平成の時代は団塊の世代による「昭和を破壊する時代」だった。
<昭和とは、過去を背負い込みすぎた時代だった。そして令和のいま、私たちは未来を過剰に背負わされている。
われこそは未来の使者だと自称する人が次々に現れては、「将来生まれる子どもたち」の名を語って(騙って)私たちを非難する。いわく、彼らが温暖化した地球で苦しまないように、火力発電所を止めるべきだ。一方でやはり彼らのために、原子力発電所もなくすべきだ。
はたまたAIとロボットが全てを担う、地球のどこでも実現を見ていない社会の基準で、他人の仕事を「消える」「要らない」と侮辱する。やはり現状では採用する国のない、ベーシックインカムが実施されると勝手に想定して、だから働く意欲も必要もないと居直る。
どうして、こんなことになったのか?
その鍵を握る時代が平成だ。それは日本人が歴史を見失い、過去を振り返る営みを忘れ、ありもしない未来に釣られて蠢く群れのようになる30年間だった。
矛盾をはらんだ「保守」と「革新」
平成は歴史を〝洗い流した〟
平成の政治が保守派ほど「改革」を唱える、不思議な風潮で彩られたことはよく知られる。1993年に、劇的な55年体制の崩壊を象徴した細川護熙首相の、政界デビューはもともと自民党の参議院議員。仕掛け人となった小沢一郎氏は、幹事長も務め直前まで同党のど真ん中に君臨する政治家だった。
2001年には小泉純一郎首相が、自民党を丸ごと改装して改革をうたうことで、憲政史上にも稀な熱狂的支持を得る。及ばずとはいえ地方から類似の旋風を起こした橋下徹氏も、政界入りの前はテレビ番組の「右派論客」として鳴らした。
「加速主義」と呼ばれる考え方がある。いまの世の中が不満でも、そのしくみに反対したり、ストップをかけるのはダサい。むしろもっとアクセルを踏み込み、もうこれ以上ムリというところまで眼前の潮流を煽り続けることで、初めて社会の全体に衝撃を走らせ、総とっかえすることができる─といった発想だ。
一見矛盾した平成期の「改革する保守」にしても、ある種の加速主義だったと考えれば納得がいく。そうした時代にかつての「革新」陣営、冷戦下の左翼政党が没落した理由も説明がつく。
意外かもしれないが、人類が生んだ最大の「加速主義」の思想家はマルクスである。資本主義を批判したマルクスは、一方で、資本主義の論理と運動を徹底しきることで初めて、共産主義への道筋が開けると考えた。
つまりマルクスにとっては、工業化の力で農村が衰弱するほど、経営者が冷徹に賃金を搾取するほど、資本主義の終わりは早まる。窮乏した労働者が組合を結成し、職場の設備を乗っ取って、自ら生産し分かち合う革命へと進むからだ。
その意味では、保守ではなく左翼の方が「過去よりも未来」を志向するのが本来の姿だ。ところが昭和(戦後)の日本では、この点が通例と違っていた。
社会党・共産党などの左派政党は、むしろ戦争体験という「過去」にこそ存在意義を置いていた。戦前に唯一、弾圧下で反戦を唱えた獄中非転向の神話が、日本では共産党のアピールポイントであり、マルクスの理論はどうでもよかった。社会党の鈴木茂三郎委員長は「婦人よ、夫や子どもを戦場に送るな」の演説で、戦災の傷が癒えない国民の心をつかみ、保守政権との対決路線を定着させた。
逆にいえば敗戦から時がたち、社会から歴史の存在感が薄れることは、日本では保守よりも左翼に打撃をもたらした。平成の間に社会党はミニ政党(社民党)へと凋落し、共産党の党勢も傾いたが、令和に入って惨状はより露骨になっている。
れいわ新選組の山本太郎氏は弁舌家でも、街頭で叫ぶのは「現金配れ」の一択である。政治家となる原点だった、11年の東京電力福島第一原発事故にすらほぼ言及しない。過去を振り返っても票にはならず、支持者を煽るには「いま」のカネの話しかない。そんな打算がにじむ。
