なぜバブルは弾けたのか。

<◆なぜバブルは弾けたのか? 
 景気の過熱ぶりを放置できなくなった日本銀行は、公定歩合の引き上げの検討に入りました。銀行の貸出金利を引き上げ、資金を借りにくくすることで沈静化を図ろうとしたのです。 しかし、1987年10月19日、アメリカで株価が急落しました。「ブラック・マンデー」と呼ばれる金融危機です。 投資家たちも日本やドイツの景気の過熱を警戒し、いずれ金利が引き上げられると予測していました。日本やドイツが金利を上げれば、アメリカの資金が流出し、アメリカの株価が下がるだろう。 そう考えた投資家たちが株を売りに走ったため、本当に暴落してしまったのです。

アメリカへの忖度により、バブル退治が遅れた 
 日本銀行は公定歩合引き上げのタイミングを失ってしまいました。公定歩合を引き上げると、アメリカから資金が流出し、アメリカの株価がさらに下がると判断したからです。 このアメリカへの忖度により、バブル退治が遅れてしまいました。ドイツはアメリカに遠慮せず金利を引き上げたため、バブル発生を防ぐことができました。 日本銀行が金利を引き上げたのは1989年5月のこと。それまで2.5%という超低金利が2年3カ月続きました。その間バブルは膨らみ続けました。 日銀は1989年5月からはわずか1年3カ月の間に5回にわたって金利を引き上げ、最終的に6%にまで引き上げました。 金利が上がって銀行からお金を借りにくくなったため、土地を買おうという動きは沈静化します。需要がなくなると地価が下がり始めます。すると損をした人たちが穴埋めのために株を売りに走りました。これによって株価が暴落。1991年3月から1993年10月にかけて景気が急速に後退し、バブルは崩壊しました。

◆消費税の引き上げ 国家財政の立て直しを始めていた
 橋本龍太郎首相は、1997年4月、消費税を3%から5%に引き上げました。これによりさらに景気は冷え込みました。 バブル崩壊により、土地を担保に大量の資金を借りていた不動産業者は経営に行き詰まり、次々に倒産しました。貸していたお金を返してもらえなくなった銀行は多額の不良債権を抱えました。銀行の経営が急速に悪化し、続々と破綻を迎えました。  1997年11月3日、三洋証券が経営破綻しました。負債総額は3736億円でした。大量のディーラーを採用し、体育館のように巨大なディーリングルームを作った途端、バブルが弾けてしまったのです。 同月17日、北海道拓殖銀行が破綻しました。北海道のリゾート開発会社に膨大な融資をしていたことが主な原因です。このリゾート地は現在、「星野リゾート トマム」となっています。 そして同月24日、四大証券会社のひとつ山一(やまいち)證券が自主廃業を発表しました。当時の社長が記者会見で「社員は悪くありませんから」と泣き伏したさまはバブル崩壊を象徴する光景として記憶されています。 経営状態が悪化していたばかりでなく、2600億円もの借金を隠していたことも判明しました。損失隠しをした人たちはさっさと辞めていました。何も知らなかった人が社長に据えられ、責任をとらされることになったのです。 さらに宮城県仙台市の地方銀行だった徳陽シティ銀行も破綻しました。

◆「取り付け騒ぎ」の発生 1カ月の間に4つもの金融機関が破綻したため、全国に不安が広がり、預金を引き出そうとする人が金融機関に殺到する「取り付け騒ぎ」も起こりました。
  日本でバブル崩壊による取り付け騒ぎが起こったのは初めてではありません。 1919年にも株価と地価が高騰する「大正バブル」が発生し、早くも翌年弾けました。その後、大蔵大臣の失言がきっかけとなった取り付け騒ぎにより、500もの銀行が破綻する金融恐慌が起こりました。 当初問題となったのはひとつの金融機関でしたが、金融機関全体への信用が失われ、ひとたび取り付け騒ぎが起こると、他の多くの銀行も巻き込まれてしまうのです。 このため銀行は預金を引き出そうとする人の行列が外部に見えないよう必死になって隠しました。メディアが無責任に「あの銀行が危ない」などと書くと本当につぶれてしまうので、報道を自粛しました。 バブルというのは、その最中はわかりません。弾けて初めて「ああ、バブルだったんだ」と判明します。平成のバブル崩壊後、日本経済は長期にわたって低迷を続けることになりました。
 「失われた10年」でもバブルの後遺症は癒えず、「失われた20年」「失われた30年」へと影響は続いています。 バブル後、金融機関の不良債権の処理は速やかに進まず、問題が先送りにされました。バブルに踊り、出世した人たちが金融機関の経営陣を占め、自分たちの誤りを認めることができなかったことが一因です。 バブル当時、無茶な融資拡大にブレーキをかけようとした真っ当な人たちもいましたが、左遷されてしまいました。 官僚たちも数年で異動してしまいます。つまり誰も責任をとる人がいないのです。
 「いずれ地価が回復すれば解決する」という「土地神話」の呪縛から逃れられないことも問題の解決を遅らせました。 バブルは30年ごとに繰り返すといわれています。バブル崩壊の痛手を知らない世代が主力となるからです。謙虚に歴史に学ぶという姿勢を持たなければ、また同じ間違いを犯しかねません>(以上「婦人公論」より引用)




