世界の構図を見誤ってはならない。

<本稿の執筆時点で、米国はエジプトに大使を置いていない。現地の業務は代理大使が行っている。
 正式な大使の候補者は決まっているが、ワシントンの人々が「上院承認プロセス」と呼ぶシュールレアリスムの舞台に出てから7カ月目に入っているからだ。
 この候補者には仲間が大勢いる。
 米国大使の任命はクウェート、オマーン、そして(早期の着任を求める圧力のある)イスラエルについても同様な遅れが生じている。
 当然ながら米国は、サヘル地方やその周辺の統治されていない地帯など、中東以外の国や地域でも心配事を抱えている。
 だが、ナイジェリアやジブチにも正式な大使はいない。
 ひょっとしたら、南の国境に中南米から移民がたびたび押し寄せて来るやら何やらで、西半球の政治に気を取られているのかもしれない。
 だが、多くの移民の故郷であるコロンビアにも米国大使はいない。ペルーにもいないし、グアテマラにもいない。

アジアへのピボット時代の終わり

 インド太平洋地域はこれとは対照的で、しばらく前から人材が十分に配置されている。
 マレーシアはこの地域では珍しい、正式な米国大使がまだいない大きな国の一つだ。
 米国と中国の競争が繰り広げられる地域だけに、ワシントンにためらいはない。経済と軍事の面で米国の最大の挑戦者である中国には、かなりの人数を割いている。
 中東でのさまざまな事件が示しているように、このような一つの国や地域への集中は長続きしない。
 中国を数十年も軽視してきた末に、米国のエリートたちは近年、過剰な修正に動いた。
 心理的な「アジアへのピボット」があった。確かに、その時点の世界では理にかなったことだった。
 だが、それはほかの地域の大半が、平和とまでは言えないものの深刻な危機とは無縁だった時期の話だ。
 今は違う。欧州では地上戦が行われ、イスラエルとパレスチナの間には今世紀初頭以来の激しい暴力の応酬がある。
 サハラ砂漠のすぐ南も混沌とした事態に陥っており、旧宗主国のフランスは自分たちの軍事力では手に余るとさじを投げた。
 さらに米国とメキシコの国境で新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって食い止められていた危機が再燃していることを加えれば、米国が世界各地に向けていた注意を中国に集中させることは2021年当時以上に困難に感じる。

米中関係ばかりに集中したツケ

 もしかしたら何らかの大局的な見方が必要だったのかもしれない。
 今日の世界全体の国内総生産(GDP)のうち、米国と中国は合計でおよそ40%を占めている。
 比較のために言えば、20世紀半ばにはそれとおおむね同じシェアを米国だけで有していた。
 また、この2国の人口の合計は約17億人で、地球上の人口は80億人を超えている。
 米中関係がこの世界で最も重要な二国間関係であることは論をまたないが、この2カ国だけで世界ができているわけではない。
 ただ、中国以外の国や地域のことに米国の知的・軍事的処理能力が割かれることが減っていた2020年代初頭には、そう考えることもできなくはなかった。
 当時の米国は、米中問題が第三国との関係をねじ曲げることすら容認した。
 まず、イランがそれまでに比べると重視されなくなった。インド太平洋に外交部門のエネルギーを割くことがその理由の一つだった。
 米国は中国の邪魔をすることが最終目的である時に、産業保護をめぐって欧州連合(EU)ともやり合った。
 中国という競争相手にこのように焦点を絞ることは、決して軽率な判断ではなかった。むしろ、莫大ではあるが限りのある米国の資源を有効利用するために優先順位を付ける大人らしい試みだった。
 だが、10月7日にイスラエルで起きた残虐行為はウクライナ侵攻と同様に、世界が米国を放ってはおかないこと、「リアルな」プロジェクトを続けさせてはくれないことを示している。

「帝国」後期の苦境

 米国は今、帝国のライフサイクルで最も厄介な局面を通過しつつある。
 世界における相対的な力は全盛期よりいくぶん低下しているが、背負う負担は変わっていない。
 優先順位を付けて臨まなければならないが、それと同時に、順位に縛られないことも大事になる。
 もしハマスがイスラエルを攻撃した後に米国が空母を地中海東部に派遣しなかったら、あるいはウクライナに武器を提供しなかったら、今頃きっと「孤立主義」だとか「動きたがらない超大国」などと言われているだろう。
 敵対的な国々がほかの場所でも米国の意思を試そうとしたかもしれない。
 一つ慰めになるのは、かつて同じ状況に直面した国があったことだ。
 領土の広さで判断するなら、大英帝国はちょうど100年前の秋に絶頂期を迎えた。しかし、それよりもかなり前に、工業面の優位性をドイツや日本、米国などに奪われ始めていた。
 理屈の上では国際社会における責任に変わりはなく、拡大すらしていたが、それを支える資金力は逆に縮小していた。
 米国も帝国後期の苦境を切り抜けるためには、最大級に巧妙な政治力が必要になるだろう。

米国に残された唯一の外交政策

 中国の優先順位を引き下げる選択肢はない。
 そう、今年は互いに話し合いの申し入れを行っており、ジョー・バイデン大統領がサンフランシスコで来月開催されるサミットで習近平氏と会談する可能性もある。
 だが、国益と価値観をめぐる緊張を無視することはできない。
 結局のところ、米国には大国ゆえに実行可能な外交政策しか残されていない。あらゆるところへのピボットがそれだ>(以上「Financial Times」より引用)




