ロシア後に多くの民族国家が出現する。

<ロシアが始めたウクライナ侵略のせいでロシアは国家解体の危機に瀕している。これがプリゴジンの乱以降、ロシアで起きている新しいダイナミズムだ。これは歴史的な激動に繋がるかもしれない。

 ロシアは3日程度で勝利する計画でウクライナに攻め込んだが、軍事的には常に劣勢を強いられてきた。人的な犠牲と経済的コストは急増している。
 その上、開戦以来ロシア国民は勝利を祝う機会を手にしていない。言い知れぬ不満が鬱積している。
 ロシア国営テレビで常連の男女3人の宣伝隊長の厳しい顔つきと怒声がそれを物語っている。プーチン大統領とロシアには鬱憤を晴らす機会が今どうしても必要だ。
 その最中に、プーチン政権にとってはトンデモナイ方向に議論が動き始めた。鬱憤を晴らすどころではない。それはロシアが崩壊に向かっているという議論だ。プーチン支持派のロシア国民にとっては全く受け入れられない深刻な議論が始まったようだ。

瀬戸際に立つロシア
 ロシア戦略問題の専門家である米国人ジェイソン・ジェイ・スマート氏はプリゴジンのクーデター未遂に動揺したプーチン大統領は「23年間の在任中で最も弱体化した」とメディアで論じた(’Russia’s collapse and Ukraine’s victory is approaching’ Jason Jay Smart 05.07.2023)。この発言には手厳しいものがある。
 「プリゴジンの乱以降、ロシアはかつてないほど崩壊の瀬戸際に近づいている。大統領のリーダーシップの完全な欠如が政権に致命傷を与えた。ロシアの治安組織も崩壊し国内の混乱を鎮めることができない。オリガルヒたちは封建領主のように互いに争うようになり、マフィア国家であるロシアはそれを止められない。
 ……ロシア経済は悪化の一途をたどっており、ルーブルは対ドルで今年44%、過去1年で75%近く下落した。徴兵された若いロシア兵は自分と家族が生きてはいけない程度の給料で死地に追いやられている。一方、プーチン大統領は、陰謀、弱体化する経済、不穏な軍部、混乱する国内政治への対応で手一杯だ。こんな惨めで哀れな政府を命がけで守ろうとするロシア人はいない」
 ニューアーク・ラトガース大学のウクライナ、ロシア、ソ連が専門のアレクサンダー・モティル教授はつい数日前、プーチン大統領が開始したウクライナ戦は当のロシアを弱体化し、国を崩壊にまで追い込むとして次のように論じた(’The Ukraine War might really break up the Russian Federation’ ALEXANDER J. MOTYL,The Hill,2023年8月13日)。
 「今やロシアという国の崩壊の可能性を真剣に受け止め始める時期が来た。多くのアナリストは、プーチン大統領の今回の破滅的な戦争はロシアを崩壊させると見ている。専制ロシアの没落で世界は良くなるだろう。北大西洋条約機構(NATO)の東部戦線はより安全になる。ウクライナ、ジョージア、モルドバはロシアを恐れずに欧州連合(EU)やNATOへの加入を目指すだろう。また、中央アジアの国々もますます解放感を感じるだろう」