 日本のバブル崩壊は「怨念」と「嫉妬」によってハードランディングされたというべきではないだろうか。池上彰(ジャーナリスト)氏の論評を引用して、日本のバブル崩壊と中国のバブル処理に関して論述していく。
 いうまでもなく、日本の不動産バブル崩壊は「悪徳不動産業者」という筋立てで、財務省が総量規制と称する不動産企業への貸し出しを全面禁止する、という荒業でバブルを崩壊させた。そのため、不動産は大幅に下落し、それによって銀行貸出債権が不良化し、債務超過となって金融機関への公的資金注入という事態に到った。

 そうした不動産バブル崩壊を主導したのは竹中一派の「構造改革」政策で、二兆円もの公的資金注入を行った銀行を10億円程度で米国投機家へ売却する、という亡国政策を展開した。しかし当時のマスメディアは「不動産価格の下落」こそが正義と信奉する低能揃いで、日本が長くデフレ経済に喘ぐ下地を自分たちが演出している事すら無自覚だった。
 現在、中国は日本のバブル崩壊を失敗のお手本として、何とかソフトランディングさせようと腐心しているという。しかし日本のバブル崩壊の主犯は竹中氏たち「構造改革」派たちだ。なぜなら総量規制など決してすべきではなかったし、不動産バブル崩壊させて、結局誰が得をしたというのか。

 池上氏は公定歩合引き上げによりバブルが崩壊したと指摘しているが、「バブル=景気過熱」だから、公定歩合を引き上げるのは正しい選択だった。しかし橋本政権が消費税を3%から5%に引き上げたのは間違いだった。
 景気過熱はインフレを伴うから物価高騰を防ぐという面では景気を醒ます必要があるが、不動産企業への貸し付け禁止と、貸付金の回収を急ぐ「総量規制」は失策だった。それにより不動産企業が相次いで破綻し、破綻した不動産企業が抱えていた物件価格が投げ売り状態で下落した。それにより金融機関の不良債権が急増して、金融機関の破綻まで招いてしまった。つまり「総量規制」で自らの首まで絞めてしまった。

 そうした日本のバブル崩壊に学んだ中共政府は不動産企業に資金を注入して破綻防止しているが、しかし中国の不動産バブルは日本の不動産バブルとはケタが違う。たとえば不動産価格の平均が国民平均年収の何倍に達しているのか、という指数がある。日本の不動産バブル崩壊時の指数は18.7倍だったが、中国は現在43倍に達している。しかも中国全土で建設された戸数は35億戸を超えているといわれ、バブル崩壊を先延ばしにしていればバブルが沈静化する、という段階を遥かに超えている。
 つまり日本の不動産バブルは無理に崩壊させる必要のないものにも拘らず崩壊させてハゲ鷹たちの餌を作ったが、中国の不動産バブルは現在の段階で既に金融崩壊に到っている。強権と統制で金融崩壊を表面化させいないだけで、取り付け騒ぎは中国全土で日常的に起きているし、預金引き出し制限まで起きている。

 バブルは30年ごとに繰り返す、というのは間違いだ。景気変動周期にはいくつかあって、金利変動の10年のサイクルと企業設備投資30年のサイクルが偶々一致する場合があるから危機管理すべきだという話でしかない。
 
(*一昨日から米国の読者が付きません。グーグルで「米国」を遮断したようですが、私は収益化を目的にしていませんから少しも困りません。しかし米国とは主要マスメディアだけでなく、SNSまで検閲する国だということを忘れてはなりません)

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