階級闘争から「ジェンダー平等」に看板を替えつつある共産党も、すっかり「怪しげな未来」から物を言う党になった。彼らのフェミニズムには、女性史も家族史もない。トイレや浴場を全てジェンダーレスにしても、誰ひとり問題を起こさない空想上のユートピアを基準に、社会の現状が「差別的だ」と叩くだけである>(以上「「Wedge」2024年5月号」より引用)
「<忘却の時代・平成> 令和のいま、私たちが取り戻すべき「歴史を振り返る」という営み」という目を惹く見出しがあった。書いたのは與那覇 潤( 評論家)氏だ。與那覇氏が指摘するように平成時代を振り返って、平成の30年間が日本に何をもたらしたかを検証する必要があるのではないだろうか。
われこそは未来の使者だと自称する人が次々に現れては、「将来生まれる子どもたち」の名を語って(騙って)私たちを非難する。いわく、彼らが温暖化した地球で苦しまないように、火力発電所を止めるべきだ。一方でやはり彼らのために、原子力発電所もなくすべきだ。
はたまたAIとロボットが全てを担う、地球のどこでも実現を見ていない社会の基準で、他人の仕事を「消える」「要らない」と侮辱する。やはり現状では採用する国のない、ベーシックインカムが実施されると勝手に想定して、だから働く意欲も必要もないと居直る。
どうして、こんなことになったのか?
その鍵を握る時代が平成だ。それは日本人が歴史を見失い、過去を振り返る営みを忘れ、ありもしない未来に釣られて蠢く群れのようになる30年間だった。
矛盾をはらんだ「保守」と「革新」
平成は歴史を〝洗い流した〟
平成の政治が保守派ほど「改革」を唱える、不思議な風潮で彩られたことはよく知られる。1993年に、劇的な55年体制の崩壊を象徴した細川護熙首相の、政界デビューはもともと自民党の参議院議員。仕掛け人となった小沢一郎氏は、幹事長も務め直前まで同党のど真ん中に君臨する政治家だった。
2001年には小泉純一郎首相が、自民党を丸ごと改装して改革をうたうことで、憲政史上にも稀な熱狂的支持を得る。及ばずとはいえ地方から類似の旋風を起こした橋下徹氏も、政界入りの前はテレビ番組の「右派論客」として鳴らした。
「加速主義」と呼ばれる考え方がある。いまの世の中が不満でも、そのしくみに反対したり、ストップをかけるのはダサい。むしろもっとアクセルを踏み込み、もうこれ以上ムリというところまで眼前の潮流を煽り続けることで、初めて社会の全体に衝撃を走らせ、総とっかえすることができる─といった発想だ。
一見矛盾した平成期の「改革する保守」にしても、ある種の加速主義だったと考えれば納得がいく。そうした時代にかつての「革新」陣営、冷戦下の左翼政党が没落した理由も説明がつく。
意外かもしれないが、人類が生んだ最大の「加速主義」の思想家はマルクスである。資本主義を批判したマルクスは、一方で、資本主義の論理と運動を徹底しきることで初めて、共産主義への道筋が開けると考えた。
つまりマルクスにとっては、工業化の力で農村が衰弱するほど、経営者が冷徹に賃金を搾取するほど、資本主義の終わりは早まる。窮乏した労働者が組合を結成し、職場の設備を乗っ取って、自ら生産し分かち合う革命へと進むからだ。
その意味では、保守ではなく左翼の方が「過去よりも未来」を志向するのが本来の姿だ。ところが昭和(戦後)の日本では、この点が通例と違っていた。
社会党・共産党などの左派政党は、むしろ戦争体験という「過去」にこそ存在意義を置いていた。戦前に唯一、弾圧下で反戦を唱えた獄中非転向の神話が、日本では共産党のアピールポイントであり、マルクスの理論はどうでもよかった。社会党の鈴木茂三郎委員長は「婦人よ、夫や子どもを戦場に送るな」の演説で、戦災の傷が癒えない国民の心をつかみ、保守政権との対決路線を定着させた。
逆にいえば敗戦から時がたち、社会から歴史の存在感が薄れることは、日本では保守よりも左翼に打撃をもたらした。平成の間に社会党はミニ政党(社民党)へと凋落し、共産党の党勢も傾いたが、令和に入って惨状はより露骨になっている。