指導者としての資質へ疑問も

 一方、米国外交問題評議会(CFR)のリアナ・フィックスと米国の戦略国際問題研究所(CSIS)のマイケル・キマージュの両氏は6月27日付けフォーリン・アフェアーズ誌で「プーチン大統領はロシアにとって全く脅威ですらない国、ウクライナを侵略し、軍事作戦で何度も失敗し、一挙にその無能さを露呈した」と論じた(’The Beginning of the End for Putin?’ Liana Fix and Michael Kimmage,Foreign Affairs June 27, 2023)。 
 さらに「プリゴジンの乱の始末でミソをつけ結果、大統領は全能の独裁者としての神秘性をぶち壊した」と指摘。そして「プリゴジンの動機と意図が何であれ、彼の反乱はプーチン政権の深刻な弱点である庶民蔑視を白日の下にさらした。[中略]プーチンは狡猾にもこの国の非エリート層に戦争の犠牲を押し付けた。要するに貧乏人が恐ろしい戦いに引きずり込まれたのだ。多くの『にわか兵士』達は、自分たちが何のために戦い、死んでいくのか、いまだにわかっていない」と語っている。
 カーネギー財団のタチアナ・スタノバ―ヤ女史はウクライナ戦争がロシアを変えた、深刻な内部変化が進行中だとしている(’Putin’s Age of Chaos:The Dangers of Russian Disorder' Tatiana Stanovaya,FOREIGN AFFAIRS,August 8, 2023)。そしてプーチン大統領が抑々国家の指導者としては欠陥人間だと長々と論じた。

崩壊後はどうなるのか?

 ロシアの苦戦は既に世界中が知っている。しかし、抑々ロシアは本当に崩壊するか? まずそこに大きな疑問がある。
 そして万一そうなった時、誰が後継政府を掌握し、ロシアをどの方向にもっていこうとするのか? ロシア国民が自分の国の将来にどれだけ関与出来るのか? 大きな疑問だ。
 むしろプーチン氏の息のかかった既成のエリート指導層が登場してくる可能性の方が高い。その際、核兵器はどう扱われるのか? 無数の深刻な問題が飛び出してくる。本当に既成の議論を飛び超える話になるのだろうか。
 フランスのモンテーニュ研究所は早速このロシア崩壊論に関する長文の論考を発表している(’After the Fall. Must We Prepare for the Breakup of Russia?’ Bruno Tertrais,Institut Montaigne,20/03/2023)。それによれば、ロシアの崩壊は現実化するだろうから、2023年が終わるまでに欧州側が欧州全体の安全保障の将来へのビジョンを公表することが西側にとって有利になると論じている。新生ロシアが生まれるのを期して、欧州全体の安全保障を構想し、新生ロシアを受け入れて行くべきだというという趣旨だ。
 なおプーチン政権の崩壊に関しては日本の報道機関でも幾つか取り上げられている(『「崩壊のカウントダウン始まった」 ロシアの反体制派、日本で集会』朝日新聞DIGITAL、2023年8月1日、『米大学教授、ウクライナ侵攻 ロシア帝国崩壊に帰結』日本経済新聞、2023年6月12日)

さらなる独裁化の可能性も

 プーチン大統領が20年以上にわたり支配してきたロシアが崩壊して新しいロシアが誕生するというなら、西側世界が行動するべき分野は安全保障にとどまらない。ロシア社会全般に対して支援と呼びかけが必要だ。
 「西側によるプーチン政権転覆計画」と曲解されない最も賢明な方法で行うべきである。第二次世界大戦後、ドイツが民主化したのに対しソ連が民主化に失敗した経験(’Will Russia ever experience democracy?’ Igor Petrov July 5, 2022)を最大限に生かして西側世界は大規模な行動を開始する必要がある。
 専制ロシアが崩壊し、民主勢力が全領土で主導権を握れば物事はかなり簡単だ。西側は大規模なロシア支援を始める。それ自体が大きなダイナミズムを生む。
 北米から欧州を経てユーラシア全体から太平洋へと自由経済圏が広がる。世界政治には全く新しい安定勢力が生まれてくる。
 しかしロシアは大抵のことは兎に角うまく行かない国だ。今議論している「ロシアの崩壊」もあらゆる障害に遭遇し、専制ロシアをさらに一層独裁化し専制化する可能性がある。
 地方は分離独立し、名状しがたい大混乱に陥るかもしれない。プリゴジンの乱の時、正しく行動しなかったとされる治安組織が大規模に強化され、市民的自由は一層弾圧を受ける可能性もある。
 最も深刻なのはロシアの混乱が外国勢力の介入と簒奪(さんだつ)を招くことだ。それはそれで世界政治に巨大な混乱を生む。
 米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は7月のアスペン安保会議で講演し「復讐はプーチン大統領の得意技だ」と述べ、ロシアでの諜報活動を強化していると述べた(’CIA Director: Putin’s Hold on Power Betrays “Significant Weaknesses”’ THE CIPHER BRIEF AUGUST 20, 2023)。
 果せるかな、バーンズ長官の予測は当たっていたようだ。サンクトペテルブルグに向かっていたプリゴジン隊長の搭乗機が8月23日、墜落し、プリゴジン隊長が死亡したとみられる。時をほぼ同じくして、プーチン大統領はプリゴジンと連携していたとされるスロビキン将軍を解任した。
 世界と国民に自分の権威と威力を示す為に劇的な手段を使った。アトランティック評議会の専門家はすぐさま「今回の措置はプーチン大統領の権威を急激に高めるモノであり、中国政府は心底歓迎している」と論じている(’Experts react: What the Prigozhin plane crash reveals about Putin, the Wagner Group’s future, and the war in Ukraine’ Atlantic Council, August 23, 2023)。
 ロシアでは大抵のことは旨く行かない。民主化への道のりは容易ならざるものがある>(以上「Wedge」より引用)




 そろそろクリミア半島にウクライナ軍が攻め込み、ロシアの敗北が明らかになろうとしている。そうした戦況を反映して、ロシア敗退後のロシアについて「どうなるのか」という論評が掲載されるようになった。
 引用したのもそうしたウンライな戦争後のロシアについて、西村六善氏(元外務省欧亜局長)
が「ロシアは崩壊するのか?見えない「プーチン後」の姿」と題する論評を著している。

 ロシアは一人が政権を担当するには広過ぎるようだ。だからカリスマを纏った独裁者が必要なのだろう。かつてはロマノフ王朝だったが、その後は共産主義というカリスマを纏った独裁者がロシアを支配した。
 そうした意味で、西側諸国はロシアを自分たちとは異質の国家だとみなしているのだろう。引用論評を書いた西村氏も「ロシアでは大抵のことは旨く行かない。民主化への道のりは容易ならざるものがある」と結論付けている。

 ただ異質の国家だ、というのはロシア人が異質だからではない。異質な多民族を一つの国に括りつけているからだ。民族自決が国家の基本だ、というのは西側諸国では常識だが、プーチンは「旧ソ連」の版図をロシアが取り戻して、一つの国にしなければならない、という強迫観念に囚われている。その強迫観念の源泉は何だろうか。
 プーチンはプリゴジン氏の反乱により消え去ったカリスマを取り戻すためにプリゴジン氏を排除する必要に迫られていた。しかしプリゴジン氏がプライベート・ジェット機の撃墜により暗殺されても、一度消え去ったカリスマは戻らない。

 独裁政権の締め付けが功を奏するには社会の治安が確保されている必要がある。しかしロシア経済は戦時下で無理を重ねて、いよいよ崩壊へと向かっている。ルーブルの下落とインフレの進行は誰にも防げない。
 そしてロシア軍がウクライナで戦うのに必要なミサイルや砲弾不足が戦況に大きく影響し始めた。ロシアのことは大抵上手く行かないが、ウクライナ戦争もプーチンが想定した通りには上手く行かない。オリガルヒの誰かがプーチン後の独裁者になるのではないか、と云われているが、これもなかなか上手く行かないだろう。なぜならオリガルヒの経済基盤をプーチンが戦争で壊してしまったからだ。経済基盤を失えば、オリガルヒもただの人でしかない。

 こうしてみると、求心力を失ったロシアは各少数民族ごとに分離・独立するのではないかと思われる。ロシアはかつてのロシア公国当時の版図に収縮するしかないだろう。民族自決の原則に沿って、多くの民族国家が出現することになるだろう。

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