は殆どありません。
既に電子版では公開していますが、是非とも紙媒体として残しておきたいと思います。クラウドファンディングは7月3日までです。残り少なくなりましたが、皆様方のご協力をお願いします。ちなみに電子版の「蒼穹の涯」をお読みになりたい方はこちらをクリックして下さい。