れいわ新選組の山本太郎氏は弁舌家でも、街頭で叫ぶのは「現金配れ」の一択である。政治家となる原点だった、11年の東京電力福島第一原発事故にすらほぼ言及しない。過去を振り返っても票にはならず、支持者を煽るには「いま」のカネの話しかない。そんな打算がにじむ。
階級闘争から「ジェンダー平等」に看板を替えつつある共産党も、すっかり「怪しげな未来」から物を言う党になった。彼らのフェミニズムには、女性史も家族史もない。トイレや浴場を全てジェンダーレスにしても、誰ひとり問題を起こさない空想上のユートピアを基準に、社会の現状が「差別的だ」と叩くだけである>(以上「「Wedge」2024年5月号」より引用)
「<忘却の時代・平成> 令和のいま、私たちが取り戻すべき「歴史を振り返る」という営み」という目を惹く見出しがあった。書いたのは與那覇 潤( 評論家)氏だ。與那覇氏が指摘するように平成時代を振り返って、平成の30年間が日本に何をもたらしたかを検証する必要があるのではないだろうか。
私に限っていえば、平成時代に「熊毛町」を失った。もちろん平成の大合併で地方都市に併呑され、行政区域としての「熊毛町」が消えたのだが、それにより徐々に熊毛地区が溶けていくのを実感している。
平成の時代は団塊の世代が社会の中核を担っていた時代だった。それは「忘却」の時代ではなく、「昭和を否定する時代」だったような気がする。団塊の世代の親が先の大戦に従軍せざるを得なかった昭和に対する怨念を抱いていた。
そうした「昭和を否定する」エネルギーが、国民が等しく労働し報酬を手にする権利を定めた「派遣業の禁止」を闇雲に緩和した。それは経営者側の強い要請でもあった。だから政府は「働き方改革」などと綺麗事を装った「ピンハネ業者」の復活を果たした。
それは同時に「中抜き」「丸投げ」が横行する社会でもある。社会悪であると見なしていた「中抜き」や「丸投げ」を禁じていた「会社モラル」が崩壊した時代でもあった。
昨今の外国人労働者の導入により介護職などにも東南アジアの若い人が派遣業者と称する行政と結託した「ピンハネ業者」が横行する時代になった。東南アジア諸国と信頼関係を築いて来た昭和の時代の業績を食い潰すバカな制度だが、団塊の世代はそれをグローバル化による「国際分業」の一環だと考えて正当化している。
令和の時代は、さらに団塊の世代に輪をかけて社会を破壊する流れが強まっているように思える。「派遣業法」の破壊は、遂には一般化して犯罪を指示する「指示役」が裏バイトで実行役を募って犯罪を「実行」させる。もちろん「実行役」が犯罪により人々から奪った金品を「指示役」がピンハネするのは当たり前の行為になっている。
団塊の世代は高齢者になり次第に消えていくようになっているが、完全に消え去るまでに団塊の世代が破壊した「昭和」の良かった美点を旧に復しておく責任がありはしないか。地方の都市部に町村を強引に合併した「平成の大合併」がどれほど地方を破壊しているか、団塊の責任は重大だ。それは昭和の遺産というよりも、日本の歴史的な遺産「地名」の破壊でもある。律令時代に編纂された「風土記」により、地名は概ね「漢字二文字にすべき」という律令により定められた「地名」までも全国的に改竄し消去してしまった。これほど全国的な大掛かりな文化遺産の破壊がかつてあっただろうか。「昭和の時代」に対する怨念から、団塊の世代は飛んでもないことを仕出かしてしまった。そうした反省を団塊の世代はシカリと清算して、この世から消えていくべきではないか。
<私事ながら>
この度、私の歴史小説「蒼穹の涯」を出版するためにCAMPFIREでクラウドファンディングをはじめました。「蒼穹の涯」は伊藤俊輔(後の伊藤博文)の誕生から明治四年までを史料を元にして描いたものです。既に電子版では公開していますが、是非とも紙媒体として残しておきたいと思います。皆様方のご協力をお願いします。ちなみに電子版の「蒼穹の涯」をお読みになりたい方はこちらをクリックして下さい。