 「中国だけが世界ではないことに気づかされた米国、外交政策の転換は必至」との見出しは正しいのだろうか。副題に「欧州と中東の戦火で鈍る自慢の「アジアへのピボット」」とあるが、一国だけで米国と対峙できる国は中国以外にないのではないか。つまり米国が「アジアへのピボット」を置くのは必然ではないだろうか。
 アジアへのピボットの終わり、と記事は書いているが、ロシアにしろハマスを支援するイランにしろ、その後ろで糸を引いているのは間違くなく中国だ。中国は単独で米国に戦いを挑むのは得策でないと判断して、プーチンがウクライナ侵攻の決意を披歴した際に止めようとはしなかったし、ハマスを支援するイランに「止めたらどうか」と助言していないだろう。

 中国は米国の軍事力を分散化することを考えた。米国がウクライナを支援しイスラエルを支援すれば、中国が台湾を軍事侵攻しても台湾援助にまで手が回らないだろう、と判断したからだ、という議論がある。
 しかし、それは現実の中国を見ていない極論だ。事実、ハマスを支援しているのは中国ではない。イランが全面的に支援している。イランこそがウクライナに侵攻しているロシアを支援している国であり、イスラエルに大規模テロを仕掛けたハマスの物心両面のスポンサーだ。

 米国が中国に軸足を置いているのはバイデン氏が中共政府のエージェントに成り下がっているからだ。トランプ氏の時代には中東和平を成し遂げ、対中デカップリングに果敢に進んでいた。もちろん南部の国境に巨大な壁を築くべく、米国社会を破壊しようとする「人権団体」の反対と、連邦議会で民主党の抵抗に手を焼きながらも強力に推進していた。
 バイデン氏がホワイトハウスに入ってから、米国の凋落が始まった。アフガニスタンから「無条件」に撤退して、タリバンに明け渡し、中国が浸透するに任せた。中国の一帯一路政策が米国の世界的な足場を突き崩しているにもかからわず、中東地域に軍事的プレゼンスを殆どかけないできた。その間、中国はサウジアラビアとイランを握手させた。

 引用論評が「米国帝国の凋落」と揶揄しているが、米国は帝国でもなければ凋落もしていない。確かに中国は経済大国の面目躍如だが、しかしそれは主として米国が後ろ盾になって先進自由主義諸国に中国を投資や経済の進出地として紹介したからだ。
 それによって中国は「世界の工場」になったが、トランプ時代に対中デカップリングを推進したため、中国の経済大国としての足場は揺らいでいる。中国には工業大国としての基礎科学力も技術開発力も圧倒的に不足している。なぜなら「世界の工場」は自力で勝ちえた工業力でも、巨額資本も自力で蓄積したものではなく、外国の機関投資家が利益目的で投機資金を集中させただけだったからだ。中国投資が利益をもたらさないと判断すれば、機関投資家たちの逃げ足は速い。ことにIT時代になってから、それは瞬足の速さだ。習近平氏は凋落する「経済帝国」の惨状に慌てふためいて毛沢東の総監社会に戻そうとしている。

 中国の今後は縮小するだけだ。経済も社会も国際的な影響力も「縮こまる」時代に入った。到底、米国の敵ではない。中東のアラブ諸国は先進自由主義諸国から吹き込んだ「自由の風」に慌てふためいている。そして独裁者たちが纏っている「意匠」という化けの皮が剥がれつつあるのに恐怖を感じている。
 独裁者たちにとって、最も警戒すべきは「敵国」ではない。「自国民」こそ警戒し恐怖すべき相手だ。イランもヒジャブを着用していない若い女性を警察が捕縛し嬲り殺し、それに対して国民、とりわけ女性が反感を募らせて国内は混乱状態に陥っている。だから独裁者は戦争を必要とした。宗教を纏っているが、独裁者の本質は世界に共通だ。独裁者が暖衣飽食するために、国民を踏みつけにするのが常だ。潤沢なオイルマネーが転がり込んでいるイランの国民の大半が貧困状態にあるのは何故か。そのことに国民が気付けば宗教指導者が単なる強欲な独裁者であることに国民が気付くだろう。

 それはアラブ世界に共通している。そうしたレトリックがそろそろ国民にバレようとしている。だからハマスやヒズボラといった反社会組織を支援して反アラブの象徴たるイスラエルに大規模テロを仕掛けたのだ。そうした構図を理解せずに、薄っぺらな人道主義に基づいて地上戦を構えるイスラエルを批判するのは何も解っていない証拠だ。
 米国が中東や南米にピボットを移す必要はない。ただ世界に冠たる民主主義国として、世界のあらゆる独裁政権を批判すれば良い。彼らは強欲な人間の浅ましさを王族やイスラム教や社会主義や民族主義の意匠を纏って国民を踏みつけて富を独占し恐怖支配しているだけだ。そのことこそ、批判されるべきだ。21世紀にもなって、世界に独裁者が支配する国が存在すること自体がオゾマシイ